第六十話 快適な移動方法

 一夜明けて。


 いよいよ出発の時間が訪れた。ブレイブシャイン初の護衛依頼であり、他の冒険者が匙を投げた高難易度クエストがこれより幕をあける。


 俺という特異な存在を用いた野営は、特殊な事になるため、リックに頼んでマシューとミシェルの分のを借りておいたが、二人はまだその事を知らない。


 ……ふふふ、きっと後で驚くだろうな。


「じゃ、リックさん行ってきますね!」


「おう、レニーも、嬢ちゃん達も気をつけてな! もちろんカイザーもだ」


「ああ、ありがとう、リック! 例の件、頼むからね」


 ニヤリと笑って親指を立てるリックに俺も同じ動作で返す。レニー達がなんだなんだと気にしているけれど、今はまだ内緒だよ。


 ゲートに到着すると、門番が親し気に手を振り、レニーが手を振り返しつつ、挨拶をし、何か言葉をかけているようだが、暫く依頼で外に出るので心配しないよう伝えているようだ。


 例の家は街の外にあったけれど、ほとんどリックの世話になっていた事から街の住人として認識されているらしい。


 なんだよ、あのおうちは秘密基地扱いだったのかよ……。


 さて、それはさておきだ。

 レニーとマシューはそれぞれが機体に搭乗しているわけだが、ミシェルだけが徒歩と言うのが現在の状況だ。


 ミシェルは馬車を借りると言っていたのだけれども、彼女が御者を出来ない以上、それは叶わない話だ。


 何と言っても目的地が目的地だからね。御者として着いて来てくれる人なんているわけが無いのさ。


 そうなるといよいよもってどうするかと言う話になるんだけれども、俺は普通の機兵とは違い変形が出来るわけで。


 しかも特殊変形まで可能となれば、あっさりとその問題は解決するのである。

 アニメの設定様々と言うわけで、さっそく馬車形態に変形した。


「よし、この形態ならミシェルも乗れるぞ。さあ後ろの席に座ってくれ。乗り心地は保証しないが、徒歩よりよっぽど楽だろうさ」

「え……ええ……今更カイザーさんに驚くことは無いとは思っていましたが……こ、これはちょっとびっくりしました……」


 ふふふ……やはり驚いたか。とは言え、俺が表情豊かに喋ったり動いたりすること以上には驚かなかったようで、気を失うこと無く馬車に乗り込んでくれた。


「カカカカカ……」


 カカカカ? 


「カカ、カイザー……おめえ……そりゃ……ななな、なんの冗談だ……」


 ……ああ、そう言えばマシューにはこの姿を見せてなかったか……。

 マシューは機兵に詳しいから尚更驚いたのだろうな。変形自体は玩具にしても無理が出ないよう、無茶変形では無いのだがアニメの嘘が混じった設定準拠で構成されている俺は通常であればおかしいサイズに縮小されているわけで……。


 元のカイザーからは考えられないサイズに変形している姿なんだ、マシューが驚くのは無理も無いね。


「すまん、マシュー。言うタイミングを逃していたというか……忘れていたというか……。俺達はこうやって魔獣形態……と言えばわかりやすいか? そんな形態に変形できるんだよ」


「俺達……? ってことはオルやロスも変形できるのか?」


「そう、そうだよ! それが気になってたんだ! 出来る、出来るんだが……そういえばオルトロスはマシューに教えていなかったんだな」


『今思い出した~』

『ごめん、マシュー、忘れてたよー』


「……まあ、いい。あたいも知らなかったしな。しかたないよ」


 同じことを俺が言えば鬼の首を取ったかのように責め立ててくるってのに……オルトロスには甘いよなこいつ……。


「それで、こいつらはどういう姿になるんだ? 二人いるわけだから2匹の馬とかになるのかな?」


「いや、ユニコーン形態は俺特有の姿だ。オルトロスはまた別の姿……ああ、きっと驚くぞ。いい機会だ、試してみよう。マシュー、"オルトロス フォームチェンジ”と言ってみろ」


「おっ? よーし! オルトロス! フォームチェンジ!」


『きたきたきた~』

『フォームチェンジ承認ー!』


「う、うおおおおお! な、なんなんだこれ?」


 マシューが戸惑っている。そりゃそうだ。マシューが乗るコクピットはすうっと位置を変え、機体の背中側に移動したんだからな。

 そして現在マシューの視界に入っているのは恐らく2つの頭。混乱するのも無理は無いね。


「マシュー、一度コクピットから下りて全体を見ると良い。驚くぞ」


「そ、そうだな。オルトロス、あたいを下ろしてくれ」


 オルトロスは身体を低くし、マシューが下りやすい体勢を作る。コクピットから出て地面に降り立つと、そのまま小走りに少し距離を取って改めてオルトロスを見回している。


「こ、これは……! ……なんだ? なんだこれー!?」


 そうだろうな、何なんだろうなこいつは。


「これは……ブレストウルフ? いや、なんだこれ? なんだこれ?」


 オルトロス……元はギリシア神話に登場する双頭の犬で、その尾は蛇と言われているが、カイザーに出てくるオルトロスは姿こそ双頭の犬だが、尾の尻尾は蛇ではなく普通の尻尾。

 

 移動特化のネタ的なユニコーン形態とは違って、オルトロスはこの形状での戦闘もよく行っていた……気がするんだけど……記憶が定かではない。


「これは、犬、双頭の犬なんだ。オルトロスのAIが2つ搭載されているのは元がこういう存在を元にして作られていたからだな。

 オルトロスは凄いぞー? その形状でも十分戦闘力は高いからさ、それにも慣れておけば今より戦略の幅が広がるぞ」


「へ、へえ~犬かあ。犬の魔獣っていうのは見たこと無いけど、もし居たらこんな感じになるのかなあ」


 いやあ、例え居たとしても双頭って事は無いと思うぞ……。


『どう?マシュ~』

『かっこいいでしょ-』


「ああ、かっこいいぞ! 顔が二つになるとどっちが喋ってるかわかりやすくていいな。右がオルで左がロスか。ははっ結構可愛い顔してるなあお前ら」


 可愛いかな……可愛いのかも……マシューがそう言うならそうなんだろうな……。

 ミシェルは……なんだか動かなくなっているが、まあ、そのうち慣れるだろう。


「ねえ、カイザーさん、オルトロスは変形してもコクピットがついてるけどカイザーさんはあんな感じになれないんですか?」


「ん? ああ、そういえば縮小モードばっか使ってたから覚えてないか。大きくなれば一応コクピットは背中に出てくるぞ。ただ、戦闘型ではないからあまりその形態になる意味は無いがな」


「そっかー、でもこのお馬さん形態は好きですし、それならそれでいいですよ」


 一応ユニコーンなんだけどな俺……。

 まあいいけどね。神獣の説明をしちゃったら色々とややこしい事になるのは目に見えているからさ……。


 ともあれだ。これで当初の予定よりも移動速度を上げることができるな。

 ミシェルが乗っている馬車を引きながらだから最大速度というわけにはいかないが、四つ足になる分、オルトロスの負担を減らすことは出来るだろうさ。


 ……問題は遭遇したハンター達が腰を抜かしてしまいそうだと言う事だけど、まあ何か言われたら無理やり弁明すればよかろうもんの精神だ!

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