第三話 機兵の歴史

 その後も矮小な彼女は飽きもせず何度も何度も俺のところにやってきた。


 辺りは森で近隣には家など無いはずだ。それにこの標高である。往復だけで時間も体力もかなり消費するだろうに律儀に平均週1ペースでやってくる。


 何度か襲来に間が開くことがあり、ようやく諦めたかと、喜んで良いのか寂しがれば良いのかわからない気持ちになったこともあったが、ある時彼女の口から


「拠点の食糧が尽きたので街まで仕入れにいってたんですよー」


 と、明るい声で説明された。


 何なんだろうなアレは……ちっこい身体に似合わず恐ろしいほどの気力と体力。そして何より凄まじい執念のようなものを感じる……これには流石のスミレさんも渋々同意し、部分的には感心していた。


 それはそれとして、彼女がやってくること自体は嬉しかった。彼女から聞く話はどれも興味深かったのだ。


 とはいっても、俺はまだ喋れることを秘密にしたままで、口を閉ざしたまま神像ごっこに徹しているので実際に会話をして聞いたわけではない。


 俺を殴りながら、こじ開けようと頑張りながらブツブツ言っている独り言や、お弁当を食べながら俺に聞かせるように話す昔話を聞いただけなのだが、かなりの情報が得られた。


 中でも興味深かったのは我々が眠りについてからの歴史についてだ。


 どうやらこの世界にはやはりロボットが存在するようだ。


 彼女が所持している書籍をこっそり解析した結果によれば、かなり昔からその存在は確認されていて、およそ3000年程前にこの世界初のロボットが開発されたようだ……。


 本によれば、とある王家が神より賜った聖典により機兵の開発に成功。


 城壁さえも飛び越えるその巨人は国家を護る機兵と呼ばれ、かつての侵略戦争では敵を王都に通すこと無く、最後まで護りぬいたという。


 その後、その王家の存在は他国に睨みをきかせることとなり、侵略戦争は終結。圧倒的な存在である機兵達は平和の守り神として降臨し、戦争の無い平和な時が訪れる……かと思われたが、そこはやはりお約束。そんな時代は長く続くことは無かった。


 例によって例のごとく。他国に漏洩した機兵の製造技術により各国でも相次いで開発されてしまった。


 これにより世界中の国家に機兵が配備されるようになり、この世界に機兵時代が訪れた。


 そしてそれは良いことでは無かった。


 侵略のためではなく、あくまでも自衛のために造り出された機兵。平和のために作られたそれは力を持ってそれを成す存在であり、1機で歩兵100人分以上の戦果を上げる武力の象徴でも有る。


 しかしこの世界の国家は平和主義を掲げる物だけでは無い。


 領土拡大を至上とする攻撃的な国家にとって、今まで目の上のたんこぶであった機兵が自分の手の内にやって来た。するとどういう行動に出るだろうか?


 当然の如く、侵略戦争は再開され、やがてそれは世界を巻き込む大規模な戦になった。


 機兵主体の戦争は苛烈を極めた。


 過剰なまでの戦力を持つ機兵達が各地でぶつかりあえばどうなるか? 当然、甚大な被害をもたらすこととなる。


 その過ぎた力はやがて世界を荒廃させ、戦争が終わる頃には世界中が疲弊し、崩壊寸前になっていたという。


 その後、戦争の勝者が統一国家を立ち上げ、武力による支配を企んだが2年と持たずにクーデターにより崩壊。


 その大戦によってかつてこの大陸に存在した国家は全て消滅したという。


 せっかく天災を生き延びたというのに、人災で滅んでしまったとは……なんとも悲しく悔しい話だ。


 そしてそれに伴い、機兵製造の技術は徐々に失われていく。


 元々この世界の人々には早すぎる技術だったのだ。聖典と技術者の消失により新たに機兵を作ることは勿論、現存していた機兵の保守すらできなくなっていったという。

 

 やがて機兵文明は消失。そしてゆっくりとかつての豊かな世界が取り戻されていき、高度な技術こそ失われたが、人類が日々生きるには不足が無い平和な時代が再び訪れたという。



 だが、300年前、トレジャーハンターがまだ生きている機体を発見したことにより世界は再度動き出した。


 それまで発掘されても決して動くことが無かった機体が光を発していた、それはこれまであり得ない事だった。


 回収された機体は起動こそはしていたが、欠損箇所が多く古文書に記されているような使い方はできそうになかった。しかし、同時期に別の意味合いで世界を動かす大きな物も発掘されてしまった。


 場所は明らかにされては居ないが、聖典を発掘した者が表れたのだ。そしてそれを元に例の機体に独自の改造を施して何とか動作可能にした男がいた。名はマージ、考古学者であり機兵文明に異常な興味を示す男である。


 そしてそれを切っ掛けとするかのように、各地で次々と起動可能な機体の発掘が相次いだ。


 それらはどれもが破損してはいたが、マージの手により機兵達は次々と蘇る。

 大きな力はただ放置しておくにはもったいない。無論、それは間もなく装備品として使用される事となり、傭兵団が設立されたのだ。


 それは後の「機兵帝国シュヴァルツヴァルト」の前身となるものであった。

 

 その名を独り言のように例の少女が話しているのを聞いた時は噴き出してしまった。「シュヴァルツヴァルト」はドイツ語で黒い森だ。この世界の言葉は自動翻訳され違和感なく聞いたり喋ったり出来るが、娘の口から出たそれはどう考えてもこの世界の言葉ではない、そのまんまドイツ語のそれだった。


 では何故その名を付けるに至ったのか? 答えは簡単だ。薄々感じていたが、どうやらこの世界がこうなってしまったのは完全に俺の責任のようだ。つまり、ロボで無双出来なくなったのは俺の自業自得ってことだ。


 まずこの機体、カイザーはクロモリ重工の民間軍事部門が開発したものだ。そしてそこの代表取締役である南海みなみ すすむがいい具合に邪気眼を拗らせたおっさんで、第一線で活躍する機体達……残念ながらこのカイザーも含まれるがそれのコードネームに「シュヴァルツバルト」と名付けていたのだ。


 コードネームなのだからそのまま封印すれば良かったものの、設定上はマニュアルにもしっかりと「カイザー:コードネーム シュヴァルツバルト01」と記載されているそうで、どう頑張って翻訳したのか分からんが、マニュアルを解読した昔の賢人どもからそのシュヴァルツバルトが変な具合に後世に伝わり、ついには国名にまでなってしまったのだろう。

 

 そう、あの日強奪されたマニュアル、それがこの世界をねじ曲げてしまったんだ……。


 娘の話には聖典というものがチョイチョイ出てくるが、それはどう考えてもあの日盗まれたマニュアルのことだろう。2000年くらいで完全に解析して、模倣とはいえ再現してしまったわけだ。恐ろしいな人類は。


 で、その後建国された機兵帝国シュヴァルツバルト()は強力な機兵団で身を固めた軍事国家として恐れられている。


 現代においてはその他の国家にもシュヴァルツバルトのそれに性能で劣れど機兵が配備されている。しかし、それはあくまでも魔獣に対する自衛のためであり、他国との戦闘行為を目的としたものではないという。

 

 その理由として一般的に考えられているのは、どの国も伝承により機兵を用いた戦争に対して若干の禁忌感を持っているせいであるとの事だ。


 シュヴァルツバルトだけが一歩進んだ機兵を所持しているらしいのは聖典の存在が大きいのだろうな。メンテナンスマニュアルだからさ、勿論分解図も記載されてるし……どこまで理解されてるのか考えたくないな。


 そして現代は民間の機兵乗りと言うのも居るらしい。その多くがハンターズギルドに所属していて、機兵に乗るハンターはライダーとも呼ばれ其れは一種のステータスになるそうだ。


 ただし、その殆どは発掘されたパーツや魔獣の素材を元に適当に建造された手作り感溢れる機兵らしく、見た目こそバラエティに富んでいるが国家所有の機兵のスペックには遠く及ばないらしい。だが、魔獣討伐には十分な成果を上げられるため、ライダーは重宝されているそうだ。


 娘の話に出てきた魔獣というのがとても気になった。俺が眠る前は聞いたことが無い単語だなと思ったが、どうやらあるときからこの森を中心に各地でじわじわと現れだした新種の生物らしい。


 連中はとても強力だが、倒せれば機兵を強化する良い材料になるとのことだ。


 ……機兵のパーツになる魔獣……? 


 

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