第三話 安寧の日々そして……

平和だ……。


 草原は相変わらず美しく広がり、遠く見える城も戦火に燃えること無く強固な城壁を誇らしげに広げている。


「ううん……パイロットってこんなに来ないもんだっけ?」


『果報は寝て待て、ですよカイザー』


「ちょいちょいスリープモードに入ってるけど果報なんてこないじゃないか」


 あれから5年がたち、相変わらず動けないままの俺は街道の名所扱いされていた。俺の周りにはしばしば露店が開かれ、旅人たちの休憩場所として使われているようだ。


 スミレの言語解析はかなり進み、聞くだけの一方通行ではあるが会話が理解できるようになった。

 しかし、残念ながらこちらからの発信についてはまだ実現出来ていない。それをやろうと思うと音声システム周りに大規模なアップデートが必要となるらしく、より多くのボイスサンプルの収集が必要とのことだ。


 それを考えれば名所にされてしまったのは幸運と言えばそうなのかもしれないな。


 毎日入れ代わり立ち代わりやってくる旅人たちから得られる情報はなかなかに馬鹿にならない。サンプルが得られるばかりか、この世界を知るための情報が向こうからやってくるわけで、動くことができない俺には非常にありがたいのだ。


 遠くに見えるごっついお城はルストニア城と呼ぶらしい。この大陸の東を納めているルストニア王家が所有するお城で、その領土の最東端は海に面しているらしく、そこから魚を王都に運ぶ商人の姿がしばしば見られた。


 ということは、俺の身体をゴソゴソした連中はルストニア王家の連中というわけだが、ルストニアは平和的な考え方を持つ国家で、好んで戦争を起こすような国家では無いらしい。俺を調べたのは領土内に突如現れた謎の物質の調査ってとこかな。


 マニュアルもそういう連中に取られたのであれば万が一解読されたとしても悪いようにはならないだろう。


 その他、多数の国家があるようだが、今の所は必要だとは思わなかったので、データとして記録に残すくらいにしておいた。


 しかし平和なもんだ。俺のことを神像か何かと勘違いしたのか気づけば謎の祠までつくられてしまった。


 時が進むに連れ、すっかり観光地となってしまった俺は待ち合わせ場所に使われる事も多く、また、なんだか少々腹立たしいけれど何故かデートスポットとして重宝されている。


 ただ俺が居るだけではそうはならないのだろうけど、集まる人を目当てとした露店がじわじわと数を増やした結果、気づけば小規模な宿場町の様な場所になってしまい、周辺の街や村と王都を結ぶ街道の休憩地点としても重宝されるようになってしまったのだ。


 欲を言えばパイロットと早く出会いたいものだが、神像扱いされ始めてからコクピットハッチを開けようとする勇者が現れることは余計に無くなり、磨かれることはあってもドラマチックにパイロットを迎え入れるような事件はこの平和な世の中では起きないのだった。


 ◇◇◆


 そしてまた10年の時が流れた。


「御神像様、平穏な日々は貴方様のおかげです。どうか変わらず我らをお護り下さい……」

 

 今日も足下にはおばあちゃんがやってきて祠に花を添えている。御利益も何も出せないのに毎日すいませんねー。


 どうやら運動がてら日課にしているそうだが、毎日ありがとう。いつまでも元気で居てね、おばあちゃん……。


 カメラを動かし露店を見てみれば、以前通りかかった旅人が小さな子供と女性を連れ楽しそうに食事をとっている。


「みてよスミレ、あの男の人前に来たよねえ、奥さんと子供がいたんだね」


『カイザー、あの男性を見かけてから5年と4か月11日が経過しています。推測するに旅先で女性と出会い、結婚。出産を機に実家がある街に戻って定住といった感じかと』


「なるほどなあ、結婚かあ、いいなあ……俺もかわいい奥さんとか欲しいな」


『……カイザーが結婚に憧れを持つとは思いませんでした』


「いやあ、機械の体とは言え、今や自分は男ベースの機体だからね。こうなってしまったらかわいい奥さんの一人くらいは……ってスミレ? なんか声が怖くない?」


『気のせいです。では、異国言語発声システムの構築に戻りますので』


「おーいスミレ! ごめんて! スミレ!」


 そうだ、スミレはAIながらも徐々に感情が芽生え、一時的にヒロインの前川 真奈美が仮パイロットとして搭乗した際非常に機嫌を悪くしていたんだ。


 スミレって、密かにカイザーの事大好きなんだよなあ。

 

 作中の二人のやりとりは夫婦漫才呼ばわりされていたから『私と言うものが居て嫁を欲しがるのか』と結婚願望を聞いて機嫌を損ねたのだろうな……。


 私はとうとう結婚することは無かったけれど、そういう物に憧れが無かったわけではないんだよね。今やお嫁さんに来てもらう側になったわけだけれども、今は私が……いや、俺がカイザーか……スミレとの新婚生活かあ……そう考えると今は異世界に新婚旅行中? わ、なんだか要らん事考えてしまった! あー恥ずかしい。恥ずかしい!


 と、グラりと大きな揺れを感じた。これは日本人ならお馴染みの地震、しかも結構大きいやーつ。


 俺がここに降り立ってからかなり経つが、地震など感じたことは殆どない。ましてこんなに大きな、センサーによるとマグニチュード7ともなる地震は初めてだ。


 周囲の旅人はすっかり怯え、地に這いつくばり天に祈っている。おばあちゃんは……必死に俺に祈りを捧げてるな……。ごめんね、おばあちゃん今の俺にはなんもできないんだ……。


 念のため周囲の様子を探る。


 幸いなことにここには高い建造物など無いのでそこまで甚大な崩落被害は無かった。宿屋は数件建っては居るけれど、大きなテントを使った簡易式のものだったから被害なんてあってないようなものだ。ざっと調べた限りではせいぜい露店の商品がしっちゃかめっちゃかになって気の毒なくらいで、軽症者は居るけれどみんな無事なようだな。


 あちらこちらで地割れは確認できるが、問題視するレベルでは無いため其れもオッケー。


 さらに調査をと、周囲に張り巡らせた各種センサーをチェックしていると……嫌な警告を発見してしまった。


「スミレ……これは……」


『はい、カイザー、後方の山より高エネルギー反応が検知されています。これは……』


「噴火の前兆だな……?」

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