ウザい後輩と、ドーナツ

 翌日、俺はクルミと一緒に隣町のデパートへ。


「初デート以来ッスね。ここ」

「ああ。映画で盛り上がったな」


 今日も、クルミは一人でココへきた。下校時間に合わせて、時間帯もずらして。


「アンズ会長のことだから、一緒についてくるものだと」

「言われたッスよ? でも、大杉先輩とのデートを邪魔したくないから一人で行く、って言ってきたッスよ」


 アンズ会長は現在、誠太郎の洋服を選んでやっているのだとか。何を着させても似合うだろう。なんたって誠太郎だからな。


「どこまで行ったんだ?」

「ハニクロ、ッス」


 正反対の位置にある、大量洋服売り場である。


「やけに庶民派だな。もっと高そうな店を選ぶかと」

「汗かきそうだから、動きやすくてスッキリしたものを着たいんだそうッス。特に、姉は下着が欲しいらしくて」


 アンズ会長は、動きを阻害しない下着を求めているという。普段、どんだけ締め付けてんだよ?


「ペアルックとか、着てきそうだな」


 俺が言うと、クルミは「プッ」と吹き出す。


「お前らって、姉妹の仲はいいのか? それとも」

「普通ッス。あんま干渉し合わないんで」


 そっけなくはせず。が、過保護でもない。互いの詮索もなしだという。


「親が過干渉すぎる、ってのがあって、お互いにウンザリしてるッスから。その反動ッスね」


 フードコートに寄って、ドーナツで軽くデザートタイムとする。


 俺はホットコーヒーと、全種類味見できるコロコロしたドーナツを。クルミは生クリーム系とシュガー系の二つ、アイスの抹茶オレだ。結構、頼んだな。


「服選びだぜ。ドーナツで太ったら大変だぞ」


「ドーナツ一個くらい平気ッス。普段はおやつなんてあまり口にしないんで。むしろ成長期なので、ちょっとゆったりした服を選ぶッス。この間も買ったブラがすぐにサイズが合わなくなり」


「ストップ。ストップだクルミ」


 これ以上説明されたら、想像してしまう。


「んー? 先輩、変な想像しちゃいましたね? あたしがブラをつけているところをイメージしちゃったんスねーっ?」

 ドヤ顔で、クルミが身を乗り出してきた。

 テーブルに体を寄せたから、胸がポヨンと潰れている。


「してない」

「脇のお肉をブラに集めているところを、想像しちゃったんスね?」

「だから、してない!」


 具体的すぎるだろ!


「とんでもないことになりましたね」


 まさか、無意識にカップルくさいことをしていたとは。


「気づかれてないといいけどな」

「あたしとしては、もうバレてもいいッス」

「マジか?」

「だって、先輩のこと好きなのは、ホントッス。あとは、先輩のお気持ち次第で」


 俺に気を使っていたのか。


「別に、彼女がいるくらいで俺も気にしていないが、お前の家に発覚すると、面倒そうだな」


 アンズ会長ですら、誠太郎との交際を隠し通している。


「そのときは、そのとき対処するッス。あたしは次女ッスから、お咎めも少しで済むかも。問題は」

「やっぱ、アンズ会長だよな」

「姉さんは、親ともたびたび衝突してるッス」


 自由で開けた経営方針を打ち出す姉に対し、両親や祖父母は、伝統を重んじて変化を嫌う。

 両者は、まったく相容れない。

 お互い、より良い未来を考えてのことなのに。


 両者の間で、クルミは窮屈な思いをしてきたという。


「端から見ていれば、大した問題じゃなさそうなんだけどな」


 変われない文化は衰退していく。いつまでもビビっていては何も生み出せなくなる。


 アンズ会長の決断は、きっと新しい風をもたらす。


「で、先輩は、あたしのコト、好きッスか?」


「まあ、嫌いでは、ない」

 俺は、歯切れの悪い答えを返した。


「答えになってないッス!」

 アイス抹茶オレを、クルミはコンとテーブルに叩きつける。


「まるでドーナツの穴のようッスね。スッカスカで、見通せないッス」

「お前がもうちょっと、おとなしい性格なら、惚れていたかも」


「へーえ」

 にへら、と、クルミはしたり顔になる。


「じゃあ先輩っ、今日は普通モードでデートするッスか?」

 俺の手に、クルミが手を重ねてきた。


 体温が一気に上昇する。本当に、黙っていれば美人なのだ。クルミは。


 しかし、すぐにクルミは吹き出す。


「デヒヒヒッ、だめッス。恥ずかし」

 両手で顔を覆い、クルミは突っ伏してしまう。


「なんで。なんでダメなんスか。こんなにも好きなのに、素直になれないッス」


 クルミはクルミなりに、キャラ付けに戸惑っているらしい。


「ごめんなさい。普通の子とデートしたいッスよね? こんなおちょくってくるやつとなんて、一緒にいたくないッスよね?」

 そう言って落ち込んでいるクルミの表情は、今にも泣きそうだ。


「いいって。自然体のクルミでいいんだよ」


 俺が告げると、クルミは「はふう」と一息つく。


「ありがとうッス。もう、どれが普段のあたしなのか、もう自分でもわからなくなってきたッス! 先輩のこと好きなのはホントなので、信じてほしいッス」

「もう聞いたよ。ありがとな」


「はわぁ」

 魂が口から抜けそうな顔になっている。


「服を選びに行くぞ」

「はぁい」

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