モノクロ

夕凪

第1話

 頬を撫でるぬるい風が、やけに心地よく感じる。午前二時。草木も眠るこんな時間にコンビニにいる客なんて、社会不適合者に違いない。勿論、私を含めて。そんなことを考えながら、特に買いたいものもないまま店内をうろうろしてると、ドリンクコーナーの前に、鍵が落ちていることに気が付いた。

 ピンクのアクセサリーが付いた、可愛らしい鍵。いや、鍵に可愛らしいも何もないので、アクセサリーが可愛いだけだけれど。月を模ったそのアクセサリーは、何処か悲しげに見えた。物に感情はないけれど。今日の私は少しおかしいのかもしれない。良く言えば、感受性豊かと言ったところか。ポジティブに行かなければ。


 結局、スティックタイプの氷菓子を一つだけ買って、コンビニを出た。店の前で財布をポケットに仕舞おうとしたところで、ポケットに何かが入っていることに気が付いた。鍵だ。あの鍵が、ポケットに入っているのだ。暫しの逡巡の後、私はポケットの鍵を、持ち帰ることに決めた。やはり、今日の私は少しおかしいらしい。よく言えば……いや、流石に、良く言いようがない。


 家の近くの公園で、ブランコに乗りながら鍵を観察する。やはり、可愛らしい鍵だと思う。流線型のフォルムがいい。多分鍵だと思うのだが、少し変わった形をしているため、鍵だと言い切れないような気もする。この鍵自体が、アクセサリーなのかもしれない。アクセサリーにアクセサリーを付ける。そういう時代なのだろうか。

 私が鍵を拾ったことで、困る人がいるかもしれない。そう考えると、少し、胸が痛む。拾ったというか、盗んだというか。この罪が災いして、天国に行けなくなったりするのだろうか。それは困る。もう返してこよう。それがいい。この鍵には十分、楽しませてもらった。


 10分程前に出たばかりのコンビニに、もう一度入る。焦りを悟られないように、ゆったりとした歩調で、ドリンクコーナーへと向かう。周囲を警戒しながら、ポケットから鍵を取り出す。音を立てないように床に置き、偶然見つけたような演技をしながら、鍵を拾い上げる。観客のいないこのショーには、いったい何の意味があるのだろうか。そして拾い上げた鍵を、店員に渡す。ロッカーの鍵だったらしく、それなりの感謝をされた。悪い気分ではなかったが、良い気分でもなかった。


 こうして、くだらない夜は幕を閉じた。あの日、やけに寝つきが悪かったのは、アイスキャンディーの成分のせいだったに違いない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクロ 夕凪 @Yuniunagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ