I’m ヒーロー~僕は便座カバーで変身します~

タオル青二

~初めての戦イ~

 便座カバー。

 それはトイレを守護するもの。


 便座カバー。

 それは冬の便座の冷たさから、お尻を守るもの。


 便座カバー。

 それはインテリアとして演出できるもの。


 役割は複数あるが僕の家では他にも特異な機能がある。といっても後付けで宿ものだが。

 我が家の便座カバー、魂があるのだ。奇妙なことだが、我が家では便座カバーと話すことができる。口などないにもかかわらず言葉を投げてくる。

 そしてもう一つ、とびきりの機能がある。

 ――変身。特撮モノにあるような戦闘用スーツとパワーアップができる。僕はこの機能を使って、日夜ヒーロー活動にいそしんでいた。


 ちなみにこの機能は僕にしか働かない。会話できるのも僕だけ、変身できるのも僕だけだ。




 バコンッ!

 殴りつけられた相手の身体は地面に接し左手で頬を押さえる。

 今は路地裏に計6人。変身した僕、助けを求めた人、不良4人組。

 まだ昼間だというのに光射す量は少ない。この場を救ってくれるヒーローの輝きなど考えもしなかったであろう彼は、ずっと鳩が豆鉄砲食らった顔で立ち尽くしている。

 そんな中、僕の方に鋭い目つきを向けてくるのは不良リーダー格。倒れた半身を起こしながら左手は離さずに怒号のように口にした。


「ッテメェ、聞いたことあるぞ! この近辺で俺らみたいなのを襲ってくる変態スーツ野ろ――ぐばっ⁉」

『俺様は変態じゃネェ!!』


 押さえる左手ごと蹴り飛ばされるリーダー格。

 ちなみに今のは僕の意思で動いたわけじゃない。便座カバーの意思だ。

 僕の心の中では「いや、変態で合っている」と呟いていた。


「兄貴イィィィィ!」と叫ぶ取り巻き3人の口はアヒルのくちばしのように尖っていたと思う。3人揃って路地裏の奥に蹴飛ばされたリーダーのもとに駆け寄る。


「しっかりしてくださいよォ!」


 もろにくらってはすぐに起き上がることはあるまい。

 揺さぶってやるな、早く救急車呼んであげてくれ。


「あんな便座背負った青タイツ野郎始末して見せ――っごばぁ⁉」

「好きでこんな格好してねえわ!」


 ドロップキックが綺麗に決まる。取り巻き3人は同時にKOとなった。

 ちなみに今のは僕の意思だ。誰が好き好んでこんなダサい恰好するもんか。禁忌に触れれば足も出るというものだ。

 ……人が気にしている事を言わないでもらいたい。勝手にこんな見た目になったのだからどうしようもない。


 身体を返し、呆然とする彼に声をかける。


「君、怪我はない?」

「――え? あ、はい、大丈夫です……けど」

「それじゃよかった。僕はこの後救急車呼ぶから君は今のうちにこの場から去った方がいいよ」

「……はい、そうしますけど…………あの」

「うん?」

「あなた、最近噂になってる人ですよ……ね? いったい何者なんですか?」


 名前は噂に入ってないのか。じゃあここで名乗って噂話に加えてもらうとしよう。


「僕は——蒼き守護者プロテクター・ブルー


 決して便座カバーマンではない。




 我が家の便座カバーに魂が宿ったのは既に1カ月前のこと。

 僕に語りかけた存在は確かに夢の中でこう言った。


『汝に力を与えよう。君の世を邪悪から守り抜く力だ』


 何故夢で提案をしてきたのか。しょうもない夢だと思ったので――このとき普段は見ない明晰夢だと誤認したものだから――力ある存在の、魂の依り代探しについて面白がって適当な返しをした。


『我は魂だけではこの星にはいられない。器を探しておるのだ。宿す器はそれなりに力を秘め、守護するイメージを抱くモノが望ましい』

「我が家だと……そうだな、便座カバーなんかどうですかね?」


 多分にっこにこで吐いたセリフ。流石に神棚を挙げるのはまずいだろうと。目が覚めた翌朝、問題の便座カバーを見てげっそげそになったもんだ。

 せっかくになれる機会を得ながら、適当に対応してしまった自身を後悔した。


 対してなんだあの魂は。

 夢の中の口調は完全にかしこまった超常の存在として振舞っていたはず。

 いざ物体への憑依を了すると、もうゴールしたかのように、もう仕事が終わったかのようにOFFモードで話だした。


『へへ、お前の母ちゃんの尻も、妹の尻も俺は味わってやったぜ! テメェの親父のは吐血したくなるほど臭かったがな……』


 このエイリアン、最低だった。

 聞きたくもない母親の尻事情をぺらぺらと話し出したかと思えば、今度は妹の尻情報を声高らかに話し出す。

 速攻で洗濯機の中に放り込んでやったのを覚えている。

 その日はヤツに地球の怖さを教えてやった。長時間水の中でもみくちゃにされる恐怖を。


 洗濯ばさみに挟まれ吊るされて、便座カバーは語る。

 そもそもこんな形に押し込めようとしたお前もお前だと。

 せっかく世界の危機を打開する力を貸してやるのにと。


 若干渋々ではあったが、謝罪はした。

 世界を壊す悪夢へ対抗する手段をくれた異星人。

 聞けば仕事上仕方なくだというが、心からでなくとも助力してくれるのだ。無下にしてしまったのはなんだか申し訳なかった。


 ……家族の秘部を口にされるとは思わなかったが。


 この後に変身して別の惑星人、侵略者である‟ネローン”との戦い方や自分たちの闘いの歴史、どうすればこの戦いが終結するかなど聞きだした。




「でも、お前の言ってたネローン見当たらないな」

『流石に狡猾なヤロウだからなァ。ここ以外の星に逃げられた時も』

「――あー! あおいお兄ちゃんだー!」


 会話を切ったのは真下で電柱を見上げこちらを指さす少年だった。

 電柱の上にいる僕を見つけるなんて子供は目ざといものだ。

 このスーツは空の青さに同化する、擬態のような能力を持っているんだけど一部には上手く作用しない。

 烏や雀、昆虫なんかは露骨に避けてくるあたり第六感というか、そういったものには弱いらしい。子供はまだまだ野性味を失っていないということかもしれない。


 得体の知れないエイリアンは当然として人間自身もまだまだ未知の領域があるもんだなぁ、なんて思いながら電柱の上から足を落とし、すっと着地する。

 着地の衝撃で背負ってる便座が――何故これを装着してるのかは僕も便座カバーも知らない――背中に当たってカコンと音を鳴らした。


「うわー! やっぱりお兄ちゃんすげぇー!」


 風吹かない日の下で元気はつらつにはしゃぐ少年の名は勇気くん。

 実は僕のご近所さん。

 以前、変身を見られるという失態を演じてから彼は僕のことを秘密のヒーローとして口固く、ひっそりと僕を応援してくれている。

 時折大きな声で叫ぶのはやめてほしいところだけど、子供だからな、仕方ない。

 今日は公園に行く途中だったのだろうか。いつでも元気な男の子だ


 ちなみにヒーロー活動は親にも言っていない。こんな格好で暴力沙汰してますなんて言えるはずもなく。

 彼しか今のところバレていないのだ。


「勇気くん、僕のことを見ても」


 口元に人差し指を当て、シィーっと伝える。少年も同じくして返す。


「うん、分かっているならよろしい」

「はーい」


 素直ないい子だ。僕にはこの素直さが眩しい。

 頭に右手をポンポンッと、して気付いた。


「……」


 勇気くんの様子が変だ。何か考え事をしているような。

 どうしたのだろうか?


「どうかした?」

「あのね、……お兄ちゃんはヒーローになりたかったの?」

「うん、そうだよ」


 即答したが、多分これは聞きたいことの本質じゃないだろう。わざわざ考える間を持っていたのだから幼い頭なりの考えがあると思った。


「勇気くんは、ヒーローになりたいの?」

「うーん、ヒーローじゃないけどなりたいものはあるんだ。あ、でもね、ヒーローはかっこよくって大好きだよ!」


 お! ヒーローその人を前にして違うものになりたいと告げたことにフォロー入れるなんて、賢いもんだ。


「お兄ちゃんはなりたかったヒーローに、なれたんだね。ぼくもヒーローみたいにになれるかなぁ……」


 子供はいつだって純粋無垢だ。なりたいものになる可能性を秘めているし、どこまでも自分を信じている。

 少なくとも昔の自分はそうだった。

 でも年を重ねるにつれ、僕は自身の目指したいものが存在だと気が付いた。

 というより気が付いてしまった、が正しい。この世界には特撮ヒーローも、彼らが倒す悪の秘密結社もないんだと。その姿をヒーローショーで目にしても本物じゃないんだと知ってしまうようになったのはいつ頃からだったか。


 純粋な瞳が僕を見やる。暗い面持ちの少年。その瞳に映る正義の人。

 僕はどう言葉を紡いだらいいかと思ったが、次の瞬間には論理的思考など放棄して純なままで想いを返した。


「君は、護れる人になれるよ」


 少年の肩に手を置いて僕は語った。


「ときには誰かから止めろと言われることもあるかもしれない。でも君は確かに、大切な人を護る、かっこよくて、皆が憧れるような男の子になれるさ。僕が保証するよ」


 ――今のところただの自警団みたいなことしているだけ。

 ――本当の悪となんか戦えていない。

 ――ただ憧れた護る人になれるを貰っただけだ。


 そんな僕でも、子供から「ヒーローかっこいい!」なんて言われた。

 小さい君にこれから先の社会の不自由さを、もどかしさを、難しさを知らせるのは違うと思ったんだ。


 ――だから僕はそう答えた。


 強い風が少年の背後から流れてくる。

 満面の笑みに変わる彼は何か吹っ切れたように、心のつっかえが取れたように喜んだ。


「ありがとうお兄ちゃん! ぼくもお兄ちゃんみたいにまもるよ!」

「うん、応援してるぞ!」

「やったー!」




 勇気くんと別れてからもパトロールは続けた。

 遺憾ながら青タイツ便座として噂があるようでチンピラみたいなのは息をひそめているようだった。

 だから今日は何事もなく帰路につくものだと思った。

 そう、思っていた。


「なんだアレ?」


 2キロ程先の風景。ぼっやとした輪郭が一つ。蜃気楼のように揺れていたそれはしっかりと形を持って現れた。

 大きい。とても大きい。その姿はまるで――


「なんだあああああ⁉」

「怪獣だあああああ!」

「きゃああああああ!!」

「逃げろおおおおおお!!!」


 叫ぶ声がする。それは巨大怪獣の足元からの悲鳴。住民はいきなりの事態を呑み込めず、ひたすらに当てのない逃避行をするばかり。


「おい!」

『ああ、ついにきたゼ』

「ッ! マジであんなサイズなのかよ……」


 巨体の高さは10階建てビルに相当するとみていいだろう。

 その外見はぱっとイメージする恐竜のような、ティラノサウルスの姿形とは全然違って。


 言い表せば、‟花”なのだ。

 天に向かって花開く、全く違う2種類の花が合わさった巨大生物。先が尖った花びらと対象に丸みを帯びた花びらが、それぞれのまま群れ合い大きく咲く束になっている。葉もそれぞれに、楕円のような形とのこぎりのようにギザギザと攻撃的な形で存在している。


 大きな花が、一歩前方へと動く。その歩幅は決して大きくはない。

 だが、その足元に根っこのように伸びる蔓が家々を侵食していく。

 蔓がうねりもって民家を襲う。日常を過ごす空間をことごとく破壊する。窓ガラスを割り、細く伸びる蔓は中にいた無抵抗な人々を巻き込み、絡め取り、窒息の先にある安楽へといざなう。


 次の一歩が再び人々を襲う、そう思った瞬間に足は走り出す。


「便座カバー! どうすればいい⁉」

『誰が便座カバーダ! あれ程巨大な敵との遭遇は初めてだガ、いつも通りなら奴の核を見つけ出せばそこを破壊して終わりダ!!」


 全速力で現場へ向かう。未知との遭遇から逃げる人の波が前から押し寄せるが、塀の上に跳び上がって避け、逃げ惑う人々の横を全力で駆け抜けた。

 巨体の周りを屋根の上伝いに核を探すようにひた走った。

 近づくほどに花の甘い香りが漂う。


 植物の様相は変わらず前方に歩を進めるだけだった。こちらを気に留める様子はない。


『核発見! 奴の花束の中、中心にあるゾ!』

「ちょっと待て、どうやってそれ壊すんだよ⁉」

『突入あるのみ!』

「馬鹿なのか⁉」


 とはいえ、今できる中では一番正しい。

 問題はその方法。

 よじ登るにはノコギリ葉が危ないかもしれない。蔓で鞭のようにされるかもしれない。警戒を抱かせないのが一番だ。

 ならば――貫く。


 幸い少し離れたところに15階建てのマンションが見える。その屋上から核の上に向かって跳躍し、落下の勢いと共に力で花ごと貫けば。

 やったことはないし、相方も具体的にそれを後押ししないが迷っているだけじゃ駄目なんだ。


 マンションを跳び上がり屋上へ。そして対象に向かって跳ぶ最適なラインを決める。


 少し呼吸を整える。

 ――集中しろ。

 今ここで僕自身にできることを信じる。

 ――集中しろ。

 今救える僕を信じる。


 ――集中しろ。

 僕は、皆を護るヒーローなんだ!!


 飛行機の滑走路を走るように、駆けた脚は跳躍する。


「うおおおおおおお!!!」


 雄叫びを上げ、距離にしておよそ80mの大ジャンプ。

 じたばたとした手足をピンと伸ばして、空気抵抗を減らす。


 空跳ぶ蒼い正義は、同化機能で皆からは見えないだろう。

 誰が活躍したか、誰も知らない。

 その上でのハッピーエンドかもしれないが、別に構うもんか。

 僕の噂話は、それだけで誰かを護れる。名が明確なほどそれは効果をもたらすだろうと。僕を崇めてほしくてやってるわけじゃないんだから。


 対象の上空で跳躍の力が止まる。

 落下に備えるその時――蔓が花を覆い隠したのだ。

 防衛本能か、あるいはこちらを既に警戒していたのか。

 落下が始まる。


 このままじゃあ蔓に阻まれて失敗する! 今食い止めなきゃ被害が広がってしまう!

 もし、もしこのまま奴を蔓ごと突き抜けることができたら――!


「な、何だ!? 背中の――」

『あン⁉ 何だこリャ!?』


 背中に背負った便座が青白い光を放ちだす。これこそが本当の使い方だと言わんばかりの輝き。

 物凄く溢れたその力は、僕を、いや僕たちを包み込む。

 同時、便座は背後で水を生みだし僕たちに力として纏わせた。


 水は時として、刀をしのぐ切れ味を持つ。

 身に纏う水衣。僕はそれを――最高の矛とする。


 突貫するヒーロー。

 水流によって千切れ、盾を失っていく植物。

 水越しに見えた核は一瞬でその形を崩していく。


 敵の核を今、貫いた。


「っぐ……」


 声が漏れた。

 崩壊する巨体がクッションとなり地面との激突は防げたようだ。

 咲いた花が散っていき茎や蔓は枯れ始めた。


『……おイ、終わったゼ。早く立ち上がれヨ』

「……」

『おメェ、気絶してやがんナ』


 しょうがねえナァ。……まあ今回の功労者だしヨ、労ってやるとするかイ。

 民間人どもが群がる前にずらかるとする。俺様はこいつの脚を、身体を動かしてやって大きくジャンプする。


 全くすやすや眠りやがっテ。こんなもんはこれからの始まりだってのにナ。

 でもマァ、今は休ませてやるとするカ。


 花の甘さも絶え絶えとなっていく。安堵の笑みを浮かべる地球人は数知れず。それと共に宙を跳ぶ人間の喜色満面な寝顔。

 誰かを護るヒーローとなった地球人の想いはここに、確かに成就したのだった。





 ――独白


「ほらやっぱり。お兄ちゃんはヒーローだった」


 ぼくは何もない空間に呟く。

 エイリアンは納得してはくれないけど、確かに喜んでいるのが分かる。


「今日、よういしたのは始まりだよって、おしえてあげようと思ったんだ」


 カイジュウは「おためし」ということもあって、まねしてみたのはたんじゅんそうな生き物のショクブツにしてみた。えらんだ花は沈丁花ジンチョウゲとノコギリソウ。

 花言葉は沈丁花(永遠)とノコギリソウ(戦い)。


 うん、ぼくたちで永遠に戦おうよ、お兄ちゃん。

 ぼく、今日お兄ちゃんに勇気づけられたこと、わすれないよ。


『君は、護れる人になれるよ』


 ヒーローの活躍を大好きになったら、どうして今の世界にはいないのかなって考えてたんだ。

 そして気が付いたんだ。んだって。

 ぼくもヒーローが活やくするの大好きだから、この世にいるはずもなかったヒーローを、そんざいさせ続けるために。


 だからぼくも、まもるよ。

 だってヒーローはだから。

 ぼくが悪で、お兄ちゃんが正義。


 ぼくが、ヒーローを、悪ものまもる人になるよ。


 ――終

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I’m ヒーロー~僕は便座カバーで変身します~ タオル青二 @towel-seiji

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