イントロバートガール·シヴァルリィ～無気力少女の異世界冒険記

第百一話 根深い内情

そして午後（ごご）――。

簡単（かんたん）な食事をいただいた後に、ルバートに連れられた俺たちは客間（きゃくま）から宮殿（きゅうでん）の大広間（おおひろま）へと移動（いどう）していた。

「うぅ……なんかお腹（なか）が痛（いた）くなってきた」

腹部（ふくぶ）を手で押さえながら、顔色（かおいろ）まで悪（わる）くなっているビクニ。

いつもなら出された食事をイナゴの大軍（たいぐん）のごとく食い尽（つ）くすビクニだが、貴族（きぞく）との会議（かいぎ）でのことを考えていたせいか、ろくに喉（のど）を通（とお）っていなかった。

人見知（ひとみ）りのこいつが大勢（おおぜい）の者の前で話をしなければならないだから、まあそうなるのはしょうがないだろう。

俺たちは食事のときにルバートから、この海の国マリン·クルーシブルのことを詳（くわ）しく聞かせてもらった。

マリン·クルーシブルは昔（むかし）から王がいない決まりで、宮殿に住む上流階級（じょうりゅうかいきゅう）の者たちによって政治（せいじ）が行（おこ）われているようだ。

それと、昨日（きのう）に旧市街（きゅうしがい）で泊（と）った宿屋（やどや）の店主（てんしゅ）――。

猫（ねこ）の獣人（じゅうじん）の女が言っていた――マリン·クルーシブルは世界が平和（へいわ）になった後に、愚者（ぐしゃ）の大地（だいち）をはじめとする大陸（たいりく）から大量（たいりょう）の亜人たちが移（うつ）り住（す）んできたという話も聞かされたが、少しだけ内容（ないよう）が違（ちが）っていた。

ルバートの話では、旧市街はこの国に元々（もともと）いた亜人たちの住む場所で、種族差別（しゅぞくさべつ）が始まったのは最近（さいきん）ではないとのことだ。

「ただ、亜人たちが増（ふ）えすぎているのはたしかだね。それと悲（かな）しいことに彼らの中には暴力（ぼうりょく）に訴（うった）える者いる」

悪循環（あくじゅんかん）の典型的（てんけいてき）な例（れい）だ。

上流階級や中心街（ちゅうしんがい）の連中（れんちゅう）は、亜人たちの文化（ぶんか）や考え方を嫌（きら）っている。

そこで生まれる差別意識（いしき）によって、迫害（はくがい）されていく亜人たちは恨（うら）みや貧困（ひんこん）から罪（つみ）を犯（おか）すようになる。

そして、さらに上流階級は亜人たちを弾圧（だんあつ）していく。

けして止まることのない最悪（さいあく）の循環（じゅんかん）。

そりゃ港（みなと）でクラーケンがいくら暴（あば）れようが、上流階級の連中が助けを出さないわけだ。

思っていた以上（いじょう）に根（ね）が深（ふか）そうだな、この国の内情（ないじょう）は。

その上流階級の中には、当然ルバートの一族（いちぞく）――フォルテッシ家（け）も含（ふく）まれているが、彼の世界中に轟（とどろ）く名声（めいせい）のわりには、あまり発言力（はつげんりょく）がないということも聞いた。

俺はむしろ勝手（かって）に旧市街（きゅうしがい）へ行って、亜人（あじん）たちと仲良（なかよ）くしているのに上流階級のままでいられるのは、その名声のおかげなのだろうと思った。

どこの世界でも恵（めぐ）まれている者というのは、周（まわ）りを理解（りかい）していないことが多い。

ルバートは確実（かくじつ）にそういう人間だった。

まあ、だからこそ亜人たちを差別せずにいるんだろうけどな。

生まれたときの環境（かんきょう）や教育（きょういく）というものは、洗脳（せんのう）と言ってもいいくらい強力（きょうりょく）なものだ。

それにとらわれずに、自分の考えを持つルバートは、剣などなくても強い人間だということがわかる。

しばらく歩き、ルバートが扉（とびら）の前に立ち止まる。

どうやら到着（とうちゃく）したようだ。

「さあ、ここだよ。入ったらまず私が君らを紹介（しょうかい）するから、挨拶（あいさつ）をしてくれ」

「わ、わわわ、わかりましたッ!」

自分の体を、まるで氷海（ひょうかい）で凍（こお）ってしまった魚（さかな）ようにカチンコチンにしているビクニ。

おいおい、そんなんで会議（かいぎ）に出て大丈夫かよ……。

「そんなに緊張（きんちょう）しなくてもいい。ビクニ。君は見たままを話せばいいのだからね」

穏（おだ）やかに微笑（ほほえ）みかけるルバート。

だが、それもあまり効果（こうか）はなく、ビクニは固（かた）まったまま首（くび）をぎこちなく縦（たて）に振（ふ）った。

そして扉は開かれ、俺たちは宮殿の大広間へと足を踏（ふ）み入れた。