第八十話 海の国マリン·クルーシブル

マリン·クルーシブルは海の上にきずかれた国だ。


まちの中には縦横無尽じゅうおうむじん水路すいろがあり、基本的きほんてきにゴンドラというボートが住民じゅうみんの足となっている。


とりあえず俺たちは、街の中心部ちゅうしんぶへ向かうために近くで見かけたゴンドラのぎ手――船頭せんどうに声をかけた。


その船頭は俺たちを見て、子供の旅人はめずらしいと言い、無料むりょうで中心部へとせてくれた。


随分ずいぶん気前きまえのいい老人ろうじんであったが、俺の実年齢じつねんれいを聞いたらきっとおどろくだろうな。


今でこそ俺は少年の姿すがたをしているが、本来ほんらいちからさえ取りもどせればもと風格ふうかくのある姿へと戻れるんだ。


まあ、面倒めんどうなのでいちいち話したりしないが。


「わぁーすごい綺麗きれいだね!」


ビクニがめずらしくはしゃいでいる。


ゴンドラにられながら、進んで見えてきた街並まちなみに目をかがやかせていた。


ググも同じように楽しそうだ。


「私の好きなライト文芸ぶんげいにヴェネチアが舞台ぶたいのほっこりミステリーがあるんだけど。ここはまるでその世界の実写版じっしゃばんだよ」


俺はこう見えても地理ちりくわしいほうだが、ヴェネチア? はて、聞いたことない名だな。


それに、ライト文芸だの、ほっこりミステリーだの、実写版だの、よくわからない言葉だ。


ビクニはやはりこの世界の者じゃないのか?


……いや、この女を見るに、ただの頭のおかしいやつ可能性かのうせいのほうが高いな。


とくに、よく知らん者のために自分のいのちけるようなところは、完全にイカれているとしかいない。


大体だいたい女の暗黒騎士あんこくきしなんて存在自体そんざいじたいがありないし、しかもまだ子供ガキだ。


そのうでに付けた魔道具まどうぐを見るに何かしらの加護かごを受けてはいるのはわかるが、それをきにしてもこの世界の常識じょうしきえた存在そんざいではある。


「見て見てソニックッ!」


ビクニが声をかけてきたので、この女のいう方向ほうこうを見てみた。


なんてことはない、そこにはエルフやドワーフなどの亜人あじんが歩いているだけだった。


たしかに、この女のいたライト王国のほうではあまり見かけないかもしれないが、それにしたってこのうれしそうな顔を……。


まるではじめて魔法まほうを見た赤んぼうみたいだな。


「森の中でも十分じゅうぶんに思っていたけれど、これぞファンタジーッ! いや~やっぱり異世界いせかいはこうじゃなくっちゃね」


そして、一人で両腕を組んでコクコクとうなづきながら、何やらみょう満足気まんぞくげにしていた。


まったく、ファンタジーだ、異世界だ、とさけんでいるが、お前の存在のほうが余程よほどおかしいと言ってやりたかった。


だが、話で聞いていた程度ていどだったのもあって、この海の国マリン·クルーシブルは俺の予想よそう裏切うらぎ場所ばしょだったことはたしかだ。


水の上にかぶ街のたたずまいは思っていた以上にうつしい光景こうけいで、いつも猫背ねこぜ覇気はきのない顔をしているビクニが、ついはしゃいでしまっている気持ちもわからんでもない。


歩いている住民たちにも笑顔が多く、きっと貿易都市ぼうえきとししてさかえているため、住んでいる者たちもみな裕福ゆうふくなのだろう。


しかし……。


さっき見たエルフやドワーフにはその笑顔がなかった。


身に付けている衣服いふくも、人間ぞくの者たちより貧相ひんそうに見えたし……。


もしかしたら亜人たちは、この国では肩身かたみせまい思いをしているのかもしれない。


まあ、俺には関係かんけいないことだ。


この国に貧富ひんぷがあろうがなかろうが、正直しょうじきどうでもいい。


とりあえず今は愚者ぐしゃ大地だいちへ向かうことが先決せんけつだ。


……なんだかこの女がそのことを知ったら、とてつもなく面倒めんどうなことがこりそうな予感よかんがする。


ビクニは、何かと巻き込まれやすいタイプだと自分では言っているが、俺からすれば巻き込まれても逃げないこいつに問題があるんだ。


せいぜいこの国では、巻き込まれても大人おとなしくしていてもらいたいもんだ。


「ほら、いたよソニック。ボケッとしていないでちゃんとおじいさんににおれいを言わなきゃ」


そんなことを考えていた俺の背中せなかをポンポンたたいたビクニが、まるでダメな子供をしかりつける母親のような顔していた。


この女は何故か俺のことを年下の男――自分のおとうとのようなあつかいをするときがある。


「ほらほら早く早く」


ここで言い返すのも面倒なので、俺は素直すなおにビクニにしたがうことにする。


俺たちは船頭へ礼を言い、ゴンドラからりると、マリン·クルーシブルの中心がいへと歩き出した。

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