第十三話 明日は名前から

兵舎へいしゃから自分の部屋への帰り道――。


私はいろいろと反省はんせいしていた。


あの吸血鬼きゅうけつきの少年は、突然知らないところで目をましたんだ。


元々荒々あらあらしい性格せいかくだったぽいし、内心で落ち着いてなんていられなかっただろうし、あんなふうに怒鳴どなり出すのもしょうがない。


それに……。


私もいきなり知らない場所で目が覚めておどろく気持ちならよくわかるし……。


「……って、どうして私があんな奴のことでふさまないといけないわけ!? 私は被害者ひがいしゃで殺されるところを助けてやった恩人おんじんだぞ!」


ストレスのメーターが限界げんかいに来てしまった私は、人目も気にせずにその場で癇癪かんしゃくこしてしまった。


リンリがよく私のことを爆弾ばくだんかかえていると言っていたのは、この発作ほっさみたいなくせのことだ。


「……いかんいかん。こんなんじゃこの魔道具まどうぐがなんではずれたのかを知ることができないじゃん」


城内にいた兵士たちが、突然大声を出した私を見てオロオロとしていた。


……まずい。


吸血鬼の少年の部屋から出てきた私が、癇癪を起こしていたとラビィ姉に話されでもしたら……それは非常ひじょうにまずいよ!


私は引きった笑顔を作って手をると、兵士たちが満面まんめんの笑みをかべて手を振り返してくれた。


とりあえずこれで大丈夫かな……?


そして、自室に戻ってからあらめて考えてみる。


私はああいうときにどう行動こうどうすればよかったのか。


といっても、引きこもりのコミュしょういんキャの私の人生経験じんせいけいけんでは答えなど出せず、結局けっきょくばあちゃんの言っていたことや、やっていたことを思い出していた。


「まずは挨拶あいさつからだよねぇ。そしたら自分の名前を名乗なのって、相手の名前をおしえてもらう」


前にお婆ちゃんが、私が知らない人と話すのが苦手にがてだと話したときに、何気なく言っていたこと――。


不思議ふしぎなものでねぇ。お前とかあなたとかじゃなくって、ちゃんと名前で呼びあっていると、気づかないうちに馴染なじんでいるもんなんだよ」


そう言っていたお婆ちゃんは、必ず出会った相手のことを名前で呼ぶ人だった。


宅配便の人や、物を売り付けようとしてくるセールスマンが相手でも、絶対にその目の前にいる人の名前を覚える人だった。


そういう人だったせいか、お婆ちゃんが電話でオレオレいう振り込め詐欺さぎに引っかったことはない。


それは必ず相手の名前、フルネームを確認かくにんするからだった。


「名前かぁ……うん、明日は私の名前を名乗って、彼の名前をちゃんと覚えるところから始めよう」


その後――。


ラビィ姉が、いつものように私の部屋にばんご飯をはこんで来てくれた。


今日のメニューはお昼と同じで、焼き立てのパンと野菜やさいスープ、そして|牧場ぼくじょうからとどけられたチーズだ。


「何か聞けたっすか?」


ラビィ姉が、パンにかじりつく私に何の前触まえぶれもなくたずねてきた、


訊かれるとは思っていたけれども、思わずビクッと狼狽うろたえてしまう。


そして、頭の中でビクニだけにビクッ! ……なんてくだらないダジャレまでかんでしまった。


「今日は彼、すごくつかれていたみたいだからさ。私はすぐに部屋から出たよ」


「どうせ俺は寝るとか言われて、すごすごと引き下がったんじゃないすっか?」


「ビクッ!」


「それで、私は被害者で殺されるところを助けてやった恩人だぞ! とか言って、廊下ろうかさけんでいたんじゃないすっか?」


「ビクビクッ!」


ラビィ姉は、何か言うたびにビクついている私を見て、大きなため息をついた。


「で、でも、明日は大丈夫! きっと話してみせるよ! いや……たぶんだけど」


自信じしんがあるようなないような私の態度たいどを見て、ラビィ姉はクスッと笑っていた。


……大丈夫、明日は大丈夫……なはず……。


その後、ベッド入った私は、おまじないのように何度も何度も大丈夫、大丈夫と心の中で言い続けた。

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