第十話 久しぶりの全力

私はあわてて吸血鬼きゅうけつきの少年を追いかけたけど、動きづらいドレスとれないヒールのせいで思ったように走れない。


いや……たとえジャージ姿で運動靴うんどうぐついていたとしても、長い引きこもり生活のせいで体力が落ちている私には彼に追いつくことはできなかったと思う。


あの黒く禍々まがまがしい腕輪うでわは、全然好きじゃないし、むしろいらないけど――。


一応、奇跡きせきいずみ女神様めがみさまからもらったものだし、私がライト王国で食っちゃ寝生活をするためには必要ひつようなもの――。


気乗きのうすだし、ホントまことにもって不本意だけれども、私を暗黒騎士あんこくきしとたらしめているのはあのアイテムなのだ。


私は走りづらいヒールをぎ捨て、ワンピースドレスのスカートのすそをたくし上げて追いかけた。


これでだいぶ走りやすくなった。


その姿は、我ながら結婚式場から逃げるウエディングドレス姿の花嫁はなよめか、はたまた退屈たいくつ王宮おうきゅうの生活から逃げ出そうとするお転婆てんばなお姫様か。


息をハアハアッと切らし、そんな余裕よゆうはないというの、私は今の自分の姿にそんな妄想もうそうを始めてしまっていた。


こんなときにとは思うけど、しょうがない。


私にとって、妄想をすることと鼻と口から呼吸こきゅうすることは同義どうぎなのだから。


「待て~! 私の魔道具を返せ~!」


「くそッ! まだついて来んのか!? よし、こうなったら」


苦しそうに追いかける私のほうを振り返った吸血鬼の少年が、こっちに聞こえるくらいの大声でそう言うと――。


突然彼の背中からコウモリのつばさえて、そのまま空へと飛んだ。


いや、たしかにファンタジーの世界で吸血鬼は飛べるとは思っていたけど。


人の背中から黒い翼が生えるのをライブで見ると、わかっていてもおどろいてしまった。


「えぇ~!? そんなのズルいよ!」


「へへ、バ~カ~バ~カ~」


空中から見下ろしている吸血鬼の少年は、口からしたを出して、私を小馬鹿こばかにするようにいていた。


せっかく全力疾走ぜんりょくしっそうして追いかけたのに……。


ヒールを脱いで、裸足で走って、足の裏がいたくなる思いまでしたのに……。


全力で取り組んだことが水のあわになってしまった私は、思わず涙ぐんでしまっていた。


だけど、次の瞬間――。


私の頭の上を一本の矢が飛んでいった。


そしてその矢は、少年のコウモリの翼を見事みごと射抜いぬく。


「うわぁ~!? 落ちるぅぅぅ!」


翼に矢がさった少年はそのまま地面へと落下らっかした。


「はあ~ついてきといてよかったっすよ」


私の後ろにはラビィ姉が弓を持って立っていた。


矢を一発放っただけで仕留しとめるなんて、さすがは元傭兵ようへい武芸百般ぶげいひゃっぱん


暴力ぼうりょくメイドの二つ名は伊達だてじゃない。


「あっ! でも、また走り出しちゃったよ!」


地面に落ちた少年はまた逃げ出そうとした。


だけど、私の後ろにいたラビィ姉が、どういうわけか一瞬のうちに少年の目の前に移動していた。


「うちから逃げれる思ってんすか?」


そして、腰にびていた木のぼうで少年をたたく。


少年は、たった一発喰らっただけで、その場でのびてしまった。


「……ラ、ラビィ姉ぇぇぇ」


「よしよし、腕輪がぬすまれなくてよかったっすね、ビクニ」


ラビィ姉は、抱きついてきた私の頭を優しくでてくれた。


その後、どうしてラビィ姉が街の中に居たのかを訊いたら、なんでもライト王にたのまれて、ずっと私のことをかげから見守みまもっていたみたい。


心配性しんぱいしょうだなと思いながらも、やっぱりやさしいおじいちゃんだと思うと、私の泣きそうな顔に笑みがかんでくる。


「ラビィ姉、ありがとうございました」


丁寧ていねいにお礼を言って頭を下げると、ラビィ姉がいつものジト目で私のことを見つめてきた。


「え~と、お礼の仕方……おかしかった?」


「いや、ビクニって、だらしくなくてなまけ者だけど。そういうところはちゃんとしてるんだなって思っただけっすよ」


言われてみれば、こんな引きこもりでコミュしょうで陰キャな私が、挨拶あいさつとありがとう、ごめんなさいを必ず言えるのは何故だろう?


いや、違う。


よく考えなくてもわかる……。


「おばあちゃん……」


「なんすか、ビクニ?」


「お婆ちゃんのおかげだよ……」


私は現実げんじつの世界にいるお婆ちゃんのことを思い出していた。


早く元の世界にもどらないと、きっと心配しているはず――と最初は思ったけど。


でも、お婆ちゃんはきっと――。


「ビクニはやることはちゃんとやる子だからね」


と言って、あまり心配していないような気がする。


「そろそろお昼っすから一度城へ帰るとするっすか」


そう言って、気絶きぜつしている吸血鬼の少年を軽々かるがるかつぐラビィ姉。


その言葉に大きくうなづいた私は、そのまま彼女の手を取って一緒に城へと戻っていった。

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