第一章幕間 この関係が壊れないように

 ――独り、六畳間の一室。


「……あれ」


 うっすらと目を開けて、隣を確認したがそこには誰もいなかった。秋鷹は覚束ない眼を擦り、欠伸を堪えながら布団の横にあったパンツを手に取る。


 肩に掛けられていたタオルケットがバサリと落ちるが、気に留めないで手に持ったパンツを履くと、


「雨やんだんだな……って、時間……!」


 一瞬思考を止め、窓の外から目を逸らしてすぐさま携帯を探す。この家には時計すら無いのか、と壁に立てかけられている丸テーブルの近くまで行って床に落ちていた携帯を見る。


「十五時三分……そういえば休むって伝えてたんだっけか。なら焦る必要もない、か……」


 無論、夜が明けているのならば今日は体育祭当日。この時間ともなれば今は最後の種目――リレー辺りの準備に取り掛かっていることだろう。

 体育祭実行委員にはあるまじき失態、寝坊では済まされない事態なのだが、当然手は打ってある。おそらくは実行委員長の紅葉もみじが上手いこと誤魔化してくれている、はずだ。


 そう秋鷹は肩の力を抜いて、キッチンの方へと向かった。


「……なんか、地味に掃除されてんな」


 畳の上には広げられた敷布団、そしてポツリと端に居座るゴミ箱。その中身は昨日の出来事を象徴するように白っぽいゴミ類で溢れかえっていて、秋鷹の情欲的何かを存分に掻き立たせる。


 空になっている〝四角い箱〟を見据えつつ、秋鷹の頭には亜麻色の少女が浮かび上がっていた。


「ったく、飯まで作ってくれるなんて至れり尽くせりだな……」


 実行委員の彼女のことだ。きっと、負い目を感じて急ぎ早に学校へ向かったのだろう。その合間に冷蔵庫にあった残り物の食材で飯を作ってしまうのだから、嫁にするにはうってつけの逸材なのかもしれない。


 ――やっぱり、家庭的というのは大事な部分だと俺は思う。


「どれ、一口だけ……」


 台所の上に置いてある卵焼き。そのラップを外してから傍にあった箸を手に取り、勢いつけてそのままぶっさす。


 ぶっさした卵焼きを口に入れると、思わず、


「しょっぱ……」


 見た目は梔子色っぽく美味しそうに仕上がっていたというのに、味の方は塩の分量が間違っていたみたいだ。

 

 パンツ一丁の秋鷹は顔をしかめて、しかし文句も言わず卵焼きを食べ続けた。それは彼女の心遣いを最大限汲み取っての、行動でもあった。



※ ※ ※ ※



「次で終わりかぁ……」


 用を足し終えた少年――影井涼は現在、自分のクラスの応援席へ戻ろうと足を働かせていた。


 彼にとっての体育祭とは、心の底から楽しめないような行事もの。ゆえに開会式からここまでの間、彼は鬱々とした面持ちで時間が過ぎるのをただ待っていただけであった。


 そして異様なまでに盛り上がらなかった『二人三脚競争』が終わり、次の種目は最後の締めである学年対抗リレーだ。


 もちろん陰に徹している涼は、そんな陽の浴びるような種目には出場しないのだが――。



「へるぷっ、そこの後輩……!」


「……え?」


 突如、背後から聞こえてきたのは助けを求めるような声。であれば、涼の体は否が応でもそこへ振り向いてしまう。


「えっと……」


 リレーの準備に取り掛かる実行委員に、応援席で談笑し合う生徒たち。脇の方では担架で運ばれる人の姿が見え、加えて涼の足元にも、


「だすげでぐれぇ……」


「ひっ……」


 助けを乞う人物。彼は地面に這い蹲りながら涼のことを懸命に見据えている。しかし彼の体から漂ってくる腐臭と、ドス黒い液体を体全体に纏わりつかせている薄気味悪さが涼の足を一歩引かせた。


 手を差し伸べてやりたいが、如何せんどう接していいものか。決めあぐねている内に嘔吐感が込み上げてきて、涼は鼻を摘まみながら気力を振り絞る。

 

 嘔吐する前に助けてあげなければと、踏み出して――。



「たす、けて……?」



「…………ぇ?」



 誰かに肩を掴まれた。


 瞬間、身の毛のよだつほどの鳥肌が全身に吹き荒れ、毛穴という毛穴に怖気を巻き起こさんと冷気が浸透していく。

 

 震える体を冷や汗と共に放置し、涼は恐る恐る掴まれた肩へと視線を向け、砕けそうになる腰を必死に抑えて振り返った。



「たすけて?」


 

 ――そこにいたのは、人間ではない別の何かだった。



「ぎゃあああぁぁああああッ――!!!」



※ ※ ※ ※



「ふふっ……それは二人三脚競争に出場した人達よ」


 涼の顔を見て小さく笑うのは、流麗な黒髪を腰の辺りまで伸ばした端麗な少女だ。彼女が言うには先程の『化物』は人間なのだとか。

 

 化物もとい人間から逃げてきた涼は、今は応援席から少し離れた場所で少女と二人。グラウンドを眺めて腰を落ち着かせている。


「もう驚かないよ。それより……」


 二人三脚には涼の幼馴染――千聖が出場するはずだった。彼女が腐った異物まみれにならなかったことには若干の安堵はあるが、涼は少しだけ心中穏やかではなかった。


 昨日、千聖を怒らせてしまった涼。すべては自分の勘違いだった為に、申し訳ない気持ちが今もなお心を搔き乱す。

 詫びの電話を入れ、電話に出てくれた本人からも涼の勘違いだったという確認は取れた。とはいったものの、その時の彼女はあまり元気がないように思えた。


 今日は風邪で休みだということだし、彼女の声がくぐもっていたのもそれが原因なのかもしれないが、元はと言えば涼の所為で彼女は風邪を引いたのだ。

 きっと、傘もささずにずぶ濡れになりながら帰ったのだろう。やはり許してもらうのは、電話越しではなく直接でなければならない。


 ただ、それらを全部ひっくるめても何かが引っかかる。

 千聖に加え、今日は彼女と同じ体育祭実行委員である秋鷹も休んでいるのだ。彼が休んだのは単に『二人三脚』に出たくなかっただけ、それだけの理由であって欲しい。


 涼は妙な胸のざわつきから目を背け、盛り上がりつつあるグラウンドの方角に視線を向けた。


「……始まるね」


「……ええ」


 隅の方で固まっている二人の空気感は、不思議なことに応援席とは違ってやけに静か。

 解説席からは場を沸かせるような声が響き、そろそろ学年対抗リレーが始まるというのにその姿は盛り上がりに欠ける。


 ともあれ、涼のクラスのトップバッターはチェリー色の髪をしたギャル――エリカだ。

 千聖が休んだことにより彼女が代役に選ばれたらしく、望んでいない状況にプルプルと震えていた。


 だが――。



「位置にーついて、よーい、どん!」



 待ってくれる者はいなかったようで、エリカは一歩遅れて走り出した。これでも、千聖がいたのもあるが予選ではかなり良い結果を残していた涼のクラス。

 決勝ともなる今日の対抗戦は、予選とは状況が違えどまだまだ先がわからない。小柄な体を前のめりにしながらも、そうしてエリカは次の選手へとバトンを渡した。


「凄い歓声だなぁ……流石結衣、って言ったところなんだろうけど」


 沸き上がる歓声に後押しされるように、渡されたバトンを大きく振る結衣は最下位ながらも一気に首位へと上り詰めた。

 これなら順調に行けば優勝できる可能性はあるが、不安が拭えない涼は隣の少女に向けて、


「勝てると思う?」


「私に聞いているのかしら?」


「うん、君以外に誰がいるって言うの」


「独り言かと思ったわ。あなた、いつも独りでいるでしょう? ついには架空の友達でも作って、寂しく話しかけているのかと……」


「ばっちり目が合ってるって言うのに、結構酷いこと言うね」


「あら、違ったのかしら?」


「だから目が合ってるんだよね、僕たち。どんだけ僕と話してるって思われたくないのさ? しかも友達がいないって、来栖さんが言えたことじゃない気もするんだけど……」


 涼は頬を掻き、苦笑して無表情な少女の顔を見る。来栖と呼ばれた彼女は、澄ました顔でグラウンドを眺めると、


「話が逸れてしまったわね……私は、勝てると思うわ」


「君が逸らしたんだよ? でも、うん。僕もそう思うよ」


 改めて、涼はリレーの勝敗について考える。

 全種目の中でもリレーの得点は驚くほどに高く、一位を取れればほぼ間違いなく総合優勝できるはず。 

 そのため、リレーに選抜された者はクラス随一の精鋭たちだ。今走っている金髪ギャルの春奈もその一人。未だトップを死守しており、このままバトンを繋いでアンカーのみかどまで届かせることが出来れば――。


「余裕で勝てちゃうのかな……むしろ、負けるビジョンが浮かばない」


 神宮寺帝。彼が完璧超人なのは涼のみならず全校生徒が知るところだ。五十メートル走の記録も、確か男子の中では一番だったと記憶している。


「他にも和田君とかもいるし、今年は僕たちのクラスが……って出場してない僕が言うのも何だけど、はははっ」


「――ほんとだよねぇ~」


「……え?」


 黒髪の少女へと話しかけたはずなのに、返答したのは彼女の反対。いつのまにやら涼の隣に腰かけていた桃髪の少女だ。

 涼は両手に華のような、二人の美少女に挟まれている状態になった訳なのだが、いまいち状況が把握できなくて困惑する。


「久しぶり~影井くん」


「わ、え、あの、はい……」


「ぷぷっ、ちょっとキョドリすぎだってばぁ」


 いきなり顔を近づけられれば、そんな反応もしてしまうだろう。否、それはこの少女に対し、涼には別の感情が湧いていたからなのか。

 息を詰まらせる涼は黙り込み、砂糖菓子のような甘ったるい声に耳を傾けるしかなかった。


「ねぇねぇ、影井くんは自分たちのクラスが勝つと思ってるんだよね?」


「う、うん……」


「ちょっと上からじゃない?」


「え? あ、ごめん……」


「謝まるなっつの。あはっ、変わらないね~、君も」


 上手く言葉を発することができなくて、喉まで出かかった言葉を涼は呑み込む。異常なまでに整った少女の顔を控えめに見て、そこに備わっている瑞々しい唇が動くと再び背けた。


「つまーんなぁいの。いいよ、見ててよ。私が優勝してくるから」


 少女はそう言うと、立ち上がってグラウンドの方へと駆けて行った。


 笑顔を張り付けたあの面様が、涼の頭の中に鮮明に焼き付いている。それがいつからなのかは自分でも分からない。

 だが、彼女の姿が近くから消えたことで、堰き止められていた涼の心情は思い出したかのように流動していく。


「ぷはっ、はぁ――はぁ――はぁ――――」


「大丈夫……?」


 心配そうに背中をさすってくる黒髪の少女。彼女の行動によって少しだけ落ち着きを取り戻した涼は深呼吸して、ままならない呼吸を整えると、 


「大丈夫、ありがとう」


 ゆっくりと顔を上げる。


 すると瞳に映ったのは、まさにバトンを受け取っている最中の帝の姿であった。それと同時に、隣でもポニーテールの少女がバトンを受け取っている。

 そして後に続くのは他の学年、クラスのアンカーたちだ。トップ二人が颯爽と駆けて行き、彼らに追いつこうと後ろの者が躍起になるといった構図。なのだが、


 ――ただ一人を除いて。


 一組だけ、まだアンカーにはバトンを渡していなかった。早くしないと優勝は出来ない。もはや、逆転すら出来ないのかもしれない。

 しかし、よろよろと疲れを滲ませながら走る少年を、アンカーであろう桃髪の少女は悠然とした態度で待っている。



 ――果てに、そのバトンが少女の手に渡った時、ドッという地響きにも似た大地の揺れと共に大きな歓声が沸き上がった。



※ ※ ※ ※



 斯くして、総合優勝は二年G組となった。

 去年も似たような状況下で、一年G組がリレーを勝ち取り総合優勝をモノにしたのだが、大方、その要である桃髪の少女が二年連続でG組だった為の結果なのだろう。

 

 クラスの連中にもてはやされている彼女の横を通り過ぎ、涼はテントが張られている委員会本部へと向かった。

 周囲にはやり切った感を出す者や、悲しみに明け暮れている者もいる。そんな彼らの流れに逆らうように足を働かせているのも、涼には使命的な理由があったからだ。

 

「あ、宍粟しそうさん。僕に手伝えることって何かないかな?」


「……ん?」


 テント付近で機材チェックをしていた紅葉。彼女も帝と対を張るくらいにはリレーを頑張っていた。逆転優勝さえなければ、どっちが勝っていたかなんて涼にはわからない。

 

 だというのに、紅葉からは悔しさというものが微塵も感じられない。そこらへんは彼女なりに割り切っている部分でもあるのだろう、と涼は納得しつつも返答を待った。


「ああ、お前か。実行委員でもないのに手伝うのか?」


「大変そうだからね」


「そうか……なら、あそこに並べられている道具類を片してくれ。体育倉庫に運んでくれるだけでいい」


「うん、わかった」


 指差された場所には、障害物競争で使われたであろう物が集められていた。涼はあまりの数の多さに驚愕するも、なんとか気合を入れる。


 今日は二人も実行委員がいない。せめて自分一人だけでも力になれれば、という純粋な気持ちが働いたのだ。気づいたのは、千聖のことを考えていた所為でもあるのだが。



「――ごめんなさい宍粟さん……! 遅れちゃった……」



 けれど歩き出そうとした涼の足は、何者かの声によって止められた。聞き覚えのある声であり、声の主も当然見覚えのある人物だった。


「あの、まだ実行委員の仕事って残ってる……?」


「安心しろ。たんまり残ってる」


「うぅ……よかったぁ……」


 ほっと胸をなでおろすツインテールの少女――千聖は、涼の存在には気づいていない。少しばかり息を切らして、


「えと、閉会式はもう終わったでいいんだよね?」


「そうだな。あとは片付けをするだけだ」


「そっかぁ……やっぱそのくらい時間たってるよね」


「かなりの大遅刻だな。ところで、宮本は一緒じゃないのか?」


「――え!? あ、え??」


 予期していなかった言葉に千聖は動揺する。彼女の動揺ぶりは凄まじく、瞳孔がキョロキョロと惑い狂っていた。

 そしてその焦点が涼に合うと、彼女の狼狽えに拍車が掛かってこれでは収集がつかない。が、そこですかさず、


「ああ、すまない、そうだったな。お前たちが一緒にいる訳が無いか。宮本はズル休みだから、今頃はどこかで遊び惚けてることだろうし」


「あ、うん……そうそう、いないいない。あははは……」


 白々しく笑顔を作る千聖は、涼をチラチラと見ながらそわそわする。涼も彼女と同じように女々しく、もじもじ加減を誇示しながら言葉を探すが見つからない。

 

 何を話せばいいのか。

 思いついた言葉を吐き出そうとしては「これじゃない」と諦め、まるで長い間疎遠だった友人同士みたく、自分たちがどんな会話をしていたかなんて忘れたようにまごついた態度をとる。


 やっとのことで絞り出せたのは、涼自身が考えついたものではなく、


「ち、千聖の首……なんか痣出来てない……?」


「あ、痣……?」


 涼が震えた声で紡げば、彼女は自分では確認できないところにある痣を必死に探す。結われた髪の束から垣間見える、首筋についた赤っぽい痣だ。


「わ、わかんない……どうしよう、宍粟さん……見える?」


「どれ……ああ、これは……」


 なるほど、というように紅葉は耳打ちをする。それが千聖の思考を再度爆発させたらしく、みるみるうちに朱く染まっていく彼女の顔から煙が上がった。


「あ、ちがっ……か、勘違いだからぁ……!」


「はぁ……まったく、世話が焼ける奴だな。これでもつけておけ」


「あ、ぅぁ……ありがとう、しそうしゃん……でも、本当にそんなんじゃないからぁ!」


 痣の上に絆創膏を丁寧に張り、千聖は幾らか冷静になった様子で口を開く。


「ま、まぁこれは? 転んだ時に出来ちゃった傷だから、変な勘違いしないでよね! ただの痣なんだから!」


「え……!? わかりました……」


 ビシッ、と指を突きつけられて何が何だか理解できないまま分からされた涼は、逃げるように視線を紅葉へと移した。それが助けを訴えかけているように見えたのか、彼女は、


「取り敢えず、時間もないしさっさと仕事をしてくれ。二人で協力すればすぐ終わるだろうしな」


「そっか、そうだよね。あたし何もしてないんだから、最後くらい仕事しなきゃ」


 うんうん、と頷いた千聖は小さな声で、


「……行こ?」


「あ、うん……」


 そうして、二人で片づけをするために歩いていく。


 けれど会話という会話もなく、二人して無言のままだ。本当は、涼にだって言いたいことや聞きたいことは沢山ある。


 例えばそれは、自分の気持ちを彼女に伝えること。涼はあの時――千聖に傷つけるような言葉を投げかけた時、痛いくらい自分の想いを自覚したはず。

 でも素直に吐露できるほど、出来た人間ではないのも自覚している。もし告白して、今の幼馴染という関係が壊れでもしてしまったら。と思うと、それが嫌で仕方がない。


 多分、今よりも関係は悪化する。気まずくなる。築き上げてきたもの全てが無に返る。だったら自分の感情は仕舞い込んで、ただ千聖の隣に立っているだけでもよかったのだ。


 それでも他の誰かに奪われるのはもっと嫌で、涼のつまらない独占欲は増すばかり。


 いつか千聖が言った、彼女の想い人の話。優しくて、かっこよくて、千聖を大切に想ってくれている。そんな人間になれればあるいは――。



「おいあれって……」

「ああ、日暮千聖だ……相変わらずすげえな……」

「うわ、えっろ……」

「本当に高校生かよ」


 浮世離れした彼女の風貌は、誰かれ構わず魅了する。こうして卑猥な目で見られるのも、涼ですら数えきれないほど。千聖本人ならその数は莫迦にならない。


 涼はパツパツになっている彼女の体操服から目を逸らし、執事のように一歩後ろへと位置付いた。


「チッ、誰だよあいつ……」

「あーいうのいるとマジしらけるよな」

「行こうぜ」


 周囲でのさばっていた者らが憤りながら消えていく。時折、涼がいるにも拘らず特攻してくる者もいる。単純に涼の実力不足なのだが、今回は難なく退けたようだ。


「何やってんの? 後ろで」


「ん? 歩くの遅いんだよ、僕。知らなかったでしょ?」


「そうね、知らなかった……でもなんか、変よ」


「あ、はは……ごもっともです」


 そんな風に言われても、千聖に対しての好きが溢れてくる。涼はその気持ちを誤魔化すように、柔らかい笑みを模って、


「……千聖」


「なに?」


「昨日はごめんね」


「それはもう許したじゃない……やっぱり今日、なんか変よ? あんた」


 くすっと相好を崩した千聖。


 この笑顔を見続けられれば何もいらない。そうやって涼は自身の想いを内に秘める。今の関係が壊れないように、それだけを念頭に置きながら志を決めた。

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