第368話 地上へ



「…………ふむ」



( 一気に地上まで出ようと思ったが…… )



 足音さえも飲み込んでいく暗闇の中。

 周囲の様子を窺うに、どうやら此処はダンジョン内部の様だ。


 ……だが、魔物や魔獣の気配が極端に少なすぎる。やはり王都中に溢れているのは、このダンジョンの魔物で間違いなさそうだな……。


 それに……。


 ダンジョンには必ず存在する“”の存在。

 それが察知出来ないとなると、“コア”を取り込んだのは……。


 “核”が無ければ此処もいずれ崩壊するだろう。

 一刻も早く離れなければ。



「……ん?」



 この子を早く安全な場所にと周囲の様子を探ったはいいが、何層か上に見知った気配。それに大きな魔力が三体、そのすぐ近くに接近している。

 これはをしなければならないか。


「おにぃしゃん、どぅちたの……?」


 そんな事を考えていると、くんと服を引っ張られる感覚が。

 私の腕の中でぎゅっと服を掴み不安そうに訊ねてくるユウマさん。周囲は暗闇に覆われている。なるべく不安にさせない様にしなければ……。


「いえ、何でもありませんよ? すぐにユイトさんたちの下へ戻してあげますからね」

「……ん」


 そう言って不安がるユウマさんの頭を撫でると、その小さな頭をスリ……、と私の胸に押し付けてきた。

 この小さな生き物が、私を頼りにしているのが伝わってくる。


 このまま力を込めれば、簡単に潰れてしまいそうな小さな体。

 それがとてつもなく愛おしい。


 ……今までに感じた事のない感情だ。


 思わず口元が緩んでしまうが、リリアーナとテオの冷ややかな視線が突き刺さるので何食わぬ顔で元に戻した。



( ……契約したはいいが、夜目が利くのも少々問題だな )



 真っ暗闇の中、ユウマさんはここが何処かも分かっていない。

 光を灯す事自体、造作ない事だが……。

 ヒヤリとした地下牢の中には、先程リリアーナが塵にした悪魔たちの残骸が焦げ跡として残っている。この子にはあまり見せたくない光景だ。


《 ユウマ、私たちも傍にいるから安心してね? 》

《 ユウマの事は、ボクたちが絶対に守るから 》

「ん!」


 夜目の利かないユウマさんは、リリアーナとテオの声だけしか認識出来ていない。

 姿かたちの変わった二人を見て、どんな反応をするのか……。

 今から楽しみだ。



「さぁ、ユウマさん。今から外に出ます。眩しくなるので目を瞑っていてくださいね?」

「ん! ゆぅくん、だぃじょぶ!」



 この小さくて温かい体を大事に抱え、私は魔法陣を発動させた。






*****






「……あ、あなた方は……?」


 鉄格子の中、男が口を開く。

 マイルズが治癒を掛けたおかげか、先程よりも明らかに血色が良くなっていた。


「私たちは冒険者だ。それよりもなぜこんな所に?」

「わ、我々は……」


「うおっ!?」

「何だこの揺れは……!?」


 男が答えようとしたその次の瞬間、地面がグラグラと波打ち、立っていられない程の大きな揺れがアレクたちを襲う。

 そして、耳をつんざく様な激しい鳴き声が辺りに響き渡った。


 扉を突き破り、土埃と共に姿を現したのは……。



「ドラゴン……!?」



 巨大な体躯をしならせ、三頭のドラゴンがアレクたちの目の前に現れた。唸り声をあげるその口には、獰猛な鋭い牙が。


「このダンジョンにドラゴンなんていたか……!?」

「いや、はもしかして……」


 深紅の鱗を纏った一頭のドラゴンが、まるで獲物を見つけたという様にこちら目掛けて襲い掛かってきた。


「なっ!? おい! 下がれッ!」


 しかし、武器を構えるアレクたちの前によろよろと男たちが立ち塞がる。



「あの子たちを傷付けるのは、止めてください……!」

「お願いします……!」



「クソ……ッ!」

「貴方たちは後ろに下がって!」

「怪我だけでは済まないぞ!」


 そしてその鋭い牙が男たちに襲いかかろうとした瞬間、男たちのすぐ後ろで青白い閃光が走った。

 目も開けていられない程のその強烈な光に、アレクたちも思わず腕で顔を覆う。



「ギャアアアア────ッ!」

「グルルルルル……ッ!」



 ドラゴンの鳴き声と共に、引っ掻く様な激しい音。だが自分たちの身には何も起こっていない。


 恐る恐る目を開けると、そこには……、



「おや? 誰かと思えば……。皆様お揃いで」



 お道化た様にこてんと首を傾げ、涼しい顔でこちらを見やる燕尾服を着た黒髪の青年と、



「あぁ~! ておくん! りりちゃんも! どぅちてぇ~!?」


《 ユウマ、驚いた? 》

《 ふふ! ちょっと大人っぽくなったでしょ? 》



 明るい場所で、初めてテオとリリアーナの現在の姿を見て、「ふたりとも、しゅっごくきれぇなの!」と興奮冷めやらぬ様子のユウマと、褒められて満更でもなさそうなが二人。



「ゆ、ユウマ!?」

「ユウマくん!? どうしてここに……!?」

「あっ! あれくしゃん! ぶえんだちゃん! まいりゅじゅしゃんも~!」


 見知った三人の姿を見て一気に安心したのか、ユウマが手を振りながら満面の笑みを浮かべている。

 だがそのすぐ後ろには、見えない壁に炎を吐きながら何度も何度も鋭い爪で攻撃している三頭のドラゴンが。


「お、お前……! メフィ、んぐッ!?」

「アレクさん、久々の再会にお前と呼ぶのは少々失礼では?」

「んん~~~ッ!!」


 その青年の姿を見て目を見開いたアレクの口を、黒い触手が一瞬のうちに覆ってしまう。あまりにも突然の出来事に呆然とするブレンダとマイルズを尻目に、青年は腕の中にいるユウマに向かってニコリと笑みを浮かべた。


「ユウマさん、テオと一緒にブレンダさんの傍にいてください。私はアレクさんとやる事がありますので」


 見知らぬ青年に名指しで呼ばれたブレンダは、一瞬驚いた表情を浮かべる。知り合いかとマイルズに訊ねられるが、首を横に振って否定していた。


「ぶえんだちゃんのとこ……?」

「はい。きっとそこが一番安全です」

「……ん」


 そして抱きかかえていたユウマをそっと地面に下ろすが、ユウマは服を掴んだまま動こうとしない。不思議に思っていると、不意にユウマが顔を上げた。



「おにぃしゃん、ゆぅくんのとこ、もどってくる……?」



 その不安そうに揺らぐ瞳を見て、胸が一瞬だけ詰まる。


「……はい。ユイトさんの下へ連れて行くと、約束したでしょう?」


 髪を優しく一撫ですると、ユウマは漸く笑顔を浮かべた。


「……うん! ゆぅくん、まってりゅね!」


 そう言うと、ユウマはブレンダの下へと駆けて行く。ブレンダもその小さな体をしっかりと抱きとめた。

 それを確認すると、青年はふわりと笑みを浮かべる。


「さ、アレクさん。さっさと地上に戻りましょう」

「プハッ……! お前なぁ……!」

「……貴方たちは知らないかも知れませんが、今、王都うえは大変な事になっています」

「……は?」


 その言葉に、アレク、そしてブレンダとマイルズも眉を顰めた。



「話す時間が惜しい。丁度いい。も使いましょうか」



 そう言って指を鳴らすと、先程まで見えない壁に攻撃していたドラゴンたちが一気にこちらに向かって襲いかかってくる。

 そんな事もお構いなしに、ユウマを抱えたブレンダ、マイルズ、ドラゴンを庇っていた男たちの足元に巨大な魔法陣が出現する。突然の出来事に動揺する一同を余所に、青年は魔法陣を発動させた。   

 その次の瞬間、ブレンダたちの姿が一瞬で消えてしまう。


 ドラゴンたちも目の前の獲物が消え、一瞬だが動きが止まる。だが、いつの間にかに、再びドラゴンたちの気性が荒くなる。



「さ、アレクさん。私たちも地上に戻りましょう」

「ってオイ! 戻るって、まさか……」

「ほら。丁度もありますし」


 青年の視線の先には、いつの間にか頭上に大きく開かれた地上へと向かう巨大な穴が開いていた。

 ドラゴンたちは何の躊躇もせず、その穴目掛けて翼を広げる。



「あぁ、そうだ。しっかり捕まっていないと墜ちますよ?」



「は? ちょ、オイ……! ちょ、待てって……!」




「~~~~ッ!? メフィスト─────ッ!!!?」




 アレクの絶叫と共に、ドラゴンたちは一斉に地上へと飛び立った。









◇◆◇◆◇

長らく更新をお休みしていましたが、その間も感想や温かい励ましのお言葉、本当にありがとうございました。

また皆様に楽しんで頂けるようなお話を書けたらいいなと思っていますので、お付き合い頂ければ幸いです。


追記. 2022/1/13 加筆修正しました。

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