第360話 屋敷へ


「トーマスさん、あの屋敷ですか……?」

「何だか気味が悪いな……」


 城を離れ、オレたちは元宮廷魔導士のノーマン・オデルの屋敷へと赴いた。

 馬を降り敷地内へと足を踏み入れるが、晴れている筈なのに何故かその屋敷の周辺だけ空気が澱んで見える。

 その異様な雰囲気に、エイダン達も一瞬たじろいだ。


「それに、この場所……」

「あぁ……。まさか、墓地の真横なんてな……」


 そしてその不気味さに拍車をかける様に、この屋敷の真横には王都の共同墓地が広がっている。だが背の高い木々に隠れ、辛うじて周囲からは見えなくなっている。墓地の場所は王都の外れ。

 まさかこんな場所に居を構えるなど、誰が想像しただろうか?



( それに、この墓地は…… )



「ひぇ……。トーマスさ~ん……、本当に入るんですかぁ~……?」

「依頼だからな……。ここまで酷いとは思わなかったが……」


 玄関扉までの長いアプローチには雑草が生い茂り、窓には大きな蜘蛛の巣が張り巡らされている。ノーマンが消滅してからというもの、この屋敷には誰一人居らず、只々薄気味悪い雰囲気だけを醸し出していた。


「セバスチャン、何か異変があれば教えてくれ」

《 分かった 》


 セバスチャンに屋敷の外の見張りを頼み、オレたちは屋敷の入り口へと向かう。

 周囲を警戒しながらもアレクがその扉に手をかける。

 すると、ギィイイイ……、と不気味な音を立てて、その扉が微かに開いた。


「うわ……、カビ臭ぇ……」

「こんな短期間でここまで酷くなるか……?」

「洗脳されていたと言っても、使用人たちもいたんだろう? 何故こんな……」


 屋敷内に足を踏み入れると、玄関ホールはつい一月前まで人がいたとは思えない程に荒れ果てていた。灯りは無く、只々籠った空気だけが漂っている。一歩進む度に埃が舞い、袖口で口元を覆う。

 窓から微かに入る日の光だけを頼りに、この屋敷内の探索を開始した。






 *****






 一階から順に応接間、食堂、執事たちの使用人ホールや貯蔵室と各部屋を回り、二階へと続く階段を慎重に上っていく。

 上がった先にあるのは長い廊下。ここも全ての窓が閉ざされ、湿気と埃の混ざった匂いが漂っている。一部屋ずつ中を確認するが、一階同様、何も変わったところはない。


「怪しい気配は感じないが……」

「トーマスさん、この部屋で二階は最後です」

「ここは……、書斎か……」


 そして最後の部屋の扉を開けると、壁一面には所狭しと並べられた書物が。棚に入りきらなかったのか、積み上げられた書物に埋もれ、机上には小さなランプ、そしてティーカップが置かれていた。

 まるで先程まで誰かが座っていたかの様な雰囲気に、この場所だけ時が止まっていたのかと錯覚を起こしてしまう。


「……あれは」


 不意に本棚の中の一冊が気になり、そっと手を伸ばす。


「どうしたんですか?」

「いや、これが気になってな……」


 一冊だけ他の物よりも古びた革表紙。手に取りパラパラと中身を覗くと、癖のある文字で日々の出来事が書き綴られていた。


「なんか……、子供が書いたみたいな文字ですね?」

「これは……、日記……?」

「あ! トーマスさん、何か落ちましたよ~?」


 捲っていた本からひらりと何かが滑り落ちた。

 ステラが拾い上げると、それは一枚の古びた絵。子供が描いた様な可愛らしいものだった。


「ん~、これぇ……、男の子と女の子でしょうかぁ~?」

「本当だね。仲良く手を繋いでるところじゃないか?」

「でも~、このノーマンっていう人、確か子供はいませんでしたよねぇ……?」

「そう言えば……。なら、この絵は……」


 ステラとエレノアの言葉に、パラパラとページを捲っていた手が止まる。

 徐々に丁寧になっていく文字の中に、懐かしい文字の羅列を発見したからだ。



( クラウディア…… )



 見知った名に、胸が一瞬ざわりと揺らいだ。


「トーマスさん、ここ! 何かおかしくないですか? ……トーマスさん?」

「えっ? あ、あぁ! どこか不審なところでも?」

「この本を抜いたところなんですけど……」


 アレクの声にハッとし、慌てて本を閉じる。おかしいという箇所を見ると、この本が抜かれた奥から微かに空気が漏れている。この部屋の窓は開いていない。それにこの部屋の真下は何も無かった筈……。なのに手を翳すと、ほんの微かにだが冷たい空気が流れている。


「この部屋の位置……、おかしい気がする……」

「位置?」

「マイルズさん、何か分かったんですかぁ~?」

「一階部分のこの部屋の位置、壁で突き当りだった……。部屋の広さから見て、この隣の部屋で終わっている筈……」

「……て事は」

「この真下に……」

「なにか、ある……?」


 皆一様に顔を見合わせ、足元を見る。

 この部屋の真下。一階部分の閉ざされた壁の向こう側……。


 すると、本棚の奥に翳した手に当たる冷えた空気が強くなった気がした。

 しゃがんで目を凝らすと、そこには薄っすらと壁に残る……。


「魔法陣……、の跡……?」


 そしてよく見ようと左手を奥に入れると、左手に嵌めた指輪が光り出す。

 すると次の瞬間、本棚がゆっくりゆっくりと左右に動き……、


「えっ……」

「うそぉ……」


 動き出した本棚の奥には、階下へと続くであろう薄暗い階段が続いていた。


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