第359話 ユイトのお料理教室 ~試食編③~


「ハァ~、笑った笑った」

「父上、笑い過ぎです……」


 鶏もつ煮込みの食材を伝えた後、同じ様に焼き肉として出したホルモンもネタバラシ。さすがに二度目は警戒していたのだろう、すぐに答えはバレてしまった。


「こんなに美味いものなんだな。知らなかった……」

「魔物の内臓は腐敗しますからね。同じ様なものだと先入観が拭えませんでした……」

「私も焼いた肉は初めて食したが、どれも美味い! このコメというのも実にいい!」


 陛下たちは三人ともホルモン焼き肉をペロリと平らげ、お替りがあると分かると嬉しそうに目を細めた。今は三人で美味しさの余韻に浸っている様子。

 陛下と殿下たちはまだ食事を続けるそうだけど、リディアさんとレイチェル妃殿下、ライアンくんは少し休憩。

 最後のお楽しみの為にお腹を落ち着かせている最中だ。


「ユイトさんは色々お勉強されているのね」

「海の食材にもお詳しいし、素晴らしいわ」

「いえいえ、そんな……!」


 リディアさんとレイチェル妃殿下は僕を傍に呼び寄せ褒めてくれるけど、何故かライアンくんとフレッドさんまでもが満足そうに笑みを浮かべている。

 それが少しばかり気恥ずかしい……。


「ライアンがずっと言っていたのよ。どれも美味しくって、私たちにも早く食べてほしいって」

「ウェンディの食事の事も教えてくれたのでしょう?」

「あ、それは以前にもノアたちにお菓子を……」

「ノア?」

「あぁ、庭園にいたあの可愛らしいお友達ね?」

「はい……」


 レイチェル妃殿下は首を傾げていたが、リディアさんはもう既に対面済み。その時の様子を妃殿下に楽しそうに教えている。


「まぁ! 私もお会いしたいわ! ユイトさん、そのノアさんたちは今どちらに?」

「えっと、多分弟たちと一緒にいると……」

「そうなのね! この後の御予定は?」

「あ、大丈夫です! 一緒にご挨拶に伺います!」

「まぁ嬉しい! 楽しみにしています!」


 ノアたちに聞かずに勝手に決めてしまったけど、大丈夫だよね……?

 家に帰ったら、皆にお菓子をたくさん作ってあげよう……!


「……あ! 妃殿下、リディアさん、そろそろデザートをお持ちしても大丈夫ですか?」

「えぇ! お願いするわ!」

「どんなものが頂けるのかしら!」


 お二人とも嬉しそうに頷いてくれ、それを聞いていた侍女さんたちが隣の部屋へと移動する。すると、イーサンさんがその中の一人にそっと何かを耳打ちしている。そして何事も無かったかのようにバージル陛下の後ろに戻った。

 あ、もしかしたら、陛下たちの分はまだいいと伝えてくれたのかもしれない。まだ他の料理をお替りしている最中だし……。


「ハァ……、楽しみです……!」

「ふふ、ライアンくんお菓子好きだもんね?」

「はい! 村でのおやつの時間、あれは良いモノでした……」


 目を瞑り、村で過ごした時間を思い出している様子。

 滞在の予定が延びて、数えれば三週間程。色々あって慌ただしかったけど、僕たちにとっても、とても大切な思い出だ。

 

「……ライアンくん、ハルトとユウマを助けてくれてありがとう」

「えっ?」

「あっ」


 そう伝えると、ライアンくんは驚いた様にこちらを振り返る。思わず村で過ごしている時と同じ様に接してしまった。周囲を見渡すと、バージル陛下たちもこちらを見つめていた。


「……あ、えっと」


「ユイトくん」


 どうしようかと焦っていると、不意に声を掛けられる。

 その声の主はバージル陛下。とても真剣な表情で僕を見つめている。

 注意されるかもと少し身構え俯いていると、周囲のザワリとする声が耳に届いた。


「ユイトくん」

「……ぁ、はい!」


 俯いた目線の先には陛下の靴が。慌てて顔を上げると、僕の両手をしっかりと握り締めたバージル陛下が。


「礼を言うのはこちらの方だ。あの時、君たち兄弟がいなければ我々も無事では済まなかっただろう……。改めて礼を言うよ。息子を、ライアンを救ってくれてありがとう」

「──……!」


 そう言って、僕に向かって頭を下げるバージル陛下。

 あまりにも突然の事に息を呑む。


「そうね。私もお礼を伝えるのが遅くなってしまったわ。ユイトさん、ライアンを、そして陛下を助けてくれてありがとう」


 そしてレイチェル妃殿下も立ち上がり、僕の手をそっと握り締めた。


「あ、あの、陛下……、頭を……」


 上げてください、と言おうとしたところで食堂の扉が開き、侍女さんたちが配膳用のカートを押して現れた。頭を下げる陛下と僕の手を握り締める妃殿下の姿を目に留めた瞬間、侍女さんたちは固まってしまった。


「さ! お待ちかねのデザートの時間だな! レイチェルも母上も覚悟しておいた方がいい!」


 だけどバージル陛下のこの一声で、何事も無かったかの様にテーブルへと一品目を並べていく。


「あら、バージルが言うなら期待出来るわね?」

「さ、ユイトさん? また説明をお願いしてもいいかしら?」

「は、はい!」


 先程の出来事が衝撃過ぎて、僕の鼓動はまだドキドキと高鳴っている。だけど、デザートを前に期待に満ちた目をしている陛下たちを見て、僕は一呼吸し気を取り直した。


「……では! 改めて、こちらのデザートからご説明させて頂きます!」






*****


「あら、これは丸くて可愛らしいわね?」

「このソースもとろみがあって美味しそうです」


 まず一品目。

 リディアさんとレイチェル妃殿下は勿論、陛下たちも興味津々で覗き込んでいる。


「こちらは餅粉と言う粉を使用したみたらし団子という甘いデザートです。原料は米と同じ穀物で、挽いた粉を水で耳たぶほどの柔らかさにまで練り、丸めて茹でた物です。そして上にかかるのはみたらしのタレで、砂糖と醤油ソーヤソース、ミリンと水を焦げない様に沸騰させ、片栗粉でとろみをつけています。喉に詰まりやすいのでよく噛んでお召し上がりください」


 餅粉で作ったみたらし団子。オリビアさんも大好きなおやつだ。

 リディアさんたちは一口サイズの団子を一斉に頬張ると、そのモチモチとした食感に驚いた様子。僕が言った事を守ってか、よ~く噛んで味わっている。


「……ハァ~! 面白い食感ね! このみたらしのタレというのも今までに食べた事のないお味だわ!」

「この焼き目も香ばしくて鼻に抜ける香りが最高だ! まぁ、よく噛めとユイトくんが言うのも分かったよ」


 これにもソーヤソースが使われていると聞いて、リディアさんは感心した様にタレのみをスプーンで掬って味わっている。

 陛下も気に入ってくれた様で、夜も食べたいと料理長のトゥバルトさんとデザート担当に志願したナタリーさんにお願いしていた。


「皆さん気に入って頂けた様で安心しました! 次はシンプルですが、とても濃厚なミルクとバニラの風味をお楽しみください」


 そして二品目。

 カビーアさんから購入したバニラビーンズを使用したバニラアイス。以前作ったミルクアイスも美味しかったけど、やはりバニラを使うと風味が段違い。


「ほぉ……。舌触りも滑らかだな……」

「前に食べたアイスと違います……」

「今回はバニラビーンズというスパイスを使用しています。芳醇でこれだけでもデザートとして御満足頂けるのではないかと思っているんです、が……!」


 僕の言葉を聞き、陛下たちは皆、首を傾げている。

 そして僕の合図をきっかけに、侍女さんたちが陛下たち一人一人のバニラアイスの上にハラハラと粉をかけていく。


「ユイトくん、これは?」

「今おかけしたのはきな粉と言って、ソーヤソースの原料でもある大豆ソーヤを挽いた粉です。まずは一口召し上がってみてください」


 陛下たちは顔を見合わせ、きな粉のかかったアイスを一口頬張った。


「ん! 味が変わりました!」

「このキナコというのも、香りがとっても素晴らしいわ!」

「あ、リディアさん、その残ってるみたらし団子と一緒に食べても美味しいんですよ?」

「あら、そうなの? じゃあ早速……、……んっ! レイチェル、一緒に食べてみて!」

「まぁ、そんなにですの……? ……っ! とても美味しいです……!」


 リディアさんとレイチェル妃殿下はみたらし団子を一つだけ残していた。後で食べようとしていたのかもしれないけど、どうやらこの食べ方がいたく気に入った様子。バージル陛下たちはお団子が残っていなかったから少し残念そうだったけど。

 きっと夕食後のデザートに出てくるんじゃないかなぁ~と、デザートを褒められて嬉しそうなナタリーさんを見て思った。


「気に入って頂けて嬉しいです! では次を~……」


 そうやって、バニラビーンズ入りのカスタードとホイップの二種類のクリームが入ったシュークリームに、何層にも重ねたミルクレープ。

 そして冷たいデザートが続いたので、温かい果物入りのクレープを。


「ハァ~……。どれも素晴らしいお味だわ……」

「とても幸せです……」


 リディアさんとレイチェル妃殿下は二人揃って恍惚の溜息を漏らしている。

 レオナルド殿下とルイス殿下も甘いものは平気らしく、ペロリと平らげてしまった。


「あとですね、とても個人的なもので申し訳ないのですが……」

「ん? どうしたんだい?」

「個人的なもの?」


 僕が侍女さんたちにお願いすると、皆さん頷いて食堂を後にする。バージル陛下たちは首を傾げ、侍女さんたちが来るのをソワソワとしながら待っていた。

 暫くすると、食堂の扉が開かれる。


「えっ!?」

「あら」

「わぁ!」


 そこで僕たちが目にしたモノは、デザートをのせたワゴンを押す侍女さんたちではなく……。



「でざーと、おもちしました!」

「とっても、おぃちぃでしゅ!」



「ハルト!? ユウマも……!?」


 何故か正装させられて張り切っている可愛い弟たちの姿と、



《 でざーと~! 》

《 ぼくもたべた~い! 》



「ノアたちまで……!?」


 二人の後ろからふわふわと飛び回るノアたちの姿が……。



「こちらも、おもちしました」



「レティちゃん……」


 そして最後に、ティーカップと温かい紅茶を載せたワゴンを押すレティちゃんが……。


「おぉ! これは可愛らしい給仕だな!」

「わぁ~! 皆、どうしてですか!?」

「ふふ、可愛らしいわね」


 楽しそうに目を細めるバージル陛下たちと、嬉しそうにソワソワしだすライアンくん。僕の頭はパニック状態なんだけど……!?


「私がお願いしました」

「え、イーサンさんが……?」

「折角ですから」

「えぇ~……?」


 どうやら全てイーサンさんが手配していたらしい……。

 ……あ! そう言えば侍女さんに何か耳打ちしてたな……!


「ユイトさん、デザートをお配りしないと」

「あ、はい……!」


 そうやってイーサンさんに急かされ、ハルトとユウマと共にデザートを陛下たちにお配りする。ハルトは殿下たちにどうぞ、と微笑みながら配膳中。お店でも手伝っているからか、難無くこなしている。

 レティちゃんも温めたティーカップに紅茶を注ぎ、まるで本職のメイドさんの様……。その姿が様になっている。


「あらあら、持って来てくれるの?」

「このデザートも美味しそうだ!」

「はぃ! とってもおぃちぃから、たべてほちぃの! ……でしゅ!」


 ユウマはレイチェル妃殿下とバージル陛下の名前を呼びながら、どうぞ! とデザートを運び……、テーブルに届かないからハルトがそれをそっと手助けしている。

 そしてリディアさんの前に行き、ユウマはお皿を両手に持ち……、


「んっと……」

「あら」

「えっと……」

「ふふ、どうしたのかしら?」


 どうやらリディアさんの名前を言えないらしい……。

 それにはイーサンさんも少しだけ焦っている様子……。



「こ、これどうじょ! ……お、おばぁちゃま?」



 こてんと首を傾げ、合ってる? とでも確認する様にライアンくんの方をチラリと見やるユウマ。もしかしたら名前を言えなくて、ライアンくんが言っていたお祖母様というのを思い出したのかもしれない……。

 ハラハラする僕たちとは裏腹に、ライアンくんはにっこりと笑みを浮かべている。それはもう満面の笑みだ。

 それを見て安心したのか、ユウマがにこっと笑顔を浮かべた。


「おばぁちゃま、これおぃちぃの! えてぃちゃんとねぇ、にこちゃんと、にぃにがちゅくりました!」


 たべてくだしゃい! と微笑むと、ずいっとお皿を差し出した。

 だけどリディアさんからの反応がなかったのか、ユウマが不安そうに顔を覗き込む。


「おばぁちゃま、いらにゃぃ、でしゅか……?」


 しょんぼりと肩を落とすユウマ。

 そして次の瞬間……。



「……なんっっって、可愛らしいの……? 驚いて心臓が止まるかと思っちゃったわ……」



 はぁあああ~~、と深い溜息を吐きながら胸を押さえるリディアさん。

 その発言に慌てふためく周囲には目もくれず、ユウマを繁々と見つめながらお皿をそっと受け取った。


「おばあちゃまの名前は、リディア、と言うの」

「り……、りでぃ、あ……?」

「ふふ、そうよ。また覚えてちょうだいね?」



「はぃ! りでぃあおばぁちゃま!」



 ふんふんと、やり切ったとばかりに胸を張るユウマと、またもや胸を押さえだすリディアさん。

 何事も無く終わるかと思っていたのに、最後の最後でこんな事が起こるとは……。

 これは誰も予想できなかったに違いない……。


《 りでぃあ、だいじょうぶ~? 》

《 あれ? うれしそうだよ~? 》

《 ほんとだ~! 》


 心配そうに周囲を飛び回るウェンディちゃんたちを見て、リディアさんはまた胸を押さえだした。


 王宮での試食会、これは忘れられないモノになりそうだ……。


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