第357話 ユイトのお料理教室 ~試食編~
「遅れて申し訳ありません!」
「あぅ~!」
メフィストを抱え、慌てて王族専用の食堂へと駆け付ける。
その扉の前では料理長のトゥバルトさんを筆頭に、この王宮の料理人さんたちが勢揃い。そしてその隣では、オリビアさんとユランくんが僕の到着を一緒に待ってくれていた。
そして皆さん一様に僕の後ろを見て目を見開いている。
「皇太后様もライアン殿下も御一緒だったのですか……」
「えぇ、ちょっとお喋りに付き合ってもらってたのよ。叱らないであげてちょうだい」
「はい、それは勿論……!」
そう言って、リディアさんは僕にしか分からない様にウィンクをする。どうやら僕が怒られない様に庇ってくれた様だ。
後でちゃんとお礼を伝えないと……!
「それよりもトゥバルト? 皇太后は止めてとお願いしたでしょう?」
「も、申し訳ありません……! リディア様!」
「ふふ、気を付けてちょうだいね?」
「はい!」
有無を言わさぬその笑顔に、僕も思わず背筋がピンと伸びる。
バージル陛下といい、ライアンくんといい、王族っていうのは敬称はあまり好まないものなのかな? それとも、ライアンくんの家族だけ……?
あ、家ではのんびり過ごしたいからかも知れない……!
そう考えると、ライアンくんはこの年で国の為に勉強して凄いな……。
「? ユイトさん、どうしました?」
「え? いや、何でもないよ?」
「そうですか?」
そんな事を考えながらライアンくんを見つめると、僕の視線に気付いたのかきょとんとした顔で首を傾げている。
だけどその手はハルトとユウマとしっかり繋がれていた。そういう所はブレないなと少し笑ってしまう。
「あ、バージル陛下たちはもう食堂内でお待ちなんですよね?」
「あぁ。陛下が早く食べたいと予定よりも早く来られてね」
「妃殿下に怒られているところです!」
「えっ!? 申し訳ない事しちゃったなぁ……」
まさか、あの優しそうなレイチェル妃殿下に注意されているなんて思ってもみなかった……。副料理長のゲイリーさんやナタリーさんたちも苦笑いだ。
「ほら、メフィストちゃん。ユイトくんは大事なお仕事だからこっちに来ましょうね?」
「あ~ぃ!」
「ふふ、機嫌直ったみたいね」
オリビアさんは僕の腕の中にいるメフィストを抱き、安心した様に顔を綻ばせた。オリビアさんがほとほと困る程に愚図るなんて……。
「メフィスト、終わったら遊んであげるからいい子で待っててね?」
「あぃ!」
「いいお返事」
「きゃ~ぃ!」
そのふっくらとした頬を一撫でし、僕はイーサンさんとトゥバルトさんたちと共にバージル陛下が待つ食堂内へと足を踏み入れた。
*****
「お待たせ致しました。ではユイトさん、こちらへ」
イーサンさんの声が食堂内に響き渡り、僕たちの周りでは緊張した空気がピンと張り詰めている。トゥバルトさんやゲイリーさんも真剣な表情だ。
それなのに、僕が緊張しない筈がない……。
正面を向くと、王族専用の食堂内の真ん中には大きくて豪華なテーブルが。その真正面にはバージル陛下。そしてレイチェル妃殿下と、先程まで一緒にいたリディアさん、ライアンくんと共に、初めて拝見する顔も……。
「ユイトくん! 楽しみにしていたぞ!」
「陛下、お声が大きいです」
そう言ってレイチェル妃殿下に注意されているバージル陛下。
その変わらない笑顔に、一瞬だけ肩の力が抜ける。
「私も楽しみにしていたの。バージルが先に食べようとしていると聞いて慌てて来たのよ」
「母上、申し訳ありません……。しかしユイトくんの料理はデザート以外も美味ですから!」
「まぁ~! それは期待しちゃうわね」
「お義母様もですか? 私も今日を楽しみにしていたんですの」
リディアさんもレイチェル妃殿下も嬉しそうに僕の方を見る。
そして隣に座る男性二人も……。
「レオナルド、ルイス、お前たちも驚くぞ?」
「兄上もきっと気に入ります!」
「父上とライアンがそんなに言うのですから、期待せずにはいられないですね」
ふんわりと笑みを浮かべるのは第二王子のルイス殿下。
金色の長髪を後ろに結い、物腰柔らかな口調。レイチェル妃殿下と顔立ちも雰囲気もよく似た優しそうなお兄さんだ。
「腹の準備は出来ている! いつでも持って来てくれ!」
ガハハ! と腕を組み豪快な笑い声を上げるのは第一王子のレオナルド殿下。
金色の短髪に体躯ががっしりとして、騎士団に所属していると言われても信じてしまいそう……。殿下たち三人の中では、一番バージル陛下に似ている……、と言うよりも若くしたバージル陛下そのものだ。
その王族一家全員の視線が僕に集中する。
「う……、本日はこのような機会を頂き、大変光栄に存じます……! 僭越ながら、これより試食会を始めさせて頂きます!」
僕の簡単な挨拶が終わり、侍女さんたちの手によって陛下たちの前には次々と料理が並べられていく。品数が多い分、量は少なめに盛ってある。
「あら、これはサラダ? 三種類も?」
「はい。他の料理と同じ様に、色々な味を楽しんで頂きたいなと」
「このおソースも違うのね?」
「好みは分かれると思いますが、こちらは
陛下たちの前に並べられたのは三種類のサラダ。
温野菜の
和風と言っても伝わらないと思うので、ここではあっさり風味のドレッシングと伝えてある。
そして皆さん、綺麗な所作で食べ始める。
緊張の一瞬だ……!
「……あら! この白いおソース、想像と違ってとっても濃厚!」
「こちらは香りも素晴らしいですわ! 甘味も感じます」
「私はこのあっさりしたソースが好みです。ホワイトラディッシュも細く切って食べやすい」
リディアさんとレイチェル妃殿下、ルイス殿下にはサラダは好評。
その様子を見ていたバージル陛下とライアンくんは、何故か自分の事の様に満足気に微笑んでいる。こちらの料理はどれもイーサンさんが事前に毒見済み。だからあの時、トゥバルトさんたちと一緒に試食に参加していたのかと納得した。
だけどここで、浮かない表情を浮かべる人物が……。
「野菜かぁ……」
「兄上、野菜も美味しいですよ」
「そうです! たくさん召し上がってください!」
「むぅ~……」
どうやらレオナルド殿下は野菜があまり得意ではない様子。
だけど、王宮の料理人さんたちの手によって美しく盛り付けられたサラダはどれも芸術品の様……! 思わず僕も参考にしようと見入ってしまうものばかりだ。
「レオナルド殿下、差し出がましいようですが、こちらの蒸した野菜ならば比較的食べやすいかと……」
「ん? これか?」
あまりにも手が止まったままなので、つい口を出してしまう。
「はい。殿下は蒸かした
「いや、それは大丈夫だ。……だが、あの野菜特有の青臭さがどうも苦手で……」
「あぁ! 生のキャベジに多いですね」
「そうなんだ……。トマトもあまり……」
シュンと申し訳なさそうに肩を落とす殿下は、まるで幼い子供の様だ。小さな声で
「ん~……。トマトもそうですが、野菜は火を通すと甘味が増すものが多いので、こちらのセサミのドレッシングともよく合うと思います。それでもダメなら無理に召し上がらなくても大丈夫ですよ」
「……本当か?」
「はい。無理に勧めても、殿下にお食事を楽しんで頂けなければ意味はありませんし……。生野菜が苦手なら、スープでも栄養は補えると思いますので」
「そうか……。それならば……」
あまり気は進まなそうだけど、殿下は勧めた蒸し野菜に手を伸ばす。ドレッシングは好みの量を自分でかけてもらうので、殿下はそろりとセサミドレッシングをかけていく。
そして全員が見守る中、そっと一口。
「……んんっ!?」
殿下はセサミドレッシングをかけた
そして千切りにしたホワイトラディッシュを意を決した様子で口に運ぶ。水にさらし、シャキシャキした食感が特徴のサラダ。
ローレンス商会で購入した鰹節を削り、それをトッピングしてある。なくても美味しいけど、今回は試食会。海の食材を気に入ってもらえれば僕も嬉しい。
「おぉ……!」
「兄上が……」
「完食したわね……」
バージル陛下たちの声にふとレオナルド殿下を見ると、並んでいたサラダはどれも綺麗に食べ終えていた。陛下たちのその驚き様に、余程の野菜嫌いだったのかと想像がつく。
「殿下、お味はいかがでしたか?」
そっと訊ねてみると、レオナルド殿下はパッと勢いよく振り向いた。
「どれも大変美味だった! これなら晩餐会でも大丈夫そうだ!」
ニカッと嬉しそうに笑顔を向ける殿下に、僕はつられて笑ってしまう。
「ふふ、それは良かったです。次はまた違うドレッシングを考えてきますね」
「あぁ、楽しみにしている!」
機嫌のいいレオナルド殿下と、目をパチクリさせているルイス殿下たち。
リディアさんとレイチェル妃殿下は嬉しそうに微笑んでいる。
「父上! とても美味ですよ! 早く他のサラダも召し上がってみてください!」
「え? あ、あぁ! そうだな!」
「ふふ! レオナルドから勧めるなんて初めてじゃないかしら?」
「ユイトさん……、さすがです……!」
ライアンくんには溜息を吐きながら感心されてしまったけど、試食会の序盤にしては良いスタートでは?
この調子で、どんどん次へ行きましょう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。