第356話 小さな芽


「ほら、ライアン? 機嫌を直して?」

「…………」

「まぁ、ダメねぇ……」


 何故リディアさんが困っているかというと、僕が発したライアン殿という呼び方が発端だった。

 この王宮に来てから、さすがに王子に呼びはマズいなと思い殿呼びに意識して直していたんだけど……。


「ライアン殿下?」

「…………」


 この通り、頬をぷくりと膨らませて拗ねてしまった。この様子にフレッドさんとサイラスさんも苦笑い。

 これじゃあまるで、先程までのメフィストみたいだ……。


「……どうして、王宮ここに来てからその呼び方なんですか?」

「え?」

「いつもライアンくんって、言ってくれてました!」

「あ、あぁ~……。さすがにここではライアンくんって呼べないなと思って、僕も頑張って直してたんだよ」


 そう正直に伝えると、ライアン殿下は少し悲し気にこちらに顔を向けた。


「……それは分かってます。でも、私は……、ユイトさんにそう呼ばれると、寂しくなります……」

「…………」

「ユイトさんの言ってる事の方が正しいとは分かっています! ……でも、距離を置かれた様で……」


 そう言って、また寂しそうに俯いてしまった。

 これにはリディアさんたちもお手上げだと顔を横に振る。ハルトとユウマも、さらにはメフィストさえも、心配そうにライアン殿下を見つめている。


「……じゃあ、人目があるところでは敬称呼びにして、僕たちだけの時はライアンくんって呼んでもいいかな?」

「…………それなら、いいです」

「良かった! じゃあ、今はライアンくんって呼んでいい?」

「はい!」


 ライアンくん呼びに戻った途端、満面の笑みで頷くライアンくん。

 その様子に、フレッドさんたちもホッとした様で……。


 ……しかしこれは、意外な一面を垣間見てしまった気がする……。

 本当に良い子だし、ワガママもあまり言わなさそうだしなぁ。友達も村に来るまではいなかったって言ってたし、イーサンさんに相談してなるべくライアンくん呼びを許してもらえる様にお願いしてみよう……。




「あーろさんと、でぃーんさん、ひきわけでした……!」

「しゅごかったの……!」


 あれからハルトとユウマはライアンくんの機嫌が戻った事にすっかり安心し、訓練場で見学した騎士団員さんの疑似対人戦の様子を僕に興奮しながら教えてくれた。


「そうなんだ? 途中で剣が折れて残念だったね?」

「あぅ~」


 アーロさんとディーンさんの訓練とは思えない熱戦に、他の団員さんたちも固唾を飲んで見守っていたらしい。だけど途中、二人同時に剣にヒビが入ってしまい、敢え無く引き分けに。

 それでも決着をつけようとしていたのを騎士団長さんが止めにきたらしい。

 剣が折れても戦おうとするなんて、二人とも凄いなぁ……。


「でも、ふたりとも、かっこよかったです!」

「かっこよかった!」

「「ねぇ~!」」


 キラキラとした眼差しではしゃいでるハルトとユウマ。その隣で少しばかり気まずそうな様子のライアンくんと、またもや苦笑いのフレッドさんとサイラスさん。

 どうやらこれにもライアンくんが一枚噛んでいる様子。


 すると、僕の傍にサイラスさんがやって来る。


「アーロとディーン、ハルトくんに師匠って呼ばれて唸ってたぞ」

「え、そうなんですか?」

「二人とも、とても嬉しそうでしたね」

「膝から崩れ落ちてたな」

「そんなに……」


 聞くところによると、どうやらハルトが対人戦前の二人にもじもじしながら「ししょう、がんばって!」と応援したらしい。

 ハルトはアーロさんとディーンさんに喜んでもらえて満足そうだったと。

 いつもの訓練も、あれくらい真剣に取り組んでくれればとフレッドさんは半ば呆れた様子だ。


 すると、ライアンくんの下にノアたちと遊んでいたウェンディちゃんがやって来る。僕たちには聞こえない小さな声で何かをお願いしている様な……?


「ん~、それは訊いてみないと分からないな……」

《 らいあん、きいてみて~! 》

「ダメでも拗ねちゃダメだよ?」

《 わかった! 》


 ウェンディちゃんのお願いに、困った様に眉を下げるライアンくん。その言葉に思わず笑ってしまいそうになったのはここだけの話。


「ヒュバート薬師長、ウェンディがこの温室にノアくんから貰った植物を植えたいそうなんだが……」

「植物? どれ、どんなモノか見せてもらえるかな?」

《 いいよ~! 》


 ウェンディちゃんはそう言うと、ライアンくんとヒュバートさんの目の前に小さな小さな植物の芽を出現させた。

 確かは、出発の前日にノアとセバスチャンがフェアリー・リングの森で採取してきたお土産……。


「ふむ……。これは見た事がないな……」

「あら、綺麗な色ね」


 ヒュバートさんとリディアさんはその芽を物珍しそうに繁々と観察している。その様子にウェンディちゃんも持ってきたノアもソワソワと落ち着かない。


「それは“パロサント”と言う樹木らしいです。妖精の森でも滅多に見かけないとか」

「妖精の森……!?」

「そんな希少な物を?」

「ノアくんがウェンディにあげたいと探してくれたそうです」


 あの夜ノアが持って来たのは、パロサントと言う希少な樹だったらしい。それならばと、ヒュバートさんは温室の中でも日当たりの良い場所を提供してくれた様だ。

 ウェンディちゃんとノアは嬉しそうにヒュバートさんの後ろについて行く。


「……よし! ここなら多少大きくなっても問題ないだろう」


 手際よくあっという間にパロサントの芽を植えてしまったヒュバートさん。

 その周りでは嬉しそうに飛び回るウェンディちゃんとノアの姿が。ヒュバートさんもにこにこしながら二人の嬉しそうな姿に目を細めている。


 すると、そんなほのぼのとした空気の中、温室の入り口付近から僕の名前を呼ぶ声が響いてきた。パッと振り返ると、そこにはイーサンさんとレティちゃんの姿が。


「ユイトさん、ここにいましたか」

「おにぃちゃん、みんな、そろってるよ?」

「えっ? ……あ!」


 そうだ! 試食会!

 さっきまで覚えてた筈なのに、リディアさんの事ですっかり頭から抜け落ちていた……。


「リディア様もライアン殿下も……。陛下が勝手に食べ始めようとしてるので急ぎましょう」

「まぁ……! それは大変だわ! 私たちも急ぎましょう!」

「お祖母様、楽しみにされていましたもんね!」

「ふふ、今日はデザートはあるのかしら?」

「あ、はい! ナタリーさんが頑張ってくれました!」

「まぁ~! それは楽しみだわ!」


 早く行きましょう! と皆を急かし、リディアさんは嬉しそうに杖を突く。

 どうやら本当に楽しみにしてくれてたらしく、その様子に僕も嬉しくなってしまう。


( 気に入ってくれるといいな…… )


 そう願いながら、ライアンくんたちと共に歩みを進めた。


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