第287話 秘密の相談?


「では、何かあればいつでもお申し付けください」

「はい。ありがとうございました!」

「ありがとう、ございました!」

「ありぁとごじゃぃまちた!」


 トーマスさんが幸せを満喫した後、コールソンさんはにっこり笑みを浮かべ、ハルトとユウマ、メフィストを一撫でして向かいの家に帰っていった。

 サンプソンたちも使用人のお兄さん達が見てくれてるし……。


( ん~……、先に片付けちゃおうかな…… )


 まだオリビアさん達を迎えに行くまで、結構時間がある。


「トーマスさん、先にお風呂入ります?」

「風呂?」


 一応軽くは拭いてたけど、汗もかいてるし、ハルトたちもさっぱりさせてあげたい。


「その間に洗濯しちゃうんで、ハルトとユウマもお願いしたいんですけど……」

「ん? そうだな。まだ余裕もあるし……。ハルト、ユウマ、おじいちゃんと一緒にお風呂に入ろうか」

「おふろ? はいりたいです!」

「ゆぅくんもはぃりゅ!」

「よし! ユイト、メフィストも先に入れるから、洗ったら声を掛けるよ」

「分かりました。着替えとタオル、準備しときますね」

「ありがとう。じゃあ行こうか」

「「はぁ~い!」」


 そう言って、トーマスさんに連れられてハルトとユウマ、アレクさんに抱えられたメフィストは浴室へと向かった。

 僕はその間に、先にキッチンでコールソンさんが用意してくれていた果物を小さく小さく切り分けていく。

 今が旬のペルズィモーネピルス。このピルスは夏に食べていた見慣れた丸い物とは違い、瓢箪ひょうたんの様な形をしていた。皮を剥くと、甘い香りがふんわり香る。


「あ、美味しい……!」


 一口頬張ると、丸いピルスとは食感も違い、舌の上でとろけていく様に甘味が広がる。これはちょっといつものより高級感があるかも……。

 一つにはハルトたち用と、もう一つはノアたち用に小さくみじん切りにしたものを用意。


「みんな~、お待たせ! 先にこれ食べててくれる?」


 僕がそう声を掛けると、目の前にポンッと可愛らしい妖精たちが現れた。


《 ゆいと、おかし~? 》

《 おかしじゃないよ、くだものだよ~! 》

《 あまい~? 》

「テオ、ごめんね? レティちゃんが帰ってきたらお菓子作るからね」

《 わかった~! これ、たべてい~? 》

「うん、いいよ」


 僕がそう言うと、ふわりとテーブルの上に着地し嬉しそうに手を伸ばす。

 お皿の周りには、テオにノア、リュカとリリアーナちゃんの四人。ニコラちゃんはレティちゃんに付いているから、果物はまた後で。

 細かく刻んだおかげか、皆一つずつ手に取り、おいしいと嬉しそうに食べている。お手拭きも用意しとかないと。


「皆、美味しい?」

《 とっても、おいしい! 》

《 まえのとちがう~! 》

「前のピルスと違う種類なんだよ」

《 こっちもあまくてすき~! 》

《 わたしも~! 》


 頬を膨らませて食べている可愛らしい姿に、眺めているだけでとっても癒される。



「へぇ~。妖精、こんなにいたんだ?」



 僕の後ろから聞こえた声に、思わずびくりと肩を震わす。


「あ、アレクさん……」


 トーマスさんと一緒に行ったから、姿が見えないせいですっかり気を抜いていた。


「ん? あ、トーマスさんの肩に乗ってたの、この妖精だったよな?」


 そう言うと、なんかハルトとそっくりだなぁ~、なんて椅子に腰掛けて眺めている。


《 あ、あれくだ~! 》

《 みられちゃった~ 》

《 とーますにおこられちゃう? 》

《 ゆいとのすきなひとだから、だいじょうぶ! 》

《 そうなの~? 》

《 おてがみのひと~? 》

《 なら、あんしんね! 》

《 《 そうだね! 》 》


 皆の声はアレクさんに聞こえていないけど、何やらかたまり相談し、ホッと胸を撫で下ろしている姿が面白かったのだろう。可愛いなぁ~と頬杖をついて微笑んでいる。

 ……僕はノアたちの会話で顔が熱いんだけど。


「……そんな顔しなくても、誰にも言わねぇから心配すんな」


 僕が黙ったままなのを勘違いさせてしまったのか、アレクさんは困った顔をして僕の手を握る。


「いえ、そうじゃなくて……」

「ん?」

「いや、なんでもないです……」

「何? 気になるんだけど」


 手を握ったまま、アレクさんがジッと僕を見上げて放してくれない。


「……ノアが」

「ノア? あぁ、妖精の名前?」

「……ノアが、アレクさんは、僕の好きな人だから大丈夫だ、って……」


 そう小さな声で呟くと、アレクさんは満面の笑みでノアたちに振り返った。


「オレ、誰にも言わねぇから。安心していいぞ」


 自分たちを見て話し掛けてくるアレクさんに、リュカたちも興味を持ったみたい。食べる手を止め、アレクさんをジッと見つめている。


「あ、でも家の中でも窓には近付かない方がいいかもな。セバスチャンたちもいるし大丈夫だとは思うけど、金持ちの家に盗みに来る奴らもいるから」


 気を付けろよ? と人差し指でノアたちの頭を優しく撫でていく。


《 ……ぼく、このひとすき! 》

《 ておも~? わたしも! 》

《 ぼくも! 》


 自分の方を見ながらにこにこと何かを話しているテオたちを見て、アレクさんは楽しそうだな? と首を傾げている。


「……あ。アレクさん、これ食べて待っててください。僕、先に洗濯してくるんで。そろそろメフィストもお風呂から上がるだろうし」

「あ、オレも手伝うよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。今洗うのは下着と肌着だけなんで。ゆっくりしててください」


 女性用もあるので、と僕が小声で伝えると、アレクさんはなるほど、と頷いた。アレクさんにはリビングで待っててもらい、僕は洗濯をしに廊下に出る。

 

 そして使用人さんが脱衣所の前まで運んでくれたトランクの中から、五日分の洗濯物を全て取り出す。家族七人分の洗濯物。これだけでもかなりの量だ……。


( とりあえず、すぐ着るものだけ洗っとこう! )


 すぐ隣の浴室からは、ハルトたちの楽しそうな声が響いてくる。 

 それを聞きながらハルトたちの肌着をゴシゴシ洗い、破らない様に水気を絞る。これを毎日やっていた昔の人はすごいなぁと改めて尊敬してしまう。

 絞った洗濯物を裏庭で干そうとすると、僕の耳元でゆいと~、と呼ぶリュカの可愛らしい声が聞こえてくる。


「どうしたの? 皆は?」

《 あれくとあそんでる~! 》

「そうなんだ。仲良くなって嬉しいよ」


 すると、リュカの目線がチラリと僕の抱える洗濯物に……。


《 ぼく、かわかそうか? 》


「い、いいの……?」


 リュカの魅力的な言葉に、思わず本音が出てしまう。


「あ、庭で干してからの方が乾かしやすい?」

《 ん~ん! それでいいよ~! ちょっとまっててね! 》


 そう言うと、リュカは僕が手洗いした洗濯物をシャボン玉の様な膜で包んでふわふわと宙に浮かべ、その中でくるくると温風を当てて次々と乾かしていく。


《 これくらいかな~? どう? 》


 僕の手に一枚の肌着がふわりと落ちてくる。肌触りもふわふわして柔らかい……。あっという間に乾いてしまった洗濯物に、僕は感動しきり。


「リュカ~! すっごく助かったよ、ありがとう!」

《 ほかのはいいの~? 》

「うん、まだ洗えてないからね。時間掛かるんだ」


 トランクから取り出した洗濯物は、脱衣所の一角を占領している。洗濯機があれば助かるんだけどなぁなんて、手洗いしながらいつも思っている。これからの季節は大変そうだ……。


《 さっきみたいに、おみずでばしゃばしゃするの~? 》

「うん。汚れを石鹸で落としながら洗うんだよ。さすがにあの量は一日じゃ無理かなぁ~? 強く擦ると破れちゃうし」

《 ふぅ~ん…… 》


 リュカはチラチラと洗濯物の山を眺めている。


「お~い、ユイト~! メフィストを頼む~!」

「あぅ~!」


 すると、浴室から僕を呼ぶトーマスさんとメフィストの声が。 


「ここにいますよ~! メフィスト、気持ち良かったねぇ?」

「あ~ぃ!」


 タオルで優しく包んで受け取ると、すっかりキレイに洗われて、メフィストの体はほんのり石鹸のいい匂い。余程気持ち良かったのか、とっても機嫌が良さそうだ。


「ハハ! 湯船でもずっと機嫌がよかったぞ。おや、アレクは?」

「あ、アレクさんは……。ノアたちと、遊んで、ます……」


 僕の言葉に、トーマスさんは目をパチクリ。


《 みんな、あれくのこと、きにいっちゃったの! 》

「……そうか。まぁ、アレクなら秘密にしなくてもいいだろう。ノアとも一度会ってるしな。お、ハルトとユウマもそろそろ上がるか?」

「「あがる~!」」


 僕はてっきり注意されるかなと思っていたけど、トーマスさんは気にしていない様子。ハルトとユウマもお風呂から上がり、僕はトーマスさんと一緒になって、三人が風邪を引かない様に大急ぎで体を拭いていく。

 トーマスさんはビショビショのまま脱衣所に出てしまったから、そこだけ水浸し。後で気付き、すまないと申し訳なさそうに謝っていた。





*****


「からだ、ぽかぽかです……」

「しゃっぱりちた~!」


 ハルトとユウマも着替えてリビングに。冷蔵庫に入っていた牛乳を美味しそうに飲んで、ソファーで一息ついている。その口にはいつも通り、白い髭が出来ていた。


「ほら、二人とも風邪引くぞ?」

「ん~……」


 ハルトはアレクさんに髪を拭いてもらい、気持ち良さそうに目を瞑っている。今にも寝てしまいそうに、頭はこっくりこっくりと舟を漕いでいた。


「じぃじ~、ゆぅくんもおむかぇいく~!」

「そうか。でもその前にちゃんと乾かさないとな?」

「ん!」


 そう言って、ユウマは機嫌良さそうにトーマスさんのお腹にもたれて足をぱたぱたさせている。

 今は元気そうだけど、体が温かいから、もうそろそろしたら眠気が来そうだな。


《 めふぃすと、ねちゃった…… 》


 そう呟くのはリリアーナちゃん。僕の腕の中でぐっすりと眠っているメフィストの寝顔を、かわいいとにこにこ眺めている。


「ユイトはいいのか? 今のうちにゆっくり入ってくればいいのに」

「ん~、僕はもう少し片付けてから入りますね。今入ると寝ちゃいそうだし」


 いまキッチンのシンクの中で水を溜めて、野営で使った食器を浸けている真っ最中。

 トーマスさんの魔法鞄マジックバッグの中にも、野営で使った洗い物が結構残っている。お店で使っている食器も、家で使っている食器も全部使って準備したから、改めて見ると量がスゴイ……。


「……あ、ユウマも寝ちゃいましたよ」

「……ハハ。大人しくなったと思ったら」


 ユウマはいつの間にか、トーマスさんのお腹にもたれてすぅすぅと寝息を立てていた。

 コップを落とさない様にそっと取ると、ん~、と足をもじもじ。


「……三人とも、寝かせてこようか」

「……そうですね」


 アレクさんにも手伝ってもらい、三人を一番近い一階の寝室へと運ぶ。寝室だけでもたくさんあって、どこを使おうか迷うくらい。


《 わたし、ここにいるね 》

《 ぼくも~! 》

「ホント? 三人の事、お願いしてもいい?」

《 うん! おきたらおしえるね! 》

《 まかせて~! 》


 リリアーナちゃんとテオの言葉に甘え、僕たちは寝室を後にする。

 三人ともぐっすりで、あの様子だと暫くは起きてこないかも。


「ユイト、オレはそろそろオリビア達を迎えに行ってくるよ」

「あ、分かりました。お昼の準備……、遅くなったら近くで食べるって言ってたけど……。一応、しておきますね」

「あぁ。少し遅くなるかもしれないが、オリビアもユイトが作ってると知ったら家で食べると言う筈だから。気にせず先に食べていて構わないよ」

「ありがとうございます。じゃあ、準備しておきますね」






*****


「いってらっしゃい! 気を付けて!」

「あぁ、行ってくる。アレクも急ですまないがユイト達を頼むよ」

「任せてください! お気を付けて!」


 トーマスさんはサンプソンを連れて診療所へと向かった。

 さっき覗いたら、セバスチャンとドラゴンは庭でのんびり日向ぼっこをし、他の馬たちも思い思いに休んでいる。お世話をしてくれている使用人さん達も、もうすぐお昼でコールソンさんの家に行くみたい。


 玄関の扉を閉めると、一応家には二人きり(?)


「……アレクさん、何か食べたいのありますか?」

「オレ?」

「はい。久し振りに会ったし……」


 僕の作ったの、食べてほしくて……。


 そう言うと、アレクさんは深い溜息を吐く。


「ハァ~……。トーマスさんがいなくなってからそういう事言うの……、ホント……」

「? 要らないですか……?」

「いるよ! スッゲェ食いたい!」


 アレクさんはそう言うと、顔を両手で覆い、深い深呼吸。


「……そうだ。ユイトの手紙に書いてあったアレ! ……コメだっけ? それ食いたいな!」

「お米ですか? 分かりました! 美味しく作れるように頑張りますね!」


 魔法鞄の中に入れていた、麻袋に入ったままの生米。

 お鍋で炊いて、冷蔵庫に入ってたお肉を使ってアレクさん向けにガッツリしたものがいいかな? ……でも、どうせだしアレクさんがくれた粒マスタードも使おうかな……。いや、でも使うのもったいない……? ん~、どうしよう……?

 チラリとアレクさんを見ると、バッチリと目が合ってしまう。


「ハァ~……。ホント……、そういうとこ……」

「?」

「……何でもない! 楽しみにしてるな!」


 そう言うと、僕の両肩を後ろから押してズンズンとリビングの方へと足を進める。

 久し振りに会えて緊張するけど、ちょっとは成長したところを見てもらわないと!



「アレクさんはのんびりしててくださいね」

「あぁ、ありがと!」


 僕がキッチンから声を掛けると、アレクさんはリビングのソファーに座り笑顔で頷く。だけど、ちょっと疲れているみたい。昨日王都に帰って来たって言ってたし、依頼で疲れてるのかも……。


《 ぼくもあれくといっしょに、まってていい? 》


 すると、ノアがふわふわと飛びながら僕に訊いてくる。


「アレクさんと? うん、いいよ」


 遊んでるって言ってたし、気に入ったのかな? そうだとしたら僕も嬉しい!


「何? どうしたの?」

「あ、ノアがアレクさんと待ってるって」

「オレと? ……じゃあ、ちょっと話し相手になってもらおうかな」

《 いいよ~! 》

「ふふ、ノアもいいって言ってます」


 僕がキッチンから二人の様子を眺めていると、ノアはふわふわとアレクさんの膝に座り、楽しそうに笑っている。

 ノアの言葉は聞こえていないのに、アレクさんも楽しそうだ。


 正直、二人が何を話してるのか気にはなるけど……。

 今は腕によりをかけて料理を作る! 頑張るぞ!






*****


「ハァ~……、久し振りに会うと破壊力ヤバいな……」

《 ゆいと、うれしそうだもんね! 》

「ユイトの周りだけキラキラして見えるんだけど……」

《 それたぶん、ぼくたちじゃないかな~? 》

「押し花、気に入ってくれたかな……。怖くて訊けねぇんだけど……」

《 ゆいと、まいばんながめてるよ~? 》

「ノアはいいな……。いつも一緒にいれて……」

《 でも、ゆいともあれくにあいたいって…… 》

「あと二月ふたつきかぁ~……。いっその事、オレも一緒に住みたい……。トーマスさんに頼もうかな……」



《 ……これ、ぼくがきいててもいいの~? 》


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