第286話 かくれんぼ


「お、おっきいですね……」

「うむ……。これは予想外だった……」

「スッゲェ……」


 サンプソンの牽く馬車に揺られ、辿り着いた目的の場所。

 いま僕たちの目の前には、真っ白の門柱に、美しい模様がデザインされた黒の門扉。それに合う様に門灯にも同じデザインが施されている。

 そしてその奥には、どんな貴族が住んでいるんだという二階建ての白を基調にした豪華なお屋敷が建っていた。


「おうち、おっきいです……」

「しゅごぃねぇ……」

「あぅ~」


 ハルトたちもあまりの大きさに、はしゃぐどころか口をポカンと開けてお屋敷を眺めている。


《 場所が違うのか? 》

「いや、地図を見間違えたかもしれんな……」

「そうですね。確認しましょう……!」


 サンプソンも一緒になって(読めるのかは分からないけど)貰った地図を確認していると、中からニコニコと年配の男性が近付いてきた。門扉を開けるその人の顔を見た途端、トーマスさんは地図を見るのを止める。


「どうやらここで合っているらしい」

「え? そうなんですか?」


 トーマスさんはそう言うと、その男性の元へ近付いていく。


「皆様、お待ちしておりました。坊ちゃまは初めてでございますね。私、コールソンと申します」


 朗らかな笑みを浮かべて僕達を出迎えてくれたのは、このお屋敷の管理を任されているというコールソンさん。白いちょび髭の似合う可愛らしいお爺ちゃんという雰囲気。


「コールソンさん、お久し振りです」

「トーマス様もお元気そうで何よりでございます。さ、手綱はこちらに」


 コールソンさんがそう言うと、若い使用人さんらしき男性三人がトーマスさんとアレクさんから手綱を受け取り、サンプソン達をお屋敷の裏に連れて行く。荷物も中に運んでくれるらしい。あまりの待遇に、僕はメフィストをぎゅっと抱え、すっかり委縮してしまう。


「ユイト、どうした?」

「ちょっと緊張しちゃって……」

「想像より凄かったもんな」

「はい……」


 アレクさんが心配してこそりと耳打ちしてくれた。

 まさかこんな大きなお屋敷で過ごすなんて考えてもみなかったから、今は傷を付けたりしたらどうしようという不安の方が大きかった。


「使用人は不要と事前に御伺いしておりますので私はご案内のみですが、普段は向かいに住んでおります。あちらの三名は厩舎を管理する者達でございますので、出掛ける際や何かありましたら何なりとお申し付けください」


 そう言って、コールソンさんは僕たちに向かって左手をお腹に当て、丁寧なお辞儀をしてくれる。


「よ、よろしくお願いします……! 僕はユイトと言います」

「ぼくの、おなまえは、ハルトです! おねがい、します!」

「ぼくの、おなまぇは、ユウマ、です! おねがぃしましゅ!」

「この子はメフィストと言います」

「あ~ぃ!」


 ハルトたちの挨拶に、コールソンさんの顔も綻んでいる。


「ほほ。可愛らしい坊ちゃま達でございますね。……おや? オリビア様が見当たりませんが……」

「あぁ、王都ここに来る途中で出会った少年を診療所に連れて行きました。だいぶ顔色も良くなったんですが、心配で……」

「そうでしたか、それはそれは……。さぁさ、皆様、お疲れでしょう。中へどうぞ。これから過ごされる家をご案内致します」



「うわぁあああ───っ!!」

「ヒィイイイ───……ッ!!」



 皆でお屋敷へ向かおうとすると、裏からさっきの使用人さんたちの悲鳴が聞こえてくる。

 トーマスさんとアレクさんが顔を見合わせ、何かに気付いた様に慌てて駆けて行った。


「流石……。やはりお速いですなぁ」

「何かあったんでしょうか……?」

「いやいや、気にする事はないでしょう。ただ馬車の中のに気付かなかっただけの事でございます」

「……あ」


 豪邸を目の当たりにしてすっかり忘れていたけど、馬車の中にはドラゴンとセバスチャンが乗ってた筈だ……。それを見て驚いたのかも……。

 ……なんか、申し訳ない事しちゃったな……。






*****


「わぁ! かいだん、ぐるぐるしてます!」

「みてぇ~! てーぶりゅ、おっきぃねぇ!」

「あぃ~!」


 コールソンさんに案内され家の中に入ると、入った瞬間からくらりと眩暈が起きそうだった。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ハルトとユウマはすごいすごい! と部屋を見て回り、おふろもある~! と叫んでいる。お風呂があるのは嬉しいけど、覗くのが少し怖い気もするなぁ……。

 だけど、キッチンに食料が補充されてるのは助かった~! これならノアたちにすぐご飯が用意できる!


「すみません、コールソンさん……。騒がしくて……」

「いえいえ。とんでもございません。やはり賑やかなのは良いものですね」


 ニコニコしながら、部屋の探検を楽しむハルトとユウマを見つめるコールソンさん。部屋の中からこちらを覗く二人に、笑いながら手を振り返している。

 

「そう言って頂けると……。コールソンさんはこちらでずっとお屋敷の管理を?」

「いえ。元々はイーサン様の御実家で家令スチュワードをしておりまして、数年前に引退した身でございます。今はこうしてお客様がいらっしゃる際に身の回りのお世話をさせて頂く程度で」

「すごいですね……! 緊張したりしないんですか?」


 イーサンさんのお客様って事は、凄い人ばっかりなんじゃ……?


「ここではイーサン様の気心の知れた方しかお見えになりませんので……。ほほ、楽しくさせて頂いてますよ」


 そう言って、茶目っ気たっぷりにウィンクを見せてくれた。


「……ところで」

「はい? どうしましたか?」

「そちらに抱えてらっしゃるメフィスト様……」

「メフィストですか?」

「うぅ~?」


 コールソンさんはメフィストを見つめ、急に真剣な声色で窺う様に訊いてくる。

 メフィストも首を傾げて、コールソンさんを見つめ返す。


「抱っこしても、構いませんか……?」


 真剣な顔で何を言われるんだろうと構えていたら、まさかの抱っこ。

 思わず拍子抜けだ。


「ふふ、いいですよ! メフィスト、抱っこしてもらおうね?」

「あ~ぃ!」


 コールソンさんは僕からメフィストを受け取ると、両腕に大事に大事に抱え込む。その表情はまるでトーマスさんと同じ様に、とっても優しい目をしている。

 

「ほほ! 可愛らしいですねぇ」

「きゃあ~ぃ!」


 メフィストも愚図る事なく、楽しそうに手を叩いてはしゃいでいる。

 

「何ともまぁ、愛らしい……! 兎の耳ですかな? 大変お似合いです。これはトーマス様も相当でしょうねぇ」

「分かりますか?」

「えぇ、あんなに可愛らしい子供たちがいらっしゃったら、毎日賑やかで楽しそうです」


 コールソンさんのお孫さん達は成人して、今は寮に入っているらしい。なかなか会えなくて寂しいんだって。


「僕たちがいる間は騒がしいかもしれないんですが……。よろしくお願いします」


 僕が頭を下げると、コールソンさんはこちらこそ、と言って柔らかい笑みを向けてくれた。すると、僕の後ろにもにっこりと微笑む。


「あ、二人ともおかえりなさい」

「いやぁ~、すまない。ドラゴンがいる事を伝えわすれていた」

「厩舎広いからサンプソンたちと一緒に入ってったぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ、楽しそうだったな」


 ドラゴンの寝床はどうしようと話していたから、これで一つ悩みは解消でいいのかな……?

 セバスチャンはメフィストのヨダレでしっとりしていたから、使用人さん達にお願いして桶に水を入れてもらい、外で水浴びしているらしい。豪快だったと二人で笑っている。

 

「ほほ。ではトーマス様も揃った所で、浴室とキッチンの使い方を教えておきますね」

「あ、そうだった! お願いします!」

「風呂か! いいな!」

「では、こちらへどうぞ」

「はい!」


 僕たちはコールソンさんの後に続き、各部屋の説明を受ける。

 すると、二階にある寝室に着いたところでベッドの上がこんもりと盛り上がっているのが目に入った。


「……あれは、隠れてるつもりなのか……?」

「……多分、そうだと思います……!」

「……笑い声、聞こえてるけど……」

「……ほほ、大変可愛らしいですねぇ……」


 皆でこそこそ話しているのには理由がある。


「んふふ……! はるくん、みちゅかってなぁい……?」

「だいじょうぶ……! おじぃちゃんたち、あっちみてる……!」


「んん……っ!」

「トーマスさん、大丈夫ですか?」

「いや、問題ない……」


 なぜトーマスさんの声が震えているかというと、隠れているつもりのハルトとユウマの声が、こちらに丸聞こえだから……!


「あれぇ~? ユイト、ハルトとユウマ見なかった?」


 すると突然、アレクさんが二人の名前を出した。名前を聞いた途端、二人の動きがピタッと止まる。


「え~? 確か二人で探検してたんですけど……」

「おかしいですねぇ、こちらにいると思ったんですが……」


 意外にもコールソンさんもノリノリだ。アレクさんは肩を震わせて笑っている。

 トーマスさんは二人の前だと上手に嘘が吐けないと分かっているので、参加しないみたい。口を必死に押さえている真っ最中だ。


「一階に行っちゃったのかな?」

「メフィストも寂しいなぁ?」

「あぅ~……」

「んっ、ふふ……」


 メフィストの迫真の演技に、トーマスさんは危うく声を出すところだった。慌てて両手で口元を押さえている。


「仕方ねぇな。下りるか」

「そうですね、ここにはいないみたいだし」

「どこに行ったんでしょうねぇ」


 そう言ってわざと部屋を出ようと背を向けると……、


「「わっ!」」


「うぉっ!?」


 驚きの声を上げるトーマスさんの足元に、白いシーツが絡まっていた。


「んふふ~! びっくりちたぁ~?」

「ぼくとゆぅくん、ここにいました!」


 にこ~っと満面の笑みでトーマスさんの足にしがみ付いているハルトとユウマ。

 白いシーツに包まり、だいせいこう~! とはしゃいでいる。


「グゥ……ッ!」


「……と、トーマス様……?」

「あ、いつもの事なので大丈夫だと思います……」

「ハハッ! トーマスさん、肩震えてる」


 足元ではしゃぐ二人を見て、トーマスさんは唸り声をあげている。

 コールソンさんは困惑気味だったけど、アレクさんは我慢出来ずに笑っていた。


「ハァ……。ウチの子たちが、今日も可愛い……」


 しみじみと呟くトーマスさん。

 ……今日もトーマスさんが幸せそうで、何よりです。


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