第260話 初めての食感


 今朝もいつもと同じ時間に起き、身支度を整えて、明日からの準備のためにお店のキッチンへと向かう。

 ベッドを見ると、ハルトたちもノアたちもまだぐっすり夢の中。

 皆を起こさない様に、僕はそっと扉を閉めた。


 ふと隣の部屋の扉が開いている事に気付き、中を覗くと、オリビアさんがレティちゃんの服をキレイに折りたたんでいる真っ最中。


「オリビアさん、おはようございます」

「あら、ユイトくん、おはよう」


 僕たちの部屋の隣はレティちゃんの部屋なんだけど、寝る時はトーマスさんとオリビアさんと一緒に寝ているから、服を掛けている以外はほとんど使っていない。

 昼間もお店にいるか、ハルトたちと一緒に過ごしてるし。

 オリビアさんはクローゼットに掛かっているレティちゃんの服をキレイに折りたたんで、大きなトランクに詰めている。

 あ、ハルトとユウマの服もあとで準備しなきゃ。


「私もこれが終わったら、すぐ行くからね」

「はい! 先に進めときますね」



 お店の営業は昨日で終わり、王都に行っている期間は休業だ。

 いつも来てくれるお客様たちは残念そうだったけど、お店が営業したらまた食べに来ると約束してくれた。 


「さてと……、始めようかな!」


 僕はエプロンを着け、作業台に食材を並べていく。

 昨日もある程度は進めたけど、まだまだ……、いや、全然足りない。

 野宿する時にすぐ調理出来る様に、お肉は下味をつけ、野菜はカット。お米はあらかじめ炊いて、後でトーマスさんにお願いして魔法鞄マジックバッグの中へ。

 メフィスト用の離乳食も、粉ミルクのストックも入れてもらう。

 今朝はブレンダさんが手伝いに来てくれる予定になっているから、ブレンダさんの魔法鞄にも作った料理をどんどん詰め込んでもらう予定だ。

 いっぱいになるのは申し訳ないなと思ってたんだけど、ブレンダさんの魔法鞄の八割は食料入れになっているらしい。ユイトの料理が食べれるなら! と快く快諾してくれた様で……。

 ブレンダさん用に、お礼のフルーツサンドは多めに仕込まないとね。






*****


「ばぁば、にぃに、おはよ!」

「おばぁちゃん、おにぃちゃん、おはよう!」


 オリビアさんと二人で食材を仕込んでいると、レティちゃんとユウマが仲良く顔を覗かせる。二人の隣で、テオとニコラちゃんもふわふわ飛んでいる。テオはうとうとしながら、まだ眠そうだけど。妖精も寝癖って付くんだね。


「ユウマちゃんも、レティちゃんも、おはよう!」

「おはよう。ハルトはまだ寝てる?」


 ハルトもいつもは一緒に来るのになぁ、と不思議に思っていると。


「はるくんねぇ、めふぃくんのおむちゅかえてる!」

「おじぃちゃんと、がんばってるの」

「そうなんだ? 見たかったですね、オリビアさん」

「ホントねぇ~! 皆、色々手伝ってくれて、助かっちゃうわ!」


 まさかおむつ替えにも挑戦するとは……。僕も、ハルトのおむつを替える時は慣れてなくて大変だったなぁ、と懐かしく感じてしまう。


「もうすぐ朝食だからね。トーマスさん達、呼んできてくれる?」

「「はぁ~い!」」


 さ、今日は忙しいぞ~! 頑張らなくちゃ!






*****


「おはようございます!」


 朝食を終えてしばらく経った頃、ブレンダさんが来てくれた。

 

「おはようございます、ブレンダさん! 今日はありがとうございます!」

「いや、これは私にとっても重要な事だからな! 道中も美味い料理が食べれるんだ、これくらい容易い事だよ」

「行きも食べれる様に、フルーツサンドもたくさん作りますからね!」

「本当か!? やった……っ!!」


 それを訊いて、ブレンダさんは静かに両手を握り締めていた。そんなに喜んでくれると、こっちまで嬉しくなる! 美味しいのいっぱい作りますからね!






*****


「……で? 私はこの買い物を手伝えばいいか?」

「はい。もうお店の人達にも昨日のうちに注文はしているので、トーマスさんと一緒にお願い出来ますか?」

「任せてくれ!」


 カウンター席に座って、おやつ代わりのフルーツサンドを嬉しそうに頬張るブレンダさんにお願いするのは、お店に注文していた品の受け取りと、僕たちが仕込んでいる料理を魔法鞄に詰めてもらう事。

 今日はこのまま、ブレンダさんには泊まっていってもらう予定だ。


「おや、ブレンダ、おはよう」

「トーマスさん! おはようございます! メフィストも、おはよう!」

「あ~ぃ!」


 トーマスさんは、早速フルーツサンドを頬張っているブレンダさんを見て笑っている。慌てるブレンダさんに、それを食べてから行こう、と席に腰掛けた。


「あ! ぶれんだちゃん! おはよう、ございます!」

「ぶえんだちゃん、おはよ!」

「ぶれんだちゃん、おはよう! いっしょにいくの、うれしい!」

「おはよう! 皆、朝から元気だな! 私も一緒に行けて嬉しいよ!」


 後からハルトたちもやって来て、店内は一気ににぎやかに。リュカたちもブレンダさんにはバーベキューの時に一度会っているので姿を現し、なまえをつけました! とハルトが一人ずつ紹介している。

 ブレンダさんも改めてよろしく、と嬉しそうに挨拶している。


「ブレンダ、王都から帰ったばかりなのにすまないな」

「いえ! タイミングが合って良かったです! すれ違いだったらフルーツサンドも食べれませんでしたし」

「ハハハ! そう言ってもらえると助かるよ」


 ブレンダさんはライアンくんたちの護衛依頼の後、二日間だけ王都に滞在し、一昨日、隣街のアドレイムに帰って来たばかり。帰っている途中で連絡が入り、快く依頼を受けてくれた。

 恋人のエレノアさんとは、一日だけ一緒に過ごせたと顔を赤らめて嬉しそうに教えてくれた。






*****


 朝の店通りには村人が行き交い、小さな村だがなかなかに賑わっている。

 二人で手分けし、トーマスさんは青果店、私は肉屋へ向かう事にした。


「ブレンダちゃん、おはよう!」

「おはようございます!」


 この村からの依頼を受ける事もあるからか、通り過ぎる際に私にも挨拶をしてくれる人が多い。優しくて温かい村だ。


「あら! いらっしゃい! ブレンダちゃんが来てくれるなんて珍しい!」

「おはようございます! 今日は手伝いで……。ユイトが注文していた物を受け取りに来ました」


 私を見るなり、肉屋のエリザさんが笑顔で対応してくれる。

 どこで訊いたのかは知らないが、なぜか私がよく食べる事も知っているため、会う度にちょっとしたおやつをくれる。

 だからと言う訳ではないが、この人も優しくて好きだ。


「ユイトくんの? 今持ってくるから、ちょっと待っててね~!」

「はい、お願いします」


 店先で待っていると、奥から大きな袋を抱えたエリザさんが……。

 いや、さすがにデカくないか……? そう思っていると、私の顔に出ていたのか、王都に行く途中で無くなっちゃうかもしれないから~! と満面の笑みで手渡してくれる。


「これね、昨日ユイトくんがくれたタレで食べたら、ものすっっっ……ごく! 美味しかったの!! ブレンダちゃんも楽しみにしてて!」

「は、はい……」


 そう言って力説するエリザさんの後ろで、旦那さんも力強く頷いている。

 あ、そうだった!


「これを渡してくれって、ユイトに頼まれてたんだ。どうぞ」


 私が手渡した物を見て、エリザさんは歓喜の声を上げた。


「ネッド~! ユイトくんの手作りのタレ! こんなに貰っちゃったわ!」

「そうか、これで安心だな」

「安心……?」


 タレで何が安心なんだ? 私が首を傾げていると、エリザさんは笑って食べたらわかるから、と教えてくれなかった。

 そう言われると、無性に気になる……。


「あ、ちょっと味見してみる? ねぇ~! 昨日食べたの、焼いてくれる~?」


 店の奥にいるのであろう人物に、大声で頼んでいる。他に客もいるから若干恥ずかしいが……。食べ物に罪は無いからな!

 お言葉に甘えて、少しソワソワしながらそれを待つ事にした。


 店の邪魔にならない様に端に寄って待っていると、ふわりと食欲を刺激する、まるで上質な脂の滴る様ないい匂いが漂ってきた。

 何だろう、この匂いは……?

 思わず喉を鳴らしてしまう程に、私の鼻と胃袋を刺激する……!


「ブレンダちゃん、お待たせ~! ユイトくんのタレに浸けて食べてみて~!」


 エリザさんが笑顔で持って来たのは、透き通った脂を纏ったプルプルとした白い塊……。なんだこれは……? 初めて見る食べ物だ……。

 フォークでツンと突いてみると、ぷるんと揺れ、表面には焼き目が付いて香ばしい匂いがする。


「じゃ、じゃあ……。いただきます……!」

「えぇ、どうぞ! よ~く噛んでね!」


 意を決して、そのプルプルとした塊を口に放り込む。


 ─────…………!!!




「どうかしら?」


 一噛みする毎に、じゅわっと溢れる上質な甘い脂。

 プルンとした見た目同様、舌の上で食感を楽しませてくれる。

 あまりの衝撃に、私は口の中にいる塊を夢中で噛み締めていた……!


「う……、」

「う?」



 ウマァ~~~~~~いっっっ!!!!



 思わず出た大声に、エリザさんはポカンとした後、でしょう!? と、上機嫌でお替りをくれた。もちろん、有り難く頂戴する。

 なんだなんだと集まってくる客たちに紛れて、トーマスさんの呆れた様な顔がチラリと見えた気がした。


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