第256話 おばあさんのお店


「ユイトく~ん、こっちだよ~!」

「あ、は~い!」


 お昼時という事もあり、たくさんの人で賑わうアドレイムの街の店通り。

 今日はケイティさんとワイアットさんにお願いし、チョコレートを売っているおばあさんのお店へ案内してもらう。

 そこに行き着くまでに色々な店舗が並んでいて、ついつい覗き込んでしまう。


「坊ちゃま、これなんかどうですか?」

「これもお安くしときますよ!」

「え? いや、僕、坊ちゃまじゃ……」

「おにぃちゃん、うろうろしちゃだめ……!」

「あ、ごめ~ん……」


 僕があまりにも色んな店を覗いているから、レティちゃんに注意されてしまった。お店の店主さんが残念そうにこちらを見ている。ごめんなさい……!

 オリビアさんもケイティさんもそんな僕を見て、仕方ないわね、と笑っているけど。


「ユイトくん、あんまり俺たちから離れない様にな?」

「え? あ、はい……。すみません……」

「あ、違う違う! 怒ったんじゃなくて、今のユイトくん、どっかの貴族とかに間違われそうだからさ」

「えぇ~? それは無いですよ……!」

「いやいや、結構見られてるぞ?」


 ワイアットさんにそう言われて周りを見ると、確かにチラチラとこちらを窺うような視線が……。


「あ、それもあるけど~! 多分ウワサのせいじゃない?」

「噂?」

「そうそう! ユイトくんとアレクさんの公開プr」

「ワイアットさん! 僕、あのお店が気になります!」

「へ? あ、あぁ……」


 危ない危ない……! ケイティさんまで知ってるなんて……! ワイアットさんはピンと来ていない様だけど、僕としてはこちらの方が助かる……。

 レティちゃんの手を握り、僕はズンズンと店通りを進んだ。



「あら。ケイティちゃん、ダメじゃないの~! ユイトくん照れ屋なんだから」

「えへへ、ごめんなさ~い……」






*****


「あ、ここだな。目的の店」

「あら、可愛いお店ね」


 ワイアットさんとケイティさんに案内されたのは、扉をきっちりと閉めた木造の小さなお店。他のお店は商品が目立つ様に所狭しと店の外に並べているんだけど、このお店は商品は出していない。扉の横に、キレイな花が飾られているだけ。

 そっと小窓から中を覗くと、壁一面に立て掛けられている棚には、小瓶がキレイに並んでいる。


「へぇ~! 何だか薬屋さんみたいですね?」


 ここでカカオとチョコレートが売ってるのか~。あの瓶の中も調味料とかかな?


「え? 薬屋だぞ?」

「え? お菓子の材料じゃなくて?」

「……え?」

「……え?」


 ワイアットさんとお互いに顔を見合わせていると、レティちゃんが埒が明かないとばかりに僕の手を引っ張り、お店の扉を開ける。

 レティちゃんの後に続いて入ると、棚には一面に並んだ小瓶。その中には、液体やクリーム状の物、何かの葉っぱがそのまま入っている。窓から見えなかった反対側には、薬草がたくさん吊るされていた。


「こんにちは」

「こんにちは~……」

「はいは~い」


 レティちゃんと一緒に挨拶すると、奥から優しそうなお婆さんが出てくる。だけど、どこかで見た気が……。


「いらっしゃいませ。あら、可愛らしいお客様ね。あら、ワイアットくんとケイティちゃんも!」

「おばあちゃん、こんにちは~! 見に来たよ~!」

「こんにちは。今日はお客さん連れて来ました」

「あら、本当? どんなお薬をお探しかしら?」

「あ、えっと……」


 すると、僕の後ろからオリビアさんがお店の中へと入ってくる。そしてお婆さんの顔を見ると、あら、と驚きの表情を浮かべていた。


「いらっしゃいませ。あら、あなた、確かお店の……」

「こんにちは。この前はウチのお店に食べに来て頂いて……! ありがとうございました!」

「あら、やっぱり? とっても美味しかったもの~! 弟子たちも喜んじゃって」

「あ、あの子たちですか? お弟子さんだったんですか……!」

「そうなの、とっても優秀なのよ~」


 世間話に花を咲かせるお二人の会話を聞いていると、やっぱりこのおばあさん、僕も見た事ある人だ! 話を聞くと、この前の魔物の襲撃で、森の近くにあったおばあさんの住んでいた家が半壊してしまったという。

 幸い、誕生日だったあの子も、犬耳の男の子も三人とも納品に出掛けていて怪我はなかったみたい。薬草を取りに行くのが便利だと思っていたけど、それが仇になってしまったと寂しそうだった。

 このお店も元々空き店舗だったのを、領主のエドワードさんに紹介されて引っ越ししてきたらしい。あの男の子たちも今も一緒に住んでいて、今は薬を届けに出掛けているみたい。


「今日はね、ワイアットくんとケイティちゃんに教えてもらったカカオとチョコレートを買いに来たんです」

「あら、本当? やっぱり水仕事だから、手が荒れちゃうものねぇ」

「え?」

「え?」


 どうやらオリビアさんとこのおばあさんも、話が噛み合っていない……。


「えっと、お菓子の材料の……」

「お菓子? 手に塗るお薬じゃなくて……?」


 ん~~~???


 皆で首を傾げていると、レティちゃんがおばあさんの手をそっと掴んだ。


「あのね、おばあさんが、けいてぃちゃんにおれいであげた、しろいのとくろいの、あれがほしいんです」

「……あぁ! あれねぇ! あのままでいいの?」

「はい、あれとおなじの、ください」

「ちょっと待っててくださいねぇ」


 そう言っておばあさんは、お店の奥へ取りに行ってしまった。


「レティちゃん、ありがとう~! とっても助かっちゃったわ!」

「ん~ん、ここ、おくすりやさんだから、おかしのざいりょうっていっても、だめかなとおもったの」

「そうよね~。ここお薬売ってるお店だものねぇ……。でも手に塗る薬って言ってたわよね?」


 オリビアさんも僕も、お菓子の材料だと思っていたからピンとこない。


「でも、黒いのは食べたら健康に良いって言ってた気が……」

「あ! もしかしたら……、元々食材じゃないのかも……」

「有り得る……」


 ワイアットさんとケイティさんは、もしかしたら聞き漏らしてたかも……、と申し訳なさそうに僕たちに頭を下げようとする。


「でもケイティさんたちがトーマスさんに預けてくれなかったら、今も知らないままだったかもしれませんし! 知れてラッキーですよね! 美味しいお菓子も作れちゃったし!」

「ユイトくん……、ほんと良い子だな……」

「ユイトく~ん……、ありがとう~……!」


 落ち込んでいたワイアットさんと、泣きそうになっていたケイティさんに抱き締められ、僕は身動きが取れない。だって二人とも、力強いんだもん……。


「あらあら、皆仲良しさんなのねぇ。お嬢さんが言ってた物、これで合ってるかしら?」


 おばあさんが持って来てくれたのは、白い塊のままのカカオバターと、黒い板状になったチョコレート。


「あ、これです! ありがとうございます!」

「すみません、これをお菓子の材料として使ってた物だから、てっきり……」


 オリビアさんが謝ると、おばあさんはそんな使い道もあるなんて、お勉強になるわ、と優しく笑っていた。


「この白いのはね、蜜蝋と一緒に混ぜて固めると、手荒れの塗り薬になるんです。この黒いのは、一日にほんのひと欠片摂取すると、体にいいの。とっても苦いから、ちょっと苦手な人もいるんだけど」


 そう言って、オリビアさんとケイティさん、レティちゃんに試してみて、とカカオバターで出来たハンドクリームを手渡していた。

 オリビアさんは申し訳ないと断っていたけど、気に入ったらお店に来てね、と笑顔で言われ、受け取る事に。そして私も使ってるのよ、とおばあさんの綺麗な手を見せてもらい、絶対使います! と力強く答えていた。






*****


「いっぱい買っちゃいました……!」

「いや、買い過ぎじゃない……?」


 僕の両手いっぱいに、おばあさんの薬屋さんで買ったカカオバターとチョコレートが。

 その量に驚いていたワイアットさんも手伝ってくれ、お店にあったほとんどのカカオを買い取ってしまった……。


「ユイトくん、ずっとにこにこしてる~!」

「トーマスにも買って来てってお願いされたものねぇ」

「おにぃちゃん、うれしそう」

「だって、これで美味しいお菓子いっぱい作れるし! あ、王都に行ったら、これでライアンくんたちに何か作ろうか? レティちゃん、お手伝いお願いしてもいい?」

「うん! おてつだいする!」


 嬉しそうなレティちゃんと一緒に、何を作ろうか相談しながらイドリスさんの家まで歩く。ケイティさんとワイアットさんも、お礼にお菓子作りますね、と伝えると大喜びだった。

 あ、ネヴィルさんにもカカオの事、伝えとこうかな? 薬屋さんで使われてるって事は、食材としてはあんまり流通してないかも知れないし……。

 どうせなら美味しいの作って日頃のお礼に渡そうかな……。うん、それがいい!






*****


「ワイアットさん、ケイティさん、今日はありがとうございました!」


 イドリスさんの家の前まで送ってもらい、お二人に深々と頭を下げる。


「荷物も持ってもらっちゃって、すっごく助かったわ! 今度お店に来てくれた時はお礼するからね!」

「いえいえ! いつもお世話になってますし、お礼なんて……!」

「えぇ~、私お礼ほしい~! 美味しい料理かもしれないじゃん!」

「こら、ケイティ!」

「ふふ、美味しいお料理、期待しててちょうだい?」

「やったぁ~!」


 いつもの調子のケイティさんに笑いながら、お礼をすると約束し、ここでお別れ。

 そしてイドリスさんの家の大きな玄関の扉を開けると、僕とレティちゃんの肩に乗っていたノアとニコラちゃんが姿を現す。


《 ゆいと、いっぱいかったねぇ~! 》

《 これでおいしいおかし、つくるの? 》

「そうだよ! 今度は違うお菓子にも挑戦しようかな?」

《 ぼく、たのしみ! 》

《 わたしも~! 》


 ノアとニコラちゃんの楽しげな声に気付いたのか、奥からリュカとテオが飛んでくる。そしてその後に、ハルトがおかえりなさい! と駆けてきた。


「ただいま~! ハルト、稽古してもらったの?」

「いっぱい、おしえてもらいました!」

「そうなんだ! よかったねぇ!」

「はい!」


 ちょっと汗ばんだハルトの前髪を梳くと、奥からコンラッドさんがユウマを抱えてやって来た。

 そしてその後を追う様に、メフィストを抱いたトーマスさんと、困った様子のイドリスさんも付いてくる。


「オリビアさん! ユイトくん!」

「は、はい……っ!」

「ど、どうしたの……!?」


 その焦った様子に、何かあったのかと僕とオリビアさんは身構えてしまう。


「ユウマくんは、何か特別なスキルがあるのかもしれません……っ!」


 特別な、スキル……?


 突然の事に、僕とオリビアさんはその場で固まってしまう。


「えへへぇ~! ゆぅくん、ほめられたの!」

《 よかったねぇ! 》

《 すご~い! 》


 のほほんとお喋りするユウマとテオたちの会話だけが、その場に響いていた。


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