第248話 ユウマのお裾分け
村に六時課の鐘が鳴り響き、"オリーブの樹"も開店。
定休日前という事もあり、今日もたくさんのお客様が来店中。
「ちゅうもん、いただきました!」
「おまたせいたしました! こちらのおせきへどうぞ!」
店内には可愛らしい声が響いている。
今日はレティちゃんとハルトが接客をお手伝い。テキパキと仕事をこなし、僕の弟と妹って凄いでしょ? と来てくれたお客様全員に自慢したくなってしまう。
閉店後には結構歩く予定なので、ユウマとメフィストは疲れない様にとトーマスさんと一緒にダイニングで過ごしている。
「へぇ~。じゃあユイトくんたち、この後ギルマスの家に?」
「はい! 皆で泊まりに行くんです!」
「ぼく、たのしみです! ねっ、れてぃちゃん!」
「うん! わたしもたのしみ!」
カウンター席に座り、美味しそうにおかわりのミートボール入りミートパスタを頬張るのは冒険者のダリウスさん。今日はパーティ全員依頼を休みにして、各々好きに過ごしているらしい。
ちなみにトーマスさんに憧れているコーディさんはと言うと、ダリウスさんと一緒に来店したけど早々に食べ終え、今現在、家のダイニングでユウマたちと遊んでくれている。
特にメフィストが大はしゃぎで、家に繋がる扉を開けると、こちらにまではしゃぐ声が聞こえて来た。
「ギルマスの家かぁ~。家の前を通った事はあるけど、デカくてビックリしたなぁ……」
「へぇ~! 立派な家なんですね!」
「掃除が面倒って聞いたけど、成程な~って納得したもん」
ダリウスさんはフォークをくるくると回し、大きな口でパスタを美味しそうに頬張っている。そう言えばバージルさんたちもイドリスさんの家に泊まってたみたいだし、よっぽど大きな家なんだろうなぁ~。今から楽しみだ!
「あ、でもこないだ……」
「はい?」
ダリウスさんはう~ん、と首を傾げ何やら思案中?
「……いや、何でもないよ! あ、次はカルボナーラで! 卵一個追加して!」
「カルボナーラの卵追加ですね? ありがとうございます!」
ダリウスさんは何かを言いかけてたけど、一体何だったんだろう? でもまぁ、気にするほどの事でもないのかな? それよりも、美味しいパスタ作らないと!
「カルボナーラ、美味しく作りますからね!」
「楽しみにしてる!」
満面の笑みで次の料理を待つダリウスさん。そして、次々にお客様が御来店。
「「いらっしゃいませ!」」
ハルトとレティちゃんの声が響き、今日も"オリーブの樹"は満員御礼です。
*****
「皆、忘れ物はないかしら?」
「「「はぁ~い!」」」
営業を終えて戸締りを確認し、今から皆で乗合馬車の乗り場へと向かう。僕とオリビアさんの手にはハルトたちの着替えが。そしてトーマスさんの手にはメフィストの粉ミルクや布おむつが。
「にもつ、だいじょうぶです!」
「ゆぅくん、おやちゅ……、おやつ! もったよ!」
「わたしも、だいじょうぶ!」
ハルト、ユウマ、レティちゃんの三人は、お揃いの耳付きポンチョを着て仲良く手を繋いで準備万端。
ハルトは大事な木製の短剣を腰に下げ、レティちゃんはハンカチや櫛を準備してたな。そして目線を下に移すと……。
「ユウマの鞄、重くない?」
「うん! だいじょぶ!」
ユウマの肩掛け鞄の中身が異様に膨らんでいるけど、多分お菓子が入っているんだと思う。テオたちと一緒に、あれもこれもと選んでたもんな。ちなみに、テオたちは姿を消し、ハルトたちそれぞれの肩や頭に引っ付いているらしい。もちろんノアも、姿を消して僕の肩に座っている。
お出掛けが嬉しいのか、ユウマはふんふんと鼻を膨らませ、たのちみ! とはしゃいでいる。
「あぅ~!」
そしてご機嫌にはしゃぐ声がもう一つ……。
「コーディ、すまないな……」
「いえ! ボクたちも行き先は同じですから! ね? メフィストくん」
「あ~ぃ!」
閉店後も、メフィストがコーディさんから離れず……。どうやら相当気に入っている様子。申し訳ないけど、そのまま隣街のアドレイムまで一緒に向かう事になった。
「コーディがこんなに懐かれるとはな~」
「ボクもビックリですよ」
「あ~ぅ!」
ダリウスさんがコーディさんの後ろからメフィストの頬をちょんちょんと突いている。メフィストは耳付きロンパースを着て、コーディさんに抱っこされご機嫌だ。
……トーマスさんは少し寂しそうだけどね。
「さぁ! 行きましょうか!」
「「「はぁ~い!」」」
「あ~ぃ!」
はぁ~、こっちのお風呂ってどんな風なんだろう? ワクワクする!
荷物を持って、いざ! イドリスさんの家へ!
*****
「ん? 何人か乗ってるな」
「ホントですね。俺先に行って、乗れるか確認してきます」
「あぁ、ありがとう。頼むよ」
隣街のアドレイム行きの乗合馬車には、もう既に何人かの乗客の姿が。ダリウスさんが走って乗れるか訊きに行ってくれた。
「トーマスさん! ハルトとユウマを膝に乗せたら何とか乗れそうです!」
「おぉ、そうか! さ、急ごうか」
「「「はぁ~い!」」」
どうやら数人の乗客達はこの村で降りるらしく、馬車に残っているのは三人だけ。その傍らには、大きな袋がドンと二つ置かれている。
僕たちが後ろの方に乗り込むと、先に乗っていた三人のお客さん達の横顔がちらりと見える。その顔は、疲労困憊という表情を浮かべていた。
見たところ冒険者さん達みたいだけど……。何だか、座っているというよりも、座り込んでいると言った方が正しいかもしれない。もしかしたら、依頼を受けた帰りかも知れないな。
「ハルトはおじいちゃんの膝においで」
「ユウマは俺のとこな?」
「「はぁ~い!」」
ハルトとユウマは、それぞれトーマスさんとダリウスさんの膝に抱えられ、レティちゃんはオリビアさんとトーマスさんの間に。そしてメフィストは、お気に入りのコーディさんの腕の中。そして最後に乗り込んだ僕はコーディさんの隣に座る。向かいには顔を伏せたままのお兄さんたちが。
「それでは出発致します! 立ち上がらない様、ご注意ください!」
暫くすると、御者さんの声を合図に馬車はゆっくりと走り出す。もう肌寒いからか、馬車の上からは
「おにぃしゃん、どうちたの~?」
「ん……? オレたちか?」
コーディさんと一緒にご機嫌なメフィストをかまっていると、向かいからユウマの声が聞こえて来た。その声に顔を上げて前を見ると、先程まで座り込んでいた乗客のお兄さん達が。
「こら、ユウマ。すみません……」
慌てて謝ると、気にしなくていいと笑顔で返してくれる。
「オレたちはな、依頼の帰りでちょっと疲れてるだけなんだよ~」
怖そうな顔と屈強な体躯とは裏腹に、とっても優しい声でユウマに話し掛けるお兄さん。ダリウスさんとは知り合いなのか、笑うのを堪えているダリウスさんの脇腹を軽く小突いていた。
「おにぃしゃん、ちゅかれてりゅの?」
「あぁ、ちょ~っと目当て以外の魔物が出てきてなぁ~。討伐はしたけどそのせいで要らん体力使っちまって……」
「お腹空いて、力が出ないだけなんだよ……」
「あとは帰るだけだったのに……」
「しょうなの~?」
ユウマは頬をぷくりと膨らませ、ん~、と考え込む様な仕草をすると、隣にいるハルトに何やらこしょこしょと相談? している。
そしてハルトが隣に座るレティちゃんにこしょこしょと話をすると、レティちゃんは笑顔でいいよ、と頷いた。
そして伝言ゲームの様に、レティちゃんからオリビアさん、オリビアさんからコーディさん、そして僕にこしょこしょと話が回ってくる。
多分だけど、皆この伝言ゲームを楽しんでそうだ。
( ふ~ん、成程ね…… )
コーディさんから話を聞き、ユウマにいいよ、と僕が告げると、それを聞いた途端にぱぁっと笑顔を浮かべた。そして鞄の中身をゴソゴソと掻き分け、お目当ての物を探している様子。
その間もお兄さんたちは何をしてるんだ? と言う表情のまま首を傾げている。
「おにぃしゃん、あ~んちて!」
「へ?」
気の抜けた声を出すお兄さんの目の前には、ユウマの小さな手に握られたチョコチップクッキーが。
「くっきー、おぃちくってねぇ、げんきでりゅの!」
「ぼくも、すきです!」
「わたしも!」
子供たちの食べてという視線に耐えられなかったのか、それともよほどお腹が空いていたのか……。
お兄さんはユウマの手からそっとクッキーを齧る。そしてゆっくりと咀嚼すると……。
「……うんま」
それだけ呟き、ユウマが手に持っている残りのクッキーを丸ごと口に含み、もぐもぐと噛み締めている。口の端に付いたチョコをぺろりと舐め取ると、元気出た! とユウマの頭を優しく撫で始めた。
それにはユウマも満面の笑みを浮かべ、でちょ? と誇らし気だ。
「え? マジで?」
「いいなぁ……」
パーティメンバーらしきお兄さんたちも、唾をゴクリと飲み込んで羨ましそうに眺めている。
「にぃに~! おにぃしゃんたちに、あげてい?」
ユウマは自分たち用に持って来たおやつのチョコチップクッキーを、紙袋のまま丸ごと取り出した。
ワイアットさんたちの分は僕が持ってるし大丈夫だよ、と伝えると、ユウマはポカンとしたままのお兄さんたちに紙袋ごと手渡している。
「おにぃしゃん、どぅじょ! げんきだちて~!」
「え? 全部くれるのか? そりゃ美味かったけど……」
「それはさすがに……」
「子供から全部貰うのは、気が引ける……」
そう言ってお兄さんたちは受け取ろうとせず、ユウマはぷくりと頬を膨らませている。
「弟がお兄さんたちに食べてほしいみたいなので、良ければ貰ってあげてください」
「それはオレも好きなんだ。気に入ってくれると嬉しいんだがな」
困惑気味のお兄さんたちに、僕とトーマスさんで援護する。ダリウスさんも笑いながら後悔するから貰っとけ、と。
「は、はぁ……」
「ホントに……?」
「貰っても……?」
「「「どうぞ(じょ)!」」」
やっと受け取ったお兄さんたちに、ユウマは満足気にむふ~っと鼻を膨らませている。そして他のお兄さんたちも紙袋の中からチョコチップクッキーを取り出し、いただきます、と一口齧った。
「「うんま……!」」
そこからはあっという間。三人でクッキーを取り合う様に食べ切り、追加であげたホワイトチョコレートも美味いと味わっていた。
そんな三人のお兄さん達を見て、ユウマは何とも満足そうな表情を浮かべている。
「いやぁ、全部貰って悪いな……! だけどめちゃくちゃ美味かった!」
「これ、どこの店で売ってるんですか?」
「甘いもんあるとやっぱいいな」
どうやら気に入ってくれたみたいで、僕もレティちゃんも嬉しくなる。
「そのクッキー、実は売り物じゃないんですよ」
「この子たちが作った物なんだ」
「あら、気に入ってくれたのかしら? レティちゃん、良かったわね!」
「うん!」
トーマスさんとオリビアさんが声を掛けると、お兄さんは美味かったです! とピンと姿勢を正している。
「これ売ったら売れると思うぞ?」
「オレ、絶対買う」
「食い終わったのに、もう食いたいもん……」
名残惜しそうに紙袋の中を覗くお兄さん達。そこまで真剣に言われると、ちょっとお持ち帰りメニューに加えようかなとか、思っちゃうよねぇ……。
「もし売り物になったら、お兄さん達にもお知らせしますね?」
「「「約束な!」」」
三人とも、すっごくいい笑顔で答えてくれた。これはもう、ワイアットさんたちに材料をどこで貰ったか訊かないとな……。
そしてもう一人、とっても嬉しそうな人物が……。
「ゆぅくん、いったとぉりでしょ?」
元気になったお兄さんたちを見て、ユウマはふんふんと鼻を膨らませている。
そして目的地のアドレイムに着くまでの間、ユウマはお兄さんたちに可愛がられていた。
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