第235話 エリザの本気


 仕込みの段取りを終え、オリビアさんと一緒にお店のキッチンで朝食の準備。

 今朝のメニューはパン屋のジョナスさん自慢のふわふわ食パンに、目玉焼きとソーセージ。野菜たっぷりのサラダに、牧師のジェフリーさんがお土産でくれたさつまいもスイートパタータを使ったポタージュだ。

 

 そして朝食の前にしておく事がある。

 庭に出て、天日干ししていた網の中をそっと覗く。


「ん! 雨も降らなかったし、イイ感じかも!」


 そう言って一人で満足していると、家の中からぱたぱたと二人分の足音が聞こえて来た。


「おにぃちゃん、おはよう!」

「にぃに~、おはよ~! なにちてりゅの~?」


 庭にいる僕を見つけ、家の中からパジャマ姿のままのハルトとユウマがひょっこりと顔を覗かせる。


「ん~? これはねぇ、干し椎茸がちゃんと出来てるかを確認してるんだよ」

「しいたけ? ですか?」

「おぃちぃの?」


 どうやら二人とも、僕が何かすると、全て料理に関する事だと思っている様だ。

 まぁ、間違いではないんだけど。


「かぴかぴ、です……」

「かぴかぴ……、ちてりゅねぇ……」


 二人に手作りの干し椎茸を見せると、途端に困った表情に。水分が抜けて萎びた椎茸を見て、食べれるの? と目で訴えてくる。

 その顔が面白くて、つい笑ってしまう。


「これをお水に入れると、とっても美味しい出汁が出るんだよ」

「おだし!」

「けるぷといっちょ?」


 二人ともクリスさんが持って来てくれた昆布ケルプの事を覚えていた様で、それなら安心だと言う様に一気に表情を緩める。


「梟さんが飛ばない様に見張っててくれたからね。今日のお昼はこれを使ったご飯を作るよ」

「「はぁ~い!」」


 たのしみ~! とはしゃぎながら、二人は仲良く洗面所へと向かって行った。

 これは腕の見せ所だな。今日はこれを使って何を作ろうかと、僕は頭を巡らせた。






*****


「そぇでね? にぃに、じゅっとにこにこちてりゅの!」

「おにぃちゃん、ゆぅくんに、しかられてました」


 皆で朝食を食べていると、ユウマとハルトが呆れた様に昨夜の事を話しだす。

 にぃに、うれちくてね、じぇんじぇんねなぃの! とトーマスさんとオリビアさんに全部バラシてしまった。


「ハハハ! だからあんなに機嫌がよかったのか!」

「よっぽど嬉しかったのね~!」

「もぅ~……。なんでバラしちゃうんだよ~……」


 皆に知られ、顔から火が出そう……。

 レティちゃんもよかったね、とニコニコしているし、メフィストも僕を見つめてご機嫌だ。

 何だか居た堪れないよ……。


《 ゆいと、おはなきれいだったね! 》

「お花?」

「え、何で知って……」


 テーブルの上でニコニコしながら食事をしていたノアが、突然そんな事を言い出した。

 引き出しに入れたままだから、ハルトとユウマも知らない筈なのに……。


《 うん! おしばな? てがみにはいってたの! ゆいと、とってもしあわせそうだった! 》

「まぁ~~~! 素敵!」

「押し花か……。アレクもやるな……」


 手紙と一緒に押し花が入っていたと知り、オリビアさんもトーマスさんも感心した様に頷いている。


「ノア~……! どこから見てたの……!」

《 てがみをもらって、はしるところから! 》

「最初から全部じゃないか~!」


 まさかそんな所から見られているとは露知らず……。

 思いっきりにやけた顔も、ノアにはバッチリ見られていた様だ……。


《 よかったね! 》


「うん……」


 だけど、ニコニコしながらぼくもうれしい! とはしゃぐノアに、僕は何も言えなかった……。


 順調に行けば、昨日か今日にはアレクさんに僕の手紙が届いてる筈。

 アレクさんも手紙を受け取ったら、僕みたいに喜んでくれるかな……?


 だけど今は、トーマスさんたちの僕を見つめる優しい視線に耐えられない……!






*****


 開店前、皆の昼食の準備が整ったのでいつも通りダイニングへと料理を運ぶ。

 本当はこちらのキッチンで作ればいいんだけど、仕込みをしながらだとお店の方が便利なんだよね。

 

「ご飯出来ましたよ~!」

「今行くよ~!」


 僕が呼ぶと、洗面所の方からトーマスさんの声が。メフィストのご機嫌な声も聞こえてくるから、おむつを替え終わったのかも。

 だけどハルトとユウマ、それにレティちゃんの姿が見えない。


「どこ行ったんだろうね?」


 ふわふわと僕の目の前を飛ぶノアに声を掛けると、あっ! と何かを思い出した様子。


《 おにわじゃない? 》

「庭?」

《 うん! れてぃたち、よくいるもん! 》

「そうなんだ?」


 どうやら僕が知らないだけで、ノアは家にいる皆の様子を色々見ている様だ。何でも、トーマスさんがメフィストとユウマを見ている間は、レティちゃんと数人の妖精さんがハルトの稽古に付き合ってくれているらしい。

 庭を覗くと、ノアが言った通りレティちゃんたちは庭の一角で集まって何かをしている。周りには妖精さんたちもいて、ここからはよく分からないけど、しゃがみ込んで楽しそうだ。


「皆~! ご飯出来たよ~!」

「はぁ~い!」

「ごはん~!」

「いま、いく……!」


 慌てて駆け寄ってくる三人と妖精さんたち。駆けてくる前に、シ~っと人差し指を立てていたから、何か内緒でしてたのかな? 皆、笑顔で楽しそうだ。


「さ、手を洗ってご飯食べようね」

「「「はぁ~い!」」」


 今日のお昼は、干し椎茸とお店で使う鶏がらスープを使用した餡かけレタスレティスのチャーハン。

 とろとろの餡が絡まって、自分で言うのも何だけど自信作。

 ちなみにオリビアさんはすでに完食済みだ。


「おぉ~! これは旨そうだ!」

「とっても、いいにおいです!」

「おぃちちょ~!」

「はやく、たべたい!」


 どうやら皆、この餡かけチャーハンに興味津々の様子。


「ふふ、上の餡がちょっと熱いから気を付けてね? じゃあトーマスさん、あとお願いします」

「あぁ、任せてくれ」


 チャーハンを見てソワソワしているトーマスさんに後を任せ、僕はお店の開店準備へと戻った。

 皆、気に入ってくれるといいな!






*****


 すでに何組かのお会計を終えたところで、扉の鐘がチリンと鳴る。


「あら! いらっしゃい! 珍しいわね~!」


 オリビアさんの弾んだ声にお客様の顔を見ると、扉を開けて入って来たのは肉屋のエリザさんと旦那さんのネッドさん。


「わぁ! いらっしゃいませ! ネッドさんが来てくれるなんて嬉しいです!」


 いつも寡黙なネッドさん。今日は心なしか雰囲気が和らいで見える。あ、仕事着を着ていないからかも。


「食べに来たいなといつも思ってたんだ」

「今日は珍しく、店番を息子たちが変わってくれたのよ~!」


 二人とも無口だから心配だけど~、と心配しながらも嬉しそうなエリザさん。どうやらいつもは裏方に回っている息子さんたちが、たまには二人で、と店番を引き受けてくれたらしい。

 前にカーターさん夫婦と来た時も、旦那さんと来ようかなって言ってたもんね。

 あ、そうだ。


「今日はお二人に、是非食べてみてほしい料理があるので!」

「それは楽しみだな」

「えっ……? その笑顔、怖いわ……」


 楽しみだと笑みを浮かべるネッドさんとは対照的に、何かを勘付いた様に表情が強張るエリザさん。その手を引き、笑顔でテーブル席へと案内すると、観念した様にハァ、と肩を落とした。


「大丈夫です! エリザさんの想像より美味しいですから!」

「あぁ~~~……! ユイトくんが笑顔でそう言うって事は、やっぱりアレなのね~~~……」

「あ、バレちゃいましたか?」

「ここに来た時点で、覚悟は決めなきゃね……」

「そんなにか?」

「そんなになのよ~……」


 ネッドさんは首を傾げていたけど、エリザさんはやっぱり抵抗があるみたい。

 だけど研究して、前よりもっと美味しくなってる筈だから!

 ……諦めてください!!




「お待たせ致しました! 鶏の唐揚げフライドチキンと、茄子エッグプラントとズッキーニのピザです!」

「美味しそうだな……」

「早く頂きましょ!」


 お二人は料理を見た途端、顔を綻ばせ満面の笑み。ネッドさんがこんなに優しい顔で笑うなんて初めて知った! やっぱり奥さんのエリザさんと一緒だと違うのかな?

 お二人は食べ始めると、終始笑顔で感想を言いながら食事を楽しんでくれている。

 ネッドさんはフライドチキンのポン酢と大根ホワイトラディッシュのおろしソースが気に入った様で、さっぱりして美味しいとお替りを注文してくれた。

 そしてお二人が食べ終えた頃を見計らって、僕は準備していたアレを席へと運んで行く。



「エリザさん、ネッドさん……。こちらをどうぞ……!」


 僕がテーブルにコトリと器を置くと、エリザさんがあぁ~~……、と顔を手で覆う。

 それとは対照的に、ネッドさんは興味深そうに覗き込んでいた。


「これが、僕がいつもお二人のお店で買っていくものを使った鶏もつ煮込みです!」

「あぁ~……! やっぱりぃ~……!」

「これも美味しそうだな!」

「味付けも研究したので、臭みも無くて食べやすいと思います! 是非お二人に食べてみてほしかったんです!」


 僕が満面の笑みでそう伝えると、エリザさんは観念した様にこちらをチラリと向き、


「ユイトくんにそこまで言われたら……、食べるしかないわよねぇ~……」

「だな」

「えへへ!」


 そしてお二人はフォークを持ち、同時にパクリと頬張った。


「「ん!」」


 目をパチクリさせた後、エリザさんは無言で一口、もう一口と口に運んでいく。唐辛子チィリを振りかけると美味しいですよ、と言うと、エリザさんはまた黙々と食べ進めていく。

 ネッドさんはそれを微笑みながら見つめ、ゆっくりと味わって食べていた。




「完敗だわ……」


 そうぼそりと呟いたエリザさん。どうやら鶏もつ煮込みを気に入ってくれたみたいだ。ネッドさんも笑いながらお替りのフライドチキンをモリモリ食べている。


「こんなに美味しいなんて、今まで知らなかった自分が恥ずかしい……! 肉屋の嫁、失格だわ……!」

「え? そんなにですか?」

「そんなになのよ……!」


 エリザさんは他のお客様の料理を作る僕を見つめると、決意した様に立ち上がった。

 それには周りのお客様もネッドさんも、どうしたんだと首を傾げている。


「ユイトくん! 私、もっと美味しいお肉を勉強するわ!」


 そう宣言すると、こうしちゃいられないと二人分の会計を済ませ、また来るわと言ってお店を後にした。

 そして、席にはお替りのフライドチキンを頬張るネッドさんが……。


「エリザは夢中になると、周りが見えなくなるんだ」


 そう言って微笑み、美味しいなぁ、とフライドチキンを頬張っていた。


「ユイトくん、なんか……、エリザに火を点けちゃったみたいね……?」

「ハハ……、そう、みたいです、ねぇ……?」


 ネッドさんが慌てていないから、大丈夫……、だよね?

 もしかしたら、すっごく美味しいお肉を見つけてくれるかもしれないし!


 僕は応援しますよ! エリザさん!


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