第222話 ドワーフのお爺さん


 本日は定休日。

 いつもよりゆっくりめの朝食を皆で済ませ、僕も早速出掛ける準備。

 アレクさんに貰ったネックレスと、兄弟お揃いのブレスレット。梟さんの石もポケットに入ってる。髪の毛も……、うん! 寝癖も取れたし身嗜みもオッケー!


( ん~、一応持って行こうかな…… )


 良い物があった時用に、少し多めにお金を持って行く。無駄遣いはしないつもりだけど、念の為にね。


 ダイニングではトーマスさんとハルトが朝食後の稽古終わりで休憩中。朝食前にもしていたのに、ご飯の後だから軽く、と言って剣を受けてもらっていたんだけど……。ハルトの動きが結構激しくて驚いた……。

 あれで『軽く』になるのか、その定義が分からない……。日増しに動きが機敏になっていく弟を見ると、僕も頑張ろうって気持ちにはなるけど……。

 牛乳を美味しそうに飲んでいるハルトの口元には、いつも通り白い牛乳の髭が。それを見ると、やっぱりこっちの方が安心するかも、と言う気持ちの方が今は大きい。怪我をしない様にだけ祈るしかないな……。

 二人に今から出掛けると伝えると、トーマスさんが気を付けて、と優しく見送ってくれた。


 お店にいるオリビアさんたちに声を掛けようと中を覗くと、中にはレティちゃんとユウマ、メフィストに何人かの妖精さんたちが。

 レティちゃんはエプロンを着けてクッキー作りに挑戦中だ。

 ユウマはオリビアさんの目の届く場所にいる様にと、お店の床に敷かれた絨毯の上で、メフィストと妖精さんたちに絵本の読み聞かせをしていた。

 トーマスさんが買ってくれた絵本以外にも、お店のお客様たちがお古で悪いけど、と昔読んでいた絵本や、お土産だと新作の絵本を持って来てくれる。

 その度にユウマが大はしゃぎするからか、家の絵本棚は贈り物でいっぱいだ。

 本も決して安くは無いのに、お客様たちは満足そうにユウマの頭を撫でていく。



「じゃあ僕、出掛けてきます!」

「はぁ~い! 気を付けて行ってくるのよ~?」

「おにぃちゃん、いってらっしゃい!」

「にぃに~! いってらっちゃぃ!」

「あ~ぃ!」


 笑顔で送り出され扉を開けようと手を掛けると、トーマスさんとハルトも途中まで一緒に行こうと急いだ様子でやって来た。トーマスさんの狼狽え振りに、きっとハルトに急かされたに違いないと僕は思っている。

 そして三人で仲良く手を繋ぎながら、乗合馬車の近くまで一緒に歩いて行く事に。


「おにぃちゃん、きょうはどこ、いきますか?」


 ハルトが興味津々と言った様子で僕に訊ねてくる。ハルトの腰には、警備兵のアイザックさんに貰ったお気に入りの短剣が。

 最近は朝も夜も稽古だと言って素振りを欠かしていない。

 僕とトーマスさんに手を繋がれ、嬉しそうに手を揺らしているのが何とも可愛らしい。だけどその手の平は、前よりも少しだけ硬くなってきた様な気がする。


「まだ決めてないんだよねぇ~。ブラブラしながら良い物があったら買い物しようかなと思って」

「そうか。あちらの方にも店がいくつかあった筈だからな。昼はどうするんだ?」

「オリビアさんにも伝えたんですけど、今日は外で食べようと思って。お店が無かったらジョナスさんのパンを買って食べようかなって」


 お店はあったとしても、飲食店じゃなかったらジョナスさんのお店に行こうと計画中。秋の新作パンも出るって言ってたし!


「ハルトはギルドに行ったら何するの?」

「いどりすさんに、でんごんして、それから、けいこ!」

「稽古?」


 ギルドに行って稽古? そんな疑問が顔に出ていたのか、トーマスさんが笑いながら教えてくれた。

 ギルドの地下には訓練場があり、そこで色々と自分に合った訓練を受ける事が出来るらしい。これはイドリスさんがギルドマスターになってから始めたらしく、この地域の新人冒険者たちの死亡率がぐんと下がったという。

 引退した冒険者や現役のベテラン冒険者が指導してくれるとあって、なかなか賑わっているらしい。

 失礼だけど、イドリスさんって実は結構考えてる人……? サンドイッチ大好きなイメージが強いからか、少し驚いてしまう……。


「そこはハルトも参加出来るんですか?」


 一般も参加できる物なのかな? 冒険者用の訓練場ではないのか疑問なんだけど……。


「あぁ。冒険者を目指す子供たちに、週に一度だが無料開放してるんだ。今日がその日なんだよ」

「なるほど……! それもイドリスさんが?」

「あぁ見えて結構やるんだ。意外だろ?」

「……はい」


 正直だな、とトーマスさんに笑われてしまったけど、仕方ないと思う……。


「ぼく、くんれん、たのしみです!」


 ハルトの頭の中は、初めての訓練場でいっぱいの様だった。






*****


「アイザックさん! おはようございます!」


 村の門近くに行くと、警備兵さんたちの姿が。その中にはアイザックさんの姿もあった。挨拶すると、こちらを振り返り笑顔で手を振ってくれる。


「あいざっくさん! おはよう、ございます!」

「あぁ、おはよう! 珍しいな! 三人で出掛けるのか?」


 ハルトの頭をワシワシと撫で、その腰に掛かる短剣を見て使ってくれてるんだな、と嬉しそうに表情を緩ませるアイザックさん。

 ぼくの、たからものです! と言うハルトに、その眉が下がりっぱなしだ。


「オレとハルトはギルドに行くんだ。ユイトは村の散策に」

「散策?」

「はい。あんまりこっち方面に来たことがなかったので、たまには出掛けてみたらと提案されて」

「なるほどなぁ~! 確かにユイトは門近くであんまり見かけないもんなぁ」


 納得と言う表情で僕を見つめながら笑うアイザックさん。後で僕におススメのお店を教えてくれると言う。僕におススメ? どんなお店だろう?


「あ! おじぃちゃん、ばしゃ、きてます!」


 ハルトの指差す方には、ついさっき着いたばかりのギルド方面行きの乗合馬車が。


「ん? 今日は乗客が多いな……。席を確保しないと……! じゃあ行ってくるよ。ユイトも気を付けてな」

「はい! 二人とも、気を付けていってらっしゃい!」

「いってきます!」


 そう言ってトーマスさんは、僕とアイザックさんに手を振るハルトを抱え、急いで席を確保しに御者さんの下へと向かった。


「アイザックさん、お勧めのお店ってどんなところですか?」

「あぁ、ユイトが好きそうな鍋とか包丁とか色々売ってるぞ?」


 鍋とか包丁……? 調理用品専門って事……!?


「ヴァルって爺さんがやってるんだ。知ってるか?」

「いえ……! 知りませんでした……!」


 この村にそんなお店があったなんて……! どうして今まで気付かなかったんだろう……!?


「まぁ、あの爺さんの店はほとんど閉まってるからなぁ~。今日は戸が開いてたからやってると思うぞ? この道を真っ直ぐに進んで暫くすると、右手に黄色い花が咲いてる家がある。そこを右に曲がったらすぐだ」

「わぁ……! 今から行ってきます! 教えてくれてありがとうございます!」

「あぁ! 気を付けてなぁ~、……って! 足速ぇな……!」


 アイザックさんにお礼を言い、僕は駆け足でその店へと向かう。ほとんど閉まってるって言ってからそのせいかも!

 良い物見つかるかなぁ~? そんな高揚した気分のまま、僕は教えられた店へと走った。






*****


「あ! ここかな……?」


 アイザックさんに教えられた黄色い花が咲いている家を見つけ、そこを右に曲がると、奥まった場所に小さなお店がこじんまりと建っていた。お店だと分かるのは扉の横に置いてある小さな木の看板があるからだ。

 確かにこんなにひっそりと建っていたら、注意して見ていないと気付かないな……。お店の前に立つと、中から微かに音が聞こえてくる。良かった! 開いてるみたいだ!


「お、おはようございます……!」


 意を決して扉をそ~っと開ける。一歩中に入ると、用途別に分けられた調理器具が所狭しと並んでいた。


「す、スゴイ……!」


 鍋も大・中・小どころか、何人分作るの? ってくらい巨大な寸胴鍋や、これからの季節にもピッタリな土鍋みたいな物まで……! 大人数のお米を炊くのにもいいかも知れない……!

 包丁も種類が多過ぎて、どれがいいのか悩んでしまう……! 食器類もオリビアさんやレティちゃんが喜びそうな可愛い模様が施されていて、これで出したら目でも料理を楽しめそう……。う~……、楽しい……!



「なんじゃ、客が来るとは珍しいな」


 じっくり商品を眺めていると、いつの間にかカウンターから小さなお爺さんが顔を覗かせていた。


「あ! おはようございます! 眺めてると楽しくって……!」


 気付かなくてすみません、と謝ると、お爺さんは物珍しいものを見るような表情を浮かべて僕の下へとやって来た。

 小さいお爺さんだとは思ったけど、近くで見ると僕の胸くらいの身長で、髭ももじゃもじゃだ。だけど嬉しそうに僕の顔を眺めている。

 昔絵本で読んだ、あの小人みたい……。


「ん? ドワーフを見るのは初めてか?」

「はい……。あの、どわーふ? って、何ですか……?」


 初めて聞く言葉に、僕は首を傾げる。するとお爺さんも一緒に首を傾げた。


「ドワーフを知らんのか? こりゃホントに珍しいな……。ドワーフってのは儂みたいな背の低いのが多いからすぐに分かるぞ? 冒険者をやっとる奴らもいるが、鍛冶職人が多くてな。後は大体髭もじゃだ!」

「ふふ……! あ、すみません……」


 大体髭もじゃと訊いて、思わず笑ってしまった……。


「いやいや、この店に客が来るのが久し振りでな。つい浮かれてしまった」


 ゆっくり見ていきなさい、と言うと、お爺さんはまたカウンターへと戻り何かを考えながらペンを走らせている。

 お言葉に甘えて商品をじっくり眺めていると、目の端に見慣れた四角い箱がチラリと視界に入った。


「あっ!」


 思わず駆け寄ってそれを見ると、見れば見る程に似ている……!


「それが気になるのか?」


 僕が声を出したせいか、お爺さんがとことこと僕の傍に来て説明をしてくれた。

 これは火・水・風の属性を持つ魔石を使った料理を温める機具で、試作に試作を重ねて完成した品らしい。

 だけどお客さんが来ないから、お爺さんもついさっきまで棚に並んである事をすっかり忘れていたそうだ。


「これって、火を使わずに中までしっかり料理を温めるって事ですよね……?」

「お、おぉ……! そうじゃ! 昔カミさんが鍋を焦がして落ち込んでな。それで考えたんじゃ!」


 奥様の為に試行錯誤して作ったけど、ドワーフが料理なんて、と周りの仲間からは馬鹿にされたらしい。生活費を稼ぐ為に武器を作っていたけど、昔から武器を作るよりも、日常生活で役に立つ物を考えて作るのが楽しかったと言う。

 悔しかったが、奥様が喜んでくれたからそれでいいとお爺さんは笑っていた。

 なんて奥様思いの良い人なんだ……!


「中まで温められると便利ですよね……。時間も短縮できるし……。魔石が三つかぁ……。あの、ちなみにお値段って……?」


 欲しいけど、自分のお給料じゃ手を出せなさそうな気がする……。

 お給料を貯めて買うしかないか……。


「これはなぁ、十年以上も前に作ったもんじゃから……。動くかどうか分からんし……」


 う~ん……、と一通り悩むと、お爺さんは僕を見て笑みを浮かべる。


「試しに、お前さんとこで使ってみるか?」

「はい?」

「タダでいいぞ?」

「はい?」


 一瞬何を言ってるんだろうと思い、もう一度聞き返してみる。


「いや、じゃから……。動くか分からんし……。正直忘れとったし……」


 頭をポリポリと掻いて気まずそうだが、おじさんは閃いたとばかりに手を叩いた。


「そうじゃ! 使い勝手が良ければコレの宣伝をしてくれ! その宣伝費と言うのでどうじゃ!」

「えぇ……!?」


 自信満々に人差し指を立てて笑顔を浮かべるお爺さん。


 今日初めて会ったけど、この人、悪い人に騙されないか心配になるよ……。


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