第221話 可愛い妹


「おにぃちゃん、こんどのおやすみ、なにしますか?」


 夕食後、皆でのんびり過ごしていると、ハルトがデザートのピルスを頬張りながら向かいに座る僕に尋ねてくる。


「ん~、休みの日かぁ~……。どうしよっかなぁ……」


 ピルスを小さく切り分けながら考えつつ、僕はテーブルにいるノアたちの口に順番に運んでいく。

皆シャクシャクと美味しそうに目を細め、羽をふわふわとはためかせている。梟さんは庭の木に停まり就寝……、いや、休憩中? 昼間はずっと停まってるから、すっかりあの木がお気に入りみたいだ。


 イドリスさんの家にお泊りするのは来週か再来週辺りはどうかと、トーマスさんが明後日の定休日に訊いて来てくれるそう。

 僕は何も考えてなかったなぁ……。


「ハルトは何かするの?」

「ぼく、けいこしたら、おじぃちゃんとぎるど、いきます!」


 そう言うとハルトは嬉しそうに椅子から飛び降り、トーマスさんの膝に抱き着いた。

 一緒にお出掛けだもんな、とトーマスさんはハルトを膝に座らせニコニコしながらその大きな手で頭を撫でている。

 ハルトの肩にはいつの間にか妖精さんが座り、ハルトの頬にスリスリ。


「ユウマも一緒に行くの?」

「ゆぅくんはねぇ、めふぃくんとあしょぶの~! ねぇ~?」

「あぃ~!」


 トーマスさんと一緒に行くのかなと思ってたけど、ユウマは珍しく家に残るそうだ。

 えほんよむの~、とどうやら何度も読み込んですっかり覚えてしまったお気に入りの絵本を、メフィストと妖精さんたちに読み聞かせするみたい。

 妖精さんたちも二人の周りに集まり、コクコクと楽しそうに頷いている。


「レティちゃんは?」

「わたしは、おばぁちゃんにくっきー、おしえてもらうの!」

「楽しみねぇ~?」

「うん!」


 レティちゃんは大好きなクッキーを教えてもらうと満面の笑み。

 余程嬉しいのか、その頬を紅潮させている。

 レティちゃんの肩にも、仲良くなった妖精さんがニコニコしながら座っていた。


 ユウマとレティちゃんも、既に予定があるみたいだし……。


「そっかぁ……。じゃあ予定が無いのは僕だけかぁ……」


 ん~、でも何しよう……? 何か料理でも作ろうかな……? でもキッチンはレティちゃんたちが使うだろうし……。

 家の掃除も、レティちゃんが頑張ってくれたおかげでピカピカだしなぁ……。

 最近レティちゃん、頑張り過ぎじゃない?

 明日のご飯は、レティちゃんの好きな物作ろうかな。


「ふふ。たまにはユイトくんも、時間を気にせずゆっくりお出掛けしてみたら?」

「お出掛け……、ですか?」


 ピルスを頬張りながら何をしようか悩んでいると、見かねたオリビアさんが提案してくれた。


「えぇ、行くとしたらいつもお店通りかギルド位でしょう? 今はギルド周辺には行き辛いみたいだし?」

「う……」


 今日エドワードさんに、アレクさんと僕の公開プロポーズの噂を聞いたから、ギルドの近くには極力行かない様にしたい……。

 ましてや婚約祝いだなんて言われたら、それこそ顔から火が出そうだ……!


「そうねぇ……。だったら、前みたいにこの村を散策してみたら?」

「そうだな。前回はハワードの牧場の辺りだったから、反対側に行ってみたらどうだ?」


 前回の散策は、トーマスさんと一緒にフェアリー・リングの森に行って、運良く森の入り口を見つけた。

 ノアが僕に付いてくるというハプニングはあったけど、妖精さんたちや梟さんとも仲良くなれたし、結果としては良かったのかも。

 ウェンディちゃんのおかげで、庭の木の扉から会いたい時に会える様になったみたいだし。



「散策かぁ~……。たまにはいいかも……」



 テーブルの上にいるノアの小さな手を人差し指でそっと触りながら、明後日はどこに行こうかと僕は少しワクワクしながら思いを巡らせた。






*****


「「「いらっしゃいませ!」」」


 今日も有り難い事に、開店してから早々に満席の状態が続いている。

 トーマスさんやハルトたちも手伝うと言ってくれたが、森に帰らない妖精さんたちを放ってはおけないのでお家で過ごしてもらう事に。

 ハルトとユウマとじゃんけんをし、勝ったレティちゃんがお手伝いをしてくれ、オリビアさんと三人で大忙し。

 お客様たちには予め相席のお願いをすると、皆さん快く了承してくれる。

 感謝感謝の毎日だ。


「あ~! 何だか緊張してきちゃった!」

「ずっと来たかった念願の店だもんな?」

「コラ、二人とも。もう少し声を抑えなさい?」

「「は~い」」


 調理をしていると、新しく席に着いた三人組のお客様たちの会話が耳に入って来た。

 どうやら以前からこのお店に興味があったらしく、ポニーテールの冒険者さんがキョロキョロと店内を眺め出した。

 パチリと目が合ったので笑顔で会釈すると、途端に隣に座るお連れ様の陰に隠れてしまう。

 もしかしたら、人見知りなのかもしれないな……。


「おきゃくさま、おひやとおてふきです。ごちゅうもんがおきまりのさいは、およびください」


 レティちゃんはペコリと一礼すると、隣の席のお客様たちの注文をお伺い。

 皆さん注文を言いながら、レティちゃんの一生懸命さに顔がニコニコしています。


「ちゅうもん、はいります! てりやきちきんのぴざと、びふかつさんどです!」

「はい! ありがとうございます!」

「レティちゃん、今度はあちらのお客様の席にフルーツサンドを運んでもらえるかしら?」

「はい! ふるーつさんど、あっちのおきゃくさま……!」

「ふふ、お願いね?」

「まかせて!」


 むん! と姿勢を正し、料理名を繰り返し呟きながら運ぶレティちゃんの姿に、オリビアさんもお客様たちも表情がほっこりしている。

 かく言う僕もその一人。僕の妹、とっても可愛い。


「あの~、注文いいですか?」

「はい! おうかがい、します!」


 さっきのポニーテールのお客様たちの席から声が掛かり、レティちゃんはすぐにお伺いに。

 お客様の注文を一語一句聞き漏らさない様にと、真剣な顔だ。


「えっと、このミートパスタと、ミックスピザをお願いします。あと、今日の日替わりコロッケ? って、何が入ってるんですか?」


 ポニーテールのお客様が首を傾げると、レティちゃんはニコッと笑顔を浮かべた。


「きょうは、らいすころっけです! そとはさくさくなのに、ふっくらしたおこめと、まんなかにちーずがはいってて、とろ~っとしておいしいです……!」


 とまとそーすにつけると、もっとおいしいの! と目を輝かせてお勧めするレティちゃん。

 開店前にライスコロッケを味見したから、何が入っているかもバッチリの様子。

 オムライスに続き、レティちゃんのお気に入りメニューになった様だ。


「それ気になるな……!」

「聞いた事はないですが、私も気になります……」

「あ~! すっごく美味しそう! それもお願いします!」

「はい! ありがとうございます!」


 注文が通り、パスタを茹でているうちにピザをオーブンへ。そしてレティちゃんがオススメしてくれたライスコロッケを油で揚げ、トマトソースと、刻んだパセリパースリを上からパラパラと彩り良く振りかける。

 聞いていた他のお客様たちも、チラチラとキッチンを覗きながら完成するのを待っている。どんな物か気になっているみたいだ。


「ライスコロッケ上がりました~!」

「はい! いきます!」


 レティちゃんは完成したライスコロッケを見ておいしそう……! と呟き、満面の笑みで席へと運んでいく。


「おまたせいたしました! らいすころっけです! あついので、おきをつけください!」

「ありがとう! わぁ……! 美味しそう~!」

「早く食おうぜ!」

「ん~、いい匂いですねぇ」


 レティちゃんはペコリと一礼し戻ってくると、お客様の反応をチラリと覗き見ている。

 やっぱり気になるよね? 分かるよ、その気持ち。

 いただきますと一斉に頬張ると、熱い熱いと言いながらも美味しいと満面の笑み。


「おにぃちゃん、おいしいって……!」


 むふ~、と満足気に笑みを浮かべるレティちゃん。おりょうり、ぜんぶおいしいの! なんてポソリと呟いてるし! なんて可愛いんだろうか……!

 これは期待に応えないと! と僕は気合を入れ直した。






*****


 満席を何度か繰り返し、漸く閉店の時間。

 レティちゃんと一緒に最後のお客様をお見送りし、ホッと一息。


「レティちゃん、今日はお疲れ様。すっごく助かったよ!」

「ほんと? ちょっとだけ、きんちょうしちゃったけど……。たのしかった!」


 頬をほんのり赤くし、またおてつだいする! と笑顔を浮かべている。

 店先で二人で微笑み合っていると、中からオリビアさんの呼ぶ声が。

 これから明日の分の仕込みが待っている。その前にハルトたちのおやつだな~、あ、明日は定休日だった。なんて考えていると、レティちゃんが僕の服をクイッと引っ張った。


「ん? どうしたの?」


 僕の問いかけに返事が来ない。

 しゃがんでレティちゃんの顔を見ると、薄っすらと涙の膜が……。


「あのね……?」

「うん、どうしたの?」


 ゆっくりでいいよ、と背中を擦ると、スンと鼻を啜り僕の目をまっすぐに見つめる真っ赤な瞳。


「おにぃちゃん……。いつも、ありがとう……」


 まいにち、しあわせなの。と僕に抱き着く小さな体。

 出会った頃とは違い、この頃は柔らかい表情をする様になってきた。


 路地裏で見つけたあの瞬間を思い出すと、今でもキュウッと心臓が痛くなる。


「当たり前だよ? もう僕たち家族なんだから」

「……うん!」


 嬉しそうに僕にしがみつくレティちゃんをそのまま抱っこしお店の中へ入ると、オリビアさんが私だけ仲間外れなの? と頬を膨らませて待っていた。

 それを見て思わず二人で笑ってしまう。

 レティちゃんを下ろすと、今度はオリビアさんの下へ駆けて行く。

 そしてそのままオリビアさんの腰にぎゅっと抱き着いた。


「おばぁちゃん、いっつもありがと!」

「まぁまぁまぁ~! なんて可愛いのかしら!」


 途端にオリビアさんの表情が破顔し、抱き着くレティちゃんに目尻を下げている。


「オリビアさん、今日はレティちゃんにいっぱい助けてもらったんで、夕食はレティちゃんの好きな物を作ろうと思ってるんですけど」

「あら、いいわねぇ~! 私も張り切っちゃうわ!」


 そう提案すると、オリビアさんは笑顔で快諾。


「レティちゃん、今日は楽しみにしててね?」

「うん! とってもたのしみ!」


 レティちゃんはうれしい! と可愛らしい笑顔を浮かべ、オリビアさんに抱き着き直してメロメロにしていた。

 オリビアさんも張り切ってるし、今晩はご馳走かもしれないな。


 これからもたくさん楽しい事が待ってるよ、と可愛い妹に何度でも教えてあげないとね。


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