第215話 秘密の料理教室③


「「「ありがとうございました(まちた)~!」」」


 最後のお客様を皆でお見送りし、閉店の時間。

 ドリューさんたちはあの後も追加の注文をたくさんしてくれて、お腹は大丈夫かこっちが心配になるくらいだった。

 トーマスさんもまだ食べるのか? と訊きに行くくらいだったからね。

 最後には皆さん、ハルトとユウマにまた来るよと言って拳を突き合わせていた。

 ライアンくんもやりたそうだったから、アーロさんとディーンさんにジッと見られながら緊張気味にしていたけど……。


 オリビアさんはあの後戻ってきたけど、レティちゃんが気になる様子だったからお店の事は任せてくださいとレティちゃんの傍に付いていてもらう事にした。

 詳しい話は夕食の後、ユウマたちが寝てからしてくれるらしい。



「一人であんなに調理をこなせるなんて、流石だな」


 アーロさんとディーンさんと一緒に外に出していた看板を持ってお店の中に戻ると、売り上げの計算をしてくれているトーマスさんが声を掛けてきた。


「やだなぁ……! 初めの頃に比べたらマシになっただけで……」

「そうか? あの頃からユイトは手際がいいなと思ってたんだ」

「あ、ありがとう、ございます……!」


 不意に褒められると、何だか照れ臭い……。

 売上金もちゃんと合い、トーマスさんはフゥと安堵の息を漏らす。

 お店でのお金の受け渡しは緊張するらしい。意外だな。


「外で待っている方たちも、漂ってくる美味しそうな匂いを嗅いでソワソワしていましたよ」

「あぁ、あれは辛かった……」

「確かに……」


 アーロさんとディーンさんは外で見張りをしている間、並んでいるお客様たちを観察していた様だ。

 皆さん、時折聞こえるハルトたちの声にニコニコしながら待っていた様で、面白かったと。

 食事を終えたお客様たちも、ライアンくんに接客してもらえるなんて一生の自慢だと喜んでいたらしい。


「おにぃちゃん、ゆぅくん、ねむそうです」

「あ、今日は疲れちゃったもんね? お昼寝しよっか?」


 ハルトに言われてユウマを見ると、小さな手で瞼をくしくしと擦っている。

 目も今にも瞼が落ちそうにとろんとしてきてる。

 今朝は早くから起きてたからなぁ。

 お店の手伝いもしてもらったし、これは夕食の時間までぐっすりかも。


「ん~……、らいあんくんといっちょ……?」


 眠たいのに、ライアンくんと過ごせる時間を少しでも増やしたいのだろう。

 ライアンくんの手をきゅっと握っている。


「ふふ、今日は一緒にいたいもんね?」

「ん……」


 ユウマの可愛いお願いに、ライアンくんは何かを耐えている様で……。

 顔が凄い事になってるよ……!


「そうだ、メフィストも寝かせてこよう」

「めふぃくんも、おひるねですか?」

「あぁ、ずっと元気に起きてたからな。ハルトも一緒に行こう」

「みんなで、おひるねです!」

「じゃあ、ユウマは皆とお昼寝してこよっか? 夕食の時間には起こすから」

「ん……」


 皆でお昼寝と訊いても、ライアンくんの手は離さない。

 うつらうつらしてるから、ちょっと足元が心配だけど……。


「ユイトさん……、続きはどうしましょう……?」


 お礼の料理作りの続きが心配なのか、ライアンくんはこそりと僕に訊ねてくる。

 ユウマは半分寝ているから聞いていなさそうだ。


「うん、皆が寝た頃にこっそり来れる……? ウェンディちゃんにも協力してもらって、皆が起きてきたら教えてもらおう……」

「はい……! 頑張ります……!」

「うん……! じゃあ、こっちで待ってるからね……!」


 ハルトとユウマが寝静まった頃に、ライアンくんだけ抜けてくる計画だけど、予想外に起きてくるとバレちゃうからね……。

 ライアンくんはユウマを部屋に連れて行ったし、その間にこっそりウェンディちゃんを呼んで、計画を説明。

 すると、言葉は分からないけどコクコクと大きく頷いてくれた。

 どうやら見張りは任せろと言ってくれているみたい。

 部屋にはウェンディちゃん、ダイニングにはアーロさんとディーンさん、強力な見張りがいるから大丈夫! たぶんね……!



 さて……。皆行っちゃったし、仕込みを始めよっかな。

 気分を変えて楽しげなBGMを選曲し、レコードを交換。

 ジャンル別にレコードを分けたいけど、枚数が多いから全部把握しきれてないんだ……。


「お、今日も結構出たなぁ~……! 有難いや……」


 冷蔵庫の中身を確認し、必要な分の食材を準備。

 仕込んでいたカルボナーラ用の温泉卵や、フライドチキン、ハンバーグも在庫はほんの少し。

 いっつも結構な量を準備しているけど、冒険者さんたちの胃袋は無限の様だ。


「時間も延長したいんだけどなぁ~……。まだ無理っぽいかな……」


 現在の営業時間は、教会の六時課12時の鐘から九時課15時の鐘が鳴るお昼の間だけ。

 その短時間でもあの客数に仕込みの量……。

 ギデオンさんは夜も営業してほしいと言ってたらしいけど、今の僕にはどう考えても無理だな……。

 前までは自分にも頼ってほしいと思っていたし、一人でもやりたいと思っていたけど……。

 人にはそれぞれ限界という物がある。

 お客様に迷惑を掛けるくらいなら、浅はかな考えはきっぱり捨てて、助けてもらった方が賢明だ。

 だけどオリビアさんにも負担は掛けたくないし、出来れば新しく来てくれた人が夜も働けるなら……、とぼんやり考えている。


「早く良い人、見つからないかなぁ……」


 求人募集の貼り紙をしてから結構経つけど、一向に応募の気配すら感じない。

 来たお客様たちは興味は持ってくれるけど、やっぱり皆さん、自分の仕事は既にあるようで……。

 商業ギルドに募集を掛けた方が早いんじゃないか? とアドバイスもくれた。


「ハァ……。ま、焦らずに待つしかないか……」


 棚からも粉類を取り出して、作業台に並べていく。 

 ライアンくん用の食材は別に確保して、明日の分のパスタとピザの生地作りから。

 後でオリビアさんがいつもやってくれるソースの仕込みも準備してしまおう。


 ピザ生地はハルトとユウマにお手伝いでやってもらっていたけど、ライアンくんが滞在している間はしなくていいよと伝えてある。

 それでも楽しそうに手伝ってくれるのはとっても有難いけどね。



「よし! 一先ずこれは置いといて~」


 丸く整えたピザ生地をボウルに入れ、発酵させるために寝かせておく。

 最初の頃よりもだいぶ手早くなり、仕込みに掛かる時間も短縮した。

 ピザ生地を発酵させている間に、次のパスタ生地へ。

 パスタ生地も、そろそろ本格的なパスタマシンを探したい……。

 もし見つからなかったら、メイソンさんに相談してみようかなぁ~?

 ナポリタンも作ったけど、やっぱり生パスタだと僕の思い描いていた味とは違うんだよな……。

 オーウェンさんとワイアットさんは、美味しいと喜んでくれていたけど。

 乾燥した細長いパスタって、自分でも作れるのかな?

 あ、後で庭に干した椎茸の様子も確認しないと!

 上手く出来るかな~?


「ユイトさん! お待たせしました……!」

「あ! ライアンくん、おかえり!」


 そ~っと扉を開けて中に入って来たライアンくん。

 ユウマが手を握ったまま眠ってしまったそうで、起こさない様に抜けてくるのがなかなか難しかったと良い笑顔で報告してくれた。

 うん、全く困ってなさそうだ。


「さ、手を洗ってエプロン着けようか」

「はい! よろしくお願いします!」


 いそいそと準備をし、早速調理の再開。

 まずはオニオンのみじん切りから。最初に僕がお手本を見せる。

 オニオンの皮を剥き、縦半分にカット。そして横から包丁で切り込みを入れて……。

 ふと、隣にいるライアンくんを見ると、自分にも出来るのだろうかと不安そう……。


「ライアンくん、どう? やってみる?」

「う……。私には……、難しそうです……」


 シュンと肩を落とすライアンくん。無理にさせても危ないし……。

 あ、何もこの切り方じゃなくても良いし。


「じゃあ、これなら出来そうかな?」


 僕は切り込みを入れていない方のオニオンを手に取り、普通にトントンとスライスしていく。

 そしてスライスさせたオニオンを重ねて横にし、またトントンと繊維と垂直になる様にスライスして……。


「これでも簡単にみじん切りに出来るよ」

「あ! これなら出来そうです!」

「ホント? じゃあ、早速やってみようか!」

「はい!」


 ライアンくんに包丁を持ってもらうと、緊張した面持ちでオニオンを睨んでいる。


「早くやろうとしなくていいからね? 怪我をしない様に、ゆっくり、丁寧に、だよ」

「はい……!」


 ライアンくんはゴクリと喉を鳴らし、真剣にオニオンを持つ。

 そしてゆっくりと包丁を入れた。

 トン……、トン……、と、少し遅めのリズムだけど、包丁だから慎重すぎるくらいが丁度いい。


 そしてライアンくんの包丁の音が響く事、十数分……。


「で、出来ました……!」

「あっ! 凄い! 綺麗に出来てるね!」

「本当ですか!? 嬉しいです……!」


 綺麗にみじん切りにされたオニオンは、こんもりと白い山を作っている。

 ライアンくんもやり切った表情だ。


「じゃあ、次はこれをフライパンでしんなりするまで炒めていこっか!」

「はい!」


 ライアンくんにコンロの火を点けてもらい、フライパンにバターを入れて熱し、そこにみじん切りにしたオニオンを投入。


「焦がさない様に気を付けてね。この白いのがしんなり透けてきたら教えて?」

「はい! 頑張ります! 焦がさない様に……!」


 朝と同じ様に、木べらでオニオンを焦がさない様にかき混ぜていく。

 一度やってるからか、ライアンくんももう慣れたものでフライパンを持つ姿が様になっている。


「あ! ユイト先生! これくらいですか?」

「ん、どれどれ~? あ、良い感じ! ここに塩と胡椒を……、これくらいかな? パラパラと振りかけてかき混ぜてください」

「はい!」


 塩、胡椒をし、オニオンを冷ますために一旦バットに移し替える。

 そして冷ましている間に、ジョナスさんのお店で購入しているパン粉を牛乳でふやかしておく。


「さ、この後はお肉を捏ねる作業だよ!」

「はい! よろしくお願いします!」


 いよいよ作業も大詰め! どうか成功します様に!


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