第201話 ウェンディちゃんのお願い


「ハァ、ハァ……」

「みんな……、大丈夫……?」

「はい……! 大丈夫です……!」


 ぺろぺろの刑から漸く解放されたけど、僕もハルトもユウマも顔は涎まみれ。服もぐっちょりと湿っている……。

 だけど、ふわふわの毛並みを思いっきり堪能出来て、とっても楽しかった~!

 キースさんは心配そうに声を掛けてくれたけど、オリビアさんには楽しそうねと苦笑いされてしまった。


「ユイトくんたち、一度着替えた方がいいわねぇ……」

「そうだな、顔も拭いた方がいいな……」

「えへへ……」


 レティちゃんは、オリビアさんの後ろから僕たちの姿を見て目をパチクリさせている。

 ライアンくんはフレッドさんに肩をしっかり掴まれながら、ハルトとユウマの髪がグレートウルフの涎でカピカピになるのを見て驚いている。

 フレッドさんのあの顔は、ライアンくんを行かせなくてよかったと思ってそうだ。


「おにぃちゃん、はるくんも、ゆぅくんも、いったんおうち、かえる……?」

「そうだねぇ……。さすがに顔を洗って、着替えたいかな!」

「ぼくも!」

「ゆぅくんも!」


 顔もカピカピになってきて、さっきから笑いにくいんだよなぁ~。


「レティちゃん、他の子たちもこっちに向かって来てるか分かる?」


 だけど、まだ三頭しか来ていないし、帰ってる間に他の子たちが来たらどうしよう……。料理もお替りを持ってこないと絶対足りないし……。


「……うん! すぐちかくまで、きてる……!」

「うわぁ~、間に合わないかな……。その子たちにお礼を伝えてから家に連れて行ってもらう事って出来る?」

「うん! だいじょうぶ……!」


 少しだけ時間を貰って、着替えてお替りの追加……。

 待ってもらえるかな……?


「ふ、ふふ……!」


 僕がそんな事を考えていると、レティちゃんが突然我慢出来ないと言う様に笑いだした。


「ん~? どうしたの?」

「だ、だって……! おにぃちゃんたち、かみのけ……! ふふ……!」


 聞いてみると、どうやら涎でカピカピになった僕たちの髪の毛が原因らしい。

 確かに言われてみると、色んな方向に跳ねて固まっちゃってるな……。

 僕の寝癖でも、さすがにここまでひどくはないもんなぁ~。

 ハルトとユウマもお互いの髪を見て笑い合っている。


「そんなに変かなあ~?」

「うん……! おかしいの……、ふふ……!」


 レティちゃんがこんな風に笑うのは初めてかも知れない……!

 僕の後ろでグレートウルフたちがソワソワとしているのが分かる。


「あ! レティちゃんもお揃いにしてもら……」

「わ、わたしはいい……!」


 食い気味に断られてしまった……。グレートウルフたちは遊べると思ってソワソワしていたのに、断られた途端にがっかりした様子が伝わってくる。

 意外と感情表現が豊かなんだな。


「……あ! おにぃちゃん、きたよ!」


 レティちゃんが森の奥を指差すと、先程と同様に森の奥から何かが草を踏みしめ駆けてくる音が。

 だけど、さっきと違うところが一つだけ……。


「な、なんか音が大きくない……?」

「色んな方向から聞こえるんですが……?」


 思わずレティちゃんを見ると、レティちゃんは何故かオリビアさんの後ろに避難していた。

 ハルトとユウマは、すでにトーマスさんの足元に……。


「「「ガウッ」」」


 鳴き声が聞こえたと思った瞬間、森の茂みから凄い数の大きな塊が飛び出してくる。

 どれもアドルフに向かって一直線だ。

 そのままアドルフに突っ込み、一緒にもみくちゃになりながらごろごろと土埃を上げ転がっていく。

 先に着いていた三頭は避難済みで、キースさんの隣で行儀よくお座りしている。

 皆でアドルフに甘噛みしながらじゃれ合っているんだけど、数が数だけにアドルフが襲われている様にしか見えない……。


「あ、皆揃ったみたいだね……」


 キースさんの至って普通の声のトーンに、これがアドルフの日常なのだと思い知る。

 よくよく見てみると、どの子も尻尾を振り回して嬉しそうだ。

 あ、あれかな? お兄ちゃんに甘えてる弟と妹ってカンジ……?

 だけどその迫力あるじゃれ合いに、ハルトたちはすごいです……! と、目が釘付けだ。

 すると、じゃれ合いが落ち着いたところでキースさんの口笛がピュイッと響いた。


「みんな……! こっちに集まって……!」


 口笛が聞こえた途端に動きを止め、一目散にキースさんの下へと集まるグレートウルフたち。

 以前見た、体中にいろんな色の液体を浴びた姿ではなく、キレイな灰色の毛並み。それがアドルフも入れて十七頭……。


 さ、触りたい……!


 そんな衝動に駆られてしまうけど、今は我慢我慢……!

 だけど、ハルトとユウマもライアンくんもメフィストも、ず~っとソワソワしてる。

 そんな僕たちの気持ちが伝わったのか、キースさんが苦笑いだ。


「えっ!?」


 すると、突然ライアンくんの驚いた声が響いた。

 何だろうと思い振り返ると、困った様に眉を下げるライアンくんと、ライアンくんの目の前を飛びながら何かを訴えている様子のウェンディちゃんの姿が……。


「殿下、どうしたんだい?」


 トーマスさんが近付き声を掛けると、ライアンくんは焦った声でトーマスさんにしがみついた。


「トーマスおじさま! ウェンディが……」

「うん、どうしたんだい?」

「あぅ~?」


 ライアンくんのその慌て様に、トーマスさんも少し驚いている。

 フレッドさんもサイラスさんも心配そうな表情を浮かべているが、何せウェンディちゃんの言葉はライアンくんにしか分からないからもどかしそうだ。


「……ここに……」

「ここに?」


「妖精の友達も、連れて来たいと……」

「(コクコク)」


「は?」


 突然のウェンディちゃんのお願いに、僕たちはその場で固まってしまった。


「あ~ぃ!」


 楽しそうに笑う、メフィストの声だけを響かせて。


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