第182話 もしも一緒に働くなら……?


「「いらっしゃいませ~!!」」


 今日は一体どうしたというのか、開店してから客足が全く途絶えない。

 開店直後に冒険者さんたちの団体が来たと思ったら、そこからずっとひっきりなしにやって来る。

 お持ち帰り用のハンバーガーも大人気だ。


「お待たせ致しました! チキンナンバンセットご注文のお客様!」

「はーい! きゃあ~! 美味しそう!」

「ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」


 あ、あっちの席もうすぐ帰りそうだ……!

 カウンターのお客様も食べ終わったし、次は二組案内できるな……。


「すみませ~ん! お会計お願いします~!」

「はい! ありがとうございます!」


 あ、オリビアさんが行ってくれた!

 僕は今のうちに次のお客様を案内する用意をして……。


「次のお客様、お待たせ致しました! こちらのお席へどうぞ!」

「やっとだぁ~! お腹空いた~!」

「この美味しそうな匂いたまんないよ~!」

「ありがとうございます! この匂いはピザですね! 美味しいのでとってもオススメです!」

「じゃあそれ注文しちゃお!」

「ありがとうございます!」





「「ハァ~~……」」


 店が三回転程したところで、今いるお客様の料理を出し終え少しだけ余裕が出来た。

 キッチンで水を飲みながら、オリビアさんと二人でやっと一息つく。

 レコードの曲を変える暇もなかった……。


「今日はどうしたのかしら……。こんなに並ぶなんて思わなかったわ……」

「そうですね……。まだ待ってくれてるし……」


 店の外には、なぜかまた順番待ちの列が出来ている。

 営業時間の事もあるし、二人でこれはちょっと厳しいな……。

 席数も決まっているから、今日は相席してもらっている状態だ。


 やっぱり、このお店にもう一人雇うって言うのは、僕もちゃんと受け入れなくちゃいけないなぁ……。






*****


「「ただいまぁ~!!」」


 お店の営業時間を大幅に過ぎつつ並んでくれたお客様を接客し、何とかこの日の営業を終えた。

 オリビアさんと二人でよろよろとしながらも店の閉店作業をしていると、ハルトとユウマの元気な声が響いてきた。


「「おかえりなさい……」」

「おばぁちゃん、おにぃちゃん、だいじょうぶ……?」

「ちゅかれてりゅ……?」


 僕とオリビアさんの疲れ切った様子に、ハルトとユウマは心配そうにこちらを見上げている。


「ただいま。遅くなってすまな……」


 二人の後ろからメフィストを抱えたトーマスさんが入ってくるが、僕たちの疲れた顔を見てギョッとした表情を浮かべた。


「二人とも……、大丈夫……、ではないな。掃除は手伝うから、ちょっと休憩したらどうだ?」

「え、でも……」


 早く掃除して、明日の仕込みもしないといけないし……。

 夕食も準備しなきゃ……。


「ほら、ハルトとユウマが心配してるぞ?」

「え?」


 そんな僕を見てトーマスさんが溜息を吐き、僕の後ろを指差した。

 すると、先程よりも眉が下がり、今にも泣き出しそうな二人が……。


「ユイトくん、ちょっと休みましょ……」

「そうですね……。じゃあ、少しだけ……」


 オリビアさんと二人でテーブル席に座り、行儀は悪いがだらりと足を伸ばす。


「「ハァ~~……、つかれたぁ……」」


 座った途端にドッと疲労感が押し寄せてくる……。

 これはマズいぞ……。もう立ちたくない……。足が棒の様に動かない……。

 オリビアさんも同じ様で、テーブルに突っ伏している。


 ハルトはオリビアさんの隣に座り、ユウマは僕の隣にちょこんと座る。

 僕はトーマスさんからメフィストを受け取り、お腹に乗せて支えるけど、今日はやけに重たく感じるなぁ……。


( ん……? 何してるんだろう……? )


 キッチンでトーマスさんが何やらごそごそとしているが、見に行こうにも体が重くて動けない。


「あぶぅ~」

「ん~? メフィスト、今日は楽しかった?」

「あ~ぃ!」


 僕の言葉が分かっている様に、にこにこと返事をするメフィスト。

 ハルトとユウマに今日の出来事を聞いていると、少しだけ元気が出てきた気がする。

 イドリスさんからの伝言で、サンドイッチを楽しみに仕事を頑張るそうだ。

 これはいっぱい作っておかないと……!


「ほら、二人とも。これでも飲んで休んでなさい」

「わ! ありがとうございます……!」

「あら、いい匂い……! 美味しそうね……!」


 キッチンから出てきたトーマスさんが差し出したのは、ほかほかと湯気を立てる二つのカップ。

 ホットレモネードと言えばいいのかな? レモンリモーネと蜂蜜をお湯で割ったもの。

 カップからは湯気が出てまだ熱そう……。

 メフィストにかからないように注意しつつ、フーフーと冷まし、そっと一口。


「ハァ……、おいしぃ……」

「体に沁みるわ……」


 あったかくて、蜂蜜のホッとする甘さが疲れた体にじんわりと沁み渡る……。

 スープを飲んで、沁みるって呟いていたアレクさんの事が分かった気がするな……。


「う~ん……」

「どうしたんですか?」


 僕たちを見て、トーマスさんが唸りながら何かを考えている。

 ハルトとユウマも、そんなトーマスさんを首を傾げて見上げている。


「……よし! 今日はオレが夕食を作るぞ!」

「「え?」」

「「ほんと~?」」


 思いがけない言葉に、僕とオリビアさんは呆気にとられてしまう。

 ハルトとユウマは、ワクワクした表情を浮かべているけど……。


「と、トーマス……。急にどうしたの……?」

「そうですよ……。トーマスさんだって疲れてるでしょう……?」

「いや、二人にはいつも作ってもらってるからな。仕込みは出来ないが、せめて夕食くらいは作らせてくれ」


 その心遣いはとっても嬉しいんだけど……。

 トーマスさん、作れるのかな……?

 いや、冒険者だから野営とかで慣れてる?

 教えながらピザを作った事しか記憶にない……。


「じゃあ……、お願いしちゃおうかしら……?」

「え?」


 オリビアさんを見ると、何だかソワソワと嬉しそう。

 もしかしたら、トーマスさんの手料理に興味があるのかも。


「じゃあ、ぼくは、しこみのおてつだい、します!」

「ゆぅくんも! ぴじゃ! いっぱぃちゅくりゅよ!」

「まぁ~!」


 ハルトとユウマも手を挙げ、いつものピザの仕込みを手伝ってくれると言う。

 今日はたくさん出たから、正直すっごく助かるんだけど……。


「二人とも疲れてない?」

「だいじょうぶ! ぼくたち、つくれます!」

「ばぁばもにぃにも、おちゅかれなの! まかしぇて!」


 ハルトとユウマはそう言うと、一緒にキッチンへと向かった。

 キッチンの中では、トーマスさんが真剣な表情でお湯を沸かしている。

 ハルトとユウマは手を洗い、棚から小麦粉を取り出してピザの準備をし始めた。


「ユイトくん、もう仕込みは明日にしない? 私、なるべく早く起きてやっちゃうわ」

「そうですね、今日は疲れちゃいましたし……。明日早起きしてやっちゃいましょう」


 オリビアさんと今日はこのままゆっくりしようという結論になり、遠慮なく姿勢を崩す。

 明日も今日みたいにいっぱい来たら、きっと迷惑かけちゃうよなぁ……。

 席の数を増やす……? いや、それだとこの店では狭くなる……。

 外にオープンテラス……? いや、そんな広い場所は無いし……。

 どうしようかなぁ~……。


「あぷぅ~!」

「あ、ごめん、ごめん!」


 そんな事を考えながら、いつの間にかメフィストのほっぺをこねくり回してしまった。

 気持ちよくて、つい……。


「なぁに? ユイトくん、考え事?」

「あ、はい。今日みたいに一気に来たら、どんなに頑張っても二人では難しいなって……。席も限られてますし……。お持ち帰りのお客様なら、何とか出来ましたけど……」


 警備兵の人たちとは別に、何人かのお客様はお持ち帰り用のハンバーガーを注文してくれた。

 それなら席も必要ないし、渡すだけだったんだけどなぁ……。

 ハァ、と溜息を吐くと、オリビアさんも苦笑い。


「やっぱり、人を雇った方が助かりますよね……」

「ん~、そうね……。いっその事、営業時間も長くしてみようかしら……?」

「時間ですか?」


 確か、以前は夜も営業してたって言ってたけど……。


「えぇ。前にギデオンに、昼はなかなか抜け出せないから夜も開けてくれって言われてたのよねぇ~。人を雇うなら仕込みも出来るし……。ユイトくんはどうかなと思って」

「僕ですか?」

「ふふ、いつもお店の事考えてくれてるでしょう? もし雇うなら募集するから、選ぶのはユイトくんが決めてほしいのよ。営業時間の事も、考えておいてくれる?」

「そ、そんな大事な事……。僕が決めていいんですか……?」


 オリビアさんからのまさかの提案に、僕は驚いてしまう。


「あら、大事な事だからユイトくんに決めてほしいのよ。その時はよろしくね?」

「は、はい……」


 さらりと任されてしまったけど、もし一緒に働くなら……?

 仕事に真面目な人? 接客が上手な人? 一生懸命な人?

 何を基準に選べばいいか分からない……。

 それに、一緒に働くなら仲良くできる人がいいなぁ……。


「あっぷぅ~!」

「あらあら、ユイトくん。メフィストちゃんがご機嫌斜めよ~? って……、聞こえてないわね……」



「あぷぷぅ~~っ!」



 オリビアさんに任された事で頭がいっぱいになって、メフィストがぷりぷりと怒っているのに僕が気付くのは、もう少し後になってからだった……。


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