第164話 赤ん坊と“森の案内人”


「あ~ぅ!」


「あ、あかちゃん……!?」


 レティちゃんに抱かれ、キャッキャと機嫌よく笑っている赤ちゃん……。

 どうしてメフィストさんの服の中から……?

 アレクさんと一緒に恐る恐る近付き、覗き込んでみると……。


 クリックリの青い目に、バサバサと揺れる長い睫毛、ふくふくとしたほっぺはマシュマロの様だ……。

 だけど、髪の毛は僕と同じ黒い髪……。


「あぅ~?」


 その赤ちゃんは僕と目が合うと、不思議そうに首を傾げ、にぱっと笑った。


「「か、かわいぃ……」」


 アレクさんも思わず口に出してしまう程に愛くるしい……。

 でも、どうして赤ちゃんが……?


「なぁ、この赤ん坊……。さっきの奴じゃねぇ……?」

「え?」


 アレクさんは、レティちゃんの腕に抱かれる赤ちゃんをマジマジと見つめながら呟いた。

 そりゃあ、メフィストさんの服の中にいたけど……。

 いたけども……。


 まさか、ねぇ……?


 魔法がある世界だからって、いくら何でも……。


「うおぉ~! やわっけぇ~!」

「あ~ぶ!」


 すると、いつの間にかアレクさんが赤ちゃんのほっぺをぷにぷにと触っていた。

 それにはご立腹の様で、あぶあぶ言いながらアレクさんの手を掴まえようとしている……。

 その手もふっくらしていて、まるでクリームパン……。


 ず、ずるい……!


「アレクさん! 抜け駆けはズルいです……!」

「いや、つい……」

「あぶ~!」

「「か、可愛い……!!」」


 あまりの可愛さに、思わず顔がにやけてしまう。

 さっきまでの緊迫した空気は、一体どこに行ってしまったのか……。

 そのほっぺに優しく触れると、もっちりしていてずっと触っていたくなる。

 レティちゃんはそんな僕とアレクさんを見て苦笑い。


「おにぃちゃん……。このこ……、めふぃすとさんってひと……」


 レティちゃんは赤ん坊の頭を撫でながら、とんでもない事を言い出した。


「え? この子が?」


 あんなシルクハット被ってるような人が一瞬で赤ちゃんになるなんて、到底信じられないんだけど……?


「うん……、まりょくがいっしょ……」


 ね? と赤ちゃんに微笑みかけ、赤ちゃんもそれを見てキャッキャと笑っている。


「レティちゃん、魔力が見えるの?」

「うん……」


 すると、レティちゃんは僕の左手に着けたブレスレットを指差した。


「このこのわるいまりょく、ぜんぶ、おにぃちゃんのいしがすいとっちゃったの」

「へっ? 僕?」


 思わず声が裏返ってしまったけど、レティちゃんは至って真面目に告げる。

 そんな事って……、ある……?


 今朝から色んな事が起こりすぎて、何だか頭が回らない。

 レティちゃんとこの赤ちゃんの事は、皆に相談しないと……。

 こういう時、トーマスさんとオリビアさんがいてくれたら……!


 足下に散らばったメフィストさんの服を集め、僕の肩掛け鞄の中へ。

 赤ちゃんは裸だから、このシャツを巻いておこう。

 さすがにハットは入らないな……。

 手に持って行こ。


「ん~……。とりあえず、トーマスさんたちの所へ行きましょう! 詳しい事は、その後で!」


 荷物をまとめて森の出口を探そうとすると、僕の服をくんと引っ張る感覚が。


「とーますさん、って……?」


 レティちゃんは知らない人の所へ行くのが怖いのか、僕の服をぎゅっと掴んでいる。


「あ、僕の家族だよ」

「おにぃちゃんの……?」

「うん、とっても優しい人だから安心して?」

「……うん」


 僕が安心するように手を繋ぐと、レティちゃんはやっと肩の力が抜けた様だ。

 だけど、赤ちゃんを抱いてこの森の中を歩くのはレティちゃんには酷だなぁ……。

 そうだ。


「アレクさん、この赤ちゃん抱っこしてもらえますか?」

「えっ!? オレ!?」


 何をそんなに驚いているのか分からないけど……。

 アレクさんは赤ちゃんを見ると、恐る恐る手を伸ばした。


「あぅ~?」

「うわぁ~……、潰しそう……」


 アレクさんは赤ちゃんをそっと抱えるが、ふにゃふにゃと柔らかいせいか落ち着きがない。


「何て事言うんですか……! 落ちない様にしっかり抱えてくださいね?」

「あぁ、分かった……!」


 緊張しているのか、アレクさんの動きがぎこちない。

 赤ちゃんはアレクさんの顔をジ~っと見つめて小さい手で服を掴んでいる。

 正直、すっごく羨ましい……!


 そしてやっと森を出る……、んだけど……。

 ここが何処か分からないんだよね……。


「アレクさん、どこに向かえばいいんでしょうか……」


 歩き出そうと準備をしたけど、レティちゃんと手を繋いだまま立ち止まる。


「あぁ、なんだ。それなら……」


 アレクさんが赤ちゃんを恐々抱えながら森の奥を振り返ると、突然音もなく大きな影がアレクさんの頭に降り立った。


「あ!」

「うわぁ……」

「あぅ~!」


 僕たちは一斉にアレクさんの頭上に釘付けになる。


「痛ぇだろうが!」


 アレクさんの頭上を止まり木代わりに羽を休ませるのは……、



「梟さん!」



「ホォ───ッ」



 “森の案内人”と呼ばれている、大きな大きな梟さんだった。


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