第141話 瓶に入った、例の物……


「ハルト~、暑いからあんまりムリしない様にね~?」

「はぁ~い!」


 皆でおやつのプリンを食べ終わると、ハルトはアーロさんとディーンさんに剣の稽古をお願いしていた。

 どうやら朝食の後も稽古していたらしく、僕の知らない間に弟がどんどん逞しく成長していく気がして少し寂しい……。

 そんな僕を知ってか知らずか、ハルトはウキウキとした様子で庭に向かった。


「ライアンくんも稽古するの?」

「いえ! 私は部屋で、ユウマくんと本を読みます!」

「しょうなの! いぃでちょ!」


 どうやら、フレッドさんが持ってきた本が何冊かあるらしいんだけど……。


「ユウマも読むの? あ、冒険者の絵本?」


 ハルトとユウマがお気に入りの絵本、何回も読んでるし、セリフも覚えていそうなんだけど……。

 だけどユウマ、文字、読めるのかな……?


「ん~ん! らぃあんくんのごほん! ゆぅくん、いっちょにおべんきょ!」

「え!? ライアンくんの!?」

「しょう! ねっ!」

「はい! 一緒にお勉強です!」


 ユウマがお勉強なんて……! オリビアさんも驚いた様で、目をパチクリさせている。


「では、参りましょうか」

「はい! ユウマくん、行きましょう!」

「はぁ~ぃ!」


 フレッドさんに連れられて、ライアンくんとユウマは僕たちの部屋へ向かった。

 後ろをついていくサイラスさんが、フレッドが気合入っちゃって、と申し訳なさそうに僕とオリビアさんに呟いた。


 どうやらフレッドさんが、ユウマに勉強を教えてくれるみたい……?

 オリビアさんを見ると、ユウマちゃんが天才だったらどうしよう、とブツブツ呟いている……。

 僕はそっと見ない振りをして、明日の仕込みに取り掛かった。






*****


「おじぃちゃん、きょうも、かえってこないです……」

「じぃじ、ちんぱぃ……」


 もう就寝する時間だというのに、ハルトとユウマの二人は、玄関でトーマスさんの帰りを待っていた。

 ライアンくんはこっくりこっくりと舟をこいでいたので、フレッドさんとサイラスさんが先に寝室に運んでいる。


「大丈夫、トーマスさんはお仕事が忙しいだけだから。ほら、もう寝ようね?」

「帰ってきたら、ちゃんと起こしに行きますから」

「「はぁーぃ……」」


 アーロさんも困った様に眉を下げて苦笑い。

 実を言うと僕も、トーマスさんが早く帰って来ないかなと心の中でずっと思っている。

 オリビアさんと対になった指輪、トーマスさんにも早く渡したかったなぁ……。


 そしてこの日も結局、トーマスさんは帰って来なかった。






*****


 朝起きてすぐに仕込みの段取りをし、買い出しの確認を済ませ、昨日と同じくアーロさんに付き合ってもらって買い出しへ。

 まだ一時課朝6時の鐘が鳴ったばかりだ。

 お店も開けてすぐのせいか、今朝は人もまばら。


「おはようございます!」


 僕はまず一番に肉屋に向かい、エリザさんに挨拶をする。ネッドさんは見当たらないから、奥にいるのかな?


「おはようユイトくん! 今朝はやけに早いわねぇ?」

「はい! 予約が多めに入ったので!」

「なるほどねぇ~! あ、少し待っててくれる? ネッド~! ユイトくん来たわよ~!」


 エリザさんが店の奥へ声を掛けると、旦那さんのネッドさんがのっそり現れた。

 寡黙な人だからあんまり……、というか、ほとんど挨拶ぐらいしか声を聞かない。だけど、何となくアイコンタクトで分かるというか……。


「ネッドさん! おはようございます!」


 いつもお店の奥にいる姿しか見ないけど、近くで見ると大きいんだよなぁ~! イドリスさんといい勝負かも!


「おはよう、ユイトくん。前に言ってた鶏の内臓、捌きたてだけど冷凍しとくかい?」

「あ、ホントですか? ちょっと試作したいので、そのままで大丈夫です!」

「そうかい? なら洗浄するから少し待っててくれ」

「はい! ありがとうございます!」


 僕がお礼を言うと、ネッドさんはわかった、と頷いて作業台へと向かって行く。


「ユイトさん……、内臓を、食べるんですか……?」

「え?」


 後ろを振り返ると、アーロさんがうげぇと言いたげな顔で僕を見ている。

 失礼な……! ちゃんとした料理になるんですよ……!


「アーロさんは内臓、食べないんですか?」

「いや、私というか……。一般的には、食べないのでは、と……」

「えっ!?」


 驚いてエリザさんの方を向くと、あのエリザさんも苦笑い……。


「食べないんですか……?」

「うん……、好んでは……、食べない、わねぇ……」

「えぇ~……」


 昔、おばあちゃんが作ってた料理を作ってみようと思ったんだけど……。

 ここでは浸透してない……?


「でもまぁ……。ユイトくんが作るなら……、美味しくなるのかも……?」

「あ、そうですね……! ユイトさんが作るなら……。はい……」

「えぇ~……、二人とも、食べたくなさそうな顔してますけど……!」

「「アハハ……」」


 決めた……! 絶対二人に美味しいって言わせてみせる……!

 僕は強く胸に誓った……!





「今日も多いですね? これで終わりですか?」

「いえ、あともう一軒寄るところがあるんです! あ、すみません! 重たいですよね……?」

「私はこれくらいなら平気ですよ。しかし、ユイトさんの方が心配で……」

「えへへ……! アーロさんがいてくれて助かってます……!」


 アーロさんは何食わぬ顔で荷物を持ってくれてるけど、僕の方は少し買い物籠が手に食い込むかな……? 普段ならこれで終了なんだけど、今朝はもう一軒、絶対に寄らなければならないお店が……! 先に店に帰ろうかと思ったんだけど、また付いて来てもらうのは忍びないので、気合でもう一軒……!



「あぁ~……! 見えてきました! あのお店です……!」


 僕が寄りたかったもう一軒は、酒樽を店先に飾ってあるこのお店……!


「おはようございま~す!」


 元気よく声を掛けると、出迎えてくれたのは立派な白髭をたくわえたジェームズさん!


「ユイトくん、おはよう。例の物、ちゃんと届いてるよ」

「やったぁ! 早速お願いしてもいいですか?」


 カウンターに荷物を置かせてもらい、届いた商品を見せてもらう。

 箱から出てきたのは、厳重に緩衝材が巻かれた瓶……。

 そしてもう一つ、これもまた厳重に緩衝材が巻かれている……。


「この瓶に入ってるのがユイトくんの言ってたジュンマイシュで、この少し小さめなのがミリンだね」

「うわぁあああ~~~!!! 本当にあったんだ……!! ジェームズさん! ありがとうございますっ!!」


 どうしよう! お米で作ったお酒を探してたら本当にあった……!

 僕は感動のあまり、ジェームズさんにぎゅっと抱き着いた。

 ビックリしていたけど、よかったねと笑って、背中を優しく叩いてくれる。


「ユイトくん、喜んでくれるのは嬉しいんだが……。味の確認はどうするんだい?」

「……あ、ホントだ……」


 ジェームズさんは自分用にもう一本取り寄せて試飲したみたいだけど、この国の成人は十五歳。飲酒が認められるのも成人してから。

 それに元々、お酒の味を知らないから、僕には確認のしようがないんだった……。


「料理に使うのでまぁ、何とか……、なるかな……?」


 えへへ、と笑うと、ジェームズさんは肩を竦めてしょうがないなと笑ってくれた。


「ワシもこの味がどうなるか気になるな……。お店の料理に出すのかい?」


 首に下げた眼鏡をかけて、ジュンマイシュを繁々と確認するジェームズさん。


「あ、それを試作してみようと思って! 作ったらジェームズさんも食べてくれますか?」

「おぉ! いいのかい? 是非ともご相伴に預からせておくれ……!」


 やっぱりお酒を使う料理は気になるみたいで、試食できると分かると、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ! 今日の閉店前から作る予定なので、出来たら持ってきましょうか? それともお店に食べに来ますか?」

「そうか……。なら、久し振りに店に寄ってみようかな?」

「じゃあ、オリビアさんにも伝えておきますね!」

「あぁ、よろしく頼むよ」


 代金を支払い、ホクホク顔で店に戻る。さっきが嘘みたいに何だか荷物が軽い……! ……訳はなく、アーロさんが瓶も持ってくれた……。


 今日は予約注文もあるし忙しいぞ~!


 それと、絶対にエリザさんとアーロさんを唸らせてみせる! 僕が見ると、アーロさんは何故かビクリと肩を震わせていたけど。

 僕は気合を入れて、お店へと帰路を急いだ。

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