第119話 二人の馴れ初め
「おじぃちゃん、かえって、きません……」
「じぃじいなぃの、しゃみちぃねぇ……」
トーマスさんが護衛依頼に就いてから、今日で六日目の夜。
昨日はお菓子と蒸しパンを受け取りに来ただけで、家には結局帰ってこなかった。
ハルトとユウマはトーマスさんに毎日ベッタリだったから、こんなにいないと寂しいだろうな。
「二人とも、遅いからもう寝なさい? トーマスが帰ってきたら起こしてあげるから」
「「はぁーぃ……」」
しょんぼりとする二人をベッドまで連れて行き、おやすみと髪を撫でて僕は寝室のランプを消した。
もしかしたら、今夜も帰ってこないかもなぁ……。
「オリビアさん、こんなにトーマスさんがいないと寂しいですね」
ダイニングのソファーに凭れ、オリビアさんとのんびり過ごす。
オリビアさんには紅茶に
「ユイトくんたちは、トーマスとこんなに離れるの初めてだったわよね。前は家に十日以上いない日もあったのよ?」
「えぇ~? そんなにですか? 一人だと寂しいですよね?」
家に一人だなんて、一人暮らしもした事のない僕には想像つかないなぁ……。
「ふふ、私はトーマスが依頼でいない日も多かったから、さすがにもう慣れっこよ。足が痛まなかったら付いていきたいと思った時もあったけどね?」
私も若かったわぁ~、なんて紅茶を飲みながら、オリビアさんは楽しそうに昔を思い出しているみたい。
あ、そう言えば……。
「トーマスさんとオリビアさんって、いつから結婚して一緒に暮らしてるんですか?」
「えぇ……? 急にどうしたの?」
「いや、そう言えば訊いた事なかったなぁ、なんて思って」
「ふふ、ちょっと照れ臭いわねぇ……。トーマスと結婚したのは、私は冒険者を辞めた後ね。ほら、この足でしょう? 足手纏いになっちゃうと思って」
ほら、と言って、オリビアさんは左足をポンポンと叩いた。
オリビアさんの左足には、戦闘中に負った深い傷が残っていると聞いた。
引退してからしばらくは家に籠ってたらしいんだけど、自分にも出来る仕事はないかと探していた時に、魔法学園の講師にならないかと誘われたそうだ。
「講師……! 凄いですね……!」
アレクさんの仲間の人に師匠って言われてるのは、それも関係あるのかな?
魔法なんて僕には馴染みのないものだから憧れてしまう!
その時のオリビアさん、見てみたかったなぁ~!
「講師って言っても臨時だから……。冒険者を引退したのが25歳で、講師を辞めたのが30歳、プロポーズされたのもその年ね。あ! ユイトくん、聞いてくれる!?」
「えっ!? 何ですか?」
急にオリビアさんが大きい声を上げたから、ビックリしてしまった……。
「トーマスったら、お付き合いも何もしていないのにいきなりプロポーズしてきたのよ!? 信じられる!?」
「えぇっ!? そうだったんですか!? 勇気ありますね……!」
まさかの事実に僕はさらに驚き……。
人は見かけによらないものなんだなぁ……、いきなりプロポーズだなんて……!
「同じパーティにいたときはそっけなかったのに、辞めた途端に会いに来るようになってね? 私も二人きりで会うから、そりゃデートだと思うじゃない? それなのに、その時は手も繋ぎもしないのよ? 本当に、只ご飯を食べたりお喋りするだけ!」
こっちはその気でいたのにねぇ、なんて……。
それから五年間、本当に何の進展もなく、会って話をするだけだったらしい……。
「それでね? 春になったら講師の契約も終わるし、トーマスとの進展もないし、もう次の恋でも見つけようかしらって思ってたの。そしたらね? 辞めたその日に大きな花束を抱えて迎えに来てね? そのまま跪いてプロポーズよ!」
さっきまで信じられない! とばかりに怒っていたのに、プロポーズの話になった途端に嬉しそうに話す姿は、惚気ている様にしか見えません……。
「後で聞いたらね? 同じパーティの時に、私が露店で気に入ったピアスをトーマスが買ってくれたのよ。自分が買ったそのピアスを着けてたから、もう私と付き合ってると思ってたんですって! 私が付き合ってると思ってなかったって知って、かなりショックを受けてたの! 可愛いでしょう~?」
うふふ、と笑うオリビアさんは、もう本格的に惚気る気の様だ……。
さっきから頬が赤くなってるし……。
トーマスさんは元から結婚するつもりでオリビアさんに会いに行っていたみたい。
プロポーズの翌日には籍を入れたと言ってたから、結婚記念日は春か……。
ちょっと先だけど、覚えておかなくちゃ!
「じゃあ、そのピアスもトーマスさんの目の色……、あ! そのピアス!」
「ふふ! もちろん、毎日着けてるわよ?」
オリビアさんがサイドの髪を上げると、その耳元にはトーマスさんと同じ青い石が嵌められている。
いつもチラチラとしか見えてなかったから、ちゃんと見た事なかったなぁ……。
石の色は、トーマスさんと同じ、深い青色だ。
「じゃあ、30歳で結婚して、それからずっと一緒なんですね?」
「そうね、もう27年も経つのねぇ~……。残念ながら子供は授からなかったけど……。今はユイトくんにハルトちゃん、ユウマちゃんもいるし、毎日とっても幸せよ!」
そう言って、オリビアさんは僕を優しく抱き寄せて、頭をこつんとすり寄せる。
そんな風に思ってもらえると、僕もなんだか胸がいっぱいになる……。
「オリビアさんのこと師匠って言ってた……、ステラさん? でしたよね? その人もその魔法の学校の生徒さんだったんですか?」
「ステラちゃん? あの子はまだ21歳で、生徒じゃなくてこの村の出身なのよ。まだ幼かったけど、魔法が使えるみたいだから一緒にお勉強したのよ~! 懐かしいわ! だからこの村の人は皆知ってるわ」
「へぇ! この村の? 21歳でAランクって凄いんじゃないですか!?」
確か氷漬けにするとか言ってた気がするな……。
どんな人なんだろう~? 会ってみたいな!
「あら、それを言ったらアレクだってまだ20歳よ? それも凄いんじゃない?」
「あ、考えたらそうですよね……! なんか、アレクさんがAランクって実感湧かなくて……」
「ふふ! そうよね~、ちょっと子供の所もあるみたいだしね! でも戦闘になったら凄いらしいわよ? 残念ながら見た事はないけど!」
「あの、オリビアさんが前に言ってた……。アレクさんが問題児って……、どういう風に……?」
「あぁ~……」
ずっと気になっていた事を訊くと、オリビアさんはしまったという表情を浮かべ、僕を気まずそうに見つめる。
「えっとね……」
「はい」
「ん~……、問題児っていうのは、ほら、Aランクに上がったじゃない? で、アレクって結構可愛い顔してるでしょ? だから、お貴族様の御令嬢との縁談がね? 舞い込んでくるのよ」
「はい……」
貴族の令嬢……。その言葉だけで、なんだか別世界みたいな話だ……。
僕には関係のない世界だなぁ……。
こうやって聞くと、アレクさんって凄い人なんだ……。
「Aランクになると、国から男爵の爵位が与えられるんだけど、それを要らないって突っぱねたり、御令嬢との縁談を片っ端から断ってて……」
「えっ!?」
アレクさん、凄いと思ったのに……。まぁ、ある意味凄いのか……?
その他にも、貴族の専属の冒険者になるのを断ったり、誘われた食事会も断ったり……。
その度に、リーダーさんがすっごく苦労しているらしい……。
「つまりは、貴族からはあまり好感を持たれていないって事ね……」
「へぇ~……、そうなんだ……」
何だかそれを訊いて、ホッとしている自分もいる。
急にアレクさんの存在を遠くに感じて、ちょっと寂しかったのかも。
「あ! ユイトくんが気にするような事じゃないのよ? 別に王都に住むわけじゃないし! あ、でも結婚したら分からないわよね? でもでも、アレクだったらそんなの気にするような子じゃないと思うし、ちゃんと守ってくれるわ!」
守る? 一体何を……? 僕の頭の中は?でいっぱいだ。
「そう、ですね……?」
「でしょう? だから安心して!」
「? はい……」
オリビアさんは満面の笑みで僕の頭を撫でている。
何だかものすごく誤解されているような気もするけど……。
オリビアさんが幸せそうだから、まぁいっか!
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