第118話 メイソンさんはお人好し
「うぅ~……、嘘だぁ~……!」
あまりの衝撃に、僕は膝から崩れ落ちた。
「ユイトくん、仕方ないわよ……。結構古かったし……」
「……でも、これがないとお店のメニューが……」
僕が何故落ち込んでいるかと言うと、お店のオーブンが急に動かなくなって壊れてしまったからである。
そう、今は営業直前。
オーブンがないと、売れ筋のピザが焼けないのだ……。
幸い、オーブンが無くても大丈夫なメニューばかりなんだけど、せっかくハルトとユウマが作ってくれたピザが台無しに……。
「ピザは冷凍して、また修理したら家で食べましょ?」
「おにぃちゃん、げんき、だして……!」
「にぃに、なぃてりゅの? かわぃしょぅ……」
「うぅ~……! ハルト、ユウマ、ごめんねぇ~! お兄ちゃんがもっと早く気付いてれば、あんなに仕込まなくても良かったのに……!」
昨日もなかなかの売れ行きだったから、今日も二人に同じくらい仕込んでもらったのに……。
あぁ~、二人には申し訳ない事をしてしまった……。
「ほらほら、元気出して! もうすぐ開店よ?」
オリビアさんは僕の頬をムニムニと掴んで笑わせようとしてくれる。
「そうですね……。壊れちゃったものは仕方ないですもんね……! 今日も頑張ります……!」
「そうそう、その意気よ!」
「おにぃちゃん、だいじょうぶ?」
「にぃに、げんきでたぁ?」
「うん! 二人とも心配かけてごめんね……。今日も頑張ろっか!」
「「うん!」」
まだ心は癒えていないけど、時間は止まってくれないのだ。
笑顔で乗り切るしかない……!
*****
「えぇ!? オーブン壊れちゃったの?」
「うわぁ~、それは大変だねぇ……」
今日も、仲良し夫婦のカーターさんとアイラさんが来てくれた。
二人はアイラさんお気に入りのカルボナーラと、
「そうなのよ~。魔石が切れたのかと思ったんだけど違ったし、たぶんオーブン自体の故障なのよねぇ~」
「魔石って、結構もつものなんですか?」
「大きさや使い方にもよるけど、このオーブンに使ってるのはあと二~三年はもつハズなのよ」
「手のひらサイズだと、無茶な使い方をしなかったら大体五年はもつわよね」
「へぇ~! そんなに……!」
魔石の持続時間なんて全く頭になかったなぁ。
話を聞いてると結構もつんだね。
「あ、オーブンの故障なら、メイソンさんの所に一度見てもらったらどうですか?」
「メイソンさんに?」
でもメイソンさんの所は鍛冶屋さんだよね? 武器とかの……。
そんなの見てもらえるのかな?
「ほら、この前! 村の水道管が壊れちゃったじゃない? あれを修理してくれたのも、メイソンさんの所なの!」
「へぇ~! そうだったんですね!」
アイラさんに教えてもらった情報によると、メイソンさんの鍛冶屋さんにいる職人さんたちは、元々色んな職に就いていた人が集まっているみたいで、村の何でも屋さんみたいになっているそうだ。
顔が怖いから女性や子供は近寄らないと言っていたけど、あのベビー服の件をエリザさんが話したおかげで、今では普通に挨拶もしているらしい。
それを聞いてホッとしてしまった。
あんないい人なのに、仲良くなれないのは寂しいもんね。
「だめで元々だし、今度訊いてみましょうか?」
「めぃしょんしゃん、くりゅの~?」
「今度、オーブンを直せるか相談しようと思ってね」
「ゆぅくんもあぃちゃぃ!」
「わかったわ。その時はユウマちゃんも一緒に訊いてみましょうね?」
「うん!」
将来、メイソンさんの弟子になるというユウマは、会えると聞いて嬉しそうだ。
するとお店の扉が開き、次のお客様がご来店。
「「「「いらっしゃいませ(ましぇ)!」」」」
「こんにちは~! 三人なんですけど、いいですか?」
「はい! テーブル席へどうぞ!」
「親方~! 大丈夫ですって!」
ぞろぞろと入ってきた中に、ちょうど話していた人物が入ってきて皆でビックリ。
「めぃしょんしゃん! きてくえたの~?」
「めいそんさん、なに、たべますか?」
ハルトとユウマはメイソンさんに思いっきり抱き着き、二人でメイソンさんの両手を握っている。
「ハハ! 今日は可愛い店員さんか! 何がオススメだ?」
「親父さん、いいなぁ~。懐かれて~」
「親方、ピザってやつが美味いって言ってましたよ? なんでもハルトくんとユウマくんの手作りって」
「ほぉ~、二人の? それは今日もあるのかい?」
メイソンさんがそう尋ねると、二人はしょんぼり肩を落としてしまう。
「おいおい、どうした?」
「メイソンさん、ごめんなさいねぇ~。今日はオーブンが壊れちゃって、ピザが焼けないのよ~」
「あぁ、そうなのか。魔石切れか?」
「魔石は大丈夫なんだけど、オーブン自体が故障してるみたいでね? ちょうどメイソンさんの所に訊きに行こうかって話してたのよ」
カーターさんもアイラさんも、うんうんと頷いてくれている。
それにしても、ハルトとユウマのこの落ち込み様はすごいなぁ……。
この姿は、何とかしてあげたくなるというか……。
「めいそんさん、おーぶん、なおせますか……?」
「ぴじゃ、たべてほちかったの……」
「ん~~、そうか……。工具は持ってきてないんだが……」
「あ、親父さん! おれの使いますか?」
すると、お弟子さんの一人が腰にぶら下げた工具類をチラリと覗かせた。
ちなみに上着を捲ると、腰の倍の工具がズラリと並んでいる。
どれだけ持ち歩いてるんだろうか……? 重くないのかな……?
「おぉ! 気が利くな! よし、見てみようか?」
「「ほんと~?」」
「助かるわぁ~!」
「あんまり期待はしてくれるなよ? もしかしたら寿命かもしれないしな」
「えぇ! 大丈夫! それなら諦めもつくもの!」
「そうか。じゃあちょっとお邪魔するぞ?」
そう言って、オーブンの魔石を手際よく取り外し、オーブンの中を覗き込み部品を外し始めた。
お客様なのに申し訳ないなぁって気持ちと、やっぱり職人さんってかっこいいなって気持ちがせめぎ合っている……。
カーターさんたちも興味津々だ。
「あぁ~……、オリビアさん。これは部品の一部が劣化してるだけだ。そこさえ交換すれば、まだ使えると思う。このタイプは、部品の一部が劣化したら機能を停止するんだ。賢いヤツだよ」
「あら、本当? その部品はメイソンさんの所で扱ってるかしら……?」
「この部品なら、確か倉庫に置いてあったな……。ちょっと行ってくるか……」
「えっ!? 今から行くの!?」
「ん? あぁ、そうだが……? 早く修理した方がいいだろう?」
「それは助かるけど……。こっちがムリ言って頼んでるんだから、今日じゃなくてもいいのよ……?」
「あぁ、なら無事に修理したら、ハルトとユウマの自慢のピザを食わせてもらおうかな?」
そう言って笑いながら、メイソンさんは本当に自分のお店に戻ってしまった。
なんてカッコいいんだ……!
ハルトとユウマも目がキラキラしている……。
特にユウマ。憧れの人を見るみたいに、ほぉってため息ついてるよ……。
「ほんと、なんであんないい人が怖がられてたのかしら……?」
「そうでしょう? 親父さんはいい人なんですよ! その分騙されないか、こっちが心配で!」
「親方も、頼られると張り切っちゃうたちなんですよ~!」
「「「「あぁ~」」」」
ハルトとユウマ以外は皆、納得の表情を浮かべた。
これは修理してもらったらご馳走しなきゃね、とオリビアさんと二人で準備をする。
お弟子さん二人は、律儀にもメイソンさんが来るまで待つそうだ。
ハルトとユウマはお二人と一緒に楽しそうにお喋りしている。
「待たせたな! ちょうど同じのがあったよ」
「「ほんと~?」」
「あぁ、ちょっと待っててくれ」
メイソンさんが大きな体で、ごそごそとオーブンの中の部品を嵌めて魔石を取り付ける。
仕上げにキレイな布巾で磨いてくれた。
「これで動くと思うんだけどな。ちょっと様子を見てみよう」
メイソンさんが魔石に触れると、オーブンが徐々に温まっていく。
「オリビアさん、試しにこのピザを焼いてみてもいいですか?」
「そうね、直ってれば皆に食べてもらいましょ」
そう言ってピザをセットし、魔石に再度触れて温度を上げる。
するとチーズの焼けるいい匂いがしてきた。
時間になりオーブンを開けると、そこには美味しそうに焼けたピザが……!
「「「なおったぁ~!!!」」」
僕とハルトとユウマは、思わず大声をあげて喜んでしまう。
その様子にメイソンさんも満足そうだ。
「メイソンさん、助かったわ! お代はいくら?」
「あぁ、この前のベビー服の事もあるし、お代はいいよ」
「わざわざ取りに言ってもらったのに悪いわよ! 工賃もあるじゃない?」
「いやぁ、ホントに部品一つだけだからなぁ……」
払うと言って譲らないオリビアさんに、メイソンさんは困っているみたい。
なら、こういうのはどうだろう?
「オリビアさん、今日はメイソンさんたちのお代は貰わないって事にしませんか?」
「そうねぇ……。メイソンさんはどうかしら?」
「それだと、こっちが得する事になるが……。いいのか?」
「大丈夫よ~! お世話になっちゃったもの! それにユウマちゃんの未来の師匠にお礼したいじゃない?」
「ハハハ! そうか、なら遠慮なく頂こうかな」
「「やった~!!」」
メイソンさんよりも、お弟子さんの方が嬉しそう。
「めぃしょんしゃん! ぴじゃたべてぇ~!」
「がんばって、つくりました!」
「そうか! なら二人の作ったピザを貰おうかな!」
「「やったぁ~!!」」
なんて良い人なんだ……!
この人が将来、ユウマの師匠になるのかぁ~……。
それと同時に、メイソンさんのお人好し加減に、僕は少し心配になってしまった……。
お弟子さんたちも心配するはずだよ…。
秋にはお孫さんも産まれるし、どうかメイソンさんに、いい事がたくさんあります様に……!
僕は、そう願わずにはいられなかった。
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