第90話 ユイト先生のお料理教室、再び


 メニューが変わった二日目も、新メニューは好評で営業は無事に終了。

 やっぱりピザは人気だな、と店内を片付けていると、チリンと扉の鐘が鳴った。


「こんにちは……」


 振り返ると、オドオドした様子のブレンダさんの姿が。


「ブレンダさん、こんにちは! 待ってましたよ!」

「そんなところにいないで、早くこっちにいらっしゃい」

「うぅ~……、お邪魔します……」


 そう、今日はブレンダさんに料理を教える日。

 少し……、いや、かなり緊張している様だけど、今日は仕込みと並行しながら僕が教え、オリビアさんも所々でブレンダさんのサポートをする予定。

 ブレンダさんならきっと上手く作れます! 大丈夫!


「材料はここに出せばいいだろうか……?」

「はい、ここでお願いします!」

「分かった。不安だったから多めに持ってきたんだ」


 材料はブレンダさんが用意する事になっているんだけど、その量が半端なかった……。


 作業台にどんどん出されていくのは、食パン丸々五本分と、牛乳の大瓶が十本。卵五十個に生クリームも大瓶で二本。砂糖も瓶いっぱいに入っているし、バターは手のひらサイズの塊を三個も……。

 一体どれだけの量を作るつもりなのか……。


 食パンの一本は、三斤分が丸々繋がった状態で一本分だからね……? しかも、魔法鞄マジックバッグから堂々と出しているし……。これにはオリビアさんも、呆気にとられた様子。


「ブレンダさん、それ、堂々と使っちゃダメなんじゃないですか……?」


 以前にトーマスさんが貴重なものと教えてくれたから、僕が心配して魔法鞄を指すと、ブレンダさんは首を傾げ、


「オリビアさんとユイトになら、見せても大丈夫だろう?」


 ……と、本当に不思議そうに答えてくれた。

 全く、この人は……!


「そんなに信用してくれているなら、完璧に教えないとダメね、ユイトくん」

「そうですね……。もう少し危機感を持ってほしいですけど、それは後にしましょう」


 ブレンダさんは、僕とオリビアさんが黙って両脇に立つと、オロオロとした様子で僕たちの顔を交互に見ている。


「ブレンダさん、覚悟はいいですか?」

「そうよ、ブレンダちゃん! 今日は完璧に作れるまで帰しませんからね?」

「お、お手柔らかに……、お願いします……」

「「任せてください(ちょうだい)!!」」




 ブレンダさんは長い髪をもう一度キレイに結び直し、手洗いをしていざキッチンへ。


「ブレンダさん、そんなに緊張しなくても、フレンチトーストは本当に簡単に出来るんですよ? 甘さも加減出来ますし、紅茶が好きなら茶葉を混ぜたり、砂糖を入れずにハムやチーズを挟んで焼いたり、アレンジも色々出来ます」

「そ、そんな事も出来るのか……! 美味しそうだな……!」

「そうです。基本の作り方をマスターすれば、恋人さんにも色々食べさせてあげれますよ!」


 僕がそう言うと、ブレンダさんは顔をまっ赤にさせながら頑張る! と意気込んでいた。


 こんなに材料があるから、時間があれば色んな食べ方を教えてあげたいんだけど、まずは基本からだな。


「まず、食パンの厚さはお好みで大丈夫なんですが、分厚くすると卵液に浸す時間が長くなります。薄めなら朝に準備してもすぐに焼けますが、厚くすると一晩おいた方が美味しく出来るので、夜寝る前に準備すれば、朝食には丁度いいと思います」


 僕がそう説明すると、ブレンダさんの返事がない。

 あれ? と、隣を見ると、再び顔をまっ赤にしたブレンダさんが目に入る。


「どうしたんですか?」

「いや、その……」


 なんだか歯切れが悪い。

 すると、オリビアさんが微笑みながら教えてくれた。


「ユイトくん……。ブレンダちゃんは手料理をご馳走したいとは言ったけど、朝食とは言ってないわよ……」


 ……ん? 朝食じゃないの……?


 ……あっ!


「す、すみません、ブレンダさん! 僕、勘違いしちゃって……!」

「い、いや! 大丈夫だ……! 私は、そ……、そのつもりだから……! クッ……、何を言っているんだ、私は……!」

「もう~! ブレンダちゃんたら、可愛いんだから~!」


 居た堪れなくて、まっ赤になる僕とブレンダさんを尻目に、オリビアさんだけが楽しそう……。

ブレンダさんは余計な事を考えない様に、一心不乱に卵液をかき混ぜていた……。




「あぁ~! ブレンダさん! 違います! 強火にしちゃダメです! ……そうそう、そのままひっくり返……! あぁ~……!」


「……すまない、ユイト……」


 落ち込むブレンダさんの足元には、無残に散ったフレンチトーストの残骸が……。


「いえ、僕は大丈夫です……! 今のは落ちちゃったけど、さっきのより火加減はバッチリでした!」

「そうだろうか……? そう言われると、そうだった気がする……!」

「そうですよ! 今度はもっと上手く焼ける気がします! 気を取り直して頑張りましょう!」

「あぁ! よろしく頼む!」


 動揺したせいか、一枚目は火が強すぎて焦げ、二枚目は慎重になりすぎて生焼け、三枚目はフライパンの外に飛んでいくというアクシデントが続いていた。

 おかしいな……。もっと上手く教えられたはずなのに……。

 僕もまだ、動揺が隠しきれていないのかもしれない……。

 だけど、ブレンダさんも挫けずに続けて、卵液の分量はもう完璧!


「ユイト! これはどうだろうか……!」

「あっ! とっても良い感じです! そのままソ~っとフライパンからお皿の上に……」



「「できたぁ~~っ!!」」



 お皿の上には、キレイな焼き色が付いたフレンチトーストが、ほかほかと湯気を立てている。

 見た目はバッチリ! 今度は成功だ!


「さ、ブレンダさん! 味見してみましょう!」

「あぁ! ユイトもオリビアさんも食べてみてほしい」

「じゃあ、皆で一緒に食べてみましょうか!」


「「「いただきます!」」」




「「「う……、」」」




 思わず、三人で一斉に口を押さえる。


「ブレンダさん……、これ、何か、入れました……?」


 甘いと思っていたのに、口に入れた瞬間から口の中がすっごく苦い……。だけど口がちゃんと開けられなくて、出したいけど、出せない……。


「あぁ……、アレンジも出来ると、う……、言っていたから……、グロディアス・ブロムホフィの、エキスを……」

「ブレンダちゃん……、それ高ランクの、うぅ……、蛇の、魔物よね……? しかも……、希少な、エキス……」


 なにそれぇ……? えきす……? この、苦いのが……?


 僕もオリビアさんも、眉間の皺が凄い……。


「疲れに効くと、訊いて……、うぅ……、出しても、いいだろうか……」

「だめよぉ……、これは、きしょうな……、うぅ~……、牛乳で、飲み込みましょ……!」

「「いいと思いまふぅ……」」



 ゴクゴクゴク……ッ、



「ッハァ~……ッ! なんだあれは! 苦すぎて食えたもんじゃないな!」


 自分でもビックリしたのか、ブレンダさんは目をカッと見開いたままだ。

 それを聞いて、僕とオリビアさんの心は一つになった……。


「「ブレンダさん(ちゃん)……、」」



「「アレンジ禁止!!」」 



 この日、ブレンダさんのフレンチトーストの結果は散々だった……。






◇◆◇◆◇

※遅くなりましたが、なんとか間に合いました…。

料理のアレンジは、どうしてこうなった?という失敗の方が多いです…!(体験談)



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