第66話 ユイト先生のお料理教室


 営業も無事終了し、仕込みの時間。

 ハルトとユウマは今日も裏庭でいっぱい遊んだらしく、なかよくベッドでお昼寝中。トーマスさんはお店のカウンター席に座って、おやつにピザトーストを美味しそうに食べている。

 試食が無くてがっかりした姿がちょっと可哀そうだったので、残った食パンで作ってあげたらとっても喜んでくれた。


 生地作りの準備をしていると、トーマスさんが明日か明後日くらいには東の森に行った冒険者たちも帰って来るんじゃないかと教えてくれた。

 ちょっとパスタ生地を多めに仕込もうかな。



「オリビアさん、モッツァレラを使う料理にピザもあるんですけど、ピザ生地も試食用に作っておきますか?」

「あら、いいわね! 明日も持ってきてくれるから、多めに作ってもらってもいい?」

「はい、大丈夫です。明日はトーマスさんも一緒に食べましょうね!」

「今度はちゃんと来るからな、残しておいてくれ……」

「はい、大丈夫ですよ。心配しないでください」


 そう言えば、前にハルトとユウマはお手伝いでピザ生地を作ってくれたんだよね。トーマスさんもイドリスさんたちも美味しいと言って好評だったんだよな。モッツァレラチーズをのせたピザも人気が出るかも!



 ……そう言えば僕、ピザ一切れも食べてない気がする……。



 あれ? 待って? オリビアさんがハルトとユウマも食べれる様に、ピザ用ソースを二種類作ってたけど……。ハルトもユウマも食べてないんじゃない……?

 なんか二人とも、皆さんにどうぞってにこにこしてた気がするな……。

 あれ~……?



「ん? どうした、ユイト。変な顔して」

「変な顔って失礼ねぇ。 ……あら、ホントだわ。どうしたの、ユイトくん」


 トーマスさんとオリビアさんがすごく失礼な事を言ってる気がするけど、そんな顔をしている自覚があるから何とも言えない……!


「トーマスさん、オリビアさん……。イドリスさんたちが食べに来た日に、ハルトたちがピザを作ってくれたの、覚えてますか……?」

「なんだ、突然……。あんなに嬉しい事を忘れるはずがないだろう?」

「そうよ~! 私もアイスを作ってもらえて嬉しかったわ~!」


 トーマスさんとオリビアさんはその時の事を思い出したのか、顔がほっこりしている。


「あの時、ハルトとユウマって、ピザ、食べてました……?」

「え? そりゃあ……、ん……?」

「食べて……、あら……?」


 トーマスさんもオリビアさんも、はた、と動きが止まる。


「……食べて……、……ない、のか……?」

「そうね……、ない……、わ、ね……?」

「……ですよねぇ」


 僕たちは三人で、それはそれは深~い溜息を吐いた。

 その後、アイスも食べていない事に気付き、僕たちは再度溜息を漏らす事になる。



「どうすればいいだろうか……」

「ハルトとユウマも、二人とも何も言ってこないですけど……」

「忘れてたなんて、私たちダメダメね……」



「「「……ハァ……」」」



 あの時はピザが足りなくて、冷蔵庫にある分、全部焼いちゃったんだよなぁ……。アイスもちゃんと取っておけばよかった……。


「明日はハワードさんにも説明して、ハルトとユウマに、いちばん最初に食べさせてもいいですか……?」

「そうだな、そうしよう……」

「トーマス、また具合悪くならないでね……?」


 そうだね、トーマスさんまたショック受けちゃったみたいだし……。

 カウンターで肩を落としてしょんぼりしている姿は、心なしか哀愁が漂っている気がする。

 

 ……あ、そうだ!


「トーマスさん、明日のピザ生地、トーマスさん作ってみます?」

「え? オレが?」

「はい。ハルトとユウマも、トーマスさんが作ったって知ったら喜ぶかなぁ、なんて思っ」

「作る!!」


 食い気味に即答されてしまった。どうやらやる気十分の様子だ。

 なら早速、準備していこうかな。




 手洗いもきっちりして、道具も用意。

 今日は生地だけで、明日の仕込みのときにソースとトッピングをする予定。その間はオリビアさんが二人を見ていてくれるという事になった。

 因みにアイスは後日挑戦する予定。オリビアさんもやる気十分。


「トーマスさん、まずは粉から準備していきましょう!」

「先生、よろしくお願いします!」

「なんですか、その“先生”って……!」

「ん? 手解きしてもらうからな。いいだろう?」

「ふふ、ユイト先生、頑張って!」

「なんか照れ臭いなぁ……」


 まずはピザ生地から。

 強力粉、薄力粉、砂糖に塩、ドライイースト、水、オリーブ油をきちんと量る工程。トーマスさんが真剣に量っている姿は失礼だけど少しおもしろい……。

 強力粉と薄力粉をザルで振るいながら大きめのボウルに入れ、粉の真ん中にドーナツ状の穴をあけて、そこに残りの材料をすべて入れ、木べらで混ぜる。

 ある程度混ざってきたら、それを作業台の上に取り出し手で捏ねていく。

 生地を叩きつける工程はオリビアさんもそうだったけど、トーマスさんも楽しそうにやっていた。

 生地がまとまってツルっとしてきたら、ボウルに戻し、布巾をかけて生地を休ませるので一旦休憩。


 その間に僕は自分の仕込みを進めておく。

 トーマスさんは僕とオリビアさんの仕込みに興味があるみたいで見学中だ。オリビアさんはハルトとユウマ用のピザソースを作ってくれている。


「こんな風にハルトとユウマも作ってくれていたんだなぁ……」

「ふふ、顔中粉まみれになって頑張ってたわよ」

「あんなに小さいのに頑張ってくれたのか……」


 トーマスさんは自分も作ってみて、その大変さに感動したみたい。

 そろそろ生地の発酵もいい具合かな。ボウルの中を覗いてみると、生地は先程よりも二回り近く膨らんでいた。


「おぉ……! こんなに膨らむのか! おもしろいな」

「そうなんです。この中にガスが溜まっているので、今度はこれを抜いていきます」


 作業台に取り出した生地を、体重をかけてガス抜きし、ある程度抜けたら今度は濡れ布巾を被せて少し休憩。

 そして打ち粉をした台に生地を取り出し、作る枚数分に生地を切り分けていく。切り分けた生地は丸くして、一つずつ麺棒で伸ばし、伸ばした生地にフォークで穴を開けていく。


「見本はこんな感じです。あとはお願いしてもいいですか?」

「あぁ、大丈夫だ。……いや、大丈夫です!」

「ふふ、まだその設定続いてたんですか?」

「ハハ! さっきまで忘れていたがな。先生、あとは任せてください!」

「はい、ではお願いします」


 こんな風に教えながら仕込みをするのも楽しいな、なんてちょっと思ってしまう。



「よし! 出来た!」

「ありがとうございます。あとは明日使うので、今は一枚ずつ冷凍しておきますね。トーマスさん、お疲れさまでした」

「ユイト先生、今日はありがとうございました!」

「もぅ~! 恥ずかしいからやめてください!」


 三人で笑いながら、トーマスさんが作ったピザ生地を冷凍していく。

 ハルトとユウマ、喜んでくれるかな?

 明日が楽しみだな~、なんて思いながら仕込みを終え、僕とオリビアさんは夕飯の準備に取り掛かる事にした。


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