第64話 ハワードさんと新メニュー


「あら、トーマスたち寝ちゃってるわね」


 営業が終わり、明日の分の仕込みもひと段落。家の方に戻るとダイニングのソファーでトーマスさんが横になっていて、その上にハルトとユウマが寝ていた。

 ユウマはぷす~、と寝息を立てている。

 なんかラッコの親子みたい……。


「ふふ、これはしばらく起きそうにないわねぇ~」

「楽しそうに遊んでましたもんね」

「私たちも休憩しましょ」

「そうですね。僕、お茶入れますね」

「ありがとう、ユイトくん」


 そう言って食器棚からティーカップを取り出す。

 冷蔵庫にはオリビアさんのお気に入りの茶葉で作った水出しのアイスティー。

 僕は紅茶が飲めないから、牛乳をコップに注いだ。


「オリビアさん、朝に言ってた遊びに来る人たちのことなんですけど」


 僕はそう訊ねながら紅茶をテーブルに置く。


「いつも何人くらいで来るんですか?」

「ん~、そうねぇ。いつも来るのは四、五人かしら……」

「皆さん、お酒を飲まれるんですか?」

「飲まないのは息子さんたちなんだけど、来たり来なかったりだから今回はどうかしら? 決まって飲むのはトーマスと私を入れて五人かしらね?」


 あの人たち朝まで飲むから、翌日はお店はお休みよ、とオリビアさんは笑っていた。

 飲まない人もいるなら、違う料理も考えておこうかな?

 そう思いながら、トーマスさんの上で気持ちよさそうに寝るハルトとユウマの寝顔を眺めていた。






*****


「にぃに~、ゆぅくんもおしょばよっていぃ?」

「うん、いいよ。こっちおいで」


 夜、ベッドの上でメニューの事を考えていると、目が冴えてしまったのかユウマが傍に寄ってきた。

 ハルトは隣でぐっすりだ。僕のブランケットを一緒に被せ、ハルトが起きない様に小さな声でお喋りする。


「ごめんね、ランプ眩しかった?」

「んーん、だいじょぶ。ゆぅくん、ねむくなぃの」


 トーマスさんの上でお昼寝してたからなぁ、と少し笑ってしまう。

 ユウマはもぞもぞと動き、肘をついて横になっていた僕の左腕を浮かせ、その下にぴったり収まると、満足そうにすり寄ってくる。


「なぁに? ユウマ、今日は甘えたさんだねぇ?」


 なんだか猫みたいで可愛らしい。

 ふわりとした髪を優しく撫でると、目を細めて気持ちよさそうだ。


「んー、きょうね、ゆぅくんおみじゅであしょんだの」

「うん、楽しそうだったねぇ」

「おみじゅね、ゆぅくんこあくてね」

「え? ユウマお水怖かったの?」


 向こうにいたときも一緒にお風呂に入ってたし、そんな素振りは気付かなかった。


「ん、おみじゅいっぱぃ、おやまこあれりゅでちょ?」

「おやま?」

「ん、あめじゃーじゃーでね、おやまのちゅち、いっぱぃ、はいってきちゃの」


 こあぃねぇ、とユウマは小さな声でつぶやいた。


 土砂崩れの事だ……。


 あの時の事、トラウマみたいになってたなんて気付かなかった……。

 僕は情けなくて、頭を殴られた様なショックを受けた。


「でもね、はるくんいっちょ、たのちかったの」

「楽しかった?」

「うん、またあしょぶの。にぃにもあしょぼ?」

「にぃにも一緒に遊んでいいの?」

「うん! にぃにいっちょ! うれちぃの」

「お水はもう怖くないの?」

「うん! にぃにもはるくんもいっちょ! こあくなぃよ!」


 にぃに、おみじゅこあぃ? ゆぅくんまもってあげりゅね! と、にっこりと笑みを浮かべて僕にすり寄ってくる幼い弟。

 ちゃんと見ているつもりでも、知らない事がたくさんあるなぁとまた落ち込んでしまったけど、この笑顔を見ていたらモヤモヤした気持ちが晴れていく様だ。


「もう遅いから寝よっか? ランプ消すね?」

「うん、にぃにおやちゅみなしゃぃ」

「おやすみ、ユウマ」


 ランプを消し、小さくてやわらかいユウマを大事に抱えて、僕は目を閉じ眠りについた。






*****


「いらっしゃいませ! あ、ハワードさん! こんにちは!」


 店の扉の鐘がチリンと鳴り、扉が開くと見慣れた優しい顔が。

 カウンター席でも大丈夫かな?


「いらっしゃい。珍しいわね? ハワードさんが来るなんて」

「こんにちは。いやぁ、昨日は母がお世話になった様で、ありがとう」

「いえいえ! こちらこそ、ありがとうございます! フローラさんと楽しそうにお食事されてましたよ」


 昨日、ハワードさんの母・ソフィアさんがフローラさんに連れられてお店に来てくれた。歯が弱いって言ってたから、オリビアさんと一緒に食べやすいメニューを作ろうかと思案中だ。


「今日お邪魔したのはね、すまないが客としてじゃないんだよ」

「え? そうなんですか?」


 お客様じゃないと聞いて少し残念。でもどうしたんだろう?

 オリビアさんとはて? と顔を見合わせる。


「実はね、うちの牧場で作ってるコレをメニューに使ってもらえないかと思って……」


 そう言ってハワードさんが取り出したのは、容器の中でプカプカと浮かぶ白い塊。


「……あ! モッツァレラ!」


 スーパーで見た事ある! 食べた事はないけど!


「よく知ってるね! 本当は水牛の乳で作るんだけど、飼育が難しくてね。うちの牛たちの乳で作ってみたんだよ」

「なんだか丸くてきれいねぇ」

「チーズなんだけどね、まだ家族と従業員の子たちしか口にしてないんだよ。美味しいんだけど日持ちもしないから、どうやって売ろうかと考えてたら、母さんがあのお店に頼んでみたら? って言うもんだから……」


 ソフィアさん、凄い事を頼んできたなぁ……。ハワードさんも少し困り顔。

 でも、モッツァレラって美味しいんだよね?

 こういう時の鑑定メモ頼り……、ん! レシピ全部美味しそう!


「オリビアさん、モッツァレラのメニュー、このお店の材料で色々作れるんですけど……」

「あら! それなら作ってもいいわよ!」

「え? いいのかい? そんな簡単に……」

「いいのよ~! ユイトくんに絶対の信頼を置いてるの、私!」


 オリビアさんは店の材料で新しい料理が食べれると嬉しそう。

 フンフ~ン、と鼻歌を歌いながら、ハワードさん用にお冷を入れに行った。


「ハワードさん、このチーズ使ってもいいんですか?」

「え? あぁ、そのつもりで持ってきたから大丈夫だよ。断られると思ったけどね」

「ふふ、オリビアさん美味しいもの好きですから」


 ハワードさんから容器を受け取り、早速試作開始。

 他のお客様も興味津々だ。出来たらあの人たちにも感想を聞かせてほしいな。

 オリビアさんとハワードさんに聞いてみよっと。




 まずは簡単なトマトのカプレーゼ。

 トマトとモッツァレラをスライスして、交互に重ねてオリーブをかけるだけ。

 塩・胡椒は今回は無しにして、仕上げにバジルの葉を添えれば完成。


 あとモッツァレラをベーコンで包み、衣をつけて揚げればフライの完成。

 ベーコン無しも作っておこう。お好みでトマトソースを付けて。


 お店のメニューにあるトマトクリームパスタに、このモッツァレラを一緒に絡ませるだけでちょっと高級なカンジに仕上がった。


 ピザにも使いたいけど生地が無いから断念。

 あとはサラダにトッピングしても合うと思う。チーズフォンデュも美味しそうだな。

 生ハムもあればお酒に合うらしい。……ふ~ん、覚えとこ。




「お待たせしました! とりあえず今はこれだけですが……」

「まぁ~! このカプレーゼ? 簡単なのに見た目もいいわね~!」

「塩・胡椒を振ればもっと美味しいと思うんですけど、今回は無しで作ってみました」

「あのチーズがこんなに美味しそうになるんだね……! 驚いたよ!」

「冷めないうちに試食してみてください」


 二人に小皿とフォークを手渡すと、いただきます、と嬉しそうに手を伸ばす。

 後ろのお客様もチラチラとこっちの様子を窺ってるな。


「あのお客様たちにも少し試食してもらってもいいですか?」


 僕はもくもくと美味しそうに試作を頬張るオリビアさんとハワードさんに、小声でこそこそっと相談する。

 二人とも口を押さえながら、コクコク頷いてくれた。



「皆さん、よければ試食してくれませんか?」


 僕がそう言うと、皆さん嬉しそうに立ち上がってこちらに近づいてくる。

 口々にこれは美味しい、また食べたいとお褒めの言葉を頂いた。


 ハワードさんとオリビアさんは顔を見合わせて、何か決めた様だ。


「ハワードさん、このモッツァレラチーズ、お店と契約して頂けます?」

「えぇ、こちらこそ喜んでお受けします!」


 二人とも満面の笑み。

 どうやらソフィアさんの読みは当たった様だ。

 これでまた、お店の新メニューを考えなくちゃね。

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