第41話 フェアリー・リングと妖精さん


「ユイト、見てごらん。あれがフェアリー・リングだ」


 トーマスさんが指し示すその場所を見てみると、そこにはたくさんの茸が、まるで大きく円を描いたみたいに並んでいた。


「うわぁ……! かわいい……!」


 まるで絵本に出てきそうな光景だ。よく見ると、大小問わず、色とりどりに生えている茸がほんのり発光しているように見える。


「トーマスさん、あの茸……。光ってますよね……?」

「ん? ユイトも見えるのか? なら、気に入られた証拠だな」

「気に入られる? 何にですか?」


 気に入ったら光るの? 茸が?


「妖精だよ」


 え


「この森は、妖精の遊び場と言われている場所なんだ。まぁ、その姿は誰も見た事は無いんだがな? さっきの梟が案内した者しかお目にかかれない、珍しいものなんだよ」


 妖精……? 妖精って、あの絵本に出てくる羽が生えた可愛い妖精? あ、この世界は魔法があるんだから不思議ではないのか……! でも残念ながら、その姿は見えないみたいだ。


「妖精って存在するんですね…!? 茸の周りにいるんですか?」

「ん……!? ユイトの左肩に……、一人……、座ってるな……」

「へっ!?」


 驚きつつゆっくり左肩を見ると、淡い緑色の光を纏った、お人形みたいに可愛い小さな男の子が座っていた。

 蝶々みたいに綺麗な羽をゆっくりとはためかせ、にこにことご機嫌な様子だ。


「ユイトなら気に入られるとは思ったが……。まさか、姿を見せてくれるとは……。驚いたな……」


 そう言って、僕の左肩を凝視するトーマスさん。驚いている様にはあんまり見えないんだけど……。


「こんなに可愛いんですね……! 僕、初めて見ました……!」

「オレも初めて見たよ……。姿を見せるなんて滅多に……。いや、無いに等しいんだがな」


 落ち着いている様に見えたけど、これは凄い事だぞ……! と、トーマスさんも静かに興奮している様だ。 


 妖精は古い文献に書かれいる以外にその姿を見たという目撃談はなく、その姿も本当かどうか確認する術はないと言っていた。

 僕の肩に乗り、にこにこしてるこの子……。なんとなく、ハルトに似てるかも……? 甘いものとかあげたくなっちゃうな。

 妖精ってなに食べるんだろう? 聞いてみようかな。


「こんにちは、僕の名前はユイトです。きみの名前は、何て言うの?」


 話をしてみたくて、その妖精さんに声を掛けてみた。

 すると、目をぱちくりさせて、僕とトーマスさんの顔を見ている。


「文献にもあったが、妖精は名前を持たない……、と言うか、確認出来ないそうなんだよ。我々と同じ言葉も発しない。なんせ、こうやって人と会話する事がないからな。たぶんこの子は……。服に草と花の刺繍が入っているし、草花の妖精……、かな?」


 どうだろう? トーマスさんがそう訊ねると、そうだと言わんばかりに頷く妖精さん。

 意思の疎通が出来て、トーマスさんも妖精さんも嬉しそうだ。


「この子たちって、何を食べるんでしょうね?」

「妖精が何か食べるという話は聞いた事がないな……。それ以前に、こうやって見えるものじゃないからな」

「そっかぁ……。この子を見てたら、なんかハルトに似てるなと思って……。お菓子をあげたくなっちゃいますね」

「あ~! 確かにそうだな! もしかしたら食べるかもしれないな」


 今日は残念ながら何も持ってきてないから、今度作って持ってこようかな?


「ねぇ、お菓子食べてみる?」


 僕がそう訊ねると、なんだそれ? とでも言う様に首を傾げている。甘くて美味しいんだよ、と言っても伝わらない。ひたすら首を傾げるだけなので、今度会いに来るとき持ってくるね、と勝手に約束した。

 トーマスさんはこのやり取りが面白いらしく、ずっと笑いながら眺めていた。




 そろそろ帰ろうか、とトーマスさんが言うと、妖精さんがいやいや、と僕の髪を引っ張り駄々をこね始めた。

 その様子を見ていたトーマスさんは、ハルトというよりユウマに似ているな、とまた笑っている。


「また会いに来るからね。それまで待っててほしいな」


 そうお願いすると、しぶしぶといった様子で肩からふわりと宙に舞う妖精さん。


「今度はお菓子を持ってくるからね」


 バイバイ、と手を振り別れを告げる。

 行きと同じ様に、梟さんが帰り道を案内してくれた。トーマスさんはまたグミの実をあげていたので、僕も今度来たときは持ってこようかな。


 梟さんにも手を振り別れを告げると、梟さんは僕たちの姿が見えなくなるまで、じーっとこちらを見つめていた。



 森のアーチを潜ると、丘の向こうにハワードさんの牧場が見えてくる。


「トーマスさん、今日は素敵な場所を教えてくれてありがとうございます!」

「オレも久し振りに来たが、まさか妖精をこの目で見れるとは思わなかったよ。いい経験をした」

「最後はユウマにそっくりでしたね」

「ハハハ! そうだな、妖精も駄々をこねるんだと、勉強になったよ」

「帰ったら皆に教えてあげなきゃ!」

「そうだな。ハルトとユウマがもう少し大きくなったら、また連れてこよう」


 妖精さんと会えたよ、なんて言ったら、ハルトとユウマも見たいって言うだろうな~。あの子に会わせてあげたいな。もしかしたら友達になれるかもしれないし。

 そんな事を思いながら、トーマスさんと二人、のんびり歩いて帰った。







「二人とも、おかえりなさい!」

「ただいま、オリビア」

「オリビアさん、ただいま戻りました」

西瓜パステクもいい感じに冷えてるわよ。昼食の後に食べましょうね」


 ハルトとユウマの二人は、家の裏庭でパステクを飽きずに眺めているらしい。今日は僕の相手をしてくれなかったのに~、なんてむくれながらも裏庭に呼びに行くと、桶に入ったパステクをまたつんつんと触っている可愛い後頭部が目に入る。


「ハルト、ユウマ、ただいま~!」

「あ! おにぃちゃん、おかえりなさぃ!」

「にぃに! おかぇり~!」


 そう言って振り返った二人が、ん? と首を傾げて僕を見つめている。

 どうしたんだろ? いつもなら抱き着いてくるのに。


 二人は顔を見合わせて、もう一度僕の方を見つめ直した。


 ……いや、僕の肩を見つめ直した…?



「「ねぇ、おにぃちゃん(にぃに)」」



 そのこ、だぁれ?



 ……まさかとは思いつつ、ゆっくりと左肩を見ると、淡い緑色の光を纏ったお人形みたいに可愛い小さな男の子が座っていた。


 ……おかしいな。幻覚かな……?


 蝶々みたいに綺麗な羽を、ゆっくりとはためかせ、にこにことご機嫌な様子だ……。



「きみ、ついて来ちゃったの……?」



上機嫌でこくんと頷く妖精さんを、一体誰が責められようか……。


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