第20話 目覚めたスキルとお買い物


「…ユイトくん、それは食材だけ? それとも他の…、例えばこのコップの横には見える?」


 そう言って、オリビアさんは先程まで牛乳が入っていたコップを指差す。


「…いえ。食べられるものにしか、出てこないみたいです…」

「そう……。昨日は見えてなかったのよね? 今朝から急に…。なにかきっかけとかあったのかしら…」

「きっかけ…?」

「そう、なにか今までと違うことをしたりとか…。あとは、こうしたい! って強く思ったりとか?」


 今までと違うこと…。強く思ったこと…。あ!


「昨日、僕の作った料理を食べてもらって、皆美味しいって言ってくれたからすごく嬉しくて…! トーマスさんとオリビアさんに、僕の故郷の味を食べてもらいたいって、はやくお二人の役に立ちたいって思いました!」


 なんだか作文みたいだなと恥ずかしく思いながらもそう答えると、オリビアさんは小さい声でグゥッと唸りそのまま俯いてしまった。

 心配そうに僕とオリビアさんを交互に見るハルトとユウマ。

 無言のままのオリビアさん。


 さっきもした記憶があるな…、と思ったが、それよりもこの食材の横に浮かぶメモみたいなものが何なのか知りたい…!


「はぁ…。ごめんなさいね。ちょっと動悸が…」

「えっ!? 大丈夫ですか? 横になって休んでください…!」

「おばぁちゃん、どこか、いたいですか?」

「ばぁば、いたぃたぃ?」

「あら! 違うのよ~! ごめんね心配させて~! ちょっとユイトくんの言葉が嬉しかっただけだから~!」


 オリビアさんはそう言いながら、慌ててハルトとユウマを撫でている。

 その様子に、二人はホッと安心した様に肩の力を抜いた。


「ユイトくんの見えてるものはおそらく“鑑定”だと思うわ……。でも食材にしか見えないってことは、まだスキルに目覚めたばかりなのかもしれないわね……」

「“鑑定”…、ですか?」

「そうよ。冒険者ギルドや商業ギルドにも、“鑑定士”っていう役職がいるんだけどね? 魔物や薬草を持ち込まれても、傷だらけで商品に出来ないものや偽物があると困るでしょう? それをきちんと証明したり、他にもより質の良いものを判別出来たりね。商人なら誰でも欲しがる能力よ」


 確かに、すごく便利だもんなコレ……。


「そんなに凄いものなんですね…。でも食材の名前とか、レシピくらいしか分からないので…」

「そうねぇ。まだはっきり分からないし、トーマスが帰ってきたらまた話しましょ。あと、この事は誰にも言わないようにね? ハルトちゃんとユウマちゃんもよ? おばあちゃんと約束してくれる?」

「ぼく、やくそく、できます…!」

「ゆぅくんも! なぃちょ…!」


 二人とも小さな掌を自分の口元にあててこくこく頷き、小声でヒソヒソ話をするように約束してくれた。

 僕も誰にも言いません、とオリビアさんに約束した。






*****


 朝食を終え、足りなくなった食材の買い物へ向かう。

 僕の練習に付き合ってくれる形になるけど、ハルトとユウマも楽しそう。オリビアさんがいつも使う買い物用の籠を用意して、早速この村の店通りへ。



 この国の貨幣価値は、昨日オリビアさんにきちんと教えてもらった。

  

  ・鉄貨=10G

  ・銅貨=100G

  ・銀貨=1,000G

  ・金貨=10,000G

  ・大金貨=100,000G

  ・白金貨=1,000,000G


 最初は分からなかったんだけど、鉄貨一枚10ギル=10円だと思ったら、すんなり頭に入ってきた。

 ユウマの好きなロールパンが一つ20Gで鉄貨二枚。

 大きなキャベツが一つ100Gで銅貨一枚。

 日本の値段に換算したら、かなり安いんじゃないかな?


 牛乳・チーズ・生クリームの乳製品は、村の外れの牧草地で酪農をしているハワードさん一家が作っているらしい。

 ハワードさんは牛の他にも馬と羊を飼育していて、荷運び用の馬を貸したり、畑の土を耕すのに雄牛を貸したり、羊の毛を売ったりして村の人はかなり助かっていると教えてくれた。

 だけど牧場は少し遠いので、村の中心地でお店を開いているという。



「あれ? オリビアさん、いらっしゃい!」

「こんにちは! ハワードさんはいらっしゃる?」

「はい、ちょっと待っててください! 父さぁ───ん!!」


 お店にいたのはハワードさんの息子さんで、僕より少し上くらいの男の子。

 僕たちを店内に残して、ズンズンと店の奥に行ってしまった。少し待って出てきたのは、髭の似合うがっしりしたおじさん。


「オリビアさん、いらっしゃい。ん? この坊ちゃんたちは?」

「うちで一緒に暮らすことになったの。皆、自己紹介してくれる?」

「はじめまして、ユイトです」

「えっと、ぼくの、おなまえは、ハルト、です」

「ぼく、ゆぅくん!」

「末っ子のユウマです。数日前からオリビアさんの家でお世話になってます。よろしくお願いします」


 三人で一緒に頭を下げると、ハワードさんは笑ってよろしく、と握手してくれた。

 先程お店にいたのはハワードさんの息子さんで、16才のダニエルくんというらしい。上にも二人お兄さんがいて、君たちと一緒だなと言ってハルトとユウマの頭を撫でていた。


「もうすぐお店を再開しようと思ってね? ユイトくんが手伝ってくれることになったから、挨拶をしに来たのよ」

「買い出しは僕が担当するので、よろしくお願いします」

「わかったよ! 美味しいもの揃えてあげるからね!」

「はい、頼りにしてます!」


 挨拶を終え、ハワードさんのお店で予定通り牛乳を購入。

 ハルトとユウマもここの牛乳が大好きだと伝えたら、お店で牛乳を飲ませてくれて、さらにチーズもサービスしてくれた。

 ユウマはすっかりハワードさんを気に入ったらしく、買い物が終わってお店を出てもずっとハワードさんに手を振っていた。



 そして卵を買うためにもう一軒のお店に向かう。

 鶏は一日に一つしか卵を産まないから、何百羽も飼育してるんだって。この養鶏場も村の外れにあるから、採れた卵を売るのにハワードさんの所と同じ様に村の中にお店を作ったみたい。


 ハワードさんのお店を出てすぐに、そのお店は建っていた。

 お店にいたのは腰の曲がったおばあさん。


「オリビアさん、いらっしゃい。あらあら、今日は可愛い坊やたちを連れてるねぇ」


 笑うと目尻に皺が寄って、すごく優しそうな雰囲気の人。先程と同じように自己紹介をして挨拶を交わす。

 おばあさんの名前はフローラさん。養鶏場は現在、息子夫婦と孫夫婦が経営していて、フローラさんはお店でのんびりさせてもらってると笑ってた。


「しかしまぁ、三人とも可愛らしいねぇ。トーマスさんが子供を可愛がってるって聞いてどんな子か興味があったのよぅ」


 そう言って、ニコニコとハルトとユウマの頭を優しい手つきで撫でてくれる。

 噂を流したのはたぶんエリザさんだな、と僕の直感が訴えていた。


「お店が開いたら寄らせてもらうわねぇ。でも、こんなおばあちゃんでも食べれるものあるかしら?」

「大丈夫よ~! ユイトくんすごくお料理上手なの! きっとフローラさんも気に入ると思うわ!」

「おにぃちゃん、おりょうり、とっても、じょうず! だいじょぶ、です!」

「にぃにのふるちゅちゃんど、おぃちぃのー!」

「ふる…? ごめんねぇ、それは美味しいの?」

「あ、フルーツサンドですね。生クリームとフルーツをパンで挟んでるんです。今日はライ麦パンで作ったけど、ロールパンか白パンの方が柔らかいので、そっちの方が食べやすいかもしれないです」

「おにぃちゃん、ぼく、たまごの、たべたい、です」

「ふふ、家に帰ったらね? そうだ! フローラさんのお店の卵で作った玉子サンドも味が濃くて美味しいんですよ!」

「あらぁ、うちの卵も使ってくれてるのねぇ。それはお店で食べれるのかしら?」


 そう聞かれてハッとした。つい話してしまったけど、オリビアさんのお店なのに勝手なことは出来ない。

 一瞬どうしようと焦ったんだけど…、


「お料理はユイトくんに任せようと思ってるから大丈夫よ~! 本当に美味しいの! 今朝もお替りしちゃって…!」

「あらぁ、そうなの? いまから楽しみにしておこうかしらねぇ」



『ユイトくんに任せようと思ってる』



 そう言って、オリビアさんがフローラさんと笑顔でやり取りするのを見て、もっと美味しいって言ってもらえる様に努力しようって、僕は密かに決心した。


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