第11話 廃迷宮で実戦です
ウィル様が生き返って、約一か月が経った。毎日の鍛錬のおかげで、細かった身体にはほどよく筋肉がつき、毎朝素振りする剣は順調に重くなっていっている。
すでに天井まで達していると思われたカッコよさが、さらに高まってしまったのは気のせいじゃない。
これで冒険者になり、高ランカーになってしまったら女性たちが放っておかないだろうな。一抹の不安が胸に宿る。
「ハク、手合わせを願えるか」
「うん。よろしくね」
二人が剣で打ち合うのを見ていると、力では圧倒的にハクが優勢だが、技でいうならウィル様だって負けていない。静かな聖樹の森に、キィンと剣がぶつかる高い音が何度も響く。
私は身体に魔力を纏わせる身体強化を使って弓や杖を使うけれど、ウィル様は魔法を禁止されているから自力で剣を振るうしかない。
慣れるまではだめだと、ハクはウィル様に魔法を教えなかった。
とはいえ、独学で学んでしまったウィル様は、薪割りなら風魔法でできるようになっている。才能っておそろしい。
毎朝薬草を取りに行くのも手伝ってくれて、一緒に魔法道具を作ることもあり、とても平和な日々を送っていた。これって理想的な暮らしなんじゃないかって思うほどに……
私はというと、この一か月で二回商人ギルドに顔を出した。皆、私の成長に驚きつつも喜んでくれて、受付のお姉さんには泣かれた。「もしかすると一生ちびっこなんじゃって心配だったの」と。
仕事以外で話をしたことはなかったのに、そんな風に心配してくれていたなんて意外。ちょっとうれしい。
リクアは
私の身長は、リクアの顎の位置くらいにはなったはずだ。どんな反応を見せるか、楽しみ。
そんな平穏な人を送っていたこの一か月だけれど、秋も深まってきたある日「そろそろ実戦がしたい」といいだしたウィル様のために、私たちは身体を慣らしに近くの洞窟に行くことにした。
普段は聖樹の森からあまり出ないハクも、「心配だから」とついてきてくれることに。家を破壊した前科のある私たち二人を、野放しにはできないみたい。それに対して返す言葉はない。
「意外と近いんだな、
ウィル様が驚いて目を瞠る。
聖樹の森から少し離れた場所にあるここは、かつて迷宮だったものが枯れてただの洞窟になった
「活動している迷宮じゃないから、腕試しにはぴったりなんです」
迷宮は、地下深くに魔核と呼ばれる不浄な魔力を放つ石があり、それが源になり魔物が湧くスポットだ。なぜ発生するのか、なぜ魔物が湧くのかは誰も知らない。
世界中に迷宮はあり、その数は常に百。魔核を壊して迷宮を枯らしても、またどこかで迷宮ができてしまうから終わりは来ない。
私たちが今いる洞窟は枯れた
私とウィル様、ハクがいればそこいらの高ランクパーティと変わらないレベルだから、日帰りでちょっと腕試しをというつもりでやってきた。
「荷物はそれだけ?」
ウィル様が軽装の私を見て不思議そうな顔をする。
でも私の軽装はいつものことだ。
「はい。このポシェットが、ログハウスの倉庫に繋がっているんです」
私が下げている茶色い革のポシェットは、魔法道具である。
転移魔法陣を応用したもので、家の倉庫と繋げているから、移動中も自由に倉庫の物を出し入れできるのだ。水も食糧も、着替えも、武器も、倉庫に入っている物は全部ポシェットから取り出せる。
説明すると、ウィル様は「へぇ」と感心した。
「魔女はすごいな」
「でしょう?」
うれしくなって頬が緩む。ハクはどんどん先に進み、私たちの会話は聞いていない。久しぶりの狩りだから、ハクは獣人の本能が疼いているんだろう。いつもは冷静なハクが、積極的に剣をふるっている。
「えっと、今日は十階層の迷宮を全部探索します」
「わかった」
ウィル様は真剣な表情で前を向く。
でもこのままでは、先をいくハクがどんどん魔物を狩ってしまって、ウィル様の訓練にならない。
「ユズリハは無茶しないで、絶対にケガのないように」
「……はい」
そういえばまだ言っていない。私、多分ウィル様より強いってことを。
何となく言いそびれた私は、ひんやりした洞窟の中をウィル様の後ろにくっついて歩いた。
薄暗い洞窟は、ゴツゴツした岩肌の天井が三メートルくらいあり、ときおりコウモリが飛んでいく。これは普通の動物で、魔力を糧にしている魔物ではない。
「ユズリハは迷宮に入ったことは?」
「何度かは。でも深部にまでは行ったことがありません」
私は目印として、魔法で練った
「ユズ、下がって」
「はい」
私が少しでも前へ出ようとすると、ウィル様は眉を顰める。
心配してくれているのはありがたいけれど、私はまたウィル様が冥界行きになったらと思うと気が気でない。
そんな私の気持ちを察した彼は、少し振り返ってクスリと笑った。
「恩返しするまでは死ねないさ」
「それは……」
タマゾンさんは、「恩返しって言うなら結婚してもらえば?」と軽く言っていたけれど、そんなこと言えるわけもなく。私は曖昧な笑みで返した。
七階層までは何の問題もなく進み、そこでようやくハクに追いついた。
「ユズ、ここからはウィルにがんばってもらおう」
大きな扉の前でハクはそう言った。どうやらこの中に、オークが巣を作っているらしい。
「オークにユズが見つかったら食べられちゃうかもしれないからねぇ。絶対に全部倒してね」
ハクがさらりと恐ろしいことを言う。オークは獰猛で、女であれば種族を問わずに襲ってくるから恐ろしすぎる。まぁ、ウィル様が倒せなくても、私ならオークごとき風魔法でみじん切りにできるんだけれど。杖でも殴って倒せるけれど、それはウィル様に見られたくない。
「絶対にユズには指一本触れさせない」
「ウィル様……!」
頼もしい言葉にキュンとなった。ハクはニコニコ笑っていて、その心は読めない。
「さぁ、扉を開けるよ!」
――ギィィィ……
重い扉を開けると、中で食事中だったオークが七体。一斉にこちらを振り返った。
ぎろりと鋭い目、豚のような顔で鼻息が荒い。二メートル級のオークが七体いるとは、廃迷宮と侮って突き進んだDランクパーティーなら壊滅しかねない状況だ。
ウィル様は颯爽と前に出て、まずは一体に斬りかかる。
「ぐぎゃぁぁぁ!」
私はウィル様のポケットが光っているのを見て、耐物理攻撃の魔法陣を描いた懐中時計が作動していることを確認する。
「なんか、圧倒的だね」
「そうね。ウィル様強い」
ぼんやり見ているうちに、ものの数分で七体すべてが片付いてしまった。ハクはさっさと魔法のリュックの中にオークの肉を放り込んでいく。
――ドサッ……。
最後の一体が地面に沈むと、私はパチパチと手を叩いてウィル様に近づいた。
「すごい!早かったですね!」
私は一対一なら負けないし瞬殺できるけれど、乱戦はあまり得意ではないから、ウィル様は本当に強いと思った。私が強い肉体を作ったからというわけではなく、剣のセンスがあるんだろう。
「さすがに緊張した」
振り返った笑ったウィル様は、ほっと息を吐きだした。魂期間を入れると二年ぶりの実戦。いくら腕に自信があっても緊張するのは仕方ない。
「これで今日はおいしい焼肉が食べられるね!」
ハクはご満悦だった。そして私は気づいた。彼がオークが寄ってくるお香を焚いて待っていたことを……
「そろそろお肉が食べたかったんだよね」
お料理男子のハクは、どうやらこのためにここに来たようだ。
まさかウィル様の実践はついで?
七体は集めすぎだろう、じとっとした目を向けるけれど、ハクは鼻歌交じりに先は進んだ。
「ユズリハ?」
ウィル様が私のことを心配そうに見ている。
「怖かったか?俺の実践練習に付き合わせてすまないな」
怖いです。ハクの食に対する強硬姿勢が怖いです。
「ウィル様、まだまだお肉が集まってきますけれどがんばってくださいね」
「あぁ、わかった」
くしゃっと笑ったウィル様は、生き生きとした顔をしていた。
長剣を握りなおすと、ハクの向かったさらに下の階層へとつながる階段を下りていく。
「ユズ」
「?」
スッと左手を差し出され、私は意味がわからず小首を傾げた。
「危ないだろう、階段」
「え」
洞窟内の階段はぬるっとしていて確かに滑る。でもこんな風に手を差し伸べられるなんて思ってもみなかった。
左手に
「この下には何がいるんだろうか?」
私は今にも心臓が爆発しそうなくらいドキドキしているのに、ウィル様はすでに次の魔物のことを考えていた。ちょっと複雑だわ。私のこと、未だに子供だと思っているのでは。
私の恋と違い、二人分の足音は順調に八階層に進んでいった。
初めての廃迷宮は何の問題もなく踏破でき、ウィル様は十分実戦で戦えるだろうとハクがお墨付きをくれた。
「これで冒険者登録ができるな」
ハクの許可がないと冒険者になれないなんてルールはない。でもウィル様の、ハクへの信頼は厚かった。
「剣をどうにかしないとね。ミスリルソードでも作ろうか」
刃こぼれしたウィル様の剣を見て、ハクは言った。持ち主のパワーに剣がついていっていない状態らしい。
私の
私たちは三人で街へ向かう。
ウィル様と一緒に街に出るのはこれが初めてだ。
「ウィル様、私以外の女の人についていっちゃだめですよ?」
思わずそう忠告すると、ウィル様はクツクツと笑った。そして、いたずらな目をして冗談を言う。
「それは妬いているのか?」
「っ!」
指摘されると急に恥ずかしくなってしまう。
歩きながら俯くと、ウィル様は笑いを堪えながら私の銀髪をポンポンと撫でた。
「この顔はこの国に向かないと、タマゾンさんが言っていたじゃないか」
私とハクは思わず真顔になる。
「「鏡見た?」」
勘違いは払しょくされていなかった。自分のかっこよさに気づいていないウィル様、残念……!
「いっそ覆面冒険者として、顔を見せずに生活するのはどうかなぁ?」
「ハク、それじゃあまりにかわいそうよ」
「俺の顔はそこまでひどいのか?」
ウィル様が悲しそうな顔をした。だめだ、そんな顔もかわいい。
これはもう仕方ない。実際に女性たちの反応を見てもらった方が、自分がいかに美形なのかわかるかもしれない。
「覚悟はしておいてくださいね」
「わかった」
森を抜け、街に出ると道行く人が明らかにウィル様を見て唖然としていた。特に女性は皆「え!?」と驚きを露わにする。見たことのないレベルの美形が歩いてきたんだ、びっくりするだろうなと思う。
ウィル様をちらりと見上げると、女性たちのことなんて目に入っておらず、楽しそうに周囲を見回していた。
「にぎやかな街だな!活気があって、きっといい国なんだろうな」
行き交う荷馬車や人々、ウィル様にとって異国であるここは物珍しもので溢れている。楽しそうなのは何よりだけれど、あなたを見て女性たちが黄色い悲鳴を上げていますよ?
冒険者ギルドまで歩いていくほんの十五分程度で、すでに遠巻きについてくる女性まで出てきていた。このままギルドまで行って大丈夫かな。一抹の不安がよぎる。
だいたい、ハクもいるからさらに目立つんだよね。
いかにも王子様っぽい品のあるウィル様と、ちょっと陰のある雰囲気があるハク。タイプが違う二人の美形と一緒に歩く私は、好奇の目にさらされる。
「なんなの……?美形を二人も連れて、魔女ってそんなに偉いの?」
「なんかおかしな薬でも盛ったのよ」
ああ、すごく不名誉なことを囁かれている。これ、絶対に聞こえるように言っているよ。
私はひそかに落ち込んだ。
これまで街に馴染めるようにがんばってきたのに、美形を侍らせる魔女として悪評が立ってしまったようだ。これからまじめに生きていくことで、なんとか挽回しなくては……!
冒険者ギルドに到着すると、ガヤガヤと騒がしい荒くれ者までがウィル様を見て絶句する。
でもウィル様はそんなことを気にも留めず、受付のカウンターへズンズン進んでいった。
「登録をしたいのだが」
「はっ、はい!!」
受付のお姉さんがぎょっとした顔で立ち上がる。バックヤードにいたスタッフも、扉の隙間からこちらをのぞいていた。
「ここに、お名前と職業、年齢、連絡先を記載してください」
「連絡先?」
「あ、ウィル様。それは
連絡先は、自宅か滞在先の宿の名前なんかを書くところだ。ウィル様はうちに住んでいるから、必然的にそうなる。
さらさらと必要事項を記入したウィル様は、受付のお姉さんにそれを渡した。
名前はウィル。職業は剣士となっている。
ウィルグランと書かなかったのは、これから新しい環境で生きていこうという気持ちの表れなのか。何となく、聞くのは
ウィル様はまったく泣き言なんて言わないし、つらい顔を見せようとしない。本当に納得できているんだろうか。そんなことをふと思う。
顔を覗き込むと、菫色の瞳がちょっと淋し気に見えた。
もしかすると、まだ心が追いついていないだけかもしれない。
心配になり、カウンターで登録を待っているウィル様の手をぎゅっと握ってみた。
「……ユズリハ、どうした?」
「いえ、何も」
その手が振り払われることはなく、少しだけ握り返されたことに安堵した。
「お待たせしました」
お姉さんの声に、私は慌てて自分の手を引き抜く。
ものの数分でウィル様の冒険者登録は終わり、情報の入ったプレートが発行された。
「こちら、無くさないでくださいね」
お姉さんがそう言ってプレートを手渡すと、ウィル様は少し微笑んで「ありがとう」と言った。
しまった、神々しい微笑みを見られてしまった。
「ありがとうございました!さよならっ!」
私は慌ててウィル様の腕を取り、その場から引き離す。
「ユズ?」
ウィル様は不思議そうに私を見る。でも私は、お姉さんがウィル様に恋しちゃったら困るので、急いでこの場から遠ざけたかった。
それに、まだやることは終わっていない。
「さっそくですが、ギルドの昇級試験を受けましょう!」
最初はFランクからのスタートになるけれど、ギルドマスターや幹部と戦う昇級試験を受けると、Cランクまでジャンプアップできるのだ。
さすがにウィル様がFランクっていうことはないと思うので、私とハクは試験を受けさせようと事前に決めていた。
すぐに二階のカウンターに移動し、そこで試昇級験の申し込みを行う。
今日は運よくギルドマスターがいたので、筋骨隆々のマスターに試験をお願いした。
「あはははは!よく来たな!ユズリハも試験を受けないか?」
「冗談はやめてくださいよ。私はDランクでいいんです」
私は冒険者ではなく生産者。商人ギルドで高位ランクなので、冒険者ギルドでランクを上げる必要はない。
Dランクさえ取っておけば、登録が抹消されることはないからだ。Fだと一年間依頼を受けなければ抹消されてしまって、再登録は銀貨一枚がかかる。それに、再登録は二回までと決まっている。
「さて、ウィルといったか。どれほどの腕前か見せてもらおう」
広めの闘技場に向かい、マスターとウィル様は互いの剣を抜いた。
試験の内容は、一対一の模擬戦。ケガをしても無料で治してもらえるが、
「無茶しないでね~、がんばれ~」
ハクが呑気に手を振ってウィル様を応援する。ハクは気功術で多少の治療はできるが、私は回復系の魔法はあまり得意でなく、錬成術で回復薬を作る方が得意だ。
ウィル様自身は回復魔法をまったく使えないから、戦闘中に回復は不可能。本当に無茶しないでもらいたい。
「ウィル様!応援してます!」
私が叫ぶと、手を上げて返事をしてくれた。
準備運動なんだろうか、ギルドマスターがごきごきと首を鳴らしていて怖い。
「さぁ、はじめるぞ!」
「はい!!」
ウィル様の顔つきが一気に変わる。
ドキドキしながら見守る私の前で、昇級試験が始まった。
闘技場に響く剣の音。
元Sランク冒険者のギルドマスターは強い。ウィル様は本気で斬りかかるけれど、マスターの顔には余裕がある。
「どうした?もっと本気でかかってこい!」
「くっ……!」
おそらく経験値が違う。太刀筋も動きも読まれていて、ウィル様は苦戦を強いられていた。
打ち合いは長い間続き、地面には汗がしたたり落ちる。
「ウィル様……!」
――キィンッ……。
模擬戦用の剣が折れ、地面に突き刺さる。ウィル様の負けだ。
「ふむ。ムダのない動きはよかったぞ」
「あ、ありがとうございます」
汗だくのウィル様に対し、マスターはまったく汗をかかずに軽くいなした感じだった。さすがは元S級、熟練度が違う。
「マスター!ウィル様はどうでした?」
私が尋ねると、彼はニカッと笑ってくれた。
「大丈夫だ!これならCランクを与えてもいい」
「やったぁ!」
思わず飛び跳ねて喜ぶと、ウィル様はほっと一息ついた。だがその表情は悔しそうで、またいつか再挑戦しそうだなと思った。
「ウィル様、また腕を磨いて再戦しましょう?」
「あぁ、そうする」
しかしマスターは嫌そうな顔をした。
「いや、そういうのやってねぇから。これは昇級試験だから」
「ええ~、そんなこと言わずに」
私がお願いしても、マスターは呆れて笑うだけ。どうやら本気でやりたくないらしい。
「俺はもう引退したんだよ。そういうのはシェルダを当たってくれ」
シェルダは現役のS級冒険者の剣士で、リクアがよく一緒に組んでいるパーティのひとり。後進の育成も好きな面倒見のいいタイプのお兄さんで、自由気ままな冒険者が多い中でちょっと変わった存在だと一目置かれている。
「今日、迷宮から帰ってくるはずだぜ?そろそろ三階で報告に来てるんじゃないか」
そういえば、成長してからまだリクアに会っていない。これはウィル様の紹介も兼ねて、挨拶をしておかねば。
私はウィル様とハクを連れて、成果報告を行うカウンターがある三階へと移動した。
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