魔女は初恋の王子様を生き返らせて幸せになります!

柊 一葉

第1話 はじまりのとき

 十七歳。

 それは、魔女にとって特別な節目。


 魔力が安定し、魔力量の成長が止まる年齢だ。

 難易度の高い魔術式を使えるようになるかどうかは、この十七歳までにいかに真剣に取り組むかで決まってくる。


 私、ユズリハは、夏の終わりに十七歳を迎えた。

 聖樹の森で暮らす銀杖ぎんじょうの魔女だ。


 この世界に魔女はたくさんいるけれど、聖樹の森に住んでいて銀杖ぎんじょうの魔女と呼ばれる「魔女の始祖」の末裔は私だけ。


 一年に一度、聖樹の森に雫があふれる”氾濫の日”に、魔法陣を描いて森を守るという使命がある。

 夏になると淡いグリーンに光る大粒の雫が森に溢れ、私が聖樹の根元に描いた魔法陣がそれらをすべて吸収する。


 神秘的で、見ている分にはとても美しい光景だけれど、雫が森から溢れると強すぎる魔力にあてられて人々が苦しんでしまうらしいから、銀杖ぎんじょうの魔女はこの世界になくてはならない。


 代々受け継がれてきた一メートルほどの銀色の杖は、私たち一族が聖樹の森を守る者であるという証。

 まばゆい銀色は、私の髪とおそろい。


 長い銀髪に黒い瞳。


 魔力量を増やすための術をかけられたせいで、十七歳なのに身長は130センチ。


 見た目は、完全に十歳児である。


 街で「かわいいね」と言われるたびに切なくなるけれど、これも十七歳になったら自然に術が解けると聞いているから実はそれほど深刻にとらえていない。



 かつては恐れられた銀杖ぎんじょうの魔女だが、今ではすっかり街の人に受け入れられて馴染んでいる。


『いいかい?ユズ。この魔法陣は修業を終えて、十七歳になるまでは使っちゃいけないよ』


 祖母が授けてくれた、呪文が二重に描かれた七色に光る魔法陣。

 それは、代々受け継がれてきた魔女の秘術だ。


 私は物心ついたときからずっと修業を続けてきて、次に生まれ変わるなら絶対に魔女は嫌だと思うほど過酷だった。


 あるときは魔物を素手で捕獲し、あるときは二十四時間耐久の魔法陣写しトレース……

 そうだ、血濡れ熊ブラッディベアーとの追いかけっこはハードだった。


 祖母もきびしかったけれど、母はさらに上を行くきびしさで、魔女式詰め込み教育の結果が今の私。


 母も祖母もいなくなってしまったけれど、何とか十七歳を迎えることができたので、今日から私は名実ともに銀杖ぎんじょうの魔女となった。


「やっと、会える」


 今、私が願っているのはただひとつ。

『初恋のあの人に逢いたい』ということ。


――ザッ……ザッ……。


 銀杖ぎんじょうを手に、聖樹の森で大きな魔法陣を描く。


 大人が三人は入れる大きさの魔法陣を、特製のインクで丁寧に描き上げた。

 祖母が私に残してくれたこの秘術は『会いたい人に会いに行ける転移魔法陣』。


 転移魔法陣は魔女の中でも一握りしか扱えず、しかも移転先に魔法陣を描いていないのに転移できるのは今から使う銀杖ぎんじょうの魔女の魔法陣だけ。


 十七歳まで使用を禁じられていたのは、膨大な魔力を必要とするためだ。


「ウィル様、どこにいるのかなぁ」


 十年前、私の七歳の誕生日。泣きながら馬車を追いかける私に、遠ざかっていく王子様は言ってくれた。


『絶対また来るからな!!』


 彼は三つ上だったから、もう二十歳になっている。

 ずっと会いたかった。

 ずっと想っていた。


 魔女の成人は十七歳。

 修業を終えて、そのときにウィル様がまだ迎えに来てくれていなかったら、自分から会いに行こうって決めていた。


 王子様がどんな生活かは知らないけれど、国を治める立場なのだからきっと忙しいはず。


 私から会いに行こう。


 もちろん、嫌な想像が頭をよぎることもある。


 忘れられている?もうほかに恋人がいる?

 脳内ではいろんな声が聞こえるけれど、悲しい可能性はいったん全部忘れてしまうことにしよう。


 だって祖母が言っていたの。

「事実は予想をはるかに超えることがある」って。

 完成した魔法陣は、今まで描いたどの魔法陣よりも美しかった。


「できた!」


 土の上に描いた魔法陣。

 二時間かけて完成させたその中央に、私は背筋を伸ばして立つ。


「さぁ、私をあの人のところに連れていって!」


 祖母に教わった呪文を唱えると、魔法陣は私の魔力を吸収して七色に輝きだした。

 温かい風が魔法陣から巻き起こり、ポニーテールにした銀色の髪がふわりと舞い上がる。


 ようやくあの人に会える。


 例え彼がいる場所がこの世界の裏側だって、地の果てだって一瞬にして転移できるはずだ。


 目を閉じて、再び開けると、きっとそこには彼の姿はある。

 ドキドキする胸を深呼吸して落ち着かせた。


――シュンッ……。


 七色の光と足元から吹いていた風が収まり、肌に触れる空気が変わったことを感じて私は目を開ける。


 転移は成功していた。

 そう、成功している……よね?


「………………え」


 目の前に広がるのは、真っ白な空と黄金色の巨大な門。

 扉の脇には通用口があり、そこに座っている守衛のウサギ獣人は数年前から私と顔見知りだ。


 知っている。

 私はここを知っている。

 だって、先週も来た。


「あれ?ユズリハ、今日はちょっと色の違う魔法陣だったね。術式やインクを変えた?」


 ウサギ獣人が興味津々といった表情で尋ねる。


「なんで?」


 膝から崩れ落ち、唖然とする私。何でこんな場所についたのか意味がわからない。わかりたくない。


ーーカランッ。


 銀杖がするりと手から抜け落ちる。


 ぺたんと座り込んだ私の周りには、ふわふわと白い人魂が集まってきて、まるで私の顔をのぞきこむように斜めに傾いた。


 長い耳をぴょこぴょこと揺らすウサギ獣人は、不思議そうに私を見る。


「ユズリハ?今日も魔法道具の納品?先週来たばかりだよね」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、問いかけに答える余裕はない。

 目に映る景色が信じられず、ぽかんと口を開けたまましばらく時間を消費した。


 そして、ようやく口から漏れた言葉は疑問ばかりだった。


「なんで?どうして?」


 誰に尋ねるでもない、無意味な言葉がポロポロと零れる。


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。こんなの絶対にありえない!


 ねぇ、私の好きな人は?


 王子様はどこ!?


 なんでこんなところにいるの!?


 大きく息を吸った私は、宙に向かって十年分の想いを吐き出す。


「なんで冥界に着いちゃったのぉぉぉ!?」


 銀杖の魔女、ユズリハ。

 魔法陣で好きな人のもとへ転移したら、そこは冥界でした。

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