1044. 不思議と言えば


「フミカッ!?」


 顛末を見守ったベンチのシルヴィアは、痛ましい声色で彼女の名を叫ぶ。


 ほぼ同着だが、先に触ったのは横村。ボブカットの頂部を突き出し、素早い出足でクリアを試みる。そのコンマ数秒後、文香が突っ込んだ。


 派手に接触し、二人の身体はフローリングコートへ叩き付けられた。男子顔負けのパワフルな空中戦に、アリーナはどよめきで包まれる。


 そして、数秒後――。



「……っしゃああああ!!」

「ううぉおおお決まったああああ!!」


 一転、歓喜に沸く山嵜サイド。

 零れ球がネットを揺らす。


 横村のヘディングはノータイムで文香の胸元へ着弾。跳ね返りがそのままゴールへ吸い込まれた。一度サイドに膨らんで、ゴールへ向かい切れ込むように走っていたおかげだろう。


 歓声のなかコートに突っ伏したままの文香へ、力強いガッツポーズを拵えたノノと真琴が駆け寄っていく。遅れて歓呼の輪に混ざると。



「おい文香ッ……? 大丈夫か!?」

「うえぇぇぇぇ気持ちわるぅぅ~……」


 頭を打ったかと一瞬焦ったが、どうやら違うらしい。お腹を抱え、荒い呼吸で死にそうな顔をしていた。


 横村も横村で、座ったまま右脚の膝辺りを気にしている。なるほど、交錯した拍子に鳩尾へ決まったのか。良かった、怪我ではなさそうだ。


 試合は一旦ストップ。主に横村の状態確認と併せ、相模が副審に話し掛けているところを見るに、チャレンジも入ったのだろう。



「お前って奴はホンマ……ようやったなぁ文香」

「にゃははははっ……あーゲロ出そ~……」


 状況が状況なだけに、当人も今一つ手応えが無さそうなのは残念だが。転じて文香らしいゴールと言えるのかもしれない。担架を待つ間、頭を撫でてやると満足そうに微笑むのであった。


 間もなくベンチへ運ばれて行くと、審判団もブースから戻り山嵜側のコートを指し示した。ゴールも認められたようだ。



「世良さん戻れますかね?」

「ただの腹痛ならええけどな。ヒビでも入ってなけりゃ……どちらにせよ、あの頑張りを無駄には出来へんで」

「ですねっ……! 無失点記録も止めたことですし!」


 電光掲示板に刻まれたスコアを眺め、ノノは鼻息荒く応える。そう、町田南は今大会ここまで無失点。


 加えて、あれだけ苦戦していた横村佳菜子の牙城を遂に破ったわけだ。セカンドセット相手の時間帯だったとは言え、0点と1点では大違い。



「兄さん。このあとだよ……!」

「ああ、分かってる。畳み掛けるぞ!」


 小さい声量で、しかし真っ直ぐな目線で真琴は訴える。彼女も肌でを感じたのだろう。


 この試合、もうロースコアでは終わらない。

 次のゴールはすぐに決まると――。

 


【前半07分01秒 世良文香

 山嵜高校1-1町田南高校】


【in/out 世良文香→シルヴィア】



 ベンチに下がるまで文香の詳細は分からないが、窺うに脳震盪の心配も無さそうだ。横村も痛めた様子は無く、交代はシルヴィアのみ。


 同点後もやり方は同じ。俺とシルヴィアが両アラを牽制し、ノノがフィルター役となる。支配率は町田南に分があれど、チャンスは山嵜の方が多い。


 失点を機に変化を付けて来るかと思ったが、町田南ベンチは動かなかった。いや、動くに動けないのかも。



「ノノ先輩ッ!」

「お任せをォォ!!」


 敵陣左サイドの攻防。

 ラインをなぞる兵藤の縦パスに、ノノが食い付く。


 対峙する6番は先ほどから、明らかにノノへ苦手意識を持っていた。恐らくシンプルに叩いてリズムを作りたいのだろうが、素早い出足に遭い前を向けず、兵藤へ簡単に戻すシーンが多い。


 それでもどうにか打開しようと、チャレンジングなトラップで中へ切れ込む。そこへノノの強烈なチャージ。笛は鳴らない。



「落ち着いてっ! 戻して良いよ!」


 辛うじてバックパスを出したが、今度は逆サイドからシルヴィアが食い付いた。威力が弱く、兵藤へ戻る前に掻っ攫おうという魂胆だ。


 だがここは兵藤も冷静。軽快なターンでシルヴィアのアタックを往なすと、腰を深く捻り、前線へくさびのパス。



「真琴!」

「ハアアアァァアアッ!!」


 ピヴォの位置には、セットプレーの流れから投入された男子11番が構えている。背は真琴より10センチほど高い。

 

 ライナー性のフィードを一度は収められるが、後方からの激しい寄せで自由を与えなかった。すかさず俺もフォローへ入り、二人で挟み込む。


 堪らず手放した11番。

 ルーズボールは俺の足元へ……。



「センパイッ!」

Por aquíこっちよ,cariño!!」


 縦に持ち出すや否やゴールデンコンビも共鳴。互いにサイドへ開きマーカーを引き付ける。コースが空いた!



「チッ……!」

「っと、危ない危ない……」


 リベンジの意も込めたグラウンダー性の弾丸シュートは、兵藤が脚を伸ばしブロック。コーナーキックとなる。まぁ良い、引き続きチャンスだ。


 同点弾の勢いに乗り、スタンドからも押せ押せムードが漂う。ここに来て山嵜が優位に立ち始めたのは、誰の目から見ても明らかだろう。


 忖度しているわけではなかろうが、審判もやや山嵜寄りに映る。ノノのアグレッシブで強度の高いプレーが基準となり、笛が鳴りにくくなっているのも好循環を生み出していた。



(ふむ……買い被り過ぎか?)


 不思議と言えば不思議なのは、7番の兵藤。


 足元の技術は抜群だし、先の11番へ放った縦パスも鋭利かつ正確。視野の広さも兼ね備えた、優秀なパサーであることに違いはない。


 ただ、ここまでの働きは……ファーストセットの鳥居塚と比較しても、あまり怖さを感じないというか。


 一人でどうこうするタイプのプレーヤーではないことを差し引いても、今一つ目立っていない印象だ。今のシルヴィアを躱したシーンも、単騎で持ち上がって来た方が怖かったんだけどな。



(とは言え砂川へ出したような、一発でひっくり返すロングフィード。あれだけは避けたい……11番も裏抜けがお好みみたいやしな)


 さてコーナーキック。

 エリア内では金髪二人がチョロチョロ。


 正直にクロス上げても横村がいるしな……ここは一つ、彼女に頼ってみるか。姉の十八番なんだから、お前だって出来るだろ!



「撃てッ!」


 ファーサイドへ駆け出した真琴。

 落下地点へ飛び込み、右脚を振り切る!



「ああっ、惜しい!」


 見守る愛莉も思わず声を挙げる。ボレーは詰めていた19番の脇を抜け、真っ直ぐゴールへ飛んで行ったが、またも兵藤がブロック。



「助かりますぅっ!!」

「セカンド! 来るよ!」


 真っ先に反応したノノがプッシュするも、これはバーの遥か上を越えて行った。うーむ、駄目か。まぁシュートで終わっただけ……っと!



「濱くぅぅ~~ん!」


 すかさず横村がリスタート。オーバーハンドで豪快に投げ入れる。濱という男子の11番がスペースを狙っていた。油断も隙も無い!



「潰して兄さん!」

「ええからはよ戻れやッ!!」


 トラップから強引に突破を狙う11番。ファールを警戒し距離を測ると、隙を突くように左脚を振って来た。


 ディフレクションは逆サイドへ流れコートアウト、キックイン。その間に残る三人も帰陣。ひとまず危機は脱したか。



(見た目以上にスピードあるなコイツ……砂川と似たタイプのピヴォか)


 考え事をする暇も無くリスタート。町田南のセカンドセットは高さが無いので、攻め急がずフィクソの兵藤を起点に作り直すようだ。


 また同じ展開。俺とシルヴィアが忙しなく上下動し、ノノが追い回し、真琴が監視する…………ん? あれっ?



(この流れ、何回目や?)


 突如脳裏を駆け巡った違和感。


 強引な縦パスをカットして、ショートカウンターに持ち込んで、セットプレーをクリアされて、カウンターを喰らって、防いで。


 そして、また町田南がパスを回して……。



「ああもうっ、良い流れだったのに……!」


 最後尾の真琴は11番を注視しながら、やや苛付いた声でそんなことを呟いた。気持ちは分かる。相手より多くチャンスを作ってはいるのに、決め切れないのではストレスも溜まるだろう。


 いや、というか……俺のシュートにしても、セットプレーからの流れにしても、決定機というほどでもなかった。横村にまでボールが飛んでいないのだから。


 同点直後、コートに蔓延していた筈の混沌とした空気が、いつの間にか消え失せてしまった、そんな気にさえなる……。



(……あっ)


 気付けば8分40秒を過ぎていた。


 後半のプレータイムを考慮すると、俺の出番はあと一分と少し。前半の残り五分は、女性陣のみで踏ん張らないといけない。



「良いよ良いよ、無理しないで! シンプルに、落ち着いて回して行こう!」


 敵陣最後尾から聞こえるハツラツとした、されど飄々たるコーチング。兵藤慎太郎だ。その顔色に焦りは一切無い。汗すら掻いていないようにも見える。


 ……そうか。これが狙いか……!


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