1043. 裏返った
「痛゛っだああァァ゛アア!?」
「ファール! 町田南6番、オブストラクション! 続いてるよ、気を付けて!」
イーブンの奪い合い。ノノが転倒しホイッスルが鳴った。大袈裟にスッ転んだノノを雑に引っ張り上げ、6番の女性選手は渋い顔。
これで前半三つめのファールだ。それもノノが投入された一分で二つ。峯岸の仕込んだ変則システムと目論見は見事に的中した。
「大丈夫か?」
「ひぃぃ~~痛いぃ痛過ぎるゥゥ゛~~……!」
「もうええって。誰も見てねえよ」
「ふむ、中々良い位置ですね。センパイ狙います?」
「いや切り替え」
前に立って視界を覆ってやると、アッサリ演技を止め真面目な顔つきに。お得意のマリーシアは準決勝でも健在だが、こうも露骨だとそれはそれで怖い。
ボールをセットし一息。町田南は6番を下げ、男子の11番を投入。上背のあるしなやかな身体つきの選手だ。セットプレー対策か。
(やはりスターターと比べると、圧は一段落ちる……ただ、兵藤が不気味やな。ここまで目立った動きが無い)
再開直後から飛ばしまくったおかげもあり、ポゼッション率こそ町田南が上回るものの、イニシアチブは山嵜が握っている印象。両アラの女子が捕まり、兵藤は出し入れに苦心しているよう見える。
砂川への効果的な縦パスも封じられている。真琴がマンマークで見ているし、以前のスパーリングで実力も把握している以上、迂闊に出せないのだろう。
重心が下がり、チャレンジングなパスが出たところで、中央に構えるノノが最短距離で食い付く。これが上手いことハマっている。
「どーする? 変化入れてみる?」
いつもなら『へー、自信無いんだ兄さん』と煽るところだが、あれほどのスーパーセーブを幾つも見せられた後だ。
横村佳菜子をジッと睨み、真琴は小刻みに肩を揺らす。砂川をしつこく追い回している弊害か、早くも疲労が垣間見えていた。
「いや、撃ってみる。それよりセカンド拾われてカウンター浴びる方がキツイ」
「良いよ。気ィ遣わなくて」
「んなつもりねえよ。だいたい、真打は砂川ちゃうやろ。余力は残しておけ」
「……分かった。頼むね、兄さん」
背中をポンと叩き、真琴はゴール前へ駆け出す。まるで先輩のようなムーブに苦笑いも零れるが、彼女の生意気盛りはむしろ、集中出来ている証拠か。
さて、コースは……。
「再開しますッ!」
すぐ隣でホイッスルが喧しい。反対に山嵜ベンチ、スタンドは同点ゴールを待ち侘びる期待からか、静寂で包まれていた。
ゴールほぼ正面、距離にして約12メートル。第二PKより少し遠い。壁もあるので枠はほとんど隠れている状況。
(アレやな)
壁は兵藤と、この為に投入された男子11番。つまり高さを出して、視界を遮りたいわけだ。だったら、その裏を掻いてみせる……。
「うわっ……」
「下ッ!?」
恐らく町田南の誰がそう叫んだ。
ネタバラシが早い、もうちょっと我慢しろ。
垂直に飛んだ二枚の壁、その下を抜ける弾丸ライナー。コースは勿論、スピード威力共に申し分なし。どうだ横村、これも止める気か……?
「アゥチ!!」
「ホンマに触る奴がおるかッ!!」
またもやビッグセーブ。逆を突かれたにも拘らず、横村は左腕を伸ばし辛うじてコースを変えてみせる。そしてボールはポストへ直撃。
派手なリアクションも置き去りに、構えていたノノがすかさず反応。だがマークしていた女子19番も負けてはいない。五分五分の勝負。
「世良さんッ!!」
「待っとったでェェェェ!!」
ルーズボールは文香の足元へ流れていく。
横村はようやく立ち上がったところ。
よしっ、マン振りでブチ込め!
「にゃにゃッ!?」
「明海、縦だ!」
しかし、またも巨大な壁が立ち塞がる。
闘将・鳥居塚と双璧を成す眼鏡の知将、7番の兵藤慎太郎だ。捨て身で飛び込むような真似はせず、身体を綺麗に畳み、右脚は空いたコースに残す。
文香の放ったグラウンダー性のシュートはややインパクトを欠き、これが兵藤の足元にズバリ。なんたることか。逆にアシストになってしまった。
「やばっ……!? 兄さん、遅らせて!!」
「ええからさっさと戻って来い!」
恐れていた事態が。颯爽と自陣を飛び出した砂川へ、兵藤はループ気味のフィードを選択。完全に裏を取られてしまう。
「速いッ……!!」
「へへっ! 待ちくたびれたぜ!」
柔らかいインサイドのタッチで、浮き球を難なく処理。更に加速し、左サイドから一気に抉っていく。あっという間にゴール前へ侵入。
正真正銘、琴音との一対一。
駄目だ、もう間に合わない!
「止めろォォ琴音ェェエエエエッッ!!」
「……っ!!」
縋るような叫びに応えるかの如く、琴音は地面を蹴り前進。ペナルティーエリアを飛び出し、腕を大きく広げる。
ハンド上等で止めに掛かるつもりだ。
砂川はどう出る……!?
「どこ立ってんだよ、バーカ!」
「っな……?!」
右足インサイドで切り返し、シュートへ構えた琴音を華麗に抜き去ってみせた。重心がブレ、琴音はコートへ崩れ落ちる。
あとはゴールへ流し込むだけ。
嗚呼、警戒していたカウンターで……!
「――――だらっしゃああああアアアアイ!!!!」
「なにいいいいイイーーッ!?」
「すっげえノノっ!!」
爆音の歓声でアリーナは揺れ動く。
町田南の得点ではない。
ノノがゴール前で、ギリギリ防いだのだ。
完全に琴音を抜き切った時点で、砂川は気を緩めてしまったのだろう。左脚で放ったシュートはややホップ気味。
それが敵陣から猛ダッシュで駆け戻ったノノの、ちょうど胸元へ着弾。滑った勢いで自身の身体はゴールマウスへ吸い込まれるも、零れ球は間一髪、タッチラインを割って行った。
「はぁっ、はぁっ、あ、危っぶねェェ~~……!」
「最高やノノ! マジ愛しとるッ!!」
「たっ、助かりました……!」
「ようやったで市川!! ほれっ、手ェ貸したるわ!」
(パスが出たとき、まだ敵陣にいたのに……な、なんで間に合うんだ……ッ)
神懸かり的なファインプレーに真琴だけ引いていたが、残りはほぼ半狂乱。ベンチの皆も飛び上がってガッツポーズ。
片や決定的なチャンスを逃し、冷や汗ダラダラの砂川。ガタガタとロボットみたいな動きでベンチを向くと、やはり相模が立っていた。
「切り替えよう明海。これで実質2-1みたいなものだろう。またチャンスは来るよ」
「……じゃあな、兵藤。また決勝でなぁ……!」
「だから、出番も来るって! 早く!」
よほど相模の説教が怖いのか、半泣きでコートを横断する砂川であった。そうでなくても、点取り屋の彼女にはショッキングなミスだろう。
先ほど下がった6番がまた出て来た。これで向こうも全員セカンドセット。スターターに頼らず、失った流れは自分たちで取り戻せ、という相模のメッセージか。だとすれば有難いくらいだ。
「まだコーナーです、集中しましょう……!」
「これで流れ掴めないとか嘘でしょ……! 兄さん、文香先輩、速攻カウンター行くよ! ノノ先輩、ケツ痛いなら一回出て!」
「ちょっと擦っただけです! ただ気になるので、ハーフタイムにセンパイに見て貰うことにしましょうええそうしましょう!!」
「女が軽々しくケツ言わんときまーくん!」
「お前もケツ言うな文香ッ!」
ファインプレーに釣られ謎にハイテンションの五人。勢いで勝ったかどうかはともかく、兵藤のキックは俺がヘディングでクリア。
セカンドボールをノノと19番が競り合う。
ここでまたもホイッスル。
「どぉっほォォ……ッ゛!?」
「市川さんっ!?」
着地に失敗し、背中から落ちたからだ。続けざまの身体を張ったプレーで安否を心配したか、競り合った19番と男子11番が申し訳なさそうに歩み寄る。
「――――行け文香ッ!!」
「任しときぃっ!!」
見逃しはしない。ボールは静止していたし、主審も笛を吹いただけで介入はして来なかった。つまりリスタートは認められている。
縦へ駆け出した文香目掛けて、お返しと言わんばかりにロングフィード。キッカーだった兵藤も、真琴に着いていた6番も戻れていない。
裏返った。今度は山嵜の大チャンス!
「どおしていきなりピンチなんですか嗚呼ああああ!?」
「突っ込め文香ァァァァ!!」
「ふにゃああああアアアアァァーーッ!!」
涙目でよく言うものだ。カウンターを警戒し、しっかり高いポジションを取っているのではないか。ハイボール目掛け、全速力で頭から突っ込む横村。
同じくフローリングを蹴り飛ばし、空高く舞い上がる文香。先に触るのは、どっちだ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます