984. 感動返して
予選を勝ち抜いたご褒美と言うほどでもないが、車で会場まで来ていた倉畑・早坂夫妻がみんなを地元まで送り届けてくれることになった。
疲労困憊で電車に揺られるよりよっぽど良い。有難く好意に預かる。
「なあ。帰りたいんやけど」
「だーめ。三人とも連れて来るって、さっき言っちゃったんだもん」
つもりだったのだが、比奈に呼び止められ車には乗れなかった。
愛莉と文香も残らされている。どうやら得点者勢揃いでインタビューを受けるわけでもないらしい。
敷地の外れで暫く待っていると、関係者口から見慣れた人物が二人出て来た。やはり皆見と山本さんだ。
「いやぁ、もうええって……」
「良いから! 美桜ちゃーん、こっちこっち~」
コートの上であんなにカッコつけて別れたというのに、どうして試合後にまた話をしなければならないのだ。必要性云々じゃない。シンプルに恥ずかしい。ほれ見ろ皆見の気まずさ全開の顔を。
「ごめんなさい、時間取らせちゃって……」
「良いの良いの~。それで、要件って?」
ラーメン屋で相談に乗って以来、連絡先を交換して交流が続いているらしい。
その場で大演説を食らわせたっきりの有希との違いはこういうところだ。いやまぁ、別に良し悪しの話ではないが。ちゃっかりしてるな、と。
様子を窺うに俺と愛莉、文香を招集したのは山本さんたっての希望らしい。思い返せば因縁のようなものがあったような、無かったような。
「えっと……ほら、ソータっ」
「わ、分かってるよ……」
彼女に促されるまま、皆見は正直に俺たち三人へ頭を下げた。嗚呼、なるほど。コイツも無理やり連れて来られたクチか。
「昨日から、その……生意気言って、さーせんした」
「こらっ! すみませんでした、でしょっ!」
「はいはいすみませんでしたッ! 調子乗りましたごめんなさいでした!!」
「はいは要らないのっ!」
試合前からの無礼についてだろう。皆見以上に山本さんが納得していなかったようだ。ずっと俺たちを怒らせていないかアワアワしていたし、見た目のイメージ以上に正義感の強い子なんだな。
と言っても、文香は昨日の虚言なんてちっとも覚えていないのか不思議そうに首を傾げているし、愛莉に至っては俺に仕込まれたから挑発したまで。
まるでピンと来ていない。
話題を変えよう、不毛過ぎる。
「ええよもう。こっちは気にしてへんから。謝り損や。それより、あれからチームで何か話したのか?」
「はい。ロッカールームで、私もソータもこれまでのこととか、ちゃんと謝りました。それからもう、みんなで謝罪大会みたいになっちゃって……」
「アンタもか?」
「私も悪かったんです。ソータのことを気にし過ぎて、どっちつかずなままでいたから……でも、許してくれました」
「ん……そっか。良かったな」
「みんなも謝ってくれました。この数か月くらい、ソータのことを無視したり、わざと省いたりすることが偶にあったんです……そういうのまま雰囲気で大会を迎えちゃったこのは、本当に良くなかったって」
やや気落ちした様子で山本さんは俯く。
皆見が一人だけ浮いているというわけでもなく、彼をスケープゴートにしたチームメイト、曖昧な立ち位置を取っていた山本さんにも多少の非はあったということか。割合はともかく。
「この大会は終わっちゃったけど……でも、今のチームは二年生が多いので。次の大会に向けてもう一度頑張ろうって……監督もそう言ってくれました」
「あるとええけどな。来年も」
「もし女子の部だけになっちゃっても、それならコーチ役をやるって、ソータが……」
へえ、この男がそこまで折れたのか。てっきりプレーヤーとしてよっぽど拘りがあるのかと思っていたが。
すると皆見。ようやく表を上げる。相変わらず視線は泳いだままだし、腫物でも出来たみたいに頬は真っ赤だが……。
「……やっぱ、俺一人だけ頑張っても意味無いんだなって。そんな感じっす」
「ハァン?」
「いやそのっ、別にアイツらを舐めてるとかじゃなくて……俺もちゃんと、アイツらのチームメイトにならないとなって……そう思った、って言うか」
あれ、なんか声震えてないか。もしかしてさっき『まだ若干嫌い』って言ったの引き摺ってる? あんなんただのカッコつけだから気にすんな?
「今日の試合も……まともにチャンス作れたの、美桜からのパスだけだったんで。俺がアイツらを理解していないと、アイツらも俺にパスなんか出せないだろうし……信頼する、じゃないですけど」
「せやな。ええんちゃうの」
「でも、俺が妥協するとか、低いところまで降りるとか、そういう話でもなくて……っ! あっ、それはその、アンタを馬鹿にしてるとかでも……!?」
「ハルト。睨むのやめてあげたら」
「え、うそ。そんな顔してた?」
「むっちゃ強張っとるで」
愛莉も文香も窘めるように言う。
うるせえな。顔が怖いのは生まれつきだよ。
ともかく、今日の試合を通して何らかの気付きを得られたのであれば、それは結構なことだ。
元より彼の期待を裏切った身分。評価を訂正するだけならまだしも、感謝される筋合いは無い。
不器用で純粋な後輩枠は克真だけで十分。今まで重ならなかった点が、今日この場所で偶々すれ違って、また離れていく。それだけの話だろう。
「ほらっ、ソータ。まだ一つあるでしょ?」
「お、おう…………あの。廣瀬さん」
まだ何か言いたいようだ。山本さんに背中を擦られ、ますます居心地悪そうに肩を震わせる皆見。
使えとは言ったが、実際にさん付けされるとまぁまぁむず痒い。ここで茶化したらまた『いちいち怒るな』とか言われるんだろうな。もう黙ってよ。
「オレ、もっかい試合したいっす。サッカーでもフットサルでも、なんでも良いんで……もっとデケえところで、アンタとやりたい」
「え、おん。機会があったらな」
「すいません。やっぱり、ちゃんと聞いておきたいっす……この大会が終わったら、どうするつもりなんすか……っ?」
「……サッカーへ戻るか、フットサルを続けるかって、そういう話か?」
皆見は深々と頷く。縋るような瞳に息を呑んだのは、俺でもましてや山本さんでもなく、隣で話を聞いていた三人だった。
思えば俺は、みんなに将来の夢や目標をアレコレ聞いていながら、自分の将来を滅多に語ろうとして来なかったかもしれない。
というか、話せることが無かった。一週間前にインタビューで答えた通りで、決まっていないことの方が多い。
ただ、打ち明けていないモノが一つだけあった。限られた者にのみ、それも部外者相手に話すことでもない気はするが。
まぁ、良いか。
重い話にしても仕方ないしな。
「誰にも言うんじゃねえぞ……たぶん戻るよ。サッカー」
* * * *
一時間半。快速電車に揺られ、山嵜の最寄り駅へ帰って来た。
暇潰しは比奈の繰り広げる『美桜×壮太』の終わりなき妄想恋愛トーク。考え無しで頷いていれば、時間が過ぎるのも早かった。
ただ、比奈が上大塚で降りてからは、ちょっとだけ長く感じていた。ロクに会話へ混ざって来ないこの二人のせいだ。
改札を抜け階段を降りる。家までたった五分の道のり。それすらも長い。早くも灯の灯ったアパートが見えて来て、ようやくホッとした気でいる。
「真琴がメシ作って待ってるってさ」
「……そう」
「アレやろ。料理練習しとるって、前に言うとったな。ったく、お前もやけど姉妹揃って家空けんじゃねえよ。愛華さん心配しとるやろうに」
「……………………」
「なあ、なんでそんな落ち込む?」
いよいよ我慢の限界で、自ら話題に上げてしまう。例の発言からすっかり口数が減ってしまった愛莉だ。だから、重い話じゃないんだって。
「わざわざ言う必要あるか? この大会の間……全国取ってハッピーエンドで終わるまで、俺がフットサル部の選手なことに変わりは無いやろ」
「でも、終わったら……っ」
「卒業やな。当然やろ、俺も愛莉も三年生。いつまでも高校生やってられねえんだから……少しは考えるさ。嫌でもな」
ここまで言っても尚、竦んだ肩が元通りにならない。まぁ気持ちは分かる。フットサル部は愛莉からすれば、居場所であり自身にとってのすべて。
進路調査票にアホみたいなことを書いたのも、きっと大会後の将来がいまいち見えていないからなのだろう。
ただなんとなく『俺やみんなと一緒にいる』ことだけを考えていて、具体的な展望が湧いて来ない。
「文香もか?」
「んー……なんかこう……なっ?」
「ふんわりやな」
「あーりんの言うことも分かるけどな。ウチはもっとシンプルや……また離れるのはイヤやなぁって、そんだけ」
「……アホ。んなわけあるか」
根本的には似たようなものだ。生半可にも大阪でプレーしていた俺の姿を知っているから。すぐにプロで活躍し出して、自分から遠ざかっていく未来がふと過ぎってしまったのかもしれない。
でも、そうか。
この街で生きている俺に、サッカーは必要無かった。あるのはみんなとの絆とフットサルだけ。急にこんなこと言ったら、不安にもなるよな。
そうだ。前にも同じような話があって、俺は変にカッコつけて、みんなを不安にさせてしまった。大事なことを言わなかったから。
もう、あの頃とは違うんだ。
俺は知っている。責任の取り方を。
「具体的にどうするのかは、正直まだ決めてない。ただ、山嵜を卒業しても……俺はこの街に残るよ。アパートにも暫く厄介になる。俺のために越して来た奴をほったらかして、遠くに行けるか」
「……はーくんっ」
「偶々アイツに聞かれたから、言っちまったけどさ……ホンマに、なんでもええねん。お前らと一緒なら、なんでも。どうしてサッカーかって、決まっとるやろ。そっちの方が稼げんだよ。あと社会的知名度とか諸々」
「せっかくの感動返してや。なあ」
突然の生々しい話にげっそりしている。まぁ文香の心配はしていない。なんにせよ俺が基軸で動機の彼女だ。俺がそうすると言えば、どんな形でも付き合ってくれるのだろう。
一方、まだちょっとだけ寂しそうな目をしている愛莉。誰よりも依存しいで、寂しがり屋の彼女には……もう一言だけ必要だ。
「……ええよ。愛莉。まだ考えへんで。俺も一緒や、この大会が終わるまで全部ストップやさかい、そっから一緒に考えよう」
「…………それで、良いの?」
「勿論。アレや、その……こういう言い方は、良くないかもしれへんけどな?」
二人の手を掴んで、肩を寄せ合う。
アパート一階はノノ声で喧しい。きっとまた瑞希やシルヴィアと動画でも撮っているのだろう。
そしたら有希と真琴が、下手くそな晩飯を持ってやって来て、みんなでアレコレ言いながら食べて。匂いに釣られたミクルもやって来て。
気付いたら夜遅くなっていて、誰かしら俺の部屋にいて、一緒に寝て。また朝が来て。
そんな日々を、これから何度でも繰り返して。
「……放さねえし、何があっても離れねえよ。お前らも、余計なこと考えへんと……ずっとその辺おればええやん。馬鹿でもアホでも、なんも出来なくても。俺はそれだけで……全然、嬉しいし。幸せやって、胸張って言えるから」
タイミングが良過ぎる。外灯に襲われた丸出しの赤面が、彼女たちにも見えているだろう。でも二人は、いつもみたいに小馬鹿にしたりはしない。
やっと満足そうに少しだけ微笑んで、少し苦しいくらいに腕を絡めて来る。もう大丈夫、ちゃんと伝わった。そう言っているみたいだった。
「なあ、あーりん。ウチな、ずーっとはーくんと、もっとちゃんと青春したいなぁて、思うとってん」
「……うん」
「でもなんか、もうええわ」
「うん。分かる」
「東雲のお二人さん見てて、ああいうのもちょっとええなぁ思うてんけど」
「うん」
「こっちの方がええわな」
「ねっ」
アパートへの残り僅かな道中。
二人は俺を挟み、よく分からない話をしている。
「卒業しちゃったかもね。私たち」
「かもな。せやかてOGやで。ウチら」
「その気になれば戻れるんだから、良い身分よね」
「ホンマになぁ~」
本当によく分からない。何の話だ。
まぁでも、楽しそうだから、いっか。
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