895. ヨゴレ


「――ァァ第一回ッッ!! サッカーバレー野球拳対決ウウゥゥーーッッ!!」

「¿Qué? ヤキューケン?」

「先に全裸になった方が負けなのですっ! 細かいルールはあとで説明するんで、早速やっていきましょうッ! イェァアッッ!!」


「家ん中でやるのかよ」

「たりまえやがな。外でもやれへんやろ」

「それはその通り過ぎるが」


 段ボールハウス(ミクル宅)が何やら騒がしいと思ったら、ノノとシルヴィアが部屋を占拠して動画を撮っていた。文香がスマホを構えている。


 最後は全画面ハイパーモザイクになるそうだが、だとしてもシルヴィアには説明して欲しい。仮にもチェコの娘なんだぞ。雑に扱うなよ。



「何だかんだで仲良いわよね、二年組」

「仲良しで片付けるのも如何なものか」


 追加の食材が詰まった買い物カゴを引っ提げ、愛莉は比奈の料理を手伝いに行った。完成まではまだ時間が掛かるだろう。瑞希と一緒に琴音で遊ぶか。



(うむ。異常無し)


 アパートの階段を上る最中、ざっくり周囲の様子を見渡してみる。


 すぐ近くのショッピングモール、入り江へと繋がる細い小川、小学校、県南へと走る快特電車。生憎の雨模様だが、変わり映えしない光景。


 怪しい人影は見当たらない。スクールバスに乗っている間も道沿いを眺めていたが、峯岸の話していた不審者らしき人物は見つからなかった。



「…………タイミングが良い、か」


 峯岸の何気ないワンフレーズが脳裏を巡った。川原女史の件を伝えるのに頭が回っていて、その時は追及出来なかったのだ。


 八中の体育館を使っていたおかげで不審者と遭遇しなかった。と解釈するのは簡単だが。

 何故わざわざフットサル部、それも俺の安否を確認した? 顧問なりに俺たちを心配している……にしても、妙に引っ掛かる言い方だった。



(まさか……いや、でも……)


 もし。もし仮に。不審者が俺やフットサル部の皆を狙っているとして。思い当たる節が一つあった。


 愛莉にはガキの頃に遭遇した露出狂の話をしたが、他にも登下校の最中、ロクでもない大人に絡まれた経験が、実は何度かある。


 自宅や学校へ押し掛けて来たこともあったし、名前を入れて検索すれば当時の顔と動画が幾らでも出て来る。云うならばデジタルタトゥー。



「……やめとこ。頭痛なるだけや」


 気に過ぎるのも良くない。当時追い掛け回していた連中は、俺が山嵜に通っているなんて知らない筈だ。大阪から離れていることすら把握していないだろう。


 仮に情報が出回るとしても、せめて全国へコマを進めてからの話。注目度の高い大会だ、警戒するならそのタイミングからでも遅くはない。


 言い訳は用意出来ている。偶々男が俺しかいないだけ、女子メインの混合チームなんだから珍しくもないこと、みんな良い友達です……こんなところか。すべてを話すとしたら皆のご両親にだけだ。


 この期に及んで引っ掻き回されるわけにはいかない。隠し通す自信はある。力づくで暴こうなどと、邪なことを考える下郎でも居なければ。






「え、空き部屋を?」

「そしたらもう完全にフットサル部専用寮じゃないですか。埋めてしまった方が何かと都合も良いと思いまして。合宿所みたいなモンですよ」


 撮った動画を確認して欲しいとのことで、一階のミクル邸に呼び出される。


 自宅はベッドが大半のスペースを占拠しているので、最近はミクルか有希の部屋に溜まることが多い。シルヴィアと一年組は有希の部屋でご飯中。文香はバイトへ出掛けて行った。



「家賃と光熱費はどうすんねん」

「ノノと瑞希センパイで、8:2で折半します。ノノ一人でも払えますけど、一応ルームシェアですからね。明日にでも親へ相談してみます」

「道楽の極みやな……前から気になってんけど、ノノの両親ってなんの仕事してんだ? あんなデカい家ほったらかして、本来必要無い家の準備までポイっと払えるとか」

「んははっ。色々ですよ色々」


 比奈お手製のレモン風味野菜炒めを突っつき、ノノは暢気な面でそう話す。なんでもアパートで唯一空いている一階の中部屋(有希の下、ミクルの隣)を借りようとしているらしい。


 母親の動向次第で実家を離れる用意のある瑞希と、前々から相談はしていたそうだ。まぁ大歓迎ではある。



「ハルんち出入り激しいからさ。他に拠点作っとく方がコーリツ良いんよな」

「本当に大家族みたいになってきたねえ~」

「私も両親に承諾を貰いました。大会も近いですし、日頃から密接に関わることでチームワークの強化に繋がると、だいたいそのように。基本はお二人の居住区なので滅多に邪魔はしないと思いますが」

「琴音ちゃんの親もある意味大概ね……」


 主に三年組とノノが代わりばんこで利用するようだ。見事に関係を持っている奴だけ。そして露骨にはその話を俺の前でしない。この結束力というか無言の連携、凄いけどちょっと怖い。


 大家さんは滅多に顔を出さないし、壁でも開けなければ迷惑にはならないだろう。予兆はあるが。このシルヴィアが激突したシーンで凹ませたな。



「結局ノノが負けたんか」

「いやはや。流石にシルヴィアちゃんにそこまでさせるのは荷が重いかと」

「だからって自分をヨゴレ扱いすんなよ……うーん。確かにノノらしい動画ではあるが、あんまり過激過ぎる路線もな……」

「なんでも良いから、ご飯食べながらスマホ見ないでくれる? それも女二人が薄着ではしゃいでる動画。気が狂いそうなんだけど」


 愛莉がゲッソリしているのでまた今度にしよう。ポルノ寸前動画を見ていることに彼女以外文句を言わないこの空間。イカレている。


 ポルノ→露出狂というカスみたいな連想ゲームで、先の話を思い出した。皆は不審者の件を知っているのだろうか。



「フシンシャ? ハルのことじゃなくて?」

「ちげーよ」

「陽翔くん、お外でしたいの?」

「だから違うって予定もねえよ」

「……外?」

「ああもう琴音に余計な知識入れやがって」


 全員知らなかった。HRでもそのような周知は無かったし、生徒にはまだ広まっていないようだ。危ないしさっさと話せば良いのに。



「ふむふむ……確かに人気You○uberともなると、視聴者の家凸にも気を付けないといけませんね。これは盲点でした」

「まだ投稿すらしてへんのに」


 ノノの心配は余計も余計だが、考え得る限り最悪のケースはこれ。

 不審者の正体が俺を突け狙う三流だったとして、みんなと半同棲生活を送っていることが露見してまったら……流石に言い訳が出来ない。


 あの廣瀬陽翔がフットサルに転向、これくらいなら別に良い。大したスクープでもなかろう。部活チームで再起を図っているなどと、適当な美談を仕立て上げられるのも構わない。


 それより、この秘めたる関係性の方がよっぽどスキャンダル。不純異性交遊以外の何物でもないのだ。尾ひれを付けて広められでもしたら……。



「……ん。もうこんな時間か。文香迎えに行って来るわ。ちと心配やし」

「送り狼はダメだよ~?」

「同じアパートでなんもあるか」


 比奈のセクハラと匂わせが酷い。困っちゃいないけど、年がら年中発情されたら幾ら何でも身が持たない。これも今度愛莉に相談しよう。



 外はまだ雨が降っていた。傘を差し徒歩一分圏内の小型ショッピングモールを目指す。一階に入っているお弁当屋さんが文香のバイト先だ。


 だいたい週五の四時間勤務で、よく廃棄の弁当を持って帰って来てくれる。最近は専らミクルの餌と化しているが。


 終業のちょっと前に顔を出して、彼女の働いているところを見るのは楽しみの一つ。あの文香が真面目にバイトしていると考えるだけでも爆笑。


 それだけでもなく、料理なんて滅多にしない彼女が制服のエプロンと三角巾を纏い、ニコニコと接客している姿はどうにも新鮮で可愛らしい。

 迎えに行くとだいたい照れてしまうが、そこも含めて楽しいひと時。


 

(おったおった)


 物陰から様子を窺う。子連れのお客さんと会計片手にお喋りをしていた。

 人懐っこい関西弁でお客さんからも大評判、とかわざわざ自分で言っていたが、本当にそうみたいだ。流石は七福神の一角を担う女。


 最後のお客さんみたいだ。三角巾を外し店内へ戻るところへ、声を掛けようと歩み寄る……すると。



(……なんやアイツ。ガラ悪いな)


 小汚い身なりのオッサンが文香へ話し掛ける。どうやら客ではないようで、面倒くさそうに手を払いのける彼女にしつこく食い下がっていた。


 ナンパの類か。まぁ文香も可愛いしあり得なくもないだろうが、にしても妙な装いである。

 今どき珍しいガラケー片手に、全身黒系統の地味な恰好。どことなく幸の薄い雰囲気。00年代からタイムスリップでもして来たかのようだ。


 弁当屋は店舗が並ぶ一帯の端にある。念には念をと見つからないよう曲がり角へ身を顰め、会話を盗み聞きする。


 途端、文香は顔を歪ませ声を荒らげた。



「せやから、廣瀬なん知らへん言うとるやろっ! ホンマしつこいなぁ!!」


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