815. やってられないわ
ディナーを探す必要は無いだろう。あれだけ食べれば明日の昼まで飲まず食わずでも事足りる。俺たちはポーターズ内での散策を再開した。
お気に入りのショップはともかく、カチューシャなら本気で探せば見つかると思ったのだ。瑞希がプレゼントしたものじゃなくたって良い。彼女に似合うものなら、別にカチューシャでもなくても構わなかった。
『お金、無いんじゃなかったの?』
『ブランド品を買う金はな。せっかくのデートやからな、プレゼントの一つくらい買わんと恰好つかへんやろ』
『……くれるなら貰うわ。いきなりどうしたのよ、やる気出しちゃって』
『ちょっとな』
ア○パンマン号で馬鹿みたいにはしゃいでいた時期とは打って変わり、突然彼氏面し出した俺の変容ぶりにルビーはやや困惑していた。半ば強引に繋いだ右手は、中々思うように同じ方角を向いてくれない。
文字通り俺が手綱を握るターンは、思えば今日はこれが初めてだ。というか、俺がルビーを連れ回したことなんて、あったっけ。
「これは流石に安いか……」
『ちょっと、それってアイリが使ってるシュシュじゃない。まさか同じもの付けさせる気じゃないでしょうね?』
『嫌なのか?』
『人と被るのだけは勘弁よ』
『……ん。そっか。ならやめとくわ』
似合うと思うけどな、こういうのも。
なんて、わざと日本語で呟く。聞き取れたかどうかは定かでないが、ルビーはピクリと眉を動かすと、スッと手を放し近辺の棚を物色し始める。
なんと言うか、まぁ、反省した。
相手がルビーだからとか、彼女らしくない言動だとか、わざわざ理由を見つけるまでもなかったのだ。仮にもデートと銘打たれた以上、男には相応の仕事というものがある。
この手の気取った立ち回りをルビーが求めているのか、それは分からない。ただ今日に限って、いつもの彼女らしい笑顔を取り戻すまで時間が掛かってしまったようにも思う。
二人揃って大袈裟な括りに振り回されていた。だからこんなに上手く行かないのだ。いつものままなんだ。
なら少しくらいは、こっちからコントロールしてみせるくらいの気概が必要だ。正しいかどうかはともかく、一旦やってみようと思った。
『やっぱ頭に付けるものが良いのか?』
『えぇ、そうね……防御出来るし』
『は? 防御?』
『小さい頃の名残みたいなものよ』
棚に置いてある小さな鏡を覗き込み、湿気でほのかに濡れたゴールドの前髪をせっせと手直しする。
カチューシャにしろブローチにしろ、ルビーは頭に何かしらの装飾を乗せていることが多い。ただのお洒落ではなかったのか?
『パパもママも、わたしの頭を撫でるのが好きなの。今は滅多にしないけどね。本当に子どもの頃の話よ』
『嫌だったのか?』
『人前でも撫でて来るのよ。ほら、わたしって基本インターナショナルスクールに通っていたでしょ? 日本人と違って、外国人はスキンシップが激しいから……みんな真似してわたしの頭を触って来るの』
『あぁ。送り迎えのときとかに、撫でられる場面を見られてってことか』
『ご名答。見様見真似だから、もう、ワシャワシャーって感じね。特に先生と、お節介焼きの上級生が。せっかく綺麗にお手入れしている髪の毛をメチャクチャにされるんだもの、やってられないわよ!』
当時のやり取りを思い出したのか、顔を歪め一層前髪のポジションを気にし出すルビー。エライ神経質ぶりだ。違いがまるで分からない。
ゴールドの長髪は遠くからでも非常に目立つし、近付いたら近付いたで、繊細な手入れによって維持されているものだと改めて思い知らされる。髪質の一点に関して言えば、部内ナンバーワンの美しさかもしれない。
瑞希とノノも同じ天然の金髪でヘアケアは相当気を遣っているようだが『なんかもう元々の質が違うんだわ』『あんなん反則です強すぎます』と、いつの日か陰で項垂れていたっけ。
『それでブローチか。何かしら身に付けていれば雑に扱わないってわけな』
『カチューシャが特にちょうど良いのよ。全体を守れるから。セットも楽だし』
『だったら、こういうのは?』
目前に置いてあった、真っ赤なリボンを手に取って見せてみる。これといって特殊な加工やデザインでもなく、本当に普通のリボン。
『あぁ、昔は付けてたわよリボン。でもダメね。子どもっぽく見えるから、あんまり長続きしなかったわ』
『そうか? 今なら分からんかもよ』
『……じゃあ、ちょっと』
やや渋々といった様子でそれを受け取り、器用に髪の毛を纏め結んでいく。上手いものだ、俺なんてヘアゴム一つ巻くのに五分は掛かるのに。でも慣れたら慣れたで楽だった。また伸ばそうかな。瑞希は長髪嫌がるけど。
『ど、どう……?』
離した両腕が居心地悪そうに宙を漂っている。納得いかないご様子。本人的にはやはり子どもっぽく感じるのだろうか。でも……。
『ええやん、全然。むしろカチューシャより似合っとるまであるで』
『それ、本気で言ってる?』
『こんなとこで嘘吐かねえよ』
『…………ふーん……』
カラーパターンに際してはサッパリ分からないが、金色と赤だ。別に理由もいらない。ただただ似合っているとしか。選んだのは偶然だけれど、この組み合わせが一番良いと思う。
それに、なんというか……色んな意味で上手く調和しているように見える。ルビーの可愛らしさを損なわずに、こう……上手い言葉が見つからないのだが。
『変な意味やないで』
『う、うん?』
『良い意味で、外国人感が薄れている気がする。髪色よりまず先にリボンへ目が行くからな。デカいし、目立つし』
『浮いてるってこと?』
『そうやなくて……変な先入観が消えるっていうか。金髪の外国人やから可愛いやなくて、リボン付けた可愛い子で、そういや外国人やなって……大は小を兼ねる的なイメージというか……』
『……なに言ってるのか全然分からないわ』
『すまん。俺も見失った』
意味が分からん、と顔に書いてある。喜怒哀楽が分かり易いので、このようにハッキリと意地表示されると少しドキマギしてしまう。嗚呼、陰キャの名残が。
女の子の褒め方はこの期に及んでもよく分からない。誰に対しても『可愛い』『好き』ばっかり言っているから、まったく成長していない。その程度で満足してしまう連中がチョロいのか、俺に責任があるのかは、分からん。
『アレや、深く考えるなって。普通に可愛いから。伝えたいのはそんだけ』
『……そう? ありがと……っ』
ド真ん中ストレートな誉め言葉にさしもの彼女も照れてしまったのか、誤魔化すように鏡と睨めっこを始める。
自己肯定感の塊みたいな性格しといて、この程度の揺さぶりで狼狽えるのか。芯が無い。シャンとして欲しい。
(……取りあえず、デートにはなってるか?)
たったこれだけで午前の損失を取り戻せるほど単純でないだろうが、少なくともルビーが求めていたのはこんな雰囲気で、こんな感じのデートだと思う。
事実、先ほどより明らかに口数の少ないルビーがいる。隙間を縫うように流れている緊張感は外から吹いて来た雨風かもしれないが、覚えるのは肌寒さだけというわけでもない。彼女にも伝わっている筈だ。
ただ、今一つリアクションが薄くて、成功しているのかどうかが分からない。決して演じているわけでもなく、俺とルビーらしい自然なデートにはなっているとは思うのだが……。
それから暫く睨めっこしていたので、他に良さげなものはないかと店内を歩き回り五分ほど経ったかという頃。
リボンを外しそのままカウンターへと持って行くルビー。結局買うことにしたようだ。慌てて呼び止める。
『幾らやっけ?』
『千円よ。たったの』
『俺が出すよ。つうか、高くても買わせろ。一つくらいプレゼントさせろ』
『……なら、有難く受け取っておくわ』
包装は断った。ここで付けていくようだ。同じような手解きで髪の毛を束ね、会計を済ませる俺をジッと見つめている。
『……どした?』
『ねえ。本当に似合ってる?』
『だから、こんなときに嘘吐かねえよ。その恰好で学校行ってみろって。ノノと比奈なんて悶絶するぞ。そして瑞希が嫉妬する』
『ンフフっ。想像に容易いわね…………でもヒロ。そんなのはどうでも良いのよ。みんなが褒めてくれるのも嬉しいけれど……っ』
妙に思わせぶりな態度だ。なにか言おうとしているが、上手い言葉が見つからないのか、一旦取り止める。が、すぐに口を開いた。
「……ヒロ、カワイイ?」
「俺みたいな人間は間違っても可愛くないが、ルビーは可愛いぞ。いつだって」
「リボン、アリ?」
「アリアリの大アリや」
『…………そうやって、適当な感じで言うから困るのよ。貴方。ふざけていると思われても知らないんだから』
『急に日本語諦めるやん』
わざわざ不慣れな言語で確認して来た理由は、やはり分からなかったが。
ルビーは呆れたように大きく息を吐いて、それから一拍置いて、なんだか安心した顔で。くすぐったそうに口元を緩ませた。
「ヒロ、ホントバカ。クソヤロー」
「アァ? なんやとテメェ、それがプレゼント貰った人間の態度か? そしてその汚い日本語は誰から教わった?」
「ウチ、テンサイヤデ!」
「文香やな……ッ」
唐突にディスられる。日本語と本心がリンクしていないことは多々あるから、本気で貶しているわけではなかろうが。ウザイものはウザイ。普通に。
軽快な足取りでてっぺんのリボンを揺らし、さっさと店を出ていくルビー。勝手に一人で納得しないで欲しい。せめてバレンシア語で説明しろ。
『本当にクソヤローよ。貴方は。こんなに簡単に、人の心を叩くんだから。やっぱりアスリートより、詐欺師の方が向いているわね』
『んだよ、早口で聞き取れねえぞ!』
『ふふんっ。勉強したからってなんでも聞き取れると思ったら大間違いよ!』
馬鹿にご機嫌だ。そんなにプレゼントが嬉しかったのか。うーむ、やはり単純な奴ではある……。
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