813. 弛んでいる
『一回家帰ろうぜもう……』
『だめ、絶対にダメっ……! まだお昼過ぎなのよ、必ず挽回出来るわ……! ちょっと休めばすぐにふっか、ヴぉアァ゛ッ゛ッ……!!』
『頼むから外だけでは吐くなよ……ッ』
数メートル毎に立ち止まり豪快にえづきまくる。見ている分にはちょっと面白くて、労わる気にならない。リョナ趣味に目覚めたかもしれない。
二時間ちょっと粘りなんとか食べ切ったのだが、店を出る前に手洗いへ駆け込んだので恐らく一回か二回吐いている。
久々のデートらしいデートなのに昼からゲロるなんて。なんも上手く行かないな今日。可哀そうに。自業自得だけど、可哀そうに。
『ほら、腕使ってええから。まっすぐ歩け』
『恩に着るわ……』
せめて傍からは腕組みイチャイチャデートに見えるよう努力してみる。駄目だ、全然ドキドキしない。体重掛けられただけ腹底から押し出される。俺もトイレ行きたい。全部吐き出したい。
構内の中央通路まで戻って来た。ここから自宅へ戻ることも、更に都心部へ足を伸ばすのも俺たちの自由。デートプランは無限大。
一方、軽率に動くのも勇気がいる。今の俺たちは無限おもしろボーナスへ突入し吐瀉物という名のドル箱で四方を閉ざされ、ギャンブル地獄へ片足突っ込んでいるようなものだ。何処へ行こうと真っ当なデートにはありつけない。
とにかく軌道修正。何も食べず、体力を消費しない、そんなところを探さなければ。それでいてデートのお題目に相応しい場所……あるかなぁ。
『どうする、これから。ベイエリアまで行ってみるか? ランドタワーと、最近出来たロープウェイもあるぞ』
『こんな雨の日にどう楽しめって?』
『分かって言ってんだよ……大人しく家でのんびりしようぜ。悪天候や何やってもアカンわ。最初のプランが崩れた段階で不可能だったんだよ』
『……嫌よ、絶対にイヤ! 今日を逃したらこんな機会は二度と無いもの! なにがなんでも結果を残すって決めたんだから……っ!』
『おい、どこへ行く』
『とにかくどこかへ行くの! なにをするかはそこで決めるわ! どうせ念入りに計画したって、上手く行かないんだから!』
頬をぷっくりと膨らませ、ズカズカと大股で一人先を進む。どこへ進むのかも定かでない。取りあえず改札を潜ったので、移動することだけが確か。
(分からん……)
どうしてそこまで『デート』という体裁に拘るのか、未だにピンと来ない。
極端な話、観光スポットや面白いアクティビティが無くたって楽しい時間を過ごせる自信はある。俺とルビーだ。勝手に面白い方向へ話が転がる。今も決して退屈はしていない。
『ヒロ、早く!』
『お前の遅っそいペースに合わせてやったんだろうが。だいたい急いでどこに行くってんだよ』
『ここじゃない、どこかよっ!』
『はいはい……』
後先考えず楽しそうな方向へ進む。彼女の良いところでもあるが、今日ばかりはマイナスに作用している気も。勝手な思い込みなら良いのだが。
以下、午後のダイジェスト。
一先ず雨に濡れないのが最優先ということで、ベイエリアの駅ビルへ向かった。
真琴と出掛けたときに海ポチャでずぶ濡れになったジーンズの代わりを買ったところだ。次こそ水を浴びていないときに訪れたい。
比奈や瑞希と双璧を為すお洒落さんの彼女ならウィンドーショッピングはピッタリなデートプランかと思われたが、ここも想定通りには進まなかった。
『はぁっ!? こっちも休業中ッ!?』
『入れ替わりの時期なのか……?』
お目当てのショップが悉くテナントの入れ替えで閉まっており、限られたエリアしか入れなかった。ならば同じくらい女子ウケの良い場所をと同じ階のジュエリー店でお茶を濁そうとしたのだが、これも不発に終わる。
『まったく甲斐性が無いのねっ。この程度の値段なら迷わず買いなさいよ!』
『いや、五万もポンと出せねえって』
『なに? もしかしてその恰好、トータルで一万円以下とか言わないわよね?』
『全部ユニ○ロだよ文句あっか』
『あるわよ! 弛んでいるわッ!』
父、セルヒオ・トラショーラスと言えば結構な高給取りで界隈では有名である。彼を解任したセレゾンは高額な違約金の支払いで、次のストーブリーグに一切買い物が出来なかったくらいだ。
その恩恵を余すことなく受け育って来た彼女だから、どうしても一般庶民とは金銭感覚に乖離がある。親名義のクレカと限度額いっぱいの電子マネーを何枚も持ち歩いていて、後者は自分でチャージしたことすら無いほど。
それでいてこのじゃじゃ馬、デートにおける諸々の支払いはすべて男がやるものだと思い込んでいる節があり、自分の金を一切使おうとしない。
ラーメンもパフェ代も俺の奢りなのだ。そもそも小銭を持っていなかった。金持ちお嬢様のノノでももうちょっと品があるぞ。
『本当に貴方って人は……麗しい少女を前に、どうしてそんなボサッとした態度でいられるのかしら。レディーの扱いがなっちゃいないわ……!』
『風邪ひいちまえ』
気に入ったイヤリングを買え買え買えと長いこと駄々を捏ね、持ち合わせが足りないことを告げると渋々自腹で購入。
すっかりへそを曲げてしまった。俺だって買ってやりたかったけどさ。五万は無理だよ。あとその不遜な態度で激しく気を害したよ。察しろ。
『はぁ、結局ずっと歩きっぱなしね……ねえ、他に面白いところは無いの?』
『だから詳しくねえんだって俺も。いっそノノにでも聞いてみろよお勧め』
『お断りよ。今日は頼らないって決めたの』
「まぁ最近裏切られっぱなしやしな」
『なに!? 早口だと聞き取れないんだけど!』
『なんでもねーよ』
手元で乱雑に揺すられる紙袋には、やはり自腹で購入したお目当てではなくともお高いブランド服が大量に突っ込まれている。
この土砂降りのなかで落としでもしたら大変だ。次のデートスポット、もとい安住の地を見つけなければ。
とは言えカフェと買い物で結構な時間を使ったので、気付けば十五時過ぎ。なんならもう解散しても文句の無い頃合い。疲れた。ちょっと帰りたい。
しかしこの不満顔だ。その一言を切り出せば烈火の如く怒り出し遠慮の無い罵詈雑言を投げ付けられるのは目に見えている。
俺とてルビーの怒った顔が見たくて付き合っているわけではない。もう少しだけ気張ってみよう。
『なーんかあったっけなぁ……』
『ねえヒロ。あの川を渡った先にあるのって、なんかそういうお店?』
『ポーターズか。ここと似たようなモンやろ。知らんけど』
『なら行きましょ。Tiffanyの新作が見たいの、こっちには無かったから。あとカチューシャも買い直したいのよ』
『そういや折られたまんまやったな』
『どこのブランドかミズキが教えてくれないの。あれ、気に入ってたのに』
岡山事変でノノがポッキリ折ってしまって以来、特に新しいものを買っていないようで。
時に今日のルビー、長い金髪をシンプルに下ろしただけだ。カチューシャを貰うまではブローチか何か着けていたような。
これだけ丁寧に着飾って、雨で落とされたとはいえメイクもバッチリ決めて来たのに、髪の毛だけは弄っていないのか。今日買う予定だったのかな。
『Tiffanyってアレやろ確か。ティファニー・アンド・コッ、ってやつ』
『最後のは読まないのよ、何よコッって……んグ、んふふフフっ……ッ!』
『おっ。久々に笑ったな貴様』
『馬鹿なこと言うからよっ! ホントにもう、貴方って人は…………はぁー。結局そうやってふざけるんだから。わたしと一緒だと、いっつもそうね』
『お前がゲラ過ぎるんだよ』
『はいはい、わたしが悪いのよ。いっつもいっつも……いっつもね』
階段を降りて円形広場を抜ける。比奈と訪れたコスモワールド、観覧車が目の前だ。橋を渡って更に奥へ進むとその商業施設がある。
目的さえあれば疲れも気にならないのか、洒落た傘を差し雨の降りしきるロードを意気揚々と進むルビー。
雨のなか佇む金髪外国人。恐ろしくpintoresco。念のためにと持って来た一眼レフを使いたかったが、取り出す苦労を考慮し心中へ認めるに留まった。
『……でも、三割は貴方のせい。だから期待してしまうの、どうしても……』
消え入るような呟きは傘を叩く雨音で掻き消される。中身が気になるが、多少は明るい顔に戻ってくれたのだ、変に刺激するのはやめておこう。
そう。こんな風に俺たちは何だかんだで帳尻が合って、お気楽で遠慮の無い関係性にいつでも戻れるのだ。お互いのプライドの高さがちょうど良く削れて、上手いことハマるんだと思う。
『ヒロ? どうしたの?』
『……いや別に。綺麗やなって。観覧車』
『ちょっ、そこはお世辞でも、わたしがって言いなさいよ!! 怒るわよ!?』
またも余計な一言で怒らせる。
ピンと糸の張った美しい背筋だ。立ち振る舞い自体は優雅そのもの。隠し切れない『育ちの良さ』感は他の面々に無い長所でもある。
勿論外見だけでなく、それを引き立てるだけの自信と崩れない強気な態度が、総じて彼女の魅力で、ルビーらしさ。
(……こんな綺麗で逞しい子が、ただの友達か)
プンスカ湯気を立てながら先を行く彼女の後ろ姿を、曖昧な眼でボンヤリと眺めていた。
雨で視界が悪いのだろうか。いや、そんなことは無い筈だ……。
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