800. いやしんぼ
「え~、というわけでぇ~……正式に付き合うことになりました~!」
「お試しですッ! お試しですからあくまでもッ!! 不用意に言い触らしたり茶化すような真似は決してしな……騒ぐなああァァ゛ァ゛ァーー゛!!」
開始から三十分ほど遅れて到着したオミと橘田。当然ながらその理由を事細かに説明させられる流れとなり、渋りに渋った挙句ついに交際宣言をブチ上げた。
ほとんどA組の貸し切り状態だったすた○な太郎は狂喜乱舞、やんややんやの大喝采。喧騒は暫く収まらないだろう。
極めて健全で清らかな関係に基づく交際が云々という橘田決死の釈明も、勢い良く回る換気扇に流され届くことは無い。
「すぐに別れなきゃ良いんだけどね~。オミちゃん死んだら夏前にインターハイ終わっちゃうよ」
「破局したショックで欠場は洒落にならないな……哲哉、寿司取りすぎ」
「だって焼き肉美味しくないんだも~ん」
調子乗りなエースに振り回されサッカー部も苦労が多かろう。もっとも、小皿をパンパンにしている総菜の分だけ深掘りする気満々な二人に言われる筋合いも無いだろうが。カロリー考えろよ。
そう。焼き肉屋は焼き肉屋でもす○みな太郎。食べ盛りの腹を満たすにはこの上なく、お財布にも優しい。だがそれだけだった。期待外れも良いところだった。サラダとスイーツだけが許容範囲。
「どんだけ食べんねんお前。お腹いっぱいになればなんでもええんか」
「……美味しいですよ?」
「おしることラーメンとガ○トの繰り返しで味蕾が死んでんだよ」
食べ放題のもとを回収せんと、爆速で全メニューを平らげるご飯すきすき琴音さん。いつかちゃんとしたところへ連れて行きたい。
結局フットサル部の五人で固まっており、練習後の晩飯と変わらない。ただ最近は下級生も着いて来るし家でノンビリすることも多かったから、俺たちだけだった去年の夏頃を思い出すようで、ちょっと懐かしい気分。
脂っこい匂いにやられてしまった。加えて瑞希と比奈が両隣でキャピキャピしているせいで妙に疲れる。楽しいけど。でも疲れる。
夜風に当たってリフレッシュしようと店を出ると、こちらはこちらで腹を抱え死んでいる愛莉が。胃もたれか。まだ若いってのに。
「食い過ぎた?」
「……完全に調子乗った。お寿司とか焼き肉とか、滅多に食べられないし」
「いやしんぼめ」
階段の端っこでしゃがみ気の抜けた顔をしている。個人賞を掻っ攫われ結構落ち込んでいたし、慣れない幹事で疲れてしまったのだろう。隣に座り頭を撫でてやる。どうせ誰も来ない。
「言うてお前、最近そこまで貧乏ちゃうやろ。バイトで抜けるのも少なくなって来たし。普通に高校生やっとるやん」
「私がいつ普通の高校生じゃなかったってのよ……あっ。そうだ言うの忘れてた。バイト先、変えた」
「はっ? なんで? いつ?」
「先月いっぱいで。割の良いところに誘って貰ったのよ。全力でコネ使って」
「どういうコネだよ。お前にそんなものが……変なところじゃねえだろうな? パパ活なん始めたらぶっ殺すぞ貴様」
「んなわけないでしょッ!」
部活へ顔を出さない日はアルバイトに明け暮れている愛莉。早坂家の近くにあるコンビニだ。なんだ、偶に茶化しに行くの結構楽しかったのに。
「分かったってば……どうせ後で詰められるから、今のうちに教えておくわ……区役所よ、区役所。交流センター」
「……え、俺のとこ?」
「有希のお母さんに紹介して貰ったの。センターに集まる子どもが増えたから、ちゃんと学童っぽいこと始めるんだって。先生役が足りないから、資格が無くてもとにかく人手が欲しいみたい」
あぁ、こないだ関根館長が話していたな。センターに通う方のお子さんは大半が日本語も不自由だから、子どもを集めて日本語教室みたいなものを作りたいって。早速行動に移したのか。
で、その先生役を愛莉が?
大丈夫なの? 英語すら話せないのに?
日本語の語彙力すら足りないのに??
「心配ご無用。一人で教えるわけじゃないんだから、なんとかなるわよ」
「そりゃまぁそうかもしれんけど」
「アンタと同じ日しか出ないから。時給結構高いし、資格取ったらもっと上がるし。今までより少ない労働で給料が変わらないなら、カンペキでしょ?」
「バイト先でまで俺と一緒にいたいのかよ」
「…………いや?」
「最高だけれども」
なんてことない澄まし顔のようで頬は危うく緩み掛けている。長瀬姉妹特有の隙だらけなドヤ顔。変にドキドキしちゃうから困る。
そうか。愛莉と同僚になるのか。ただでさえ部活どころかプライベートもベッタリなのに、バイト先まで一緒とは……勿論嬉しいは嬉しいけど、ますます俺への依存度が高まりそうで、ちょっと不安だ。
「最近さ、気付いたのよね」
「……何に?」
「私が苛々してるのって、だいたいハルトと会えないタイミングなのよ。バイトしてるときだったり、他の子の番だったり……」
イライラよりムラムラだろ。お前は。
「だからさ。出来るだけハルトと一緒にいれば、変に動揺したりすることも無くなるんじゃないかって……結構良いアイデアだと思わない?」
「……自分でも言うのもアレやけどな」
「うん?」
「ベタ惚れやん」
「…………んっ」
更に肩を寄せスリスリと甘えて来る。
いよいよ恥ずかしがりもしないとは。
ちょっと茶化されただけで顔真っ赤にして全否定していたあの頃の愛莉は何処へ行ったのだろう。素直で汐らしい愛莉とか、もうさ。
可愛いだけなんだよ。お前のせいで性欲バグりっぱなしなんだよ。勘弁してくれって。本当にもう、好き。
「こないだテツが言うとったんやけどな。長いこと付き合っとると、どっかしらで倦怠期やないけど、落ちて来る時期はどうしてもあるらしいやん」
「らしいわね」
「欠片の気配も無いのな。お前」
「……ハルトだって、そうでしょ」
「俺も不思議や。まるで飽きる気がせん」
「…………ずっとドキドキしてるから、かも」
突然真剣な目をして、そんなことを言い出す。
でもちょっと嬉しそうな、よう分からん顔。
つまりいつもの愛莉ではあったのだが。
「……ハルトと一緒にいると、安心するけど、それ以上にドキドキする。ちゃんとカッコいいままでいてくれるから」
「ハッ。ホンマかぁ?」
「嘘吐かないわよこんなときに……なんて言うかさ。ハルトって、サボらないじゃん。私のことも、みんなのことも」
「サボらない?」
「なんだかんだ言って、いっつもみんなのことを一番に考えてくれるし、ちゃんと行動してくれるし、口にも出してくれるし……マメな男ってやつ?」
「なに素直に褒めちゃってんの? ありがとな?」
「だからどういう感情よその顔」
よりによって愛莉から馬鹿正直に褒められるとむず痒いというか、逆に裏がありそうで怖いが。まぁ素直に受け入れておくか。
要するに、好き同士で恋人になった、愛し合っているからと言って、好きでいてもらう努力を怠ってはいけないと、そういう話だと思う。
ただ、努力しているつもりは一切無い。偶々俺がメンヘラで重い男だったから丸く収まっているだけだ。特に愛莉相手には。
「ほんなら、愛想尽かされへんよう頑張るしかねえな。よう分からんけど」
「変に意識しないで良いわよ。ハルトはそのままで、十分カッコいいから」
「……ホンマ急にどうした? オミと橘田見てアオハルしたくなったのか?」
「別にそういうのじゃ…………まぁ、ちょっと良いなとは思ったけど」
「可愛すぎ。お前」
「お前じゃないっ。愛莉だもんっ」
「デ~レ~す~ぎ~で~す~~」
腕を挟み込みぎゅうぎゅうに押し付けて来る。ファミレスの階段でやるようなことじゃない。なんだこのバカップルは、甘過ぎて反吐と一緒に角砂糖を吐く勢いだ。これ以上ニヤニヤさせるな。顔面が崩壊してしまう。
「ちなみになんだけどさ。ハルト」
「うん?」
「……独り占め出来ないのは、もう良い。諦めた。ちゃんとこうやって時間作ってくれてるし、私も頑張るし。今でも十分だから」
「……お、おう。そうか」
「もう三年生だし、我慢出来るときはしないとって。だからさ……私と一緒じゃないときは、ちゃんと他のこと、考えてね」
「…………おー。せやな」
独占欲の塊みたいな女がいきなり何を言い出すのか。これも成長か? 成長したのか? 最後に私の元へ戻ってくれば構わぬ理論か? ラ○ウなのか?
「休み明けまで連絡してあげないから」
「なんでそんな寂しいこと言う?」
「負けちゃったんだから仕方ないでしょ。私も我慢するだから。いいっ? ちゃんと守れる?」
「……おん。じゃあ、分かった」
取って付けたような連絡禁止令。そんなのお前が一番辛いだろうに、本当にいきなりどうしたんだ。今さっきの甘ったるい流れは何処へ?
一人立ち上がり店内へと戻ろうとする。
が、立ち止まって、ポツリと一言。
「……ドキドキしないと、ダメ」
「はっ?」
「自分だけじゃなくて、相手も。恋愛ってそういうものでしょ。親子でもなしに、家族になるのなら……ちゃんと恋愛しないと、ダメだと思う」
ビックリするくらい愛莉に似合わない台詞だ。性欲に振り回されっぱなしのお前が恋愛を語るのか。日本語教師より恋愛の資格を取るべきだろお前。
「腹イタは?」
「治った。ハルトのせいで」
「『おかげで』やろ日本語勉強しろ」
俺を置いてすたこらドアの奥へと消えていく。
ええ。なんなの。どうしたの。
何を伝えたかったの。怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます