799. 食べ頃だったのに
閉会式の後も休まることなくグラウンドを走り回る。主に実行委員会の仕事ではあるが、グラウンドの整備や機材の後片付けは三年生が中心。体育祭の跡はものの数時間ですっかり消え失せてしまった。
個人的には部員の親御さんに挨拶回りをしたりしていて、一向に気の抜けない時間が続いていた。
最後のリレーだけ長瀬姉妹の母である愛華さん、更に楠美家のご両親までが顔を出していて、そちらの対応に追われたのだ。
早坂夫婦の計らいで一堂に介することに。親同士の連携が進むに越したことは無いが、俺の話がどこまで共有されるのか不安で仕方ない。最後まで嚙み合わなかったチェコと慧ちゃんパパのチグハグなやり取りが唯一の癒しだった。
「ハルぅ~。そろそろ行こーよ~」
「あー、ちょっと待ってくれ。琴音のお母さんからラインが来てて……」
夜も深まり、と言ってもまだ七時過ぎだが、学校へ居座るには遅過ぎる時間帯。教室の扉の前で待ち惚ける瑞希に待ったを掛け指を滑らせる。香苗さんへのラインは慎重に返さなければ。
それにしても通知が止まらない。明日以降のデートについて色々と話したいことがあるのだろうが、邪魔だ邪魔だ。一旦ブロックしてやろうか。
「早速打ち合わせ?」
「いや、香苗さんが……先に行っててええぞ」
「やーだ。三日間も独占されちゃうんだから、今のうちに堪能するの♪」
「ベタベタすんなよシャワー浴びたからって。近いんだよ揉み散らかすぞ」
「いいよ~? 誰も見てないし」
「俺たち以外はな。分かったよ、取りあえず出るから…………っしと、待たせたな瑞希。行こうぜ」
「うぇ~~い焼き肉焼き肉~~っ!」
律儀に待ってくれていた比奈、瑞希を連れ教室を出る。向かうは駅への道中にある焼き肉屋チェーン。クラス単位の打ち上げがあるのだ。愛莉と琴音は幹事なので皆を引き連れ先に行っている。
通知が煩いのは彼女たちだけではなかった。他の会場で打ち上げが始まったらしい下級生からのラインだ。ノノ、真琴、慧ちゃんからも写真が送られてくる。個人宛もグループチャットも忙しない。
「結局来るのかなあ、あの二人」
「さぁな~。今頃ラブホにでもいるんじゃね?」
「んなわけあるかい……」
バスを待つ傍ら、比奈と瑞希は暢気に呟く。
ペアダンスのインパクトそのままに個人賞を受賞してしまった例の二人は、閉会式にもなし崩し的なHRにも顔を出さなかった。既に学校にいないことだけが確か。
そう。二人である。
学年で一人が選ばれる筈の個人賞だが、あの二人のどちらかだけが受賞するのもどうなんだろう、と閉会式で奥野が言い出したばっかりに、各学年二人ずつの選出に急遽変更となったのだ。とんでもない後出しじゃんけんである。
ちなみに各学年の優勝は俺たちを含め、フットサル部の連中が固まっているクラスで見事に揃った。皆の活躍ぶりを考慮すれば当然の結果だが、なんというか、都合の良い話だ。
「ねえハル、ホントに全部貰っていいの?」
「おう、好きに使え。なんか知らんけど、愛莉が更に張り切ってたし」
「お弁当組は元々いらないよね~」
一か月分の食堂割引券(プラス愛莉と比奈の分)ともなれば結構な量だ。パンパンに膨らんだ財布をホクホクの笑顔で眺める瑞希であった。どうにか使わせない方向で行きたい。なんなら俺が弁当作ってやる。五年後くらいに。
スクールバスはそのまま駅へ向かってしまうので、途中で降りられる市営の有料バスへ乗り込む。
街灯の少ない真っ暗な坂道を下る最中、未だに鳴り止まない通知。比奈がニヤニヤと嬉しそうな顔で覗いて来た。
「結果オーライって感じじゃない?」
「ホンマにな。今日使った体力返して欲しいくらいやわ。利子付きで」
トーク欄を次々と入れ替え返信する。まぁまぁ面倒くさい作業だ。途中間違えて意図しない文言を送りそうになる。
相手は有希。ルビー。そして小谷松さん。
個人賞を獲得した三人である。
「シルヴィアは最後までバカやってたし納得だけど、二人は意外だよな。アレ、面白かった奴が貰えるんじゃねえの?」
「他に候補もおらんと、単純に活躍しとったからな。知らんけど」
「二人とも凄かったもんねえ~」
ルビーの受賞は満場一致の大喝采。本人は馬鹿にされているとも気付かず嬉しそうだった。謝る理由が一つ減って大変喜ばしい。
そして有希と小谷松さん。選抜リレーでの活躍が効いたのだろう。小谷松さんのごぼう抜きは間違いなく大きな見せ場だったし、何より最後の有希。
「特にアクシデントも無く、普通に愛莉相手に勝ったんだから大したもんや」
「まぁアイツ、ゆーほど速くねえしな」
「瑞希ちゃん出ればよかったのに~」
「いーんだよ。いっぱい写真撮ったから」
「わっ、ほんとだあ……躍動感が凄い!」
「へっへっへ! 悪魔のパスポートだぜっ!」
「写真をばら撒かれたくなかったら、大人しく言うことを聞け! だねっ!」
「ざっつらーいと!!」
また一つ、愛莉と琴音が瑞希の玩具にされる理由が増えてしまった。あの二人に限っては本気で怖がるので有効なカードとなる。まったく、止める気が更々無い比奈も同罪だ。俺もだけど。
そんなわけで、明日の振り替え休日から三日連続のデート、もとい拘束期間が始まる。
まずは小谷松さんの番で、翌日の建学記念日はルビー。最後が有希だ。ルーレットで公正に決められたとのこと。
あぁでも、小谷松さんはアレか。俺のスマホにGPSのアプリ入れたいんだっけ。それだけの用事のために朝一で来るのか……。
「ふーん。ランランが初日で、ゆっきーが最後なんだ。バランス悪くね?」
「んだよ。覗くな」
「ハルのスケジュールなんて全員把握してんだから、いちいち気にすんな」
「首相動静か」
カレンダーアプリに予定を入れていたところ、今度は瑞希が覗き見て来る。バランスか。確かに俺も思う。でもルーレットは絶対だ。
「ランランともデートするの?」
「さあ。朝一で用件は済むと思うけど、その後どうなるかは知らん。他になんも言って来ないし」
「ほーん……一応言っとくけどさ、ハル」
「うん?」
「ランラン意外とむっつりだよ」
「なんの情報?」
「認めさせた」
「おっかない先輩やな……」
へっへっへと憎たらしい顔で笑い転げる瑞希。いや、本当になんだよ。どういう意図を持った告げ口だ。知ったところでどうしろと。ただただ困るわ。
「聖来ちゃん大丈夫かなあ。琴音ちゃんより身体も小さいし……」
「ハルのもクソデケえしな」
「俺が相手する前提みたいな風潮なに?」
「「えっ? 違うの!?」」
「ハモんな」
有希や真琴はともかく、それは違うだろ。だって小谷松さん、先輩への信頼が裏返ってストーキングに走るような子だぞ。確かに素直で可愛い子だけど、でも違うじゃん。素直過ぎるじゃん。ある意味。
「ちなみに興味津々だったけど?」
「…………マジで言うとんの?」
「うん。あたしらのこと普通に気付いてた。ああ見えて鋭いんよね」
「あっ、瑞希ちゃんも? わたしもなんだ~。先輩とどんな感じなんですかってストレートに聞かれて、ビックリしちゃったよ」
比奈もうんうんと頷き同調する。
小谷松さんがその手の事情に興味津々……いやまぁ、年頃の女の子なら別におかしくもないと思うけど、よりによってあの小谷松さんが?
というか、俺とみんなの関係、小谷松さん気付いてるの? 気付いていて尚、あの距離感で接して来るの? GPSアプリ入れようとしているの?
えっ? 怖くない?
「そーゆーわけだから。ハル。新入生食い散らかすつもりが、逆に食われたとか笑えねえから。気を付けろよ」
「女の子はみんな狼なんだよ~?」
そうだね。比奈が言うと説得力あるね。
口に出すと即襲われるから気を付けたいね。
(……いやいやいやいや)
GPSアプリはある程度仕方ないと諦めていたが、逆に言えばこの連休で一番気楽な相手だった筈なのに。俺、狙われてるの? そんなことある?
「あーあ。あたしも15歳のときにハルと会いたかったなー! あたしもハルも今よりもっと食べ頃だったのにな~残念だな~!」
「一年生の頃に陽翔くんと出逢ってたら……うん、そうだね。きっとわたし、耐えられなかった。陽翔くんの凶暴な愛に毒されて、メチャクチャにされてっ……高校生活を棒に振っちゃってたかも……っ」
「そりゃ振りまくりよ。色々と」
「もう救いようがないよねぇ……っ♪」
性癖を惜しげもなく披露され、とても焼き肉を楽しむ気分ではなくなってしまった。瑞希はまだ良い。比奈さん。うっとりしないで。マジ怖いよ。
「はいはーい、降りまーす! ほらハルっ、焼き肉が待ってるぜ!」
「イチボのお肉食べられるかなあ」
「イチボ? なんそれ?」
「お尻のところ。希少価値が高くて、柔らかくて美味しいんだって」
「希少価値のあるケツ……くすみんだな」
「慧ちゃんもガッチリしてて凄いんだよ~」
「柔らかさはゆっきーだよね」
「分かる~~!!」
酷いガールズトークもあったもの。何故部員のケツの柔らかさ具合を共有しているんだお前たちは。いい加減にしろ。
ため息交じりにバスを降り二人を追い掛ける。特筆すべき点も無い夜の曇り空が出迎えてくれた。
どれだけ美しい比喩表現も今は機能しない。ケツ座とか存在するのかな。どうでも良いことばっか考えちゃう。
(食べ頃なわけあるかい)
せめてもの抵抗。今日ばかりは牛肉を食べるんだ。かといって普段は女の子を食べているとか、そういう話でもないんだ。駄目だ、思考を止めよう。
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