793. 思わぬ収穫


 三人はタイムアップになってしまいゴール出来ず。残る走者もテープを切れなかった。ハラスメント祭りの借り者競争はノノと真琴の二人勝ちに終わる。


 途中、二年の男子が『好きな人』というド直球なお題を引き当て、クラスメイトを連れ出すという大盛り上がりの場面もあったが、その場でフラれてしまいゴール認定すら貰えなかった。あれは酷かった。フッた女の子以外みんな泣いてた。



 午前のプログラムが終了。現在グラウンドでは参加希望の保護者と教職員によるパン食い競争が行われている。


 フットサル部の関係者では唯一、有希のご両親が参加していた。忘れていた。こういうのに一番出たがるのは間違いなくあの人たちだった。



「見て見て~廣瀬く~ん! 賞状貰っちゃった~♪」

「まったく、子どもよりはしゃいでどうするんだよ。あぁごめんね廣瀬くん、呼び止めちゃって。障害物競走見てたよ、カッコよかったね!」

「お父さんほどじゃないっすよ。あんなスマートにパン咥える人いないっすよ」


 昼休憩の時間はそのまま待機ブロックに残ったり食堂に引っ込んだり保護者と合流したりと過ごし方は様々だ。見学もそこそこに腹を満たそうと食堂へ向かおうとしたところ、早坂ファミリーに捕まった。


 バイト先の同僚である有希ママはともかくパパさんとは結構久しぶり。家庭教師をしていた頃はよく顔を合わせていたが最近は機会が無かった。

 どこぞの俳優かと見間違えるほどの爽やか高身長イケメンだ。夫婦揃って時空が歪んでいる。若過ぎる。



「どうだい有希は。迷惑掛けてないか?」

「振り回されてはいますけど、迷惑とは思ってないですよ。可愛いもんで」

「なんなら一緒に住んでも良いんだよ?」

「いやあそれはちょっと……」


 ママさん以上に有希に甘い、というか溺愛していて、彼女が一人暮らしを始められたのもお父さんの全面協力体制によるところが大きい。有希の言うことなんもかも全肯定だから、俺に対しても若干バイアスが掛かっている。反動が怖い。


 早坂夫婦とは初対面だった三年衆四人。娘がいつもお世話になってますいえこちらこその社交大会が始まる。で、有希ママがみんなの親御さんにご挨拶を……という流れになり。



「おったんかい」

「毎年観に来てるんだよねえ~」


 両親揃い踏みだった比奈が先頭を切り、今度は倉畑ファミリーと合流。長瀬母、早坂夫婦のような年齢離れした若さこそないが、穏やかで優しそうな、極めて常識的な礼節を持ったご両親であった。


 そのまま倉畑・早坂両家はすっかり意気投合してしまった。大会を一緒に観に行こう、保護者会を作ろうとエライ盛り上がっている。俺の話題で余計な火種が生まれないことを願うばかり。



「ホンマ緊張したわ……」

「あはははっ。もうっ、言ったでしょ? そんなに心配することないって。本当に普通の家族なんだから」

「だからこそ怖いんだよ、今の関係が露見した日には……どこまで喋ってんの?」

「彼氏だよ~って言ってる」

「難易度上げやがって……ッ」


 これほど彼女たちの関係性を悔いたことは無い。あの温厚で優しそうなご両親を怒らせる未来がほぼ確定しているなんて。心が痛い。武力行使に出たり琴音パパみたいな威圧感で殴るタイプじゃない分、余計に辛い。


 仕方ない、いつかも分からない土下座外交の日々に恐れるよりまずは昼食。午後は初っ端から比奈と参加する二人三脚だ。腹膨らませて邪念を払わないと。


 愛華さんが到着したようで、愛莉は真琴と合流し母を探しに。琴音はさっきから倉畑ファミリーに捕まっており(小学校時代から親交があるらしい)瑞希もノリでその場へ残った。比奈と二人きりになっている。



「どうする? 下の子たち探す?」

「あら珍しい。せっかく二人やってのに」

「それがなんと、今年は食堂以外の場所も開放してるっぽいんだよねえ。ちょっと隙無さそう」

「お前もう人の目があろうと関係無いやろ」

「んふふっ♪」


 笑いっぱなしで終わるな。答えろ。


 今日は愛莉のお弁当が無いので、結局購買に並んで安いおにぎりを買い、待機ブロックへ戻る。

 いや、戻ろうとしたのだが。通じる道が保護者の人だかりで塞がれていた。やたら男子生徒も集まっているな…………んんっ!?



「わぁぁ~すごーい! 海外の俳優さんみたいっ……あれ、陽翔くん?」

「なんでいるんだよ英国紳士……ッ!」


 チェコことセルヒオ・トラショーラス、つまりルビーのお父さんだ。なんの変装もしていないから知っている人にはバレバレ。ちょっとしたパニックになっていて、ハンチョウが必死に人を退かしている。


 集まっているのはサッカー部とその父兄だったか。背も高いから目立つ目立つ。しかも近付いて来る。来ないでよ。騒ぎになっちゃうよ。



『道を開けてくれ。すまないね……ほう、ユニフォームでなく学生用ウェアを着ている君の姿を拝めるとは。これは思わぬ収穫だったな』

『良いですってそういうの。オフですか?』

『午前で切り上げだ。そのままの恰好で来てしまったからな、トレンがサポーター専用車両になってしまった』

『なら変装しようとか考えません?』

『似たような背格好の男がこの街に何人いると思う? どうせバレるのなら堂々としていた方が良い。私とて客商売だからな……アレの居場所は分かるか?』

『はいはい、案内しますよ……ッ』


 俺を茶化す目的ではなく、普通にルビーの様子を見に来たらしい。オフは子煩悩かつ愛妻家、存外お茶目な男だ。でも威圧感はまんまだから割と接しにくい。


 並んで歩く様を生徒も保護者も興味深そうに眺めている。一番目を輝かせているのは後ろから着いてくる比奈で、一番驚いているのは遠くにいるハンチョウ。少し進めばモーセの如く人波が割れた。ちょっとしたスター気分だ。嬉しくない。



『先日とは違うガールフレンドだな。アレの許可は取っているのか?』

『彼女もフットサル部のチームメイトです。ルビーも信頼する素晴らしいプレーヤーですよ。ブランコスの助っ人に如何ですか?』

『手厳しいな。怪我人だらけで先週はセンターバックが一人も居なかったのだよ……まったく困った。君を待っているほどの余裕も無さそうだ』

『何としてでも残留してください。ルビーを連れて帰国だけは許しませんよ』

『アレの居るところに、私のチーム在り、だ。彼女が望むのなら一部の古豪だろうと、アマチュアクラブだろうと関係は無い』


 余計な小話も挟みつつ二年の待機ブロックへ連れて行く。いくらグラウンドの端っことはいえ、ルビー共々端正な顔立ちの外国人はどうしても目立ってしまうな……中々騒ぎが収まらない。



「陽翔くん、みんな陽翔くんのこと見てるよ」

「分かっとるって。ったくあのオッサンは、ちょっとは俺の身の上を考えて行動してくれんかね……」

「スペイン語がペラペラってだけでも十分注目されちゃうと思うけどなあ」

「これだから単一言語国家は……ッ」


 チェコと話をしていたせいで、俺も併せて注目されてしまった。空気の読めないサッカー部員に『あの廣瀬陽翔がブランコスの監督と一緒に居るぞ!』とか喧伝されたら堪らん。今後の活動に差し支える。


 どうにかして俺の存在感を消したい。例えば、もっとインパクトのある人を連れて来てその隙に逃げるとか。


 誰か適任は…………あっ!



「慧ちゃんパパ!」

「おぉっ、 廣瀬の野郎じゃねえかッ! ちょっと力貸してくれや、慧の奴どこ探しても見当たらなくてよぉ!」


 仕事の間に抜け出して来たのか、施術用の白衣でグラウンドをのっしりと歩き回る、一歩間違えれば不審者な髭面の大男。

 そうだ、慧ちゃんパパならチェコの存在感にも太刀打ち出来るかもしれない。絡ませよう。そして俺への注目度を下げよう。



「じゃあ連絡するんで、ここで待っててください。その間ヒマでしょ? あの背の高い外国人、サッカーチームの監督ですよ。ブランコスって分かります?」

「おぉっ、知っとる知っとる! あれだろ? カネダとかミズヌマとか、ハシラタニのいる……あとアレだ! イハラとオスカー。あれ、でも監督はカモじゃねえのか? ちょっとずんぐりむっくりした太眉のアイツ!」

「いつの時代の話してるんですか」


 意外にも結構詳しい。

 けど情報が古い。プロ化前で止まってる。



「あの人の娘さんもフットサル部で、慧ちゃんのチームメイトです。ほら、上手くやれば監督と選手がお店に来てくれて、良い宣伝になるかも」

「おおぉッ、ソイツはグッドアイデアだな! そうだアイツだよアイツ! すげえキック蹴る奴、あれもブランコスだろ! サイン貰っとかねえとなァ! ガッハッハッハ!!」


 だから古過ぎるって。

 シュンスケでもそろそろ一昔前なのに。

 絶対カズシの話してるでしょ。


 言語の壁も一切気にせず馬鹿みたいなハイテンションでチェコに話し掛ける。チェコは一瞬顔を顰めるが、慧ちゃんパパが俺を指差したのを見てフットサル部の関係者だと気付いたようだ。


 身振り手振りで対話を試みるチェコ。まったく応答する気が無く日本語で話し掛け続ける慧ちゃんパパ。なんだこの奇跡のツーショットは。面白過ぎる。



「こっちがシルヴィアちゃんで、あっちが慧ちゃんのお父さん……」

「絶妙に遺伝感じない?」

「あははっ、分かる分かる。今日だけで親同士も仲良くなっちゃって、なんだか良い感じっ?」

「まぁ悪いことは無いかもな。あとは愛華さんと、琴音の両親が来れば」

「……そっかあ。じゃあ陽翔くん、二人と結婚するときはどっちのお父さんも倒さないといけないんだ……」

の時点で何かおかしいと気付け?」

「でも一番の難敵は琴音ちゃんのパパだよねえ……」

「拳を交える前提で進めないで??」

「シルヴィアちゃんのパパ、魔法とか使って来そう」

「ちょっと分かるけれども」


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