772. 及第点と言ったところ
こちらの取ったタイムアウトの後、川崎英稜はファーストセットを下げてしまった。
足首を気にしていた土居を筆頭に自ら交代を申し出たようだ。後半からほぼ出ずっぱりともなれば消耗も激しかったのだろう。
だが当人たちも、そして監督にとっても本意では無かった筈だ。練習試合で同じ選手ばかり使うわけにもいかないし、チーム事情を考慮した上ではあるだろうが。
悔しそうにベンチ脇で寝転んだ摩耶。
弘毅が気丈に声を掛けている。
「いいっ!? 全部預けなさいっ! ねぇねの仇は私が討つんだから! 邪魔するんじゃないわよッ!」
あちらはゴレイロを交代しパワープレーに打って出るようだ。暫く休んでいた弥々は顔を真っ赤にしてセカンドセットの面々へ檄を飛ばす。
こちらも体力のあり余っているノノとルビーを投入。俺も暇そうにしていた愛莉と交代。
二点差は危険なスコアとよく言うが、弥々を除きすっかり意気消沈しているあの様子ではチャンスは作れないだろう。雰囲気が悪過ぎる。
「|Bonito bloque! アイリ!」
「愛莉センパイっ、こっちです!」
「お願いノノっ!!」
試運転も兼ねてフィクソの位置に入った愛莉。相手ピヴォを後ろからなぎ倒してみせた。彼女が同性相手に当たり負けする姿はちょっと想像出来ない。パワープレー対策は的中した。
ノノはすぐさまドリブルを開始。ゴレイロのユニフォームを纏った相手アラは交代する間もなくゴールへ駆け戻るが、間に合うかどうか。
「縦です、栗宮コーハイ!」
「……ッ!!」
プレッシャーに遭ったところでサイドラインをなぞるような縦パス。受け手は未来。大慌てで戻って来た弥々が強引に止めようと腕を伸ばすが。
「ふぎゃああああァァアア゛アア゛!?」
「舐めるなッ!」
未来はボールに触れることなくスルー。弥々のアタックを寸前のところで振り切った。そのままボールは敵陣を走り抜ける。
上手い抜け出しだ。接触を回避しつつスピードを落とさない唯一の手段にして、恐らく彼女にしか見えていなかったアイデア。
ファール上等で止めに掛かった弥々はクッションを失いこちらのベンチに飛び込んで来た。最後の最後まで空回りだったな。このメスガキ。
「フッ……! 直接手を下すまでもない!」
快足を飛ばし未来はゴールラインを割るギリギリのところでボールを拾い直す。先ほどのチャンスと似たような形だ。
その目に迷いは無かった。狙いはゴール前に飛び込んで来たルビー……いや、そっちか! よく見えていた!
「カンペキでっす!!」
マイナスのクロスをノノが押し込む。逆を突かれた即席ゴレイロは防波堤の役目を欠片も果たせず、ネットが軽快に揺れた。
残り一分で6-3。
ダメ押しだ。決まったな。
「ナイスアシストですっ!」
「ふんっ……及第点と言ったところだな!」
「アァーン!? 生意気言うんじゃねえですよ!」
「い゛だだだダダダダダ゛ダッ゛ッ!?」
ドヤ顔で出迎えた未来をアームロックで〆に掛かるノノ。ゴールパフォーマンスにしては手荒いが、双方楽しそうだしとやかくは言わないでおこう。
「もう大丈夫そうだね」
「アシストの面白さにも気付いたみたいやな」
「まっ、プレーはともかく中身はもうちょっとカイゼンしないとだけどね」
「そりゃキャプテンの仕事やろ」
「んなときばっかあたしに任せんなっつうの」
瑞希は歌うような声色で呟く。台詞とは裏腹に、本当は楽しみで仕方ないなのだろう。
彼女がチームメイトとして加わった、そう遠くからず訪れる未来に。問題児の操縦はノノやお前の十八番だ。任せたぜ。
「……はぁ。完敗だわァ……」
「まだ終わってねえのに来るなよ」
「あと一分も無いのに三点差は無理っしょ。つっても練習試合なんだし堅いこと言わんでさ」
タオルを首に巻いた弘毅がテクテク歩いて来る。我が物顔で足元に座り込むのでベンチに戻れとお小言の一つも言う気になれず、隣に腰を落とした。
「取りあえず、ありがとな」
「なにが」
「そりゃ未来のことさ。あんな風にボール蹴ってるところ、ガキの頃に見て以来だわ。いやまぁ、いっつも楽しそうっちゃ楽しそうなんだけど」
「あれだけボールの扱いが上手けりゃな。人生楽しくて仕方ないやろ」
「……そうじゃなかったんだよ。最近は」
すっかり調子に乗っている未来。サイドでパスを受けると、わざと相手を引き付けるようなタッチで自在にボールを操る。
完全にキレてしまった弥々が、後ろから思いっきり削り奪い取った。そのままルビーを置き去りにして華麗なドリブルからシュートを叩き込む。
最後の最後に酷い怠慢だ。琴音とノノが結構な勢いで怒っている。瑞希の言った通りだ、まだまだ学ぶべきことは沢山あるな。
「二点差ならなんとかなるやろ。ほら」
「馬鹿言え。あと10秒も無いだろーに」
「心配すんな。社会に出しても問題無い程度にはこっちで矯正してやるから」
「それも良いけど嫁に貰ってくれ」
「流石に恋愛対象には見れん」
顔は可愛いけどあの性格と小柄な体格ではな……そもそもボール一つ挟まないと真っ当な会話さえ成り立たないというのに。厨二語を勉強する気も無いし。って、そんな話じゃないだろ。
「なんつうかな。オレには胡桃がいたけど、アイツはそうじゃねえからさ。ライバルって意味では弥々が適任かもしれんけど」
「……ずっと一人だったんだな」
「かもね。どのチームでも一番上手かったよ。でもそれ以上に浮いてた。なんでこの年になって厨二ごっこ続けてるか分かるか?」
「さあ。サッパリ」
「アイツなりの自己主張だよ。素面だと人見知りするし。キャラ演じないと自我が保てないんだわ」
「面倒くせえ性格しとんな」
「それは同意」
実力の釣り合う人間がいなくて、チームからも浮いて。変なキャラ作って目立とうとして。ある意味の厨二趣味含めて俺と似たようなものか。
「この試合で気付いた筈さ。フットサルに限った話でも無い。一人で出来ることには限界がある……でも、周りに助けられっぱなしでも駄目ってわけや」
「ホーントそれ。バランスが命ってわけな。オレらもどうにかしねえと」
「せっかく熱意のある良い監督抱えてるんだから、ちょっとは話聞いてやれよ」
「分かってるって……摩耶は良いんだけどな。弥々はあんなんだし、オレも聖也もプライドばっか一丁前だし……全然チームじゃないよな、こんなの」
明暗を分けたのは、個の力や組織の完成度と一言で片付けられるものではない。勿論運の良し悪しでも、戦術的要素でもなく。
勝利を目指す上でチーム全体で同じ絵を描けるか。過度に個へ頼るのも、味方に依存し過ぎてもいけない。とにかくバランスが大事なのだ。
ファーストセットの四人と、女性監督の指示に忠実なセカンドセットではまったく別のチームだった。それぞれの長所と短所を補い合えるようになれば、川崎英稜はもっと強くなる筈だ。
難しいこと言い過ぎだって? そうでもないさ。本当に強いチームは無意識のうちにやっている、出来てしまうんだ。それが今回は偶々、俺たちだったんだよ。
「人がいて初めて組織が成り立つ一方、体系が無ければ細部は機能しない。これ、和製ロベルト・バッジョからの有難い格言な」
「自分で言うのかよ。ウケる」
「そっくりそのまま監督と、あと白石姉妹にも伝えておけ」
「じゃ、遠慮なく強くなりますわ」
「次は公式戦でな」
「おう。負けねえぜ」
互いに視線も合わさずグータッチ。
この手の男臭い友情は昔から苦手。
女相手の方がよっぽど気楽で良いものだ。
まっ、嫌いでもないけどな。
琴音がパントキックで大きく蹴り出し、同時にブザーが鳴った。まるで優勝したかのような騒ぎだ。さてと、今日の主役でも迎えに行きますか。
【試合終了】
長瀬真琴×1 15番×1
長瀬愛莉×1 栗宮弘毅×2
保科慧 ×1 白石弥々×1
世良文香×1
栗宮未来×1
市川ノノ×1
【山嵜高校6-4川崎英稜高校】
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