769. チビ言うな
ここで川崎英稜がタイムアウト。ゴレイロを入れ替えただけでフィールドプレーヤーはそのままのようだ。
女性監督がボードを持ち寄り熱心に指導しているが、真面目に聞いているのは15番だけ。耳に入らないのも致し方ないところではあるが。
「小谷松さん、今日はここまでだ。お疲れ様。疲れが残らないようにクールダウンしといてくれ。慧ちゃんもな」
「へえっ……あの、わし……っ」
「後半の2ゴールは実質小谷松さんのおかげや。自信持ってええで。ナイスプレー」
「……えへへへへっ……」
眼鏡を外しハンドタオルで汗を拭う。有希と真琴に囲まれちょっぴり照れくさそうに微笑む小谷松さん。ベンチが華やかだと疲れも半減する。癒し。
二人とも短い時間で自分の特徴を最大限発揮してくれた。しっかりと結果を出した文香も同様だ。頼れる戦力が一気に増えて心強い限り。
「で、また試すの?」
「博打じゃねえぞ。アイツのスピードなら15番は着いて行けない筈やからな」
「そう簡単に行くかしら……7番か9番が付きっきりでマークするんじゃない?」
ボールを抱え鼻息荒くコートで待ち構えている未来を眺め、愛莉は心配そうに呟く。この良い流れを個人プレーでブチ壊しにしないか不安なのだろう。
「んだよ。さっきと言うとることちゃうぞ」
「アンタが一番分かってるでしょ。後半だって一人ひとりが好き勝手やってたわけじゃない。ハルトと比奈ちゃんが上手くバランスを取ったから、結果的に他の二人が自由に動けていた……違う?」
「まぁ、その通りではあるな」
あくまでも愛莉は冷静だ。後半一気に劣勢を覆すことが出来た理由を彼女もちゃんと見抜いている。
最初の単独突破は一年トリオの印象を出来るだけ薄めるため。そしてゴールにこそならなかったが、未来が一人で持ち込みチャンスを生み出したことで、更に慧ちゃんと小谷松さんへの警戒が疎かになった。
すぐ未来が交代したことで『これ以上のインパクトは無い』と相手を安心させ、ここぞという場面で二人の個性を最大限発揮させる。完璧なマネジメント。
「折衷案や。言い方は悪いけど出オチみたいなもんやからな。あの二人も文香も」
「元のやり方には戻すの?」
「ああ。ただ、それだけじゃ前半と同じ展開。向こうの出足次第では優位に立てるかも分からんが……一人はファジーなタイプを残しておきたくてな」
だがもう出来ない。彼らも経験者なのだから、すぐに二人の技術レベルの低さを見抜き徹底的に突いて来るだろう。無理はさせられない。
文香の猛烈なチェイシングもあまり長い時間は続かないし、ここらで元の戦い方に回帰する必要がある。
となると、連携面で劣る未来の存在はデッドスポットになり兼ねない。元々奇跡的なバランスで成り立っていたのだ、その分崩れるのも一瞬。
だが、賭けてみたい。
いや。賭けってほどでもないか。
勝算ならある。アイツ次第ではあるが。
「いざってときの突破口ってわけね……すっごい不安だけど。まっ、信じるわ」
「心配すんな。追い付かれたら俺が無理すっから」
「大した自信ね……私は頼ってくれないの?」
「そういうわけじゃないが……ちょっと気になることがあってな。なるべく隠しておきたいんだわ」
「隠す……? まぁ良いけど」
若干納得いかない様子の愛莉であるが、この采配の理由は俺だけが知るところであった。変な考え事させたくないし、今はまだ黙っておこう。
さて、再開後のプランニング。
未来を最大限生かすための布陣は……。
「真琴、比奈と交代や。弘毅は俺が見るから、土居を捕まえてくれ……やられっぱなしじゃ終われねえだろ?」
「当たり前でしょ……任せといて!」
「文香も交代。瑞希、気持ち下がり目で未来をフォローしてくれ。フォローっつっても、言葉通りの意味じゃねえぞ」
「にゅっふっふ! 分かってる分かってる!」
俺と真琴が低い位置で構えれば守備の強度は保てる。不得意ながらも守備はキッチリこなす瑞希もいれば大きな破綻は起こらない。
敢えて電柱役を置かないことで重心を落とし、相手の攻めっ気の裏を突く。そろそろファーストセットも疲れで足取りが重くなって来る頃……前線二人のスピードを活かして追加点を狙う。
個の力に依存するのではない。
かといって策に溺れても意味が無い。
どこまで行っても結局は一人の人間の集合体。全員の尖りに尖った個性を集結させ、ガリガリに削り合うことで……やっとチームになるんだ。
「気付かないうちにお客さん増えて来ましたねえ。川崎英稜の生徒ですかね?」
「かもな」
暫く暇していたノノは暢気にスタンドの様子を観察。確かに試合開始直後は姿の無かった見物人が何人かいる。
……上手いこと隠れているな。弘毅も未来もまだ見つけていないのだろう。気付いたらもっと派手にリアクション取る筈だし。
(お仲間引き連れて物見遊山ってわけか……にしてもあの肌黒の奴、どっかで見たような……)
愛莉を投入しなかったのはこれが理由だ。チームの得点源である彼女の実力を安易に見せびらかすような真似は避けたかった。
打算もゼロでは無かった。瑞希や未来は放っておいても目立つし、真琴の技術の高さは見る奴が見れば一発で見抜くだろうし。俺は有名人だし。どちらにせよ最良の選択肢であることに変わりは無いが。
精々優雅に見物でもしていれば良い。
で、さっさと帰って対策会議でも開くんだな。
一分間のブレイクを挟み試合再開。
未来にはこれといって指示は与えていない。対人守備はともかく組織的な動きは期待出来ないし、攻め残ってくれていた方が奴らには脅威だ。
川崎英稜は2-2のシステムのまま。弘毅と土居を前に残し摩耶と15番の女性二人で組み立てる。
この組み合わせで逆転まで持っていかれたというのに大した自信だ。それとも女性監督が効果的な手を打てなかったのか。はてさて。
「瑞希! 喰い切れるぞ!」
「はいはいはいっ!」
サイドでキープする摩耶。瑞希の寄せに遭い窮屈そうに縦へ蹴り出すが、土居には繋がらなかった。なるほど、どうやら後者のようだな。
一旦琴音まで戻し、真琴と低い位置でパス交換。時折瑞希が下がって来てトライアングルを形成する。
ふむ。圧力を強めて来るかと思ったが、想像以上にダメージ負ってるな。ポゼッションには着いて来れているが、奪い切るには一歩遅い。
こちらのミスが出ない限り流れは傾かないだろう。だったら……終わらせるか、この試合!
「真琴、リターン!」
「兄さんっ!」
サイドに開いた真琴へ繋ぎタッチラインを跨ぐオーバーラップ。土居に寄せられるがゴリ押しで前へ運ぶ。
前半と比べて土居の動きも怠慢だ。右足首への負担も軽くないだろう……躱し切る必要は無い。とにもかくにもシュート。
「させるかっ!」
「おっと!」
低い弾道の我ながら美しい一発だったが、摩耶が寸前のところでブロック。ディフレクションを拾ったのは……瑞希か!
「やってみろよ、チビ助っ!」
「チビ言うなッ!!」
ワンタッチで逆サイドの未来へ展開。
あまりスペースは無いが、どう打開する?
「なにっ……!?」
足裏で舐め回すようなタッチから一気に引き戻し15番の股下を狙う。ところがこれは失敗に終わった。
15番は未来の動きにまったく対応出来なかったが、シンプルに脚へ当たってしまった。手数の多さが逆に仇となったか。
珍しい、彼女にしては単調なミスだ。
もしかしなくても緊張してるな……。
「摩耶先輩っ!」
「任せろ! 弘毅ッ!」
ロングボールがコート中央の弘毅へ通る。僅かに対応が間に合わず、そのままサイドへ展開されてしまった。
カウンターの矛先は10番を背負う土居聖也。真琴と一対一だ。抜かれたら失点は免れない。前半は土居にまったく対応出来なかった彼女だが……。
「おぉっ……!?」
「やらせるかぁっ!!」
力強いチャージでドリブルを塞き止める。男子顔負けの迫力ある守備に土居はやや面食らっている様子。
そうだ真琴。土居は確かに上手い。技術はさることながら視野の広さ、手数の多さは中々のモノを持っているが。
ノータイムで潰しに掛かれば決して無理な相手ではない。手を出される前に選択肢をすべて消せば良いのだ。
サイドへ逃げるようなドリブル。ゴール前へ走り込んだ弘毅へ無理な体勢からクロスを送るが、これはゴールラインを割る。カウンターは未遂に終わった。
「ええぞ真琴! よう守った」
「これくらいワケないねっ」
姉譲りのドヤ顔がさく裂し、すっかり調子を取り戻したようだ。問題無い、個人技を活かした反発力は変わらず脅威だが……これなら十分守り切れる。
「未来ッ! さっきのミスは見逃してやる! 何度でもチャレンジしろ! んでもって、必ず一点決めて来い!」
「何回でもパスしてやっから、覚悟しろチビ助!」
「わ、分かっているッ! 皆まで言うな!」
あわや失点というピンチを招いた未来だが、あくまでも強気な語尾で言い返す。ちょっと動揺しているな。
もっと厳しく責められるとでも思っていたのだろうか。あのようなミスで失点の起点となり怒られることも少なくなかったのだろう。
どんな気分かね。聖堕天使さん。
これが愛のある叱責というやつだ。
中々にハードで厳しい愛だけどな。
期待してるんだよ、お前に。みんなが。
意地張ってないで応えてみろって。
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