717. 食べちまうぞォ
新入生たちへ設けられた体験入部期間は一週間。これといって届け出などの必要無く、興味のある部へ好きに足を運んで良いことになっている。
フットサル部は二日目も大変な盛況ぶりであった。昨日から大半が入れ替わり、新たに10人以上の希望者が新館裏テニスコートへ集まった。
しかし残念ながら、今日やって来た一年にとっては『ハズレ』だったと言わざるを得ない。
この日は週に一度設けられているフィジカルトレーニング、通称『脳筋デー』の開催日だからだ。
「にゃっはーー!! 色ボケ変態痴女に坂道ダッシュは荷が重いんとちゃいまっかー!?」
「あっははははは!! そーだそーだぁーーもっと言え世良ぁぁーー!!」
「やっかましいわああああアアアア!!!!」
メインメニューは学校前の長い坂道を往復する長距離走。先を走る瑞希と文香が激しいデッドヒートを繰り広げている。やや遅れて愛莉。
チームでは抜けて我の強い愛莉と瑞希だが、故に案外馬が合うのか、文香はこの二人と絡んでいることが多い。単に弄りやすいという理由もあるだろうけど。
新入生の扱いに苦労してすっかりほったらかしにされていた文香だが、彼女なりにチームへ馴染もうと骨を折ってくれている。
遅くまでパワ〇ロで盛り上がって多少はストレスも解消されたのだろう。現金な奴め。
「んだよ。余裕噛ましてんじゃねえぞ」
「これが全力だって。兄さんと同じペースで走りたいとか、ちっとも思ってないよ。ちっとも!」
「さいですかい」
大して息も切らさず真琴は俺の隣にピッタリくっ付いている。こういう些細なところで距離を詰めて来るから油断出来ぬ。
半面、すべて彼女の思い通りとはいかないようだ。更にその隣を真っ赤な顔で走り抜ける少女の姿に真琴はやや呆れ気味。
「慧、マジで無理しない方が良いよ。顔死んじゃってるって」
「いっ、いやいや゛……! こーゆーとこで喋っとかないと、あとで話着いてけなくなるんで……! 全然っ、よゆーっ゛す!!」
「怪我しないでよ。お願いだから」
スタートからずっと俺たち二人を追い掛けている慧ちゃん。体力には自信が無いのか、序盤から身体中プルプルさせてご自慢の犬歯も剥き出し。
どちらかというと獲物を狙う大型ネコ科みたいな顔をしている。瞳孔バッキバキ。
「お二人ってどーゆー関係なんすか!? 昨日からずーっと気になってたんすけど!! メチャクチャ『兄さん』って呼んでますよねッ!?」
「まぁ、あだ名みたいなものだよ。姉さん繋がりで前から仲良いから」
「なっ、なるほどォ゛…………!! アタシもなんかっ、そーゆーあだ名欲しいっす!!」
クラスメイトでもある真琴と慧ちゃん。何だかんだ一緒に居ることの多い俺たちの関係に興味津々のようだ。言わんけど。
教室でも隙あらばダル絡みされるそうで、曰く真琴は『面白い子だけど長い時間一緒だと疲れる』と若干辟易しているらしい。俺との並走を諦め、一気にペースを上げ慧ちゃんを引き離しに掛かるが。
「真琴氏いいイ゛イー゛ーー゛ー!!」
「だから無理しないでって!! もう喋ること無いからホントにマジで!!」
「食べちまうぞォォ゛ォォ゛!!゛」
「ひいいいいイイ!?」
腕を振りかざし真琴を追い掛ける慧ちゃん。本当に獲物を捕食する獰猛生物みたいだな……あの真琴が本気で怖がっている。珍しい光景だ。
「わーい、追い付いたー!」
「おっ」
「見て見て~! みんな頑張って着いて来てくれたんだよお~!」
ペースを落としている間に、後ろの比奈と琴音のグループがやって来た。有希と小谷松さんも一緒だ。この四人も昨日から一緒に居ることが多い。
コンディションさえ整っていればそこそこ走れる比奈はともかく、相変わらずふらふらしている琴音と有希の体力皆無コンビである。
対照的に小谷松さんの表情は涼しいものだ。ランニングフォームも美しい、流石は元陸上部。全然見えないけど。体操着がクソほども似合わん。
「小谷松さん、もうちょっとペース上げられるんじゃないか?」
「…………」
「ああ、別にサボってるって言いたいわけじゃ……ちゃんと走ったりするの週に一回やしさ、コイツらと合わせてたら物足りねえんじゃねえかなって」
「…………」
「ええよ、気にしないで好きに走って。お喋りする時間は練習終わったらいくらでもあっから。ほら、行ってきい」
小刻みに頷く小谷松さん。やはり昨日からベッタリくっ付いている有希にペースを合わせていたようで、急激に加速し俺たちを追い抜いていく。
先を行く真琴と慧ちゃんすら追い越し、あっという間に姿が見えなくなった。速いだけでなく体力もあるんだな……。
出逢った頃の印象とはかけ離れた快活ぶりだ。人を見た目で判断する愚かさを身に染みて実感するところ。
「聖来ちゃん本当に凄いねえ~……」
「上級生の面目丸潰れやな」
「むっ! わたしだって頑張るもん! ほら二人とも、陽翔くんより先にゴールしちゃおうよ! 勝ったら放課後デートしてくれるって!」
「言ってない言ってない」
「…………ふぬうううううう!!」
「デートおおおお!!!!」
「どこでヤル気出しとんねん貴様ら」
顔をパンパンに腫らし歩幅を広げる三人。怪我さえしなければいくら頑張ってくれても良いけど。なんでこう現金な奴ばっかりかねこのチーム。
(……来ねえな)
このグループの後ろには他の一年生たちがいてルビーが先導してくれているのだが、まだ姿が見えない。折り返し地点に到着した頃か。
連日のトレーニングでみんな随分走れるようになったとはいえ、女子相手に体力で敵わない男子は戦力にカウント出来ない……よな。
元陸上部の小谷松さんはともかく、初心者の慧ちゃんや有希にも勝てないとは。まともな奴が和田少年しか居ないってどうなってんだよ。
長距離走の後は機材を使わない簡単な筋トレを幾つか行う。下半身の強化を主にこちらも中々ハードなトレーニングが続く。
最近みんなの中で流行っているメニューがある。ビーチフラッグ代わりにマーカーコーンを置いて、二人がよーいドンでそれを取り合うというものだ。
制限時間を迎えたタイミングでどっちがコーンの近くに居るか。肩をぶつけ合ってボールに見立てたコーンを奪い合うというゲームである。
『ああんもおおォォーー!!!!』
「どりやゃぁぁぁぁァァ゛ァァ!!!!」
ノノとルビーが激しく身体をぶつけ合いポジションを奪い合っている。ノノの方が若干身体が厚いこともあって、華奢なルビーは大変苦労していた。
傍から見るとレスリングみたいな構図で、外野から眺める分にも非常に盛り上がる。瑞希が『プロレス』と命名しそのまま定着した。ややこしい。
上半身と下半身を同時に鍛えることの出来る、見た目以上に合理性の高いトレーニングだ。
勿論手を使って押したりするのは禁止。ノーファールでボールを奪う練習にもなる。
セレゾンでも良くやっていたメニューで、俺と宮本が断トツで強かった記憶。最後は痺れを切らした宮本が俺を押し倒して反則勝ちするまでお約束。
愛莉がホイッスルを鳴らしゲーム終了。ノノの勝利だ。さて、暇そうにしている和田少年でも捕まえて、俺もちょっくら身体張りますか。
「本気で来いよ」
「了解ですッ!!」
スタートはビーチフラッグと同じうつ伏せの状態から。ホイッスルと共に起き上がり、数メートル先のコーンへ飛び込む。
先に前を取った方が圧倒的に有利なので、反射神経も勝負を分ける大きな要素だ。
「オラ゛ッ! そんなもんかッ!?」
「クッソ……!!」
ド派手に肩をぶつけポジションを奪いに掛かる和田少年。なるべく腰を低く落としアタックを躱すのがポイント。頻りに身体の向きを変えぶつかる箇所を絞らせないのもコツ。
15秒ほどコーンを奪い合い、結局一度もポジションを譲ることなくホイッスルが鳴り響いた。息を切らし芝生へ倒れ込む和田少年。
「ハァー、ハァーッ……!!」
「はい、お疲れさん……ったく、その程度の体力でようジュニアユースでやっとったな。セレゾンの連中やったら三秒休んで即二回戦始めとるぞ」
「クッ……! 言い返せねえ……ッ!!」
疲労で頭が回っていないのか普段よりちょっと語気の強い和田少年。これくらい躍起になってくれた方が張り合いがあって良いものだ。
しかし和田少年、体力はあるけど薄っぺらい体格に違わず身体は本当に弱いんだよな。
昨日のプレーを見た限り、どちらかと言えば守備の選手だと睨んでいるのだが……この辺りもジュニアユースで目立てなかった理由なのだろうか。
「だいたいルール分かったやろ! ペア作ってそれぞれやって貰うから! 男女は関係無し! 勝ち抜け制で、最後まで残った奴には……死ぬほど美味いラーメン奢ってやるよ! ノノが!!」
「なんてノノが!?」
四月中旬、天気はすこぶる快晴。数え切れぬ若人の悲鳴が新館裏テニスコートに響き渡る。このハードなメニューを一年は乗り越えられるか……。
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